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魔女に喝采を、咎人に願いを、望まれぬ貴女に永劫を。  作者: 采火


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2/19

「それは隷属の枷だ。平和的解決をしようじゃないか!」

「ガンドルフ団長、子供が……? 団長は女性だった……?」


 一番近くにいた一般騎士が、レイチェルと男を見比べて困惑している。レイチェルが抱きついている男は眦を吊り上げると、動揺している部下を怒鳴りつけた。


「そんなわけあるか! 俺は男だ! こんな筋骨隆々の女がいて嬉しいか!?」

「でも今、その子がお母さんって」


 ガンドルフと呼ばれた人が大声で吠えた。

 レイチェルは嬉しくなって、にこにこと頷く。


「お帰りなさい、アマンダ」


 魔女の国から母の魂が還ってきたのだと、レイチェルは喜んだ。喜んで、喜んで、悲しくなる。


 ガンドルフの琥珀色の瞳に、悲しそうな自分の顔が映る。レイチェルは婉然とした表情で、ガンドルフの頬に添えていた指を首に這わせた。


 誰もがレイチェルの表情に視線を奪われる中、その冷たい指先がガンドルフの脈動を捉える。でも、と、彼に笑いかけた。


「エルダーの血を持つのは許さないわ」


 レイチェルの指に狂気と力がこもる。

 瞬間、ガンドルフの腕が跳ね上がり、レイチェルの首へと何かを嵌めた。


「あら?」


 レイチェルはきょとんとまばたく。

 それから首に嵌まったそれを指でなぞった。


 金属だ。冷たい金属。表面には文様が描かれているようででこぼこしている。それに妙な力がレイチェルに干渉しようとしている。


 レイチェルが視線をガンドルフに移すと、琥珀色の瞳が真っ直ぐに自分を映していた。


「それは隷属の枷だ。ガンドルフ・グレイマンの名によって命ずる。竜種よ、手を離せ。平和的解決をしようじゃないか!」


 冷たく感じるのは、嵌められた枷だけじゃない。剣を向け、恐れを瞳に宿す人々がレイチェルを囲んでいる。抱きついているガンドルフですら、油断なくこちらを見上げていて。


 レイチェルは嬉しい。アマンダの魂が自分を見つめてくれるのが嬉しい。嬉しいから笑いかける。――でも譲れないものもあるから。


 笑いかけながら、拒絶する。


「嫌」


 平和的解決なんて冗談じゃない。

 拒否した瞬間、ガンドルフはレイチェルを投げた。文字通りに投げた。レイチェルがきょとんとしながら投げられて、難なく地面に着地をすれば、その瞬間に隷属の枷が強烈な電撃をレイチェルに浴びせていた。


 レイチェルは立ち上がる。

 ぱちぱちと爆ぜる蒼い電光ににっこり笑う。


 騎士たちが恐れて一歩引いた。

 さざ波のような挙動は見ていて楽しい。


「隷属の枷が効かないのか……。魔獣でも気絶する出力に設定していたんだがな」

「こんなの玩具よね。アマンダの雷のほうがよっぽど怖かった」


 ガンドルフが苦々しく呻く。

 レイチェルは本物の雷というものを見せてあげようと片手を上げた。


「走れ、走れ、紫蕾の怒り」


 雷鎚が落ちる。

 紫に発光した火花は騎士の目を焼いた。


 一つだけでは足りないでしょうと、レイチェルは幾筋もの雷鎚を降らせる。逃げ惑う騎士の姿ににっこり笑う。


「ほら、踊ってみせて! いち、にぃ、さーん!」

「総員、守護第二魔術『天笠』展開!」


 ガンドルフの指示で、騎士たちが詠唱を始める。


 ――護り給え、つつみ給え、天なる笠よ。


 騎士たちの頭上へ、傘のように障壁結界が展開した。


 紫の雷鎚が落撃する。強度が足りずに罅が入る結界はあるけれど、レイチェルの一撃で壊れないほどの強度はあるみたいだ。


 レイチェルは目を細める。

 これは面白くない。

 唇を尖らせて、雷鎚を落とすのをやめた。


「私だけがびりびりするのは不公平よ」

「どこがだ。お前の攻撃に当たったら痺れるどころじゃすまないだろう」


 ぎゅっと眉間にしわを寄せたガンドルフもまた、同じように傘のような障壁結界を張っている。レイチェルは自分から離れたガンドルフに一歩、近づいた。


 胸の中がざわついている。むかついてる。視界が揺らぐ。この気分の悪さを全て、目の前の男にぶつけたい。


 レイチェルが虹色の瞳を大きく開いて一歩を進むと、ガンドルフは剣を構えた。


「なぜ、人間を殺す」


 なぜ? なぜ?

