第18話 トラブル
咲良さんの手伝いで、モデルの現場には何度も行ったことがあるが、ドラマの現場は、初めてだ。
生の俳優の演技をこんな近くで見れる機会なんてそうない。折角だし、楽しませてもらおう。
けど、内容が分からないから、芝居を見てても、どんな話なのか分からないかもな。
「あっ!そういえば、咲良さんから送られてきたメールの中にこのドラマの台本もあったはず。」
咲良さんから送られてきたメールを確認すると、スケジュールのpdfの隣にドラマの台本のpdfも送られてきていた。
「えっと…。」
パティシェを目指すために名門料理学校に入学する主人公の朝霞怜奈が、学園の王子様鳴海空と、出会い恋をして、夢と恋どちらも叶えるために奮闘する青春恋愛ドラマみたいだな。
主人公の朝霞怜奈を演じるのが天音さん。学園の王子様鳴海空を演じるのがツカサ姉みたいだな。
…空って名前からてっきり女だとおもったけど台本みたこの感じ、ツカサ姉の演じる鳴海空ってやっぱり、男だよな。
確かにツカサ姉は、スラッとしていて背も高く、宝塚の男役に見えるくらいカッコいいけどあくまでそれは、女性の中の話だ。声は女性的な高くてキレイな声だし、顔もクールなだけで、とてもじゃないけど男には見えない。それに、ツカサ姉の演技見たことないし、ちゃんと出来るのか心配だ。
「なんだか、見てる俺の方が緊張してきた。」
「最初は、シーン16から!よーいアクション。」
カッチン!
シーン16は、怜奈と空の出会いのシーンみたいだ。
「この学校広すぎるよ…。調理室もいっぱいあるし。調理室25って一体どこにあるの?あれ…ここって、元いた教室じゃ…。おかしいな。クラスメイトの後ろ付いていってたはずなのに。どうしよー!!あと、5分しかないのに授業始まっちゃうよ…。」
「どうかした?」
「え…あの…。」
「ごめん困ってるように見えたから声かけたんだけど。もしかして、違った?」
「い、いえ…実は、次の時間調理実習なんですけど、調理室の場所がわからなくて…。」
「何番?」
「…25です。」
「授業まで残り4分。今から、走ってギリギリだな。時間がない。こっちだよ。離れないで付いてきて。」
「え!あっ…。はいっ!」
初めて生で演技をみたが、天音さんの演技は凄いな。
先ほど見た女優モードの天音さんとは違う。
もちろんいつもの天音さんとも違う。
一目みただけで、ちょっと抜けていておっちょこちょいな朝霞怜奈というキャラクターがこの世界に息づいていた。
ツカサ姉の演技も天音さんの芝居に押されることなく、ほとんど違和感がない。
声が高いのが若干気になるが、そんなものはどうでもいいと思えるほど、学園の王子にぴったり合っている。
二人の演技を見ていると、まるで、撮影現場が本当に学園の教室になったかのように感じる。
撮影が進行して行く事に二人の演技に魅了されていった俺はドラマにのめり込んでいった。
気がついたら、自分がまるでこの世界に登場するモブの一人になったかのような錯覚におちいっていた。
「カーーット!!はいっ!オーケー!!…ずっと撮影だったし1時間、休憩しようか!続きはシーン30の」
そろそろ、休憩みたいだな。
ふぅー。仕事中だってことすっかり忘れて楽しんじゃってたよ。
…って呑気にしている場合じゃない。
長時間の撮影で疲れてるだろうし、休憩になる前に楽屋から、冷やしておいた飲み物とか持ってこないと。
「いやー。5時間連続の撮影は疲れたねー。」
「…私がリテイク10回も出したからね。はぁ~。こんなこと今までなかったから、流石に自信なくすわ。…やっぱり、演技は向いてなかったのかも。」
「そんなことないよ。ツカサちゃんの演技すごく良かったよ!この監督凄いこだわり強くて納得いくまでやらせるからリテイクかなり、多めだし。ほら!他の役者さんもリテイクあったでしょ。」
「…誰かさんは、一回もリテイク出してなかったけど。」
「いやっ、私は、ほら監督と何作品も一緒にやってるからどえいう芝居やって欲しいかなんとなく分かるから。とにかく、ツカサちゃんの演技は良かったよ。」
「本当?」
休憩に入る前に帰ってこようと思ってたのに、もう、2人とも座って、くつろいでる。ん?言い合いしてるように見えるけどなんか揉めてるのか?
「お疲れ様です。」
「あっー!拓人くんどこ行ってたの?…私の演技ちゃんと見てくれた?」
「もちろん見てましたよ。」
「本当?」
「ハイ!芝居というものを初めて生で見たんですけど、凄い迫力でした。天音さんの演技見てたら、まるで自分も物語の中にいるかのように感じましたよ。」
「へへへ。友達に演技の感想言ってもらうことなんて中々ないからうれしいな。そうだ!ツカサちゃんの演技はどうだった?」
「っ…。褒めるのはしゃくですが…。天音さんの演技と比べても違和感がありませんでしたよ。悔しいですけど様になってました。」
「ほら。私の言った通りでしょ。」
「…ふん。別に褒めてなんて言ってないから。」
天音さんとのやり取りみてて、少しは柔らかくなったと思っていたんだけど…。相変わらず、俺に対しては相変わらず、当たりが強いな。
けど、まあ、声音が柔らかいし、機嫌が悪いってわけじゃなさそうだ。
「そうだ!お茶しかないですけど、2人とも良かったらこれどうぞ。」
「ありがとう。」
こうして、休憩時間の間、他の役者の方も交えて、楽しくトークに華を咲かせていた。
そして、1時間程の時間がたち、出演者が準備をし始めたころ。
「パティシエが来れないってどういうことだ!?」
突然、監督の怒号がスタジオに響き渡った。