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魔女に喝采を、咎人に願いを、望まれぬ貴女に永劫を。  作者: 采火


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「千年も森に一人ぼっちなんて、生粋の引きこもりでもなければ発狂しますよ」

 急に雰囲気が変わったレイチェルに違和感を覚えながらも、ガンドルフは命からがら逃げ出した。古竜の大森林を抜け、東の砦に逃げ込み、ようやく王都の騎士団本部にまで戻る。


 そのまま今回の単独任務の報告書を書き上げるために執務室に向かうと、イレネオが待ち構えていた。執務机に着席すると、書類の束を持ったイレネオが淡々と事実を告げてくる。


「遠征はなかなかうまく行きませんね」

「ああ。俺以外は深層部にいく前に殺される。いたずらに騎士を投入できない」


 今回の遠征も一部隊連れて行った。けれど森に踏み込んだ瞬間、攻撃される。


 部隊長と話し合った末、ガンドルフは彼らを東の砦に待機させて、単独で森に入った。その収穫は、シチューを作りかけでおいてくることだけだったけれど。


 ガンドルフがげんなりとする眼の前で、イレネオがトントンと机の端を指で弾く。


「とはいえ、このまま手をこまねいていると、大暴走(スタンピード)が起こりかねません。前回の災厄から約百年。最近の魔獣たちの増加具合からも、そろそろとの予測がされています」

「分かっている」


 考えこむガンドルフの眼の前に書類の束が差し出された。頭の痛い問題を抱えながら、書類に目を通す。


 それは前回の遠征後にイレネオに頼んでいた、魔女と竜種に関する内容だった。そのほとんどがガンドルフも知っている内容で、流し読みしていく。


 最後の行にだけ目が止まった。


「建国以前の資料は全て抹消……?」

「英雄王の時代、竜の災禍と呼ばれる大災害で人類は一度滅びかけましたから。保存されている文献はほとんどありません」


 竜の災禍は子どもでも知っている。

 英雄王エルダーが立ち上がるきっかけになった暗黒時代の終末とも呼ばれる出来事だ。


 千年より前の時代は渾沌としていたようで、歴史的資料が消失している。ただ分かるのはその時代、魔女により竜が産み落とされ、竜による災いが人類を滅ぼしかけたということだけ。


 その影響は病だけではなかった。灰の雪が降り、川は煮立ち、土地は枯れて、獣も干からびたとさえ伝わっている。英雄王は仲間たちとともに各地をめぐり、元凶となる竜を倒していった。


 イレネオが集めた英雄王の時代の資料はそれだけ。これでは創世神話として各国に伝わる話を集めただけの資料だ。本当に知りたい、魔女と竜種の関係については載っていない。


 ガンドルフはため息をつく。


「これでは世界最古の竜種エンシェント・ドラグーンの言っていたことの真偽もわからんな」

「そうですね……まぁ、ただ一つ言えることは、我が国の聖剣は正しく魔女アマンダの心臓から作られたということだけでしょうか」


 ガンドルフは頷く。

 千年前の生き証人がその存在を口にした。

 それだけは間違いのない事実。


「伝承通りであれば、竜を討伐するには英雄王の剣を使うしかないのか」

「はい」

「上層部が俺なんかに世界遺産(ワールド・ヘリテージ)を貸してくれると思うか?」


 問題はそこだ。

 英雄王の剣はエルダライト王国だけではなく、世界の遺産として厳重に保管されている。そんな簡単に戦場で使う許可が降りるわけがない。


 とはいえ、この難関が前進のための取っ掛かりになればいいとも思う気持ちは捨てきれない。


 上層部は古竜の大森林攻略と竜種討伐は等しいと考えている。だけど現状、この国にはあの化け物と対等に戦えるだけの手段がない。個人に対し軍勢で向かっても、蟻の子のように蹴散らされる。


 唯一、ガンドルフだけが懐に入れそうだけれど、油断した瞬間、殺される。そもそも普通の剣では、世界最古の竜種エンシェント・ドラグーンに刃が立たない。雷撃すら効かなかったくらいだ。斬りつけた途端、剣のほうが折れる可能性だってある。


 ならばやはり、英雄王の剣にも匹敵する頑丈な剣を作らせるべきか。


 ガンドルフが頭を悩ませていれば、イレネオがまた机の端をトントンと指で弾いた。


「王家の血筋を引いていて、魔女アマンダの魂を持っている。あの古竜の大森林の竜を討伐するのに絶好の資格を持っているのが貴方です。ゴリ押しするしかないでしょう」


 イレネオの言葉に、ガンドルフが眉間にぎゅうっとしわを寄せた。


「王家の血筋か。俺にそんなものが流れているなんて……お前、知っていたか?」

「いいえ。ですが団長も伯爵家でしょう。家系図を見てみれば良いじゃないですか」

「見たことがあるが、王家の血筋は入っていなかったぞ」


 当主直系の家系図と貴族名鑑を遡ってもみたけれど、どこで王家の血筋が混じったのかが分からなかった。伯爵家なので、王家から降嫁のある侯爵家があれば、どこかで血が混ざることはあり得るけれど、追いかけられた家系譜上ではそんな痕跡はなかった。


