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1-5:出戻ってしまった世界

長すぎたので、2話に分けて加筆修正しました……すみません。

 大陸の歴史は、統一王朝崩壊の前と後で分けられる。

 かつて大陸全土を支配した征服王はその支配を絶対のものとするため、魔法魔術を独占しようとした。

 従わない魔術師や技師を惨殺し、その叡智(えいち)を記す本を禁書としてかき集める。

 征服王に強い怒りと危機感を覚えた、大賢者オウデンと古文書に名を残す魔術師は、従うふりをして集められた本に封印を施して王の血筋に呪いをかけた。


 “王位についた子孫は魔力に蝕まれ死ぬ、二度とその血筋に支配者は生まれない”


 激怒した征服王がオウデンを捕らえ処刑しようとした時、大陸全土を襲う未曾有の大災害発生した。

 その後、狂化した竜や魔獣が大量発生し、荒れ果てた地をさらに飢饉(ききん)と疫病が(おお)う。大陸の大半が死地となり、王朝は完全に滅んだ。

 生きのびた人々は竜や魔獣を避けて、人が生きられる地に集落を築いて生活するようになる。

 征服王が集め、オウデンが封印を施した魔法魔術の書物は散逸し、わずかに生き残った魔術師と技師の知識だけが細々と伝えられて、その叡智は大きく失われた。

 そして数百年後――。

 大陸は七つの国に分かれ、時に内乱や国同士激しく争う歴史を経て。

 いまは政治的な共存を互いに選び、各々独自の発展を築いている。

 


 *****

 


 シルベスタ王国は、統一王朝の王都と王領があった地に、生き残りの民が集まってできた国だ。

 竜や魔物の一大生息地の大樹海を東から南に、北を山脈で囲まれ、大国ヴィルテンブルク帝国と国境を隔てる。

 この二つの国は、魔力の多い子供の出生率が、他国と比較してわずかに高い。


「人間そんなに違わない」


 セシリアの左肩の上にちょこんと乗っている、白リス姿のリトラが彼女に囁く。

 王城から侯爵家に戻り、セシリアは朝食兼昼食をとって自室のソファで、初心者向けの魔法魔術史の解説本をリトラにせがまれて読みながら休んでいた。人間界で寝ていた間の出来事に興味津々なのだ。


「精霊から見たらね。人同士では大違いなの」

 

 魔力は生得的な資質だ。絶対ではないが遺伝と関連があるとも言われている。

 王都は、大昔もいまも、貴族と魔術師が多く集まる地である。

 帝国は、統一王朝時代は神殿領だった、歴史資料の記述から魔法保持者が多かったと推測されている。

 魔法保持者は魔術と関係なく、生まれつき自分の魔力で奇跡や不思議な現象を起こせる人のことだ。魔術じゃないから魔法に類する。

 代表的なところで治癒や魅了や予見といった。いまの世ではとても珍しく、普通の人より魔力は多い。

 

「王国と帝国に魔力が多い子が生まれやすいのはそのためって、ヴァスト家は家系的に魔術関係ないのに……」


 魔力大当たりを引いたセシリアは、それが元凶となって前々世で処刑された。

 今世で処刑を回避するための『深園の書』の解錠と、王家の呪いの解呪だったのに。


「午後にはまた王城に戻らないと……うぅ、王様がなんのご用なの……」


 ネイサン経由で国王からの呼び出しの手紙が届いている。

 二年前、最凶と名高い封印魔術古書を解錠し、本にちなみ<深園の解錠師>なんて大層な称号を国王フランシス・グロスター・シルベスタから賜り仕えることになってしまった。

 王に仕えるなんて、セシリアにとって大誤算である。


「うぅ……魔術師連合と関係するご用ではありませんようにっっ」


 セシリアの父、侯爵家当主フレデリック・ヴァストは、<王の相談者>として、第二王子の魔力過多の現状を正確に知り得る立場にいる。

 さらにヴァスト家は、何代も前の王から魔力抑制の古代遺物を託され、当主はそれを受け継いでいた。

 

