「人類を救いたいなら、アマンダの剣で私の首をはねればいいのよ!」
レイチェルは本能のままに森を広げた。
広がる森はすべてレイチェルの支配領域だ。楽団を率いるように魔獣を引き連れ、領域を犯す人類を滅ぼしていく。
人類は強欲だ。魔獣を殺しても殺しても止まらない。何の目的を持って魔獣を殺すのか。領域を、領分を、守れば良かっただけなのに。
命が消える、命が消える。
血管が悲鳴を上げている。育まれるはずだった命が溢れかえり、大地が破裂しそうになっている。
大地の血管を循環するはずの莫大な生命の力が行き所をなくして、レイチェルの中に雪崩れてくる。
レイチェルは虹色の瞳を限界まで開いて、森を広げ、魔獣に力を与え、人間を殺した。殺せば殺すほど、命が巡れば巡るほど、気分が高揚し、身体が沸騰するように熱くなる。
イレネオを振り切って、騎士たちを振り切って、レイチェルは森を広げた。
森を広げて、千年越しに見つけた。
王都の端、古竜の大森林に一番近い砦の地下。
そこに英雄王エルダーの棺があった。
「こんなところにいたのね、エルダー!」
静謐で広大な地下空間。そこに眠るはずのエルダー目がけて、レイチェルは天井をぶち破るように地上から突き抜けた。
レイチェルはエルダーの棺の上に降り立つ。
地上に置いてきた騎士たちが煩わしい。紫色の茨がうねって天井の穴を塞いだ。
レイチェルはゆぅらりと地下の空間を見渡す。
ただただ広くて、何もない。
「冷たくて埃っぽいわ。岩の中に眠ってるなんて。それで私から隠れたつもりなのかしら」
レイチェルは後ろを振り向いた。背中にあるのは壁だ。でもその壁には沢山の文字が刻まれていた。
「ピーア、ロミーナ、シビッラ、トスカ……これは全部、あなたが殺した魔女の名前?」
見覚えのある名前の羅列。
ひぃ、ふぅ、みぃ。
両手でも数えられないくらいの沢山の名前は、アマンダから教えてもらった、はるか昔の魔女狩りで共に生き残った魔女の名前だ。レイチェルは蔑むように、足の下の石棺を見下す。
「人類を救済したいからってこれはやりすぎだったのではないかしら。世界を救済できるのは魔女たちだけだったのに」
アマンダを殺しただけでは飽き足らず、竜種を滅ぼすために数多の魔女をも殺し尽くした咎人。地下の暗闇の中でも、レイチェルの瞳は煌々と輝く。
レイチェルは踵を上げて、天井から降ろした紫色の茨にブランコのように腰かけた。つま先で、行儀悪く棺の蓋を開ける。竜種としての膂力があれば造作もなくて。
棺の中には、皮と骨だけになった蝋のような遺体が眠っていた。レイチェルの表情が歪む。
「あなたが会いに来てくれないから。あなたが約束を守ってくれなかったから。私が会いに来てあげたの。嬉しい? 喜んでくれる? あの頃のように私を抱きしめて、頭を撫でてくれる? ねぇ、お兄ちゃん」
レイチェルが声をかけても、返事はない。
胸の内から、世界から、聞こえてくるのは、大地の血管から伝わる命の怨嗟だけ。
茨のブランコを小さく揺らしながら、レイチェルは囁いた。
「……エルダーが悪いのよ。嘘をついたから。エルダーが悪いのよ。アマンダを殺したから。エルダーが悪いのよ。人類なんて救ってしまったから……!」
顔を上げた瞬間、騎士たちがこの地下の王墓に雪崩込んできた。
レイチェルは扉の入り口に向けて紫色の茨を伸ばし、先頭の騎士を刺し殺す。最初の一人は殺せたのに、二人目、三人目は姑息にもレイチェルの茨を避けて切断してきた。みるみるうちに、広かった地下空間が賑やかになっていく。
レイチェルは茨の上で立ち上がった。立ち上がって、首を傾げた。大地の血管から届く過剰な生命の力で呼吸すら圧迫されそう。
「おかしいわ。私、エルダーと会ったのに。まだ約束は果たされてないわ。どこ? アマンダの剣は、アマンダの心臓はどこ……?」
約束が果たされないことによる虚無感が、レイチェルの精神崩壊を加速させた。
早くしないと。
早く正常に戻さないと。
正常に戻すのは世界? それともレイチェル?
