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1-6:関わりたくない、絶対に!

最初にUPした1−5話を、2話に分割して加筆修正し、投稿し直しました。すみません……。

「……そういえば、ネイサンおじさまは? 出かけたって聞いたけれど」

 

 帰宅した時、幸いネイサンは屋敷にいなかった。

 セシリアが屋敷に戻ったのとほぼ入れ違いで出かけたらしい。

 お茶を用意して給仕のために側に控えている、専属侍女のマリーにそのことを尋ねれば、きっと王城だろうということだった。呼び出しの書状が届いたのはセシリアだけではなかったらしい。


「今日は珍しく宮廷服をお召しになられていましたから。本当に素敵で……いつもの軽装のスーツ姿や魔術師のローブのお姿も麗しいのですけれど……はあ、私、ヴァスト家にきてよかった」


 ティーセット一式を乗せたワゴンの側で、マリーは両手を組み合わせてうっとりしている。

 現在二十二歳で、結婚も近い婚約者もいるというのに。


「婚約者が聞いたら泣きそう」

「それとこれとは別ですわ。ネイサン様は日々の活力とか、人生の張り合いみたいなものですから」


 ネイサンが聞いたら、ものすごく極悪かつ人を馬鹿にした笑みを浮かべそうだ。

 彼はヴァスト家の使用人達の間で謎の人気がある。

 たしかに容姿はいいけれど、あんな性格歪んだサディストな先生のどこがいいのだろう。

 とはいえ、ネイサンがいたぶるのはあくまで教え子のセシリアなので、本家の侯爵令嬢なセシリアには丁寧に接する。隠しきれない性格破綻者の意地悪さも出ている気もするけれど、それはそれで書庫にばかりこもる内気なお嬢様が心を開いた先生に見えているらしい。


(別に内気なわけではないけど)


 高圧的な人が少し苦手なのと、現在の別ルート人生を死守したいだけだ。

 だから他家の令嬢達のように、積極的に他家のお茶会に出て同世代の令嬢と交友は避けている。

 一応、序列は上から数えた方が早い侯爵家。うっかり王家に近しい知り合いができては困る。王都では同じ教区内に公爵家の屋敷もあり、大人しくしているに越したことはない。


(人は目の前の事象を、自分の見たいように見るっていうけれど……)


 十三歳まで大半領地にいたこともあって、貴族社会でもすっかり虚弱で内気な侯爵令嬢だ。ここ二、三年は招待状すら届かない。

 使用人達の間では、“学究のヴァスト”らしく書庫で過ごすのが唯一の楽しみ。家庭教師も不要としていたお嬢様が唯一受け入れたのがネイサンといった共通認識であるらしい。


「王城にお呼ばれも増えてきたのですから、もう少し盛装をご用意してもいいと思いますのに……せっかくの美貌なのですから」

「ネイサンおじさまは面倒って」

「でしたら私が代わりに、王都の選りすぐりの人気店も職人も手配いたしますわ。お手伝いも、ぜひ」


 マリーの実家は男爵家。当主はヴァスト家と提携する研究所の所長だ。

 下級貴族の次女だけれど、王族や高位貴族の子弟も通う学園の卒業生で社交的な性格なため、いまの貴族社会に詳しく伝手もある。

 専属侍女だけれど、セシリアに貴族社会での立ち回りを教える先生も兼ねていた。

 

「無理だと思う」

 

 ネイサンは儀礼的なものが嫌いだ。どうして王城の都合に従う必要がと思っていそうである。魔術師は歴史的な経緯もあって、権力からは切り離された存在といった建前もある。

 上級魔術師のみが羽織ることを許される、大抵魔術付与がされた繊細な刺繍入りローブは正装としても通用する。

 彼が王に謁見の際に礼装で出かけるのは、「一応、王だから付き合ってやっている」というただの嫌味だ。

 あのフランシス王相手に、師の神経の図太さが怖い。


「魔術師様とはいえもったいない……ああでも、上級魔術師のローブが一番素敵なのもたしか。あれも滅多に見られない貴重なお姿ですけれど」


 いわゆる推し活らしいマリーはともかく、そんなネイサンを結構本気で狙っている使用人もいる。何故か男性使用人にも支持者がいる。


(まあ、女性はわからなくもないけど。若くして死別した妻との間に子供もいない、独り身の子爵家当主。職とお金に困らない上級魔術師だから)