「お父様は、第二王子と同じ魔力過多で生まれたわたしの命を救うため、王家所有の魔力抑制の古代遺物を無断で不正に使用した……」


 前々世でセシリアが処刑され、フレデリックが流刑となったのは王を裏切った大罪人だからだ。

 今世は、王家の呪いの解呪と引き換えに処刑や流刑はなしになったけれど、信用ならないと理由をつけて遠ざけられるだろうとセシリアは思っていた。

 

「処刑ルートを消して、平民落ちしてもいいから平穏に暮らそうと思っていたのに、どうして……っ」


 何故セシリアまでが、王の直臣になっているのか……。

 本を脇に置いてソファの肘掛けに突っ伏し、セシリアが嘆いていたら私室のドアがノックされる。

 応じれば、お茶を持ってきてくれた侍女だった。

 お茶のよい香りに鼻腔をくすぐられながら、はあっとセシリアはため息を吐く。


(生まれた時から、わたしには前世の記憶があった)


 この世界とは異なる世界。

 日本という国で、平凡な家庭に生まれ育ち、二十代半ばで通勤中の事故で命を落とした女性。

 

(パワハラ上司の部下だった、つらいつらい会社員生活……)


 特に納期が厳しくトラブルが続く炎上案件は当たりが強かった。小さなミスや解決しないエラーについて頭ごなしに怒鳴られて、詰められて、資料やマニュアルを投げつけられたこともある。

 疲労と寝不足で朦朧(もうろう)としていて事故にあい――。


(気がついたら、貴族のお嬢様になっていた)


 カップを口元に運び、お茶を飲みながらセシリアは、ひらひらした自分の袖口を飾るレースを見る。

 “学究のヴァスト”と呼ばれる侯爵家。

 一族代々、地道な研究成果を王家に捧げ……というより利権などの面倒は王家に丸投げし、考案者として与えられる考案権利のみで満足して、ひっそり目立たず国と世の中の発展に貢献してきた生粋の学者家系。

 政治や社交界における存在感はゼロに等しい。


(世間的には王家の実績だから、王家もあえてヴァスト家を目立たせない)


 父の<王の相談役>の称号も、表向きには学術的な意見を聞くだけの名誉職といった程度の扱いだ。

 それでもヴァスト家は、貴族の序列において、間違いなく上から数えた方が早い。おまけに様々な分野に渡る考案権利、功労者として回り回って入ってくる利益は、個々は微々たるものでも積もり積もって莫大なもの。

 大半研究費に消えていくけれど、大貴族といえる財力には違いなかった。


(体は弱かったけれど家族も使用人も優しく、大事にされて、なに不自由なく過ごす日々)


 三歳の時に母に抱き上げられ、父や兄も一緒に王都の教会へと向かった。

 セシリアは病弱な子供でよく熱を出したけれど、その日は大丈夫だった。

 小さな金色の腕輪をはめてもらい、初めて屋敷の外にでて上機嫌だったことを覚えている。

 そして気がついた。

 前世の記憶にあるヨーロッパのような街並み、遠目に見る壮麗な王城、そしてシルベスタ王国という国の名前。


 “あ、ここ小説の世界だ”


 それも前世で、休日にたまたま見つけてなんとなく開いた、個人のサイトに一作だけ公開されていた小説。

 第二王子に生まれながら苦難の人生を歩み、なにも得られず、なにも成せずに朽ち果てる悲劇の主人公。

 クリストファー・ドゥクス・シルべスタの虚無と絶望が(つづ)られた鬱展開小説。


 “これが噂の異世界転生……もしやこれから大変なことに巻き込まれ……ないか”


 小説には、セシリア・ヴァストもヴァスト家の名前も一文字もない。

 そもそも主人公のクリストファーを(しいた)げる、王や王家の人間、魔術師や派閥の貴族しか出てこない。

 あとは冒頭三行で彼がさくっと断罪処刑した名無しの婚約者。王家を食い潰す悪女。そんな華々しくもどろどろした世界は、地味なヴァスト家には無縁だ。

 

(不遇のヒロインでも、断罪される悪役令嬢でも、モブなのに偉い人に執着されることもない。風景同様の小説世界のただの住人。それも何不自由ない貴族のお嬢様――と、思っていたのに……!)