暴走する思考が止まらない。
地下空間を縦横無尽に茨が這っていく。過剰に与えられる生命の力で、レイチェルの竜種の部分が強く表面化されていく。
「広がれ、広がれ、私の森よ。呪え、呪え、血を吸う大地。塞げ、塞げ、闇の茨」
この地下空間もレイチェルの領域だ。魔獣を生むことなんて容易くて、茨の棘から生まれた獣型の魔獣が騎士たちに襲いかかる。
さらにここは王墓。王国の王族が眠る場所。レイチェルが大地の血管を通してちょっと調律してやれば、未練を残していたらしい王族の魂が魔獣に宿り、ひときわ大きな魔獣へと進化を促す。
茨を操り騎士を殺し、王族の魂から魔獣を生む。
殺しても、生かしても、救われない、報われない、終わりがない、果てがない。
レイチェルは胸を抑えた。
胸を抑えて、声を押し殺した。
「アマンダ……アマンダお願い、はやく来て。殺して……私を殺してよぉ、もう嫌だよぉ……! 一人は寂しい……っ!」
レイチェルが慟哭した、瞬間。
「見つけた! 帰るぞ、レイチェル!」
天井を埋めたはずの茨が粉砕され、レイチェルの身体も落ちる。
天井の茨を剣で木っ端微塵にした人物は、エルダーの棺を挟んで、レイチェルとは反対のほうへと着地した。
短く刈ったアッシュグレーの髪に、意志の強い琥珀色の瞳。身の丈よりも大きな大剣を携えて、ガンドルフが土埃の中で立ち上がる。
レイチェルは呆然とその姿を見上げて。
「アマンダ……?」
「アマンダじゃない! いい加減名前を覚えてくれ。俺はガンドルフ。ガンドルフ・グレイマンだ。復唱しろ」
レイチェルはぱちぱちとまばたく。
それからおそるおそるというように、その名前を舌に乗せて。
「ガンドルフ……?」
「そうだ」
「ガンドルフ」
「なんだ」
「ガンドルフ!」
レイチェルは翼を広げて飛び上がると、棺の上を越えてガンドルフに抱きついた。スンッと鼻を鳴らして彼の匂いを嗅いでみる。汗臭い匂いに、思考の透明度が上がっていく。
違う。
彼はアマンダと全然違う。
アマンダはもっと甘くて、ふわふわして、パンケーキを焼いたようないい匂いがいつだってしていた。その違いに気がつけば、ずっとずっと、レイチェルの心を呪縛していた何かが緩和していく。
ガンドルフはアマンダじゃない。
アマンダの魂を持っているけど、ガンドルフはアマンダと同じじゃない。
「これがガンドルフの匂いね!」
「っ!? 匂いを嗅ぐな!」
胸いっぱいに匂いを吸い込んでいたら、ぎょっとしたガンドルフに引き剥がされた。いい匂い……とは言わないけれど、ガンドルフの匂いはなんだか癖になる匂いだ。側にあると安心するような、そんな匂い。
レイチェルがほんのちょっぴり不満そうにガンドルフを見れば、彼は咳払いする。そっと自分の横にレイチェルを置くと、エルダーの棺を見て目礼した。ここがなんの場所か知っているみたい。
そして視線を身構えている騎士たちのほうへも向けると、頭が痛いと言いたげに眉間のしわをぐりぐりと揉みこんだ。
ガンドルフは深い嘆息をして瞑目すると、切り替えたように顔を上げる。レイチェルはそわそわぱたぱたと翼を動かしてガンドルフの一挙一動を見つめて。
「……レイチェル、被害が広まる前に大暴走を終結させたいんだが」
「焼き尽くせばいい?」
「それでいいのか」
ガンドルフがちょっぴり驚いたように目を丸くしている。レイチェルの力があれば、魔獣たちを鏖にすることなんて造作もない。
自分の子供同然の魔獣たちを殺せるのか、とガンドルフが心配そうにしているけれど、レイチェルは本能でガンドルフの言葉を優先したいと思った。思ってしまった。ガンドルフの望みなら、願いなら、なんでも叶えてあげたいと。
だからレイチェルは元気よく頷く。