 初婚と三十代半ばという年齢にこだわらなければ、現実的にまあまあ優良物件だ。

 むしろ瑕疵(かし)なく独り身に戻った貴族男性として、中級貴族以下の女性にとってより狙いやすくなっている。平民でも富裕層の娘であれば十分狙える。養女はいるが、ただの弟子なのでさほど影響しない。

 だがそんな結婚市場におけるネイサンの価値は、セシリアにとってはどうでもいい。

 王城で顔を合わせそうだという事実が、テーブルの上の焼菓子に手をつける気をなくすくらい、彼女の気を重くした。

  

(これは、王城禁書庫の中でお説教されるやつ)


 マリーがリトラに木の実をあげているのを眺めながら、セリシアは嘆息した。

 王城禁書庫は、許可証たる鍵を持たない者は入れない。侵入者は、禁書庫の防犯術式の働きによって排除される。

 だから本来、鍵を持たないネイサンは禁書庫へは入れないけれど、抜け道がある。

 鍵の所有者が拒絶の意思なく認めた同行者一名は、禁書庫にかけられた防犯術式が働かないのだ。


(たぶん、弟子や従者を想定した設定だと思うけど)


 セシリアはネイサンにはとても逆らえない。師として恩も大きすぎるから心底からの拒絶なんて無理だ。

 だから禁書庫の前で待ち伏せされたら、彼から逃げようがないのである。

 なんて余計な設定を組み込んでくれたんだろう。


「お嬢様たら、そんなため息をついてなにかお悩みでも?」

「少し、疲れて」

「根を詰めて本を読んでいらっしゃるからですわ。たまにはお買い物にでも行きませんか? そろそろ春向けの物が出回る頃ですわ」


 セシリアは曖昧に笑んで、そのうちにと答える。

 人が多い場所に行きたくない。王都の治安はいいけれど、ネイサンからも気をつけるよう言われている。

 それに装飾品より、王城禁書庫の整然とした規則的な美しさ、魔法魔術の粋を集めた設備の方がセシリアは心惹かれる。 


(白い大理石の箱だけど、無駄がなくてとてもとても綺麗だもの)


 あらゆる分野の選りすぐりの専門家が、過去に王命で何度も調査に入っている。しかし建物に施された魔術式や建物の工法すらいまも不明な、大陸最大の古代遺物。

 その鍵は入口の壁をくり抜いた場所に置いた、箱に入れてあったという。

 銀細工の指輪が八個。

 セシリアが右人差し指に()めている指輪だ。

 現在、指輪の所有者はセシリアを含めて、五人。

 国王、王城図書館長、封印古書管理会理事長……そして魔塔主である魔術師連合本部の長だ。

 考えると気絶しそうになる錚々(そうそう)たる顔ぶれである。


(わたしが鍵の所有者の一人に含まれているの、どう考えてもおかしい)


 残る三個の指輪は予備の鍵として、宝物庫に厳重保管されている。


(魔塔主は鍵の所有者。魔術書がいっぱい保管されている禁書庫なんて……いつきてもおかしくない)


 司書室は鍵だけでは入れないため、最悪そこに立て篭もることは出来る。

 しかし禁書庫に入って、もし彼がそこにいて居合わせたら。

 管理司書官として務めのために、セシリアはびくびくしながら毎日のように禁書庫に通っている。

 

(本当にどうして……裏切り者は許さない、信用できない者は遠ざける人のはずなのに)


 少なくとも、小説やセシリアの記憶の中のフランシス王は、そういった人であった。

 セシリアが実際に会った王もそういった印象を受けた。


(いまのところ、魔術界は<深園の解錠師>に対する態度を決めかねて、セシリア・リドルには不干渉。魔術師はネイサンおじさまを除いて接触もないけれど)


