第17 話 本番前 2
控室を出て、スタジオに向かう途中、廊下の向こうに、忙しなくスタジオを移動して、撮影の準備をしているスタッフたちが見える。
「TUKASAさん入ります。」
ツカサ姉がスタジオに入ると、現場の空気が、より一層引き締まったのを肌で感じた。
俳優の中では、オーラで場の雰囲気を掌握して、現場にいい緊張感を与える人がいると聞く。
撮影を成功させるには、そのような雰囲気が必要不可欠で、そういう人は大体が長い間芸能界で活躍してきた経験と実績を持ったベテランが多い。
モデルとして、長年活躍したとはいえ、俳優としては、まだ1年にも満たないのに、現場に緊張感を与えるような存在感。
我が姉ながらそういうところは純粋に凄いと思う。
「すごい!本物のTUKASAだ。」
「背めっちゃ高いし、顔もめっちゃちっちゃくてお人形さんみたい。」
引き締まった雰囲気の中、スタジオの端で歓声をあげて浮かれているスタッフが何人かいる。
全員、若い女性だ。
「ツカサ姉のファンだな。あれは。」
ツカサ姉は日本のトップモデル。女性にとって、憧れの存在だ。きっとあの女性スタッフたちもツカサ姉に会えて嬉しいのだろう。
確かに憧れの存在にあえて浮かれるのもわからなくもないが…。
ここは、撮影現場、仕事中は周りに気づかれないように隠すのが普通だろうに。
このような浮かれた人がいい仕事をできるとは思えないし…。今日の撮影大丈夫なのだろうか?
「天音清華さん入ります。」
「清華ちゃん顔ちっちゃくてカワイイ!!こっち見てぇ~!!」
「TUKASAと天音清華に会えるなんて、私、テレビ局のスタッフになれて本当、よかった。」
やっぱり、こうなったか…。
天音さんもツカサ姉と人気を二分するほど、若い女性に人気だからこうなる可能性があるかもとは思っていたが…。
それにしても、この人たち浮かれすぎじゃない?
君たちドラマのスタッフでしょ。
他のスタッフは、準備してるのに。
ほんと、君たち一体スタジオに何しに来てるんだ?
周囲を見てみると、仕事もせずにファンのように騒いでいる女性スタッフに、他のスタッフも呆れていた。あのスタッフたちは、なんなんだとイラついているみたいだし、空気が悪い。このままじゃ、撮影に支障も出るだろうし、注意しにいくか。
そう思い、騒いでいる女性スタッフに声をかけようとした瞬間。
「キャー!」
「ねぇ、こっち見てくれたよ!」
「……!!」
「…。」
天音さんが騒いでる女性スタッフに視線を向ける。
すると、天音さんが一瞥しただけで、浮かれていた女性スタッフは騒ぐのをやめ、真剣な面持ちに変わった。
それだけじゃなく、周囲に目配せをして、場の雰囲気を掌握し、スタジオの悪い雰囲気を断ち切った。
「やっぱり国民的女優は伊達じゃないな。」
ツカサ姉のオーラも凄いが、女優モードの天音さんは、凄い。いつもの天真爛漫な雰囲気と違い、キリッとした面持ちで、冷たい氷のような雰囲気を醸し出していて、場を掌握するほどのオーラを感じる。
天音さんの芸歴は、たしか3年くらいだったはず。
本来、天音さんくらいの芸歴の人だとこんなオーラは、出せないはずだが…。おそらく、何本もの作品で主演をやることで、このようなオーラを纏う風格が出たのだろう。
こちらに近づいてくる天音さんに、声をかけようとするも、あまりの威圧感に、俺は、思わず息を呑んでしまって、声がでない。
「あっ!」
俺が声をかけられないでいると、こっちに気づいた天音さんが元気よく手を振りながら駆けてきた。
「ツカサちゃーん!!」
俺たちに気づいた天音さんが元気よく手を振りながら駆けてきた。
「今日も宜しくねっ!」
勢いよくツカサ姉の胸に飛び込むと、あまりの勢いに二人とも倒れてしまう。
「重い…。」
「天音さん、ツカサ姉、大丈夫!?」
「へへ。ツカサちゃんに会えたのがうれしくて、つい。ごめんね。」
「全くもう……。」
「TUKASAさん、うちの清華がすみません。」
「いえ、清華のこれはいつものことですから。気にしないでください。」
よかった。いつもの天音さんに戻ってる…。
女優モードの天音さんは、カッコよかったけど、近寄りがたく、自分とはどこか別の世界の人に感じた。
けど、普段の天音さんは常に笑顔で、太陽みたいに周りを明るく照らしてくれる。
親しみやすくて、こっちからも話しかけやすい。
何よりいつも笑顔でいるこっちの方が天音さんらしくていい。
「そろそろ本番始めるぞ!」
どうやら準備が終わったみたいだな。監督の号令で出演者たちも次々に集まってきた。そろそろ撮影が始まりそうだ。
「友達の前で、芝居するの初めてだからなんだか
緊張するよ~。」
それは、大変だ。
天音さんが演技に集中できないと、折角の作品の出来が落ちてしまう。
「天音さんの邪魔になるといけないし、俺、スタジオの外で待ってようか?」
「ダ!ダメっ!拓人くんは、私の芝居見ないといけないの。いいっ!」
あまりの勢いに、俺は思わず頷いた。
「…わかった。ちゃんと見てる。天音さん、ツカサ姉、二人とも、頑張って。」
「うん!」
「いわれなくても。」
そう言って、天音さんは、カメラの向こうへと走っていった。カメラの前に立つと天音さんの顔はいつもの無邪気な顔から、女優、天音清華の顔に変わっていた。