「全部燃えるけど」
「全部ってどこまでだ」
「魔獣がいるところ全部!」
「やめろ、騎士まで死ぬ!」
「エルダーの血も殲滅できて一石二鳥!」
「却下!」
うなだれたガンドルフに、宙に浮いたレイチェルがよしよしと頭を撫でた。撫で撫でしていると、ガンドルフがふと気がついたように顔を上げる。
「お前が操ってるんじゃないのか」
「違うわ。私は確かに力を与えているけれど、彼らは独立してる生命体だもの。それに古竜の大森林から出ていこうとするでしょう? もしかしたら本能的に私の手が及ばない、大地の血管の乱れの場所に向かっているのかもしれないわ」
レイチェルもそう。
本能のままに古竜の大森林を広げた。広げて、ここまでたどり着いた。たどり着いた先にエルダーの墓があるなんて思っても見なかったけれど。
大地の血管は命を多く抱える場所ほど乱れる。騎士団の作戦が砦での防衛戦を想定していたせいか、退路がそうなっていたせいで、ずるずると大地の血管の乱れがそちらに引きづられたような形になったのだろう。
だから大暴走は怖い。
レイチェルでさえも意識を引っ張られてしまうから。
もっと昔は。ずっとずっと昔は。大暴走が起きても自我を保てていたのに。レイチェルはなんとなく、自分の意識が弱くなっていることを感じる。
ガンドルフがレイチェルを真摯に見上げてきた。その視線から逃れられなくて、レイチェルは微笑む。
「他の方法でやめさせられないのか。このままだと泥沼だ」
「そう言われても……」
困ってしまう。
いつも大地の血管の暴走が終わるまでほったらかしというか……今だってレイチェルを通じて生命の力が魔獣たちに分配されていっている。
レイチェルはただの中継地としての役割しかないけれど、その負荷はとてつもなくて。
「そもそも、大暴走は大地の血管が暴走した状態なの。私が直接調律できないから、魔獣たちがそこを目指して突撃していくの。大地の血管の乱れを直接整えられたら、大暴走は終わるかもしれないわ」
原理的にはレイチェルが完璧に役割をこなせていたら起きなかったことだし、竜種と魔女が滅びなかったらこんなことも起きなかった。
大暴走は人類が竜種と魔女の滅亡と引き換えに起こした罰のようなもの。それをレイチェルが一手に引き受けてるだけ。
アマンダはここまで予想していたのだろうか。
エルダーが当時、最悪の竜種と呼ばれた存在を屠ったあとの結末を。ただ一匹の竜種だけではなくて、竜種と魔女が人類に狩られる未来を。
エルダーも知っていたのだろうか。
竜種と魔女が滅べば世界も乱れることを。人類の敵がまた新たに現れることを。
だから二人は、レイチェルを生かしたのだろうか。
千年も。
「じゃあ、直接整えてくれないか」
「無理よ。ここまで森を広げたとはいえ、私はこの森から出られないの」
ガンドルフが簡単に言うけれど、レイチェルは首を振る。できないからこんなことになっているのに、ガンドルフは実は頭が悪いのかしら、と首をひねる。
「そういえば前にもそんなことを言われたな……なぜ、出られないんだ」
「それは……」
レイチェルが答えようとした時、地下空間に新たな足音が増えた。レイチェルの攻撃を警戒していた騎士たちの後ろから、さらに追加の騎士たちが現れる。
第一陣が砦の防衛部隊であるなら、今到着したのは魔獣殲滅部隊の一画だ。後続にはレイチェルを追いかけてきたぼろぼろのイレネオも混ざっている。
「団長! これは一体……!?」
イレネオが槍を片手に、騎士たちの合間をぬって前衛に出てきた。その後ろから、誰よりも濃いエルダーの血の気配を感じる。
レイチェルはきょとんとした。
それを認識して、産毛が総立つ。
待っていた。
この日を待っていた。