 なにしろ過去何人もの魔術師が犠牲となった『深園の書』の封印を解いたのが、ネイサン・リドルの教え子ではあるものの魔術師ではない、経歴上は十五歳の少女である。

 魔術界としては手放しにそのことを認めるわけにはいかないのだ。

 

(おまけに王家の解呪が目的だから、国王自ら手を回して『深園の書』の出庫日も伏せられて)


 記録上の出庫日の前日に、セシリアはあの本と対面した。

 封印が解かれた一報は翌日にされ、詳細な発表はさらにその翌日。

 セシリア・リドルの経歴を用意する時間が必要になったためだ。王城が魔術師連合に出庫と同時に封印解除を知らせたことは、魔術師達の反感を大いに買った。

 フランシス王は意に介すこともなく、セシリアへの称号授与と王城禁書庫の管理司書官の任命を発表し、すみやかにその儀を行なった。

 こうして王城と貴族社会に対しても、王直属の臣下セシリア・リドルは架空の人物ながら、確固たる存在となったのである。


(本当なら、王家からも魔術関係者からも遠ざかるはずだったのにいぃぃ……!!)


 絶対に関わりたくないのだ、特にあの恐ろしい目でセシリアを見下ろした。

 元第二王子の魔塔主、クリストファー・ドゥクス・シルべスタには。

 それなのに――。



 ******



「――聞いておるのか? 辺境伯家所有の二級封印魔術古書の解錠要請が、魔術師連合本部から正式に王城経由で其方(そなた)に入った。ようやく認める気になったらしい」


 約束の時間、王城に再び出向いたセシリアは、フランシス王から告げられた言葉に絶望して身を震わせていた。

 思わず、「……いやです」と答えたくなったが、もう前世のパワハラ上司の比ではない。

 ただいるだけで威圧感なフランシス王に、セシリアがそんなことを言えるわけがない。


(どうしてええええぇぇ!!)


 うっ、うっ……と泣き出しそうになるのを、必死でセシリアは抑える。

 しかし、その顔には悲壮感がにじみ出てしまっていたのだろう。

 フランシス王が、若干うっとうしいものを見る目でセシリアを見て、嘆息する。


「其方はいつも震えておるなあ。別に取って食う気もなく、それなりの待遇も与えているというのに」

「お……王城禁書庫は、最高です……」


 でも、その待遇が嫌なんです……とは、やはり言えない。

 セシリア・リドルは架空の存在なのだ。扱ったものが神の秘技と叡智を記すとされる、超一級封印魔術古書であるだけにバレたら即糾弾される。


(ひっそり解呪して終わりにしてくれたら、そんなリスクないのに……処刑フラグを折ったら、また別の処刑フラグが立つなんて)


 王家の解呪は絶対秘密である。

 この王のことだ、セシリアが王家を欺いたと罪を被せるに違いない。


「ふん、禁書庫だけか」

「うっ!」


 セシリアの本心はしっかり伝わってしまったらしい。

 びくっとセシリアは身をすくめたが、まあよかろうとフランシス王は彼女を不問にした。

 セシリアは解錠技法を論文にして、ネイサン経由で魔術魔法審査会に提出し公開しているけれど、いまのところ封印魔術古書の封印を安全に解除できる者はセシリアだけだ。

 王家としては利用価値があるということだろう。

 フランシス王がリスクを負って、セシリアを直の臣下にしたのもきっとそういうことなのだ。


「二日後、魔術師連合東部支部の転移陣より、本は王都に届く。心してあたれ」


 とうとう、とうとう、この日が来てしまった。

 魔術師連合と関わることになる日が――!


「はぃ……がんばります」


 逃げられないことを悟って、セシリアは王に弱々しく返事をした。

 魔術師連合との関わることはできるだけ避けたかったけれど、仕方がないことだ。

 それに、まさか魔塔主直々に本を持ってくるなんてことはないだろう。


(二級封印なら、そこまで注意が必要な内容は多くはないよね?)


 本を受け取ったら、ぱぱっと解錠して、任務を遂行して終わりにしようそうしようと、セシリアは心の中で決めて、ただいるだけで威圧感な、今世の上司ともいえるフランシス王にぺこりと頭を下げて退室の挨拶をした。


お読みいただきありがとうございます。

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