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1-8:師による弟子の考察

「アンタの学習能力のなさはどうしたら治るのかしらねえ……本当に」

「うぅっ……やめてぇぇ……っ!」

 

 王城禁書庫の入口でセシリアを捕まえたネイサンは、現在、書庫を縦断する通路上でお説教の真っ最中である。

 こめかみを手のひらでぐりぐりと、フード越しに押さえつけるお仕置きに、セシリアはじたばた抵抗しているが、十五歳にしては小柄で華奢な少女の力は弱すぎて張り合いがない。

 涙目で、ネイサンにぴいぴいなにか訴えているこの非力な少女が、上位竜の表皮よりも硬い魔力耐性を持った魔術古書の封印を、いとも簡単に()くのだから呆れる。


(まったく、ヴァスト家が魔術師輩出の家系じゃないのはこの世の幸いよ)


 封印魔術古書の封印は、閲覧を防ぐ《表紙錠》と情報保護の《防護錠》の二段構えになっている。

 本が開かないよう鍵をかけている封印が《表紙錠》。

 本を解体したり表紙を切って中身を覗くなどもできないように守る、いわば本にかけられた一種の防御結界。

 大災害やその後の狂化竜や魔獣の大規模な害を乗り越えて、本が破損もせずに何百年も残っているのはこのためだ。

 

「このひ弱さで不摂生とか百万年早いって、つい最近言ったばっかよね、ねえ?」

「はい、はい……」


 通常、魔術師が他者の魔術を破る場合、考えうる方法は三つ。

 一、行使している術者を倒す。

 二、それ以上の魔力攻撃をぶつけて打ち破る。

 三、術式を読み解いて干渉する。


「うぅ、暴力……よくないぃ……っ」

「はぁ?」


 封印魔術古書は、すでに魔術付与がされた本だ。術者は古の故人で、一番目の方法は消える。

 そして多くの場合、魔術師が取るのは二番目の方法。

 封印強度を超える魔力をぶつけて消滅、または高出力の魔術で撃ち抜いて破壊だ。


「いやああぁ……!!」


 少女の頭をぐりぐりといたぶるのにも飽きてきた。

 やはり、頬をつまんで引っ張るのが一番。

 もちもちのふにゃふにゃでつまみ心地がよいし、柔らかくてよく伸びる。


(けど、あの封印を施した大賢者さまとやらも、歴史ではさも正義の魔術師みたいな扱いだけれど。ろくな奴じゃない)


 封印魔術古書は二段階封印。

 それも《表紙錠》を破った魔力に反応し、《防護錠》が発動する仕掛けだ。

 本にぶつけた魔力が大きいほど、《防護錠》の精度と強度が上がる。

 

(どう考えても後世に伝える気ゼロでしょ……本の(ページ)に指をかけた瞬間に襲いくる術式の数々とか)


 本の中身に記された情報を、本を開いた者から守る封印が、《防護錠》の封印である。

 文字を誤読させ、文章を改竄(かいざん)し、正しい内容を伝えないようにする術式に加えて、手にした者を燃焼する、毒に侵される、精神を破壊する、魔力を奪って再起不能にするなど、内容に応じて凶悪極まりない術式が組み込まれている。


(本当、大した外道よ)


 厄介なのは、《防護錠》の封印を解除しないと、やがて壊した《表紙錠》が再生し、本は再び封じられてしまうところにある。封印解除に成功した本が少ないのは、二段階の封印を続けて解除しないといけない点にある。


「アンタの頬肉ってなんかいいのよねえ、適度な弾力というか」

「よく……なっ、いれふっ、ぅぅ……」


 人間辞めてる魔力と実力の魔術師でなければ、開くのは無理な本の封印。

 それを情けない声を出している、この魔術師でもない少女が、いとも容易(たやす)く解除する様を、古の大賢者が見たらどんな顔をするだろう。

 考えただけでも、ネイサンはぞくぞくしてしまう。

 他者の魔術を破る三つの方法の内、三番目。

 もっとも現実的な方法ではないとされている。

 

(術式を読み解いて干渉する――いや、それ以上)


 驚異的な演算能力で術式を解析し分解する。それは静かに、魔術を破壊する技法だ。

 好戦的な対魔術師を想定した封印が施された本を、少女はものの数分で、ただの本にしてしまう。


「り、リトラディスっ」

「ちっ」

 