 レイチェルは一つのことしか分からない。

 千年前の事実でしか答えられない。

 だって。


「エルダーが悪いのよ? アマンダを殺したんだもの」


 兄と慕ったあの人が願った。

 母と呼んだあの人に願った。

 願われたから、アマンダはレイチェルに託けた。


「アマンダが言ったのよ? エルダーを憎みなさいって。だから私は殺すの。ほら、そこのあなたと、そこのあなた。そこのあなたも。エルダーの血を持ってるわ」


 レイチェルは数える。

 憎むべき命の数を一つ一つ指で指し示す。


 示された騎士の足元には硝子のように透き通る紫色の蔦が芽吹き、足に絡みついて宙吊りにしてしまう。レイチェルは虹色の瞳を細めながら、最後に目の前へ指を運んだ。


 アッシュグレーの髪に野性的な琥珀色の瞳。

 ずっとずっと待っていた人へと指を向ける。


「もちろん、あなただって」


 宙吊りになった騎士たちが、ひと呼吸で絡みつく蔦を切り捨てて地面に着地し、後退する。


 レイチェルはちょっとびっくりした。足を奪えばひと捻りだと思っていたのに、昨今の人間たちは想像以上に生き汚い。


 ほんの少しだけ感心していると、ガンドルフが油断なく構えたまま、問いかけてくる。


「エルダーとは、エルダライト王国が祖、英雄王エルダーのことか」

「さぁ? アマンダの心臓で作った剣で竜種を滅ぼしたエルダーよ」

「英雄王か」


 レイチェルは知らない。森の外の世界を知らない。

 エルダーが外の世界にいた竜種を滅ぼしたことは知っているけれど、それ以外のことは興味ない。だって知っても無意味なんだもの。


 レイチェルは微笑む。


「私ね、アマンダの言いつけがあるの」

「言いつけ?」

「森から出ちゃだめよって言われてるの」


 レイチェルはアマンダと沢山の約束をした。

 森から出ないこと。無闇に命を刈り取ってはいけないこと。それができるだけの力を持っているから。


 腕を広げると、めりめりと皮膚を突き破って竜の翼が生えてくる。大きく広げた翼で、にじり寄っていた騎士たちを跳ね飛ばした。


 ガンドルフの表情は変わらない。誠実そうな琥珀色の瞳に揺らぎがない。綺麗な色を見つけて、レイチェルの気持ちは少しずつつ高ぶる。


「本当はね、エルダーを殺したくて殺したくてたまらないの。そのために全てを燃やし尽くしてしまっても良いと思っているの。だからね、ここは結界なの。ここは国なの。魔女アマンダを女王とした森を受け継いで、今は私の森にしたの。無差別に殺しちゃうと駄目なんでしょう? 世界を滅ぼしても駄目なんでしょう? そうよね、アマンダ――」


 レイチェルは翼を広げてくるりと回る。ダンスのステップを踏むようにくるりと回る。巻き起こる風が彼女の黒髪をたなびかせて宙に浮く。


「でもここなら私の領域だもの。私の国への侵入者は殺して良いでしょう? エルダーの血は全て祟ってやるんだから!」


 レイチェルが飛んだ。

 ひと蹴りで上空に上がり、溜まっている有象無象の軍勢を見下ろす。正気は大地に置いてきた。今はもう、エルダーの血を根絶やしにする闘争心で頭も胸もいっぱいだ。


「広がれ、広がれ、私の森よ」


 レイチェルが唄うと、地中に這っている生命の根がより外の世界へと広がっていく。


「呪え、呪え、血を吸う大地」


 レイチェルが唄うと、土が色を変えて支配領域が増える。


「塞げ、塞げ、闇の茨!」


 レイチェルが唄うと、地面が割れて紫色の茨がそこかしこから吹き出した。


 うねってしなって、紫の茨は森の支配領域を守るように騎士たちを排除しにかかる。生命が増えるのも減るのも、レイチェルのさじ加減ひとつ。空からその光景を眺めていたレイチェルは、笑顔でガンドルフに手を振った。