 *****



 五歳の時にセシリアは高熱を出した。いつもの発熱とは違い、生死に関わるものだと思った。

 体の中を火であぶられるように、熱くて苦しい。

 熱に耐える体力も失い、ぐったりと意識が朦朧とする中でセシリアは夢を見た。

 いまのセシリア・ヴァストの記憶にはない、けれどセシリア・ヴァストの記憶。

 もうすぐ、父親が部屋にやってきて、セシリアの看病についている侍女や部屋にいる者を追い出す。


 “なに……これ……”


 父親が、娘を救うため王家を裏切る罪を犯すところをセシリアは見た。

 その意味もわからずに、ただ朦朧と薄目を明けて父の姿を見ている自分がいる。

 その後、どんな隠蔽工作をしたのかも知った。

 場面が変わる。

 少し大きくなったセシリアは、普段よりひらひらと装飾の多い服を着て庭にいた。

 王都屋敷の庭でガーデンパーティ。こういったことはあまりしない家なのにと思っていたら、ものすごく綺麗な銀色の髪と氷色(アイスブルー)の瞳を持った少年と、夢の中のセシリアは引き合わされた。


 “待って、待って……これって……!”


 白い礼装姿で、両腕に金の腕輪をつけて、不思議な色合いの石を()め込んだ耳飾りが銀色の髪の隙間から見える。

 母が恭しく挨拶し、同じ八歳なのだとセシリアを紹介する。

 そして少年は控えめなぎこちない微笑みで名乗った。

 シルベスタ王国が第二王子クリストファー・ドゥクス・シルべスタ、と。


『お目にかかれて光栄です……セシリア嬢』


 十三歳までは幸せだった。

 クリストファーは魔力過多といった問題を抱え、王家の魔道具や彼自身の強さで己の身を苛む魔力に耐えていた。

 優しくて大人に萎縮しがちな綺麗な王子様を、セシリアは助けたかった。

 書庫の本を持ち出し、二人でたくさん調べた。魔力や魔術について。

 夢の中のセシリアは、婚約者の彼を好きだった。自分だけは味方でいようと決めていた。

 そして王家の指示で王子妃教育のため王城に暮らすようになって初めて知った。クリストファーが侯爵家に来る時以外は、離宮から一歩も出られなかったことを。



 *****



(――これ以上、思い出したくない)


 再びため息をついて、セシリアは再びカップに口をつける。

 綺麗な所作は、侯爵令嬢として作法を学んだ賜物だ。

 別世界の記憶を持って生まれたけれど、セシリアはこの世界でセリシア・ヴァストとしての人生を生きている。

 そう生きているのだ。セシリアに限らず、この世界の人々は。


(まさか自分が、小説冒頭三行で処刑された名無しの婚約者だったとは……前世の日本がむしろ転生先で、読んでいた小説世界が元々生きていた世界ってこと?)


 事故死して、また元の世界に戻ってきてしまった。

 救いのない、陰鬱で凄惨な美しき滅びの物語が展開される、二十歳でセシリアが処刑される鬱展開小説の世界へ。

 ここはまちがいなく“前世で読んだ小説”の世界。

 セシリア・ヴァストとして生き、処刑された“前々世”の世界だ。


(けれどどうして、微妙に設定が違うの?)