 セシリアが契約精霊の名を口にして、ネイサンは舌打ちして彼女を離してすぐさま距離をとった。

 彼女の作業用ローブの襟元から、しゅるんと顔を出した白い生き物の周囲で半円を描いた水が、ネイサン目掛けて細い筋を引いて飛んでくる。

 水鉄砲なんて可愛げのあるものではなく、岩を切断する威力の水圧で。


「あ、あっ、だめっ、リトラやりすぎっ!!」

「アンタっ、アタシを殺す気っ!!」


 セシリアが精霊を制止する声に被せて、ネイサンは声を張り上げた。

 ネイサンの足元の床と近くの柱の表面が、斜めに綺麗に切り裂かれている。

 精霊は人間と違い、演算も術式も詠唱も制御もなしで、膨大な魔力を魔法へ瞬時に変えて自在に操る。

 使役するなら明確な命令を与えないと、加減を知らない大雑把さだからタチが悪い……。


「でもマスターの先生は、攻撃が当たらない(・・・・・)……」

「だからって、だんだん威力増してんじゃないわよ、このおとぼけ両性類……ったく、主従揃って非常識な」


 ふよふよ浮いている、白いつるんとした尾っぽを持つ、オパール石の精霊にネイサンはぼやいた。

 人魚の出来損ないみたいなこの上位精霊は、統一王朝時代の遺物に閉じ込められていた古精霊。伝説級の存在だ。セシリアには隠すよう言ったけれど、主従揃って己の希少性にまったく無自覚でいる。

 そうこうするうちに、禁書庫の床や柱についた裂け目が、何事もなかったように元の綺麗な状態へと戻っていった。この石の継ぎ目がまったくない、白大理石の建物は欠損箇所を自動修復する。老朽化とも無縁だ。


(確認しているだけでも、防犯、定期浄化、自動調光、温湿度は一定に保たれ、書架は自動錠付き封印ケースのようなもの、司書室なんて古代遺物の展示室も同然)


 はあっ、とネイサンはため息を吐いて、対して乱れてもいない着衣を直すように、装飾の多い宮廷仕様のジャケットの襟元を引っ張った。

 本当に、この娘もこの娘の周囲も、常識外れなものばかりだ。


「ええと、ネイサンおじ……」

「あ?」


 駆け寄ってきたセシリアをネイサンはひと(にら)みした。途端にびくっと足を止める少女に、彼は肩から脱力する。自分から魔術を教わりたいと言ってきて、王家だけでなく魔術師にも妙にびくびくしている。

 王家は古代遺物のことや“夢のお告げ”とやらが影響しているにしても、おかしな小娘である。


(魔術師が束になってかかっても敵わないだろうに。なにを怯えているのだか)


「あの……せ、先生……大丈夫?」


 師弟でいる際は、ネイサンは「先生」とセシリアに呼ばせている。セシリア・リドルでいる時は特に。

 ネイサンおじさま……だなんて、平民上がりの養女の弟子が口にする呼び方として違和感がありすぎる。


「ご覧の通り、胴体からなにも切り離されちゃいないわよ。ま、アンタみたいなぼけっとした小娘には、丁度いい防犯装置じゃない。<深園の解錠師>を狙うのは、魔術師だけじゃないでしょうし」

「ごめんなさいぃ……っ」 

「アンタ、なにが悪いかわかってんの?」


 ネイサンの胸くらいの背丈しかないセシリアをを見下ろし、彼は彼女の先生として問いかける。

 誰も開けられない古代叡智を記した本を開いてしまった娘だ、狙われないはずがない。

 王が直々に称号を与えたことが抑止力になっているけれど、油断はできない。

 それに『深園の書』は、一部魔術師の崇拝対象にもなっている。狂信者はなにをするかわからない。

 魔術師なら、対精霊や対魔法の知識を持っている。

 

(ま、魔術師にとって歩く要塞みたいなもんだけど)


 セシリアの両肩を(おお)う、亜麻色の作業用ローブへネイサンは視線を落とし、琥珀色(こはくいろ)の目を細める。

 ヴァスト家所有の封印魔術古書を練習台に、本当に解除してしまった教え子に呆れながらもネイサンは、すぐに対魔術を考慮した身を守るものを用意しろとセシリアに指示をした。


(護身用魔道具や武器の一つや二つ、持ち歩けくらいの意味だったけど)


 ネイサンの指示に対し、セシリアが用意したのが彼女が着ている作業用ローブである。

 魔術師でもないくせに、なにやら考えて自作してくるとは、想像の斜め上をいく。


『えっと、解除作業で見て覚えてる術式をペタっと表面に貼って……再現できてると思うので機能するかなと』

『なにが?』


 教え子の考えていることがさっぱりわからない。

 もっとも、ネイサンにとって教え子の考えていることがわからないは、セシリアに限ったことではない。


『だから、その複製した術式を……』

『アンタいま、自分がどれだけありえないこと言ったかわかってる?』


 魔術の成立要件は大きく三つ。

 狙った事象を発生させる正確な演算、演算に基づいて忠実に組み上げられた術式、術式を起動させる魔力。

 制御だの精度だの威力だのといったこともあるが、それは次の段階の話である。

 セシリアは、最初と最後の要件なしに術式だけと言っている。

 その術式も付与でなく、ただの絹地の表面にわずかな魔力で複製し貼り付け……とは、どういうことだか。いまの魔術にない繊細緻密な術式を解析することと、その構成すべてを正確に複製することは、まったく別の次元の話だ。