 だからガンドルフに英雄王エルダーの血が流れているのは間違いだと思いたいところなのだが。


世界最古の竜種エンシェント・ドラグーンは貴方に英雄王の血が流れてると言っているのでしょう。……それに気になることが」


 イレネオが自分の執務机をあさり、書類を引き抜くとそのままガンドルフに差し出した。


世界最古の竜種エンシェント・ドラグーンに『エルダーの血』を持つと示された騎士たちのリストです」

「……ヤコポ、ルキーノ、マッシミリアン、ニコロ……平民が多いな」

「そうです。しかも一人と言わず、複数」

「かつて没落した家に、王家が嫁いでいたか」

「そのわりには多すぎます。没落していた家に王族が降嫁していた場合、余計な後継者争いをうまないよう、文字通り『断絶』されるはずですから」

「となると……あと考えられる可能性は王家の威信に関わるぞ」


 ガンドルフは苦虫を噛み潰したように呻いた。

 平民に王家の血を引く者がいる。だが公的には平民に王家の血筋が混ざることはない。あるとすれば――時代の王族の戯れによる不義の子たち。


 イレネオも同じ考えなのか淡々と頷いている。


「それが限りなく近いと思いますがね。それに王家じゃなくとも……三代前のオルダーニ公爵は好色家で有名でしたし」

「オルダーニ公爵か……公爵家は定期的に王家からの降嫁があるからな」

「まぁ、王家は認めないでしょうけど。王家の血筋がねずみ算式に増えているなんて、威信も何もなくなってしまいますね」


 しれっとした態度のイレネオに、さすがのガンドルフも立場上、たしなめる。


「口に気をつけろ。どこで何を聴かれているのか分からん」

「反意はありませんし、口止めはしていませんので、そのうち騎士たちからも自然と知られていくでしょう」


 飄々としているイレネオは今日も絶好調だ。さすが騎士団の参謀役。部下たちから腹黒と評価されるのも仕方ない。


 ガンドルフは書類を束ねると、確認のサインして端に避ける。


「まぁいい。今は古竜の大森林攻略に専念しなければな」

「専念するも何も、一番いいのは竜の懐まで行ける貴方が竜を討伐することです。そのために、何としても英雄王の剣を国から引っ張り出さなければ」

「そうだな……」


 イレネオの言う通りだ。

 最小限の犠牲で最大の成果を得られるのは、ガンドルフが世界最古の竜種エンシェント・ドラグーンを討伐することだ。そのための剣が欲しくて、それをこれから上層部に掛け合わねばならないかもしれない。


 とはいえ、それは最終手段。

 まだ何か手段がないか、ガンドルフは模索したい。

 別れ際のレイチェルの慟哭が、忘れられないから。


「なぁ、イレネオ」

「なんです」

世界最古の竜種エンシェント・ドラグーンを、レイチェルを殺してもいいと思うか?」


 死にたいと泣いていた子どもがいた。あれは子どもだった。親しい者に置いていかれた子どもの慟哭。だけど子どもが死なないように、置いていった大人は彼女に約束を遺していった。その約束を守ろうと、子どもは心を磨り減らしていた。


 あのレイチェルを一言で表すならば、狂気と言うべきだろう。狂っている。死にたいのに、死んじゃだめだから死ねなくて、誰かに終わりを願っている。


 レイチェルの慟哭を聞いた時、ガンドルフの胸の奥がひどくざわめいた。こうじゃないと。これは歪んでいると、脳に警鐘が鳴った。それを言語化しようにも、イレネオはガンドルフの考えを「甘い」と一刀両断した。


「それこそ今更ですよ。なんです、絆されたんですか」

「いや……だがなぁ……」

「だが、なんです? ためられると気になるんですが」


 煮えきらない態度のガンドルフに、イレネオが早く言えと焚きつける。ガンドルフは悩みながら、感じたことを違えないように伝えた。


「あいつは死にたがっていたんだ。だが、魔女の制約と英雄王への復讐で死ねないようだった。そんなあいつを、殺しても良いと思うか?」


 イレネオが腕を組んで睫毛を伏せた。しばらく考える素振りを見せると、第三者として客観的な意見を述べていく。 


「私は現場を見てませんので、何とも言えませんが。死にたがっていたのなら、殺してやるべきではありませんか? 千年も森に一人ぼっちなんて、生粋の引きこもりでもなければ発狂しますよ」


 ガンドルフは瞑目する。確かにそうだ。彼女は千年も一人だった。寂しかったのだろうと指摘すれば怒っていた。けれど、正気を持ってガンドルフと話している時は、楽しそうで、嬉しそうで。


 いや、分からない。ガンドルフを母と呼ぶのが正気なのか、それともエルダーへの復讐心を持っている時が正気なのか。少なくとも、復讐心なんかより、笑っていられるほうが彼女にとって幸せなのは間違いなくて。


 悶々としていると、イレネオがまた机の端をトントンしてくる。


「納得がいきませんか」

「いや……なんだろうな。彼女の幸せを願ってしまうのは、アマンダの魂とやらを俺が持っているからか、とか考えてる」

「絆されてるじゃないですか」


 呆れたように言われて、ガンドルフは肩をすくめた。それから書きかけの報告書に視線を落として、続きを書こうとペンを走らせる。


 イレネオも話が一段落したからか、自分の執務机に着席すると、書類をさばき始めた。しばらく無言の時間が続いたけれど、ふと自分の書いた報告書を読み返したガンドルフが呟く。


「彼女の話す英雄王と、我々に伝わる英雄王の姿が、なかなか噛み合わないな」


 ただの独り言だった。でもその独り言をイレネオは拾って。


「当然ですよ。歴史とは勝者のもの。敗者の歴史はいつだって歴史に隠されるものですよ」


 人類からすれば、英雄王エルダーが竜種を全て滅ぼしたことが真実。勝った者が正義で、負けた者が悪だ。つまり、英雄王エルダーが正義で、竜種が悪だった。でも視点を変えれば、竜種にとって人類こそ悪だっただけのこと。


 千年前の真実はどこにあるのか。

 そもそも、英雄王エルダーの伝説の始まりは。


 次にレイチェルに会ったら、聞いてみようかとガンドルフは思った。


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