第10話 買い物
今日は、日曜日。
休日のしかも夕飯前ということもあって、ワオンの店内は多くの人で賑わっていて、とても混んでいる。
俺たちは買い物かごを上に乗せたカートを押しながら、混雑している人の間を縫って進む。
カゴの中には日用品コーナーにあったツカサ姉に頼まれた歯みがき粉と、天音さんの歯ブラシがすでに入っている。
現在は食材を買うために食品コーナーへと向かっている最中だ。
(やっぱりさっきの怒っているよな。)
隣を歩く天音さんはむくれていてどこか機嫌が悪い。
励まそうとして出たとっさの言葉とはいえ、女性にあんなことを言うなんてデリカシーがなかった。
これから同居生活が始まるのに、ずっとこれじゃあ、とても耐えらそうにない。何とかして、天音さんに機嫌直してもらわないと。
「さっきはすみませんでした。女性に対して、あれはありませんでした。天音さんが怒るのも当然です。」
「本当だよっ!…まあ、拓人くんに悪気がないのは分かっていたし、もう、怒ってないけど。それは、私だからだよっ。女の子って、ああいうの気にする子、多いんだから、もう二度と言っちゃダメだよ!!」
「…はい。気を付けます。」
「うん。分かってくれたらいいの。」
俺の気持ちが伝わったのかむくれていた天音さんの表情が少し、和らいだ。
ここで少しでも言葉を間違えたら、2度と口を聞いてくれなくなる可能性があるだけに注意が必要だが、これは天音さんに機嫌を直してもらう千載一遇のチャンスだ。
これで機嫌を直してくれるといいんだけど。
「お詫びと言ってはなんですがよかったら、天音さんの好きな料理なんでも、作りますよ。」
「えっ、!いいの!」
天音さんの顔がぱあっと一瞬で朗らかになった。
やっぱり食べるのが好きな天音さんなら、これが一番喜んでくれると思った。
作戦が成功し、俺は心のなかで小さくガッツポーズする。
「本当になんでも、いいの?」
「はい!腕によりをかけて作りますよ。」
すると、天音さんは顎に手を当て、考える。
「…ちょっと、待ってて。」
そう言って、天音さんは、どこかに消えてしまった。
天音さんは、何が食べたいんだろうか。
今は映画のための肉体改造をしなければならない大事な時期。
余計なものを落とし、筋肉をつけるためにもカロリー、糖質の高いものは御法度だが、食事を見た感じ、天音さんは、脂っこいものや甘いものが好きみたいだ。
もしかしたら、チーズタッカルビや豚骨ラーメンなどカロリーの高い食べ物を食べたいと言われる可能性もある。
「けど、天音さんも流石に映画のことは覚えているだろうし……。そんなに高カロリーのものは頼んでこないはず。」
……大丈夫だよな。
俺は、一抹の不安を感じていた。
案の定、俺の不安は的中した。
その場でしばらく待っていると、両腕いっぱいに抱え切れないほど牛ひき肉のパックを持った天音さんが戻ってきた。
ひき肉を使った料理ってもしかして…。
「天音さんが食べたいものって……。」
「わたし、ハンバーグが食べたい。」
やっぱり、ハンバーグかぁ~。
チーズタッカルビやラーメンに比べれば全然マシだが、ハンバーグも糖質は低いが、カロリーと脂質が多い。
煮込みやデミグラスにすれば、糖質も多くなるし、肉体改造に不適切な食べ物だが……。
しかし、もし、俺が作らないと言えば天音さんは怒って、2度と口を聞いてくれないだろう。
……そうだ!
「鳥胸のひき肉に変えませんか?そうすれば、カロリーが抑えられて、タンパク質も取れますし、美味しいハンバーグにもなって一石二鳥ですよ。」
「イヤっ!私の家は代々、ハンバーグは牛ひき肉100%って決まっているんだから。」
やっぱり、ダメだったか。
……本来なら止めるところだが、今回は致し方ない。
なんとか工夫して牛ひき肉を使った低カロリーのハンバーグを作るしかない。
「…わかりました。帰ったら作りますね。」
「やったー!」
「……ただし、これはさすがに多すぎるので、必要な分以外は戻してきてください。」
「ええ~っ。…しょうがないな。わかったよ。」
文句を言いつつも、天音さんは渋々、必要な分以外の牛挽き肉を元置いてあった所に返しにいった。
ええ~って…。
この人、後2週間で肉体改造しないといけないこと、本当にわかっているのだろうか…。
不安だ。
もし、撮影までに肉体改造ができずに失敗するなんてことになったら、撮影は延期、最悪の場合、中止ってことも考えられる。
もしそんなことになったら、映画は公開中止となり、天音さんは多額の違約金を背負うことになり、事務所をクビ。
芸能界も引退する羽目になるかもしれない。
そんなことになったら……。
「うっ…。」
日本中の天音清華ファンに恨まれるかと思うとゾッとする。
映画が無事公開できるように天音さんの食事管理は俺がしっかりしないと。
「それじゃあ、私、着替え取りに行ってくるから」
「はい。その間に、ハンバーグ作っておきますね。」
「楽しみにしてる!」
買い物を終えた俺たちは店の前で別れた。