変身ヒーローに慣れてない世界の敵なら、陰謀論の言いがかりで怪人と決めつけられてぶん殴られたら、顎が外れるよねって話
ドッペルゲンガーは恐怖の代名詞だ。
本来は黒い靄のような存在だが、人間に変身出来ると聞けばその恐ろしさが分かるだろう。
隣人。近所。果ては家族がドッペルゲンガーに入れ替わっている保証は?
更に多くの人間が目撃した犯人として捕らえられたが、実はドッペルゲンガーが化けていたという事例も存在する。
人の社会に紛れ込み、日常を過ごしているくせに、気まぐれで犯罪を犯すドッペルゲンガーは、まさに人類社会にとっての天敵なのだ。
しかし記憶や癖は継承しておらず、あくまで真似ているだけのため、注意深く観察すればその正体に気が付くことが出来るだろう。
難しい話だが。
(簡単な話だ。別の街から来たことにすればいい)
金髪碧眼で中肉中背の人間。歳の頃は三十代後半。大した特徴は存在せず親族もいない旅人。を自称するドッペルゲンガーが街を歩いている。
元々個体数が非常に限られているドッペルゲンガーは、真剣な対策を講じられることがない。言ってしまえば、この存在が関わる事件に遭遇するのは奇跡的な確率なのだが、それでも誰かが犠牲になってしまう。
(さて、誰を狙おうか……子供にしよう)
内心でニタリと笑うドッペルゲンガーは、単なる趣味で人間の怖れを楽しみ、悲鳴を求め、そして食べるという悪性の精神を持つ。それは、柔らかい肉を貪り、無垢な命を摘み取ることに決めたらしい。
(決めたぞ。裕福で丸々とした子供にしよう)
そしてドッペルゲンガーは獲物を探すため、街の中を歩き始める。
断言するが、ドッペルゲンガーは感情を表に出さず、不審な点は欠片もなかった。
つまり、相手が悪かった。
「む⁉ 怪しい奴! 貴様! さては怪人だな!」
「ぐげえっ⁉」
白昼堂々の惨劇。
真っ赤な鎧を着こんだ男の声が周囲に響くと同時に、ドッペルゲンガーの腹に男の拳が突き刺さった。
「きゃー⁉」
「なんだ⁉」
この突然の凶行で周囲はパニックに陥るが、次の瞬間には更なる悲鳴が増えた。
「ド、ドッペルゲンガーだー!」
くの字に折れ曲がったドッペルゲンガーは姿を維持出来ず、真っ黒な人型の靄が人々に認識されてしまったのだ。
(何⁉ 痛⁉ 拳⁉ 否ッッッ! 爆発魔法!)
一方、ドッペルゲンガーの思考はそんなことに構っていられない。
あまりの激痛に脳は単語しか紡ぎ出せず、拳ではなく爆発魔法を至近距離で食らわされたと誤認する程である。
「やはりこの世界でも秘密結社の陰謀が蠢いていたか! 目的は世界征服だな⁉」
幸いなことに赤い鎧は陰謀論丸出しの持論を展開していて追撃がなかった。しかし、バレる筈がない正体を見破り、しかも躊躇なく攻撃してくる人間なのだから、なにかの考えがある筈だ。
(ずっと監視されていたか! 油断した! それに態々喋っているのは、仲間への伝達だな⁉)
実際にドッペルゲンガーは、自分を監視していた用意周到の人間が、確実に油断している街中で奇襲を仕掛けてきたと判断し、意味不明な言動は仲間へ何かを伝える暗号だと誤認した。
「おおおおおおおおお!」
絶体絶命の危機に陥っていることを自覚したドッペルゲンガーは、渾身の力を込めて殴り返した。
単なる靄の打撃と思うなかれ。高位の存在であるドッペルゲンガーの拳は鎧を容易く貫通し、馬の首を捩じ切れる膂力を秘めているのだ。
それならば赤い鎧だって粉砕し、中の人間をひき肉にすることなど容易い。
筈だった。
「なにっ⁉ この世界の怪人は、パンチ力が100tではないのか!」
「ば、馬鹿なっ⁉」
「この程度、先輩達からの攻撃を24時間受け続ける特訓を経た俺には効かんぞ!」
ドッペルゲンガーが引き出せたのは、赤鎧の意味不明な例えだけだ。
赤鎧には傷一つなく、それどころか身動ぎもしない!
「き、貴様何者だ!」
「俺は正義の味方、赤百号!」
「そんな分かりきった偽名を!」
時間を稼ぐためにドッペルゲンガーは問いを発したが、返って来たのはどう考えても偽名だ。
「なぜ気が付いた!」
「正義の味方が悪に気付くのは当然!」
「誤魔化すな!」
「誤魔化してなどいない! あの太陽に誓って!」
続けられたドッペルゲンガーの質問も、赤鎧は非常に雑な答えを返す。
いったいどこの世界に、言ってしまえば勘で決めつけ、しかも殴り掛かってくる人間がいるというのだ。
「話は終わりだ! 必殺正義パーンチ!」
「ぐっ!」
(避けられない! だがあと数発なら耐えられる!)
一瞬だけ呆けたドッペルゲンガーは、拳を振りかぶった赤鎧の攻撃を避けられないと察した。しかし、先程の攻撃ならなんとか耐えられると判断して身構える。
必殺という言葉を甘く見るべきではなかった。そして、赤鎧の最初の攻撃はビンタに等しく、今回は本気である。
大きな違いだ。
「っ⁉」
(やはり……爆発魔法……!)
薄れゆく意識でドッペルゲンガーは見た。
爆散したかの様に木っ端微塵となった胴体は、爆発魔法の推測が正しいものだと確信させるには十分だったものの、命が尽きている真っただ中の存在には関係のない話だ。
爆発ではなく単なる腕力で体が木っ端微塵になるなど、予測出来るはずがなかった。
「正義は必ず勝つ! どんな世界でも! そうですよね先輩達!」
(こんな奴が今までどこに……)
最後にドッペルゲンガーが認識出来たのは、赤鎧の勝利宣言だけだった。
この物語は異世界を訪れた、とりあえず怪しければ怪人だと決めつけ、しかも的中率100%を誇るヒーローの物語……。
ではなく、敵から見た唐突に現れる理不尽を書いた物語である。
我々には理解出来る説明も、慣れてない敵から見たら意味不明なことを喋る唐突な災害ですよねってお話。
そしていきなり結論を導き出すお約束(*'ω'*)
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