願いが、約束が、成就される。
それが嬉しくて、ガンドルフににっこりと微笑みかけた。
「ねぇ、ガンドルフ」
「なんだ」
「人類を救いたいの?」
レイチェルは翼を大きく広げて宙へと舞い上がる。くるりと身を翻すと、ガンドルフを背中から抱きしめる。困惑しながらも、ガンドルフは頷いて。
「……当然だ」
それなら、とレイチェルはガンドルフの耳元に魅惑の声で囁いた。
「人類を救いたいなら、アマンダの剣で私の首をはねればいいのよ。千年前のエルダーのように。簡単でしょ!」
ガンドルフの目が見開かれる。彼が振り返るのと、レイチェルが天井近くまで飛び上がるのは同時だった。
「なにを……!」
「私が死ねば、あなた達が恐れる存在はいなくなるものね!」
レイチェルは虹色の瞳を一点に向ける。天井に空いた穴が、地下の薄暗い空間に一筋の陽光を注ぐ。圧倒的強者かつ荘厳な雰囲気を纏って、レイチェルは翼と腕を大きく広げた。
虹色の瞳が見つめるのは唯一つ。
「だからアマンダの剣、返しに来てくれたのかしら、エルダー」
イレネオの背後に立つ、エルダーとよく似た雰囲気を持つ青年。王太子アベラルドが、一振りの剣を持って立っていた。
アベラルドはイレネオよりも前に歩み出ると、困ったように微笑んで。
「私はエルダーではないけれど、でも貴女がそう言うのならそうなのかもしれないね」
「殿下!」
「やぁ、ガンドルフ。君が選ばなかった選択肢を、私が選びに来たよ」
毅然としたアベラルドの言葉。
ガンドルフがどうして連れてきたのかとイレネオを批難するように睨みつけるけれど、イレネオは一度肩を竦めただけ。イレネオはアベラルドの言葉から、騎士団長と王太子の間であったことを察したようだった。
そして、その結果が世界最古の竜種の側にガンドルフがいる理由であることも、きっと。
アベラルドがエルダーの棺へと近づいてくる。レイチェルはただ見ているだけ。歩きながら、アベラルドは雄弁に語る。
「君が世界最古の竜種だね。君が古竜の大森林を支配している限り、我々は脅威にさらされ続ける。人類のために死んでくれるかい?」
「殺してくれるの? 殺してくれるの?」
レイチェルの声が弾む。
何年。何十年。何百年。
この時を待っていたことか。
エルダーが、エルダーの末裔が、アマンダの剣を持ってきてくれた。
持ってきてくれたから。
「でも嫌よ、エルダーには殺されてあげない! 私がエルダーを殺すのよ!」
虹色の瞳孔が開いた。
紫の茨が地上から侵入して、アベラルドを一直線に貫こうとする。
イレネオが王太子の眼の前に躍り出て、レイチェルの茨を切り落とした。地下空間に彼の怒号が炸裂する。
「総員、王太子を守れ!」
「イレネオ!」
「団長も離れてください!」
レイチェルの視界の端に自分を見上げるガンドルフが映る。映るけれど、今はガンドルフよりも優先したいものができてしまった。
レイチェルの輪郭が変わっていく。翼はより大きくなり、その腰からはしなやかで槍の穂先のような尖端を持つ尾が生える。手足には黒真珠色の鱗が鎧のようにびっしりと皮膚を覆った。
大地の血管からの過剰な生命の力の供給。レイチェルが魔獣たちに「そうあるように」と願ったように、自分の身ですらも進化させる。
レイチェルは世界最古の竜種。この世界最後にして唯一の竜種。
そうあるようにと冀われて此処に在る。
半竜化したレイチェルが、彗星のようにアベラルドへ向かって急降下する。
「アマンダの心臓を返せぇえええっ!」
「第三、第四部隊、魔術陣配置につけ! 対象・世界最古の竜種! 光鎖第三魔術展開!」
――絡め、連なれ、くもの網。
イレネオの指示で騎士たちが前衛に躍り出た。騎士たちの展開した光の鎖がレイチェルを捕まえようと飛び出してくる。
