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第26話 観覧車にて

「お待たせしました。ほうじ茶ラテと、イングリッシュブレックファーストティーです。」



 俺が注文したのは、ほうじ茶ラテ。

 天音さんが注文したのはイングリッシュブレックファーストティーだ。

 天音さんがこれを選んだのは、「名前カッコ良いよね!味が気になるからこれにする」っていうことらしい。

 紅茶は茶葉で結構味が違うから癖があるかも知れないし、もっと自分の好み味で選んだ方がいいと俺は思うが…。

 けど、確かに、必殺技みたいでちょっとカッコイイな。

 なんてことを考えながら、ほうじ茶を一口啜る。


 おお〜っ。ほうじ茶の香ばしさとミルクのまろやかさがうまく調和していて、美味しい。それに変なクセもない。

 ほうじ茶ラテってまずいのだと、結構苦みや雑味が出るからな。

 これは、当たりだな。うん。



「おいしい…!てっきり名前みたいに癖があると思ってたけど、思ってたより普通で、飲みやすいよ。うん」


 天音さんは、うんうんと唸ってじっくり味わいながら洒落た紅茶を飲んでいる。

 紅茶を飲み終えると、何か思いついたように、両手をぱんと軽く叩いて胸の前で合わせる。


「ねぇ拓人くん。私のことも、名前で呼んでくれない?」

「ブホッ…ゴホッ!…えっ!?」


 ほうじ茶を堪能していたが、驚きのあまり思わず、軽く吹き出してしまった。


「な、なんでですか?」

「だって、折角のデートなのに、苗字にさん呼びなんてダメじゃない?お見合いみたいに初対面ってわけでもないんだしさ。」

「いや、それは、ちょっと…。」

「なんで!私は駄目なの?アンリちゃんのことは名前で呼んでるじゃない!!」

「あいつは幼馴染で昔から、そう呼んでるのが普通だっただけで女性を呼び捨てなんて恥ずかしいです。」

「むぅ~。」


 俺が断ると、天音さんは頬を膨らませて、無言で何かを訴えてくる。ここ数日間一緒に過ごしてみて、わかった。天音さんは一度決めたことは、二度と変えない。

 はっきり言うと、少し頑固だ。

 これは、俺が折れないと終わらないことは明確だ。そこは、仕方ない。

 …とはいえ、天音さんを名前でしかも呼び捨てなんて、絶対に無理だ。


「せめて…清華さんで、お願いします。」

「えーっ?…もうっ、しょうがないな。それで我慢してあげる。」



 呼び方を変えると、清華さんは鼻歌交じりで笑顔になった。

 なんとか、許されたみたいでほっとした。


「あー!美味しかった〜。」

「ですね。それじゃあ、そろそろ店出ましょうか?…よかったらその荷物持ちますよ?」

「あ、ありがとう。」


 飲み物を飲み終えたので俺たちは、店を出た。

 赤レンガ倉庫を出ると、すっかり、日は暮れ空は真っ赤に燃えて夕焼けになっていた。


「時間も遅いですし、そろそろ帰りましょうか?」

「あのね。最後にあれ乗ってもいいかな?」


 清華さんが指差した方向をみると、大きな観覧車がある。


「いいですけど…。」

「やった!早く行こっ!」 


 清華さんに強引に連れられて、観覧車へと、むかう。

 観覧車の前まで来ると、入り口で買っておいたチケットを店員に渡して乗る。


「綺麗な景色だね〜。」

「そ、…そうですね。」


 女性と二人きりで、観覧車に、乗ったことがないため、緊張していて正直、景色なんて目に入らない。

 ていうか観覧車ってこんなに狭かったっけ?隣りに座っていると、微かに手が触れるし、何より、清華さんの顔がこんなに近くに感じる。


「ありがと。拓人くんのおかげで今日のデート楽しかったよ。」

「えっ!あ、ああ…。それは、よかったですけど、清華さんならデートの相手なんて、いっぱいいるでしょ?俺でよかったんですか?」

「拓人くんじゃないとダメなの!!」


 隣りにいた清華さんが勢いよく立ち上がった。

 すると、ゴンと鈍い音がなった。

 


「いたた…。」

「大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫。ちょっとぶつけただけだから」


 最初は、頭を押さえ、痛がっていた清華さんも少ししたら痛みが引いたのか落ちついた様子だ。

 怪我が心配だったが大丈夫そうで安心した。


「それで、俺じゃないとダメっていうのは、どういうことですか?」

「実は、今度やる映画で女性ボクサー役だって言ったじゃない。その女性ボクサーね。作中でセコンドの元プロボクサーの男性に恋をするの。けど、そういう役って今までやったことがなくて…。」


 へぇ~。恋愛ドラマが多い中で色々なドラマに出てる清華さんが誰かに恋する役をやったことないっていうのは珍しいな。


「今日、その映画の本読みだったんだけどデートのシーンでいい演技できなかったの。だから、彼女の気持ちがどうしても知りたくて、拓人くんをデートに誘ったの。」

「なるほど。そういうことですか。」


 どうりで、マネジャーの田中さんが清華さんのリスクにしかならないのに許可したわけだ。

 清華さんの事情がわかっている男は、俺だけだろうからな。清華さんが俺とデートをした理由がわかった。

 ……わかって腑に落ちたはずなのに。…なぜか。

 胸がやけにチクチクと痛む。


「だからどうしても知りたかった。けど、拓人くんのおかげで誰かを好きになるその気持ちが少しわかった気がするわ。」


 それって…どういう?


「勘違いしないで!好きとは言ったけどその友達としてだからね。」


 好きって友達としての好きってことね。

 …ふぅ〜。あぶねーあぶねー!俺のこと好きなのかと思って勘違いして危うく変なこと言いそうになったぜ。

 もし勘違いして、告白してようものなら振られて、その後の同居生活が気まずくなる所だったぜ。

 …想像のなかでも俺振られてるのかよ。

 ん?胸の痛みが消えてる?

 さっきのは気のせいだったか。

 気がついたら、いつの間にか観覧車は一周していた。


「あー!ほら、ガンダム動いてるよ!早く見にいこっ!」

「ちょっと、待ってくださいよ。」



 

 観覧車からおりると、そう言って、清華さんは、足早に駆け出した。

 先を歩いていて表情はよくわからないが清華さんの顔は夕日で朱に染まっていた。


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