第16話 本番前
「清華そろそろ出番よ。準備して。」
「はーいー!それじゃあ、拓人くん。また後でね!」
「は、はい。また。」
エレベーターを降りて、控室に戻る天音さんを手を振って見送った。
さてと。
ツカサ姉も待ってることだし、俺も戻るとするか。
そう思い、控室に戻ろうとしたその時。
ダァン!
俺は何故か、田中さんに壁ドンされていた。
「あの…。」
「新庄拓人。一体何が目的だ。」
「はぁっ?」
「あんたがTUKASAの弟で、仲の良い友達ってことは清華からよく話を聞いている。」
「そうですか…。」
「だが、ここは、ドラマの関係者以外は、立ち入り禁止だ。何故お前がここにいる。まさか、清華に会うために入り込んだんじゃないだろうな。」
田中さんから疑惑の目が向けられている。
まるで、怪しいやつを見るような目付きだ。早く弁解しないと、田中さんの疑惑ゲージが高まって、天音さんのストーカー認定されかねない。
「違いますよ。ツカサね…姉さんのマネージャーが来られなくなったので、マネージャー代理として来たんです。」
「咲良さんの代わり? 新しく入った仕事のできるアルバイトってあんたのことだったのか。」
田中さんはぼそぼそと何を言っているのか分からなかったが一応、納得してくれたのか、壁ドンをやめてくれた。
しかし、まだ疑っているのか鋭い視線は変わらない。
「まあ、いいけど。とにかく清華にはあまり、近づかないで。清華には日本でトップの女優になるだけの素質があるし、それに見合った努力もしている。だからお前みたいなやつと写真を取られて、女優キャリアを壊して欲しくない。だから、くれぐれも、清華の足を引っ張るようなことはするなよ。」
そう言って田中さんは去り際に俺に何度も釘を刺しながら、天音さんの控室に入っていった。
「田中さんには完璧に嫌われたなこりゃ。」
天音さんと友達ってだけでこれだけ嫌われてるんだ。ツカサ姉がいるとはいえ、一緒に住んでるなんてことになったら、確実に殺されるな俺…。
といっても、天音さんの役作りのために身体づくりをサポートするって約束したし、一緒に住むのをやめるつもりもない。
ばれたら、俺が殺されるだけでなく、このサポートもやめさせられるだろう。
だから、田中さんには、絶対ばれるわけにはいかない。
…あとで天音さんにも田中さんにばらさないように言っておこう。
「ただいま。」
控室にもどるとツカサ姉は、ぐっすりと眠りについていた。
起こすと悪いし、買ってきたのは冷蔵庫にでも入れておくか。
「んー!」
「ごめん。起こした?」
冷蔵庫を開けた途端、ツカサ姉が目を覚ました。
…寝起きが悪いとツカサ姉、機嫌悪いんだよな。
大丈夫だろうか?
「お腹すいた。」
「サラダとおにぎりあるけど…。」
「…おにぎり。」
「鮭と梅と昆布あるけどどれがいい?」
「……梅。」
レジ袋の中から、梅おにぎりを取り出して、渡すと、ツカサ姉は、小さな口でもしゃもしゃと食べ始めた。
「寝起きで喉つまるといけないから炭酸水も飲みながら食べてよ。」
「ん。拓人にしては気が利く。」
寝起きで頭が働いていないのかいつも、仏頂面のツカサ姉が滅多に見たことないような優しい笑顔で頭を撫でながら俺を褒めた。
あまりの衝撃に俺は思わず後退りしてしまった。
「何だったんだ、今の?」
さっきのは驚いたが…とにかく、ツカサ姉は寝起きだが、機嫌が悪いわけではないらしい。
俺はほっと胸を撫で下ろし、鮭おにぎりを頬張った。
ご飯が食べ終わり、一息ついているとスタッフの人が楽屋に入ってきた。
「TUKASAさん。そろそろお願いします。」
「わかりました。ツカサ姉、早くいこう。…ツカサ姉?」
スタッフに呼ばれたが、ツカサ姉は一向に立つ気配がない。それに心なしか顔が赤い。まさか、
「ツカサ姉、大丈夫?」
「さっきのは忘れなさい。」
「えっ?」
「頭を撫でたのなんてほんの一瞬の気の迷いみたいなものよ。別にあんたを褒めたわけじゃないから。」
あっ。ご飯食べて頭が回ってきたら、さっきのことが急に恥ずかしくなったのね。
「ちょっと聞いてるの!!」
「はいはい。わかったよ。」
「ふん。」
と言ったものの、ツカサ姉が俺に優しくしてくれたのなんて、小学生の時以来だから、忘れられるはずないだろうけどね。