レイチェルは光鎖の隙間をくぐり抜けるように飛んだ。アベラルドへ肉薄する。虹色の瞳が歓喜に燦めく。
「エルダー、死んじゃえ!」
「甘い」
レイチェルが斬り裂くように突き出した爪を、アベラルドの剣が弾く。レイチェルはちょっぴり驚いたように目を見開くと、すぐに表情を消して攻撃の手を早めた。
二人の攻防が苛烈になる。
ガンドルフもイレネオも、分け入る隙がない。騎士たちも攻撃すれば王太子に当たる危険があり、せっかくの光鎖の魔術展開も身動きが取れずにいる。
そんな中で、アベラルドが大振りなレイチェルの攻撃を先読みし、体勢を崩させた。
「うぐぁ!?」
「レイチェル!」
ガンドルフが叫んだ。
レイチェルが体勢を戻そうとする僅かな隙を見て、騎士たちが光鎖の魔術で絡め取る。
蜘蛛の巣のような光鎖で雁字搦めにされたレイチェルがアベラルドを睨みつけた。アベラルドは剣先を地面に下ろす。
「動きが甘いね。接近戦闘には慣れていないのかな?」
「ふ、ふふ。千年ぶりだもの。仕方ないでしょう? でもこれくらい簡単に引きちぎれるんだからぁ……!」
レイチェルが竜種の膂力でもって、騎士たちが魔術で作った光鎖を引き千切る。騎士たちは引き千切られるたびに次々と魔術を展開し、レイチェルを縛り、動きを封じる。
レイチェルは絡みつく光鎖に苛ついて暴れる。
騎士たちに緊張が走った。
過去、この何重にも複雑で強固に張られた光鎖の結界を引き千切った魔獣はいない。光鎖一本では弱くとも、騎士が十人、百人と束になって編んだ光鎖の拘束は決して破られることはないという自負があったから。
それを見たアベラルドが困ったように肩を竦めた。
「騎士が百人いても足りないか。今いる騎士ではそのうち押し切られそうだ。その前に、ガンドルフ」
「はい」
「心臓をくれる?」
「なッ、……!?」
アベラルドが一足飛びでガンドルフに肉薄する。
急なアベラルドの暴挙に、ガンドルフは反射で避けた。
跳躍し、アベラルドの頭上より高い位置で前転するように背後の壁を蹴る。アベラルドの背後にまわったガンドルフは、そのまま間合いを取った。
「何のおつもりか!」
「避けないでくれるかな。国のためだ」
王太子が剣を持たない手を挙げた。イレネオを筆頭に、第三と第四の部隊長がガンドルフに襲いかかる。
味方と思っていたはずの者たちから攻撃されたガンドルフは咄嗟に避けるも、副団長と部隊長二人を一度に相手取るのは厳しかった。
イレネオは槍を使い、第四部隊長は剣を使う。第三部隊長は魔術の展開が得意だ。その上、全員の技量はその役職に相応しいもの。連携だって当然。
だからこそ、ガンドルフに隙が生まれた。
眼の前の強者三人に対し集中するという隙が。
気配を消した王太子の隠密が、光鎖の魔術でガンドルフを拘束した。
「なっ……!?」
「悪く思わないでほしい。それと君の部下たちはこれから起きることを何も知らない。恨むなら、私だけを恨んで」
「何を……!」
アベラルドがイレネオたちを下がらせる。
これから何が起きるのか。
察したレイチェルの瞳が大きく見開かれて。
「…………や」
伝説の剣を持つエルダーの末裔が、アマンダの魂を持つ騎士へと歩みよる。
「…………いや」
動きを止めたレイチェルに反応した騎士たちが、彼女の視線の先を見る。
「…………やめてぇ……っ」
まるで、かつてのように。
少女の哀哭は届かず。
――ガンドルフの心臓に、アベラルドの剣が突き立てられる。
「魔女の魂を持つ者よ、心臓を捧げよ!」
「え、るだぁああああ!!」
心臓に真っ直ぐ剣を突き立てられ、ガンドルフは血を吐いた。
赤い。
赤。
赤、赤、赤!