 空からは騎士たちの動きがよく見える。ガンドルフが指揮する声もよく聞こえた。


「第二部隊、火炎第二魔術『火砲』展開! 目標を撃破せよ!」


 ――燃やし給え、丸まり給え、業火の砲。


 体勢を立て直した騎士たちが、次々とレイチェルに火球を放ってくる。


 当たっても痛くはないけれど、せっかく増やした森を燃やされるのは面白くない。延焼しかねない角度の火球だけを、レイチェルは翼をはばたかせて霧散させた。


 ガンドルフを筆頭に騎士たちの顔色が変わる。

 レイチェルは微笑む。


 人間の炎なんて、蝋燭の火を吹き消すように簡単にかき消える。


「総員、退却! 森から出るぞ!」


 騎士たちがガンドルフの指示で逃げていく。混乱に乗じて再び蔦を絡めて捕獲した騎士たちも、仲間の助けで全員が救出された。


 つまらない。面白くない。

 レイチェルは頬をぷっくりさせる。


「お母さん、帰っちゃうの?」

「俺はお前の母親じゃない」

「やだやだやだ、帰っちゃうの嫌だ! 許さないから!」


 せっかく出会えたのにガンドルフも帰ってしまうなんて、そんなのつまらない。レイチェルが紫の茨でガンドルフを捉えようとすると、彼は手にある剣を一閃して防いでしまう。


 その太刀筋が、ひどくレイチェルの心を逆撫でた。

 たとえ愛しい人の、母のような優しい人の、懐かしい魂を持っていても。


 憎むべき血が流れているのを思い出させてしまうその太刀筋が、不愉快でしかない。


「ああ、そうね、そうだったわね。お母さんたら、エルダーの血を持ってるわ。駄目よ、駄目駄目駄目。その全身の血を抜いて、洗って、そうね、私の血を貸してあげる。そうしたらお母さんはずっと私と一緒にいられるよね。エルダーじゃなくなるんだから、いいよね……!」


 レイチェルの激情に触れて、紫の蔦が刺々しく騎士たち目がけて突出していく。地面のどこから襲ってくるか分からない蔦に、騎士たちは警戒しながら森の外へと抜けていく。


 全員が無事に森を抜けるまで、ガンドルフは殿で声を張る。


「第四部隊、守護第七魔『星盾』展開! 第三部隊、撹乱第二魔術『鏡霧』展開! 第二部隊、火炎第五魔術を用意! 第五部隊は第一部隊を全力で逃がせ!」


 ――護り給え、還し給え、星なる盾よ。

 ――隠し給え、歪め給え、鏡の霧よ。


 騎士たちの詠唱が重なって響く。

 その声すら、レイチェルの神経を逆撫でた。


 ここにいて欲しい。殺したい。一緒にいて欲しい。縊りたい。話したい。触れ合いたい。血の一滴すら許しがたい。


「帰っちゃ駄目って言ってるでしょ!」

「第二部隊、火炎第五魔術『白嵐』展開ッ!」


 ――燃やし給え、封じ給え、白炎の嵐よ。


 夢中でガンドルフを追うレイチェルの眼の前に、巨大な火球が出現した。


 鼻先で爆発する。


 とっさに森に被害が向かないよう、紫色の蔦と自分の翼で火の粉を防いだ。これくらい痛くもないけれど、耐久値のないドレスだけが焼け落ちて素肌が熱風に晒された。


 自分の体を見下ろす。左胸を覆うような痣があった。それから支配領域からいなくなってしまった有象無象の命を見つめて、ため息をつく。


 もう、手出しができない。


「残念だわ。紳士ならドレス代くらい支払うべきだと思うのに」


 でも、とレイチェルは笑う。くるりと回る。レイチェルが遠ざけていた魔獣たちが足元に集まるのを見て、その中央に降り立つ。


 とびきりの笑顔を浮かべて、レイチェルは森の入り口に背を向ける。


「いいわ、いいわ。ここは私の森。また遊びに来て頂戴。いつでも歓迎しているわ」


 新しく支配領域になった土の感触は、何人もの血を吸っていて、とても肌触りが良かった。


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