第21話 2人目
撮影後、帰りの支度をして楽屋から出ると、天音さんとばったり遭遇した。
「2人は、今日、仕事終わり?」
「はい。今日はもう仕事ないので今から、家に帰るところです。」
「それじゃあ、タクシーも呼んだし、一緒に帰らない?」
「俺はいいですよ。」
「私も別に構わないわ。」
「やったー!」
こうして話がまとまり、一緒にタクシーまで向かっている最中。
「ちょっと待ちなさい…。」
天音さんの後ろに控えていたマネージャーの田中さんに呼び止められた。
「どうしたの?マネージャー。」
「さっきから聞いていれば…まさかあなた達一緒に住んでいるわけじゃないわよね?」
「あれ?言ってなかったっけ?今みんなで一緒にツカサちゃんの家に住んでるの。」
「ちょ、ちょっと!」
「ッ…!!!」
慌てて天音さんを止めようと思ったが、般若の形相の田中さんが俺の首を取ろうと、こちらを見ていて、下手に動けない。
身動きの取れない俺に向かって、田中さんが近づいてくる。何も持っていないはずの右手には、刃渡り1mの大鉈が見えた。
オワッタ…オレシヌカモ。
「おい。なんであんたがうちの清華と一緒に住んでんだ?」
「え…ええっとですね。」
「…まさか、清華に手ぇだしたんじゃねえだろうな?」
「滅相もありません!!」
「とにかく、男と一緒に住んでるなんて噂でもされたら清華の女優生活に響く。すぐにでも清華は、引っ越させる。それと、あんたは二度と清華に関わるな。いいな。」
ジリジリと壁際に追い詰められ、気がついたら田中さんの顔が俺の顔面スレスレに、あった。
こんな至近距離に美人の顔があったら、普通、興奮して、ドキドキするはずだが、全然ドキドキしない。
むしろ、余りの恐怖に全身の血の気がさーっと引いて今にも心臓が止まりそうである。
「田中さん。うちの弟をいじめるのは止めてくださいよ。」
「ツカサ姉…。」
ツカサ姉が助けてくれた事実に俺の両目から思わず涙が溢れ出した。
「いじめた覚えはない。私は、清華の芸能生活の危険を未然に防いでいるだけだ。大体男なんてものは皆獣だ。清華ほどの美少女を狙わない理由がないだろう。」
「その点については、心配ないですよ。拓人にそんな度胸ないですから。」
田中さんは、俺を一瞥して納得したのか「確かにな。」と言って大きく頷いた。
田中さんの誤解が解けて、壁際から解放された。 田中さんからは謝罪も受けたし、命が助かって正直ほっとしたが、見て分かるほど、自分がヘタレなのかと思うと、なんだか、釈然としなかった。
「それに、同居を決めたのは、清華本人ですよ。」
「!? 清華、なんでこんなことしたの?」
「今度の映画で女性ボクサーの役やるのに、身体が思うように絞れなくて、それで、食事の管理を拓人くんにお願いしていて、そのために一緒に住んでいるの。」
「確かにあなたが役作りに真摯に取り組んでいるのは知っているけど…。けど、こんなリスクのあることしなくてもいいんじゃない?スキャンダルで落ちぶれた女優なんて数多くいるわ。下手したらあなたの女優生命が終わるかもしれないのよ?」
田中さんは諭すような口調で天音さんを説得する。
天音さんは、大きく深呼吸して一呼吸置いた後、口を開いた。
「マネージャー、私、この役に挑戦したいの。今回の役は、私にとっていままでにないほど難しい役だけどそして必ず自分のものにしたいの。そのためには、拓人くんの力が必要なの。お願いします。2人と一緒に住むことを認めてください。」
「…わかった。映画が終わるまでは同居を許可します。ただし、終わったら即引っ越すこと分かった?」
「うん!ありがとう!マネージャー。」
何を言っても引かないと諦めたのか天音さんのあの真っ直ぐな目にやられたのかは分からない。
だが、「仕方ないな。」と半分呆れ顔ながらも田中さんは、俺たちが一緒に住むことを認めてくれたらしい。
「ただし、変な写真を週刊誌に撮られないように、私も一緒に住んで監視させてもらう。ツカサさんいいですか?」
「はぁーっ!?」
「もう一部屋空いてるし私は構いませんよ。」
「マネージャーと、一緒に住むなんてなんか変な感じですね。」
俺が驚いている間に、ツカサ姉があっさりと同居を認めていた。天音さんもニッコニコだし、怒涛の展開についていけてないのは俺だけか。
「というわけだ。清華の安全は私が守る。よろしくな拓人くん。」
「は、はい。」
相変わらず田中さんの視線が鋭い。
これからの生活を考えると先が思いやられる。大丈夫だろうか?
あー…なんだか、頭が痛くなってきた…。