レイチェルの慟哭が耳を劈く。
まるで世界の終わりのような、世界への絶望のような、世界が怒るような。
騎士たちは竜の咆哮と、眼の前の現実に思考が空転する。
「殿下、どういうことです……!? なぜ団長を! 世界最古の竜種に肩入れしすぎた団長を捕縛するだけではなかったのですか!」
イレネオだけが唯一人、事実を飲み込むのが早かった。王太子に肉薄し、その喉笛に槍を突きつけたところで、隠密が同じようにイレネオの喉笛に短剣を突きつけた。
アベラルドはガンドルフに突き立てた剣に手を添えたまま、淡々と答える。
「王家に伝わる伝承だ。竜が魔女の心臓から作られた武器でしか破壊できないというのは、一匹の竜の魂は一つの魔女の魂でしか解放できないことを指している。この古びた剣は、すでに魔女の心臓の力を失っていた。この剣だけでは、あの世界最古の竜種は殺せない」
英雄王エルダーは竜種を滅ぼすために魔女を殺し尽くした。心臓の剣が殺した魔女の数と屠った竜の数は一致している。この剣じゃなくても、魔女を狩り尽くすことで、対応した竜種もまた絶命した。
故に、魔女の絶滅した世界で世界最古の竜種を屠ることは叶わない。
だからこそ英雄王は、世界最古の竜種を古竜の大森林に封じたと考えられてきた。
世界最古の竜種が壊れたら約束を果たせ、という遺言も、最後の竜種をその剣でもって殺せという意味で。
「英雄王は知っていたのかもしれないね。魔女の魂を持つ者が現れることを。そうなればあとは、ガンドルフの魂から剣を作ればいいだけだ。自明の真理だろう」
「だからといって……!」
イレネオが唇を噛みしめる。
王太子の謀に気が付かず、世界最古の竜種を討伐するまで、竜種に情が湧いているであろうガンドルフを足止めするだけ、という言葉を鵜呑みにした無能な自分に激しく絶望した。他二人の部隊長もまた同じで。
地下王墓の空間に異様な空気が渦巻く。
ざわざわと肌が粟立つ。
地の底から響くような、か細い声が僅かに聞こえてくる。
「……さない」
「うん」
「ゆる、さない」
レイチェルがゆらりと首をもたげた。
「二度も、二度も、アマンダを殺した。許さない。絶対、許さない。死んじゃえ。死んでよ。死ね、エルダァアアアア!」
レイチェルが束ねられた光鎖を全力で引き千切る。
騎士たちは騎士団長が王太子に刺された衝撃と、レイチェルの慟哭にひるんで動けない。
その中で、アベラルドだけが。
「許さなくて良い。これは咎人である英雄王の願いだ。――孤独に壊れた子供は、良い子でおやすみ」
アベラルドが剣を振るう。
狂気に駆られて肉薄したレイチェルの首を跳ねる。
ごとり、と。
世界最古の竜種の首が落ちた。