『でも、問題とその答えと、答えを導き出す過程やその証明まで紙に書いて、それを別の紙にそのまま印刷したら、書かれている情報は同じですよね? その点では封印魔術古書と同じかと……』

『は? だからそれが……まったく、その理屈で作った代物が機能するか、試した方が早い』


 そしてネイサンの教え子はどいつもこいつも、意味不明な考えを具現化させることをやってのける。

 

(他者の魔力攻撃に反応して発動する、防御装備……アタシが欲しいわっ)


 魔術かも悩むところだ。成立要件から外れている。悪意が強ければ強いほど、触れれば強い呪詛を受ける呪物に近いが、そうでなければただの服だ。ただの悪漢の類なら契約精霊で撃退できる。 


「で、なにが悪いかわかってんの?」


 セシリア・リドルは、セシリアの父親と兄と侯爵家の家令以外には、ネイサンが面倒を見るために戸籍に入れた内弟子の少女。使用人達も正体を知らない。

 無断外泊されると、防犯の心配も隠蔽工作の面倒も発生し、ネイサンとしては小娘に振り回されて業腹である。

 念押しするようにネイサンが問えば、指折り数えながらセシリアは答える。


「え、えぇと……研究に夢中になって家に帰るの忘れたのと、不摂生と、過剰防衛したのと……あ、でもマリーも他の使用人も書庫にこもっていたって認識していたみたいです」

「アンタそこで、アタシやヴァスト家の家令がフォローしたって思わないわけ?!」

「はっ! そっか……ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げたセシリアに、ネイサンは毒気を抜かれて顔を(しか)めた。

 

(魔力過多もあって、周囲に面倒かけてる意識からか使用人にも分け隔てなく接するし、どうもズレてんのよね。この小娘……)


 貴族の序列も、社会の常識も知ってはいるが、自分と直結するものとして理解していないように見える。

 魔術に関してもそうだ。

 三〇〇年、多くの魔術師を(ほふ)ってきた本を、ものの数分で無力化した。

 そのために数年、常人では考えられない努力もしている。

 誇っていい、讃えられて当然の偉業だ。

 なのにこの少女ときたら、処刑されないためのただの手段でしかなかったのにと、与えられた称号や立場に驚いて戸惑っている始末である。  


(まるで傍観者(ぼうかんしゃ)


 客席から、この世界で起きる出来事を見ていた観客が、突然舞台へ引っ張り上げられおろおろしている。

 灰褐色の頭から落ちた、亜麻色のフードを目深に被り直すセシリアを胡乱げに眺めながら、ネイサンはお茶でも飲ませて頂戴と要求する。


「アンタに説教するのも飽きたし」

「飽きた……」

「マスターの先生は、マスターをいじめるのが好きなだけですから」


 ふよふよ浮いていた精霊が、十歳くらいの侍女の服を着た少女に姿を変える。

 おとぼけ両生類だが、いい使い魔だ。セシリアが慣れた大人以外は警戒することをわかっている。

 卑屈だとか、人が苦手とかではなく、ただただなにかに怯えている。


(本当、なにかしらね……この子)


 これから<深園の解錠師>セシリア・リドルの身辺は、さらに落ち着かないものになる。一昨日前に、王の呼び出しとは別に、魔法魔術審査会から代理人のネイサン宛に通知が届いた。

 セシリアにまとめさせ、ネイサンが提出した『封印魔術古書における《表紙錠》《防護錠》二段階封印の解錠技法』の新規技法登録がされた通知。どうせ誰もできない、公開した方が探ろうとする者を排除できる。


(魔術界が、<深園の解錠師>を認めた。フランシス王がこの子を呼び出したのもおそらくその関連)


 ネイサンはセシリアと並んで広い通路を歩きながら、近い内にフレデリックと話さなければと考えを巡らせる。王家や魔術界と関わる線引を。

 魔術師連合との関わりは避けられない。今後は要請も入るだろう。ネイサン以外にセシリアの解錠技法だけじゃないセシリアの異質さに気がつく者が出てくる。

 それにセシリア・リドルは架空の存在。フレデリックが犯した罪から生まれた影に過ぎない。

 いくら戸籍や経歴があろうと、<深園の解錠師>がセシリア・ヴァストである事に変わりはない。


(まるで原始の“(まじな)い”じゃないの。架空の存在、鏡に映したような影が、本体の人生に侵食し影響を及ぼしかねないなんて)


 師としてどこまでなにをすべきか、ネイサンは少々推しはかりかねていた。

 セシリアが魔術師連合の正式な要請を受けたことを相談し、「そういうことは会ってすぐに言えっ!」とネイサンが再び彼女に説教しだすのは、あと十三分と十七秒後のことである――。


お読みいただきありがとうございます。

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