 現在、セシリアは十五歳。

 来年、侯爵令嬢として社交界デビューを迎える。婚約者はいない。

 そう。今世ではあの銀髪が美しい、氷色の瞳が恐ろしいクリストファー・ドゥクス・シルべスタは何故か五つ年上。年齢がずれたために、婚約どころか出会ってすらもいない。

 

(前々世で彼と出会ったのは互いに八歳の時……今世は彼が八歳になっても、わたしはまだ三歳児だもの)


 それに五歳で前々世の記憶を思い出し、セシリアは王家から離れるために王都を出て領地に引き籠った。きっと魔力暴走を抱える王子の婚約者候補に、領地で静養する病弱な令嬢は不適格と判断されたのだろう。

 

(だから処刑される原因さえ潰せば、平穏無事に生きていけるはず)


 セシリアには、“前々世”の記憶と“前世で読んだ小説”の知識がある。

 クリストファーは、セシリアの知る通りの彼の人生を歩んでいた。

 少しだけ違う点もあった。彼は王家の家族や貴族とは派閥争いもあって険悪だったけれど、今世はそうでもなさそうだ。社交界の噂に詳しい侍女から、彼の華やかで良い評判を時折耳にする。


(今世ではセシリアと婚約していないことが影響しているのかな……やっぱり)


 王城での生活はセシリアにとって楽しいものではなかった。

 常に緊張を強いられ、上手く馴染めず、結果的にクリストファーの足を引っ張っていた。

 上手く立ち回ろうとするほど裏目に出る。

 己の抱える問題を克服し、離宮から出たクリストファーとも滅多に顔を合わすこともなく、きっと彼の迷惑にもなっていたのだろう。たまに会えても子供の頃の親しみはなくなっていた。


(とにかく、もうあの人生はいや。処刑もされたくない。婚約者から外れた別ルートの人生を平穏に生きたい)


 だから父フレデリックが古代遺物をセシリアに使用した時。

 彼女は遠のく意識を気合いで保って、父親の袖をつかんだ。「これ以上、罪を犯してはだめ……」と伝え、父親の隠蔽工作を止めるために。


(それだけ伝えるのが限界で、すぐ気を失ったけれど)


 前々世で、父フレデリック・ヴァストは古代遺物を使った後、セシリアの記録を改竄(かいざん)する。

 セシリアが三歳の時に祝福の儀式で訪れた教会。魔力測定を行った記録にフレデリックは手を加えた。

 ヴァスト家の当主、<王の相談者>には、あらゆる文献調査の便宜をはかってもらえる特権がある。

 娘の命のため、古代遺物を使用しただけなら情状酌量の余地もある。

 しかし王から与えられた特権を使い、隠蔽工作まですればアウトだ。


(実の息子にも容赦しない王がそんな裏切り、たとえ王族の呪いを解いたって許さない。完全に詰む!)


 前々世と前世の記憶に関することはすべて、“夢のお告げ”ということにして、セシリアは父フレデリックの考えを言い当てて彼を驚かせた後、記録の改竄はしないよう必死で説得した。

 それから、魔法魔術について猛勉強を始めた。

 封印魔術古書の解錠技法を確立し、“前世で読んだ小説”に書いてあった王家の呪いを解いて、ヴァスト家の罪を相殺して処刑を回避するために。そしてそれは成功した。


(なのにどうして王様の直臣に……こういうのって、前の人生知識で上手くいくものじゃないの!?)


 セシリアの誤算は他でもない。処刑回避に必死になるあまり、斜め上な努力をしすぎて突き抜けてしまったことにある。

 魔術の行使に魔力は必須であるところ、それを無視して古代叡智に属する魔術を無効化するという、魔術界を震撼させる唯一無二の技法を得てしまった。そのことについて、すっぽり頭から抜け落ちてしまっている。

 セシリアは侍女がいる手前、黙考していた思考を一旦止めて、手に持ったままでいたお茶のカップをテーブルに戻した。


お読みいただきありがとうございます。

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どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
沢山、説明あるけど、 魔術と魔力、やっぱり、わかりにくい。
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