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1-4:魔術師ネイサン・リドル

 シルベスタ王国の王、フランシス・グロスター・シルベスタは銀髪に深い青の瞳を持った美丈夫で、威厳をもって他者を圧すると同時に惹きつける。

 大陸で中堅国だったシルベスタ王国を、ヴィルテンブルク帝国と競う大国へと押し上げた偉大な王。

 偉大だが、状況次第では冷酷無慈悲で容赦がない人物でもある。

 特に裏切り者には容赦しない。


(裏切り……娘可愛さとはいえ、フレデリックもよくまあ)


 国王の執務室。

 王の御前に呼びつけられたネイサン・リドルは、侯爵家当主を思い浮かべつつ、王族への礼儀を守ってただ控えていた。

 意見するのを許可されている臣でもなく、声もかけられていない上位の者への発言は原則不敬な態度である。


(それよりあの子帰ってこなかったんだけど。どうせまた研究に夢中になって地下書庫で夜明かし。本当にあの学習能力のない小娘は……後でどうしてやろうか)


 魔術師だったら模擬戦の結界に放り込み、たっぷり仕置きもできるのに残念だ。

 アルバス魔法魔術学院を辞める時、術式複写可能な古代遺物を模して作る、模擬戦用結界を張る魔道具をネイサンは一つ持ち出していた。

 定期的に教授の立場の者が作るもので、当番になった際に一つ余分に作った。


(ばれないうちはないのも同じ。実践に耐える改良品なら文句は言えない。解析して作るのに十年かかったけど)


 ネイサンは遠縁の子爵家に生まれながら、“学究のヴァスト”の特異な資質を受けて生まれた男であった。

 目の前にある事象を解析し、本質をつかむ資質。

 魔術師において、魔術を無効化もしくは干渉されることとほぼ同義。他者には嫌な資質である。

 ヴァスト家当主のフレデリックとは、アルバスを飛び級卒業して講師になった頃に知り合った。


(学院所有の資料を閲覧しにきて……あの狸親父。魔力過多について尋ねられて当時はなんだと思ったけれど)


 遠縁といっても、ネイサンはしがない子爵家の人間。所領もヴァスト家の侯爵領から離れた田舎にある。

 王都に出ていなければ、おそらく一生顔を合わせない本家の偉い侯爵様だ。

 なにしろ“学究のヴァスト”の代々の功績たるやすさまじい。

 いまの社会で、ヴァスト家の研究成果と関係しないものを探す方が難しい。様々な分野の教科書にヴァストの名をもつ人物の記載がある。大発見はないが、地道な研究成果で世を支えてきた家だ。

 

(魔術師を輩出しないのに、魔術分野にも名を残してて呆れるったら)


 フレデリックの高祖父。

 歴史学者のアルヴィン・ヴァストは、弟と共に統一王朝時代の古文書を解読した。古文書には魔法魔術の禁書九九七三冊のために建てられた、王城禁書庫の由来と禁書目録があった。

 それにより謎多き本の全貌と、本の封印強度が異なることが判明する。


(封印強度は上から、超一級・一級・准一級・二〜五級)


 封印魔術古書の等級分け管理が可能になったことは、魔術界にとっては大きな発見だった。本の危険度がまちまちで、魔術師が不用意に扱えば命を落とす危険物だったのだから。

 この功績で、魔法魔術史の教科書にヴァスト兄弟の名は記されることになる。


(結局、全貌が判明して全面厳重管理対象。手に取れない書物になったけど)


 しかし人を呼びつけて、いつまで控えさせておく気なのだろうかこの王は。

 ネイサンを待たせたまま書類仕事をする、フランシス王を内心苛々しながら彼は待つ。

 セシリアと共に初めてこの王と謁見して以降、ネイサンはこの王に何度か試されている。この王にとって有用と認めていい相手かどうかを。


「――待たせたな」


 しばらく待ってようやく掛けられた声に、ネイサンは控えめな微笑みを浮かべ恭しく一礼した。

 権威的なものに辟易してアルバスを辞めたのに、いまの立場に巻き込んだあの小娘はやはり後でいたぶろうとネイサンは心に決める。

 あの天才バカ娘の相手をすると決めた時に覚悟はしたが、面倒事への鬱憤(うっぷん)はまた別だ。

 

()に仕える小娘はどうしておる?」

「十五になったと思ったら、一丁前に朝帰りなんてしましてね……まったく先が思いやられる不良娘です」


 あの小娘は貧相で細いのに、研究や興味が向くものに夢中になると寝食(おろそ)かになる。王城禁書庫なんてセシリアが夢中になるものを与えるからと言外に加え、ネイサンは顔を上げる。

 そんな彼にまったく興味なさげな目をして、王は首を傾げた。


「はて、余に仕える小娘は今年十七だったが?」

「あら、申し訳ありません。いま厄介になっている侯爵家の娘と取り違えました」

「セシリア・ヴァストか。罪深き娘であるが健気な娘よ。以前は病弱と聞いたが、近頃はそうでもないようだ。余の不肖の息子がいまだ相手がおらんのだが……」

「恐れながら、縁談でしたら侯爵へどうぞ。ワタクシの娘でもありませんし」


 頬が引きつりそうになるのを押さえて、ネイサンは言葉を返した。

 余に仕える小娘とは、<深園の解錠師>セシリア・リドルという架空の娘のことである。架空だがその経歴も戸籍も完璧だ。

 なにせ目の前にいる王が手を回している。

 毎日のように登城し、王城禁書庫の管理司書官として王に仕える娘の正体は、セシリア・ヴァスト侯爵令嬢だ。


「そうだな。侯爵家に似た娘が二人いると混同する」


 魔術師を輩出しないヴァスト家に、魔力過多で生まれた娘。

 フレデリックは娘セシリアの命を救うため、王家より託されていた魔力抑制の古代遺物を不正に使った。

 統一王朝時代に製造された、失われた当時の技術技法が込められた魔道具。

 いまの魔道具とはまったく別物の精度・効果・威力を持つ、神器といっても過言ではない。

 その多くは複製不可能な一点物である。

 

(特にセシリアに使われた王家の古代遺物は、人体と同化し半永久的な効果をもたらす魔道具の域を超えるもの)

 

 魔力過多で生まれた子供は、深刻な先天性疾患を持って生まれたようなものだ。

 人間が許容する魔力の限界値は、魔力量二八〇とされている。それ以上は、器として人体が耐えられない。

 ただしこれは成人の話だ。乳幼児であれば一五〇そこそこで死亡した例もある。


(フレデリックの話では、セシリアは出生時で魔力量一四〇超えてたと。古代遺物なしではもって五歳でしょうね)


 多すぎる魔力を放出したり抑制する魔道具はあるが、効果は一時的で値も張る。

 そもそもこういった魔道具は、魔力酔いや魔法薬中毒を起こした場合の治療用だ。常態で高い魔力に対応していない。何日かすれば魔道具が耐えきれず壊れる。

 

(王家に問題がなければ、まだましだったでしょうけど)


 セシリアが生まれるより早く、王家にはより深刻な魔力過多で生まれた第二王子がいた。

 幼少期の第二王子の実態を知る者は、貴族であっても少ない。

 フレデリックは、その実態を知る者の一人だった。


「発言を、陛下」

「よかろう」

「陛下が情に厚い分、裏切りを許さないことは承知の上で、まだヴァスト家の親子を罰したいとお考えで?」


 ネイサンとしてはかなり直球な問いかけであった。

 書類仕事に区切りをつけて文官に書類を渡してから、無関係な者が控の間へと徐々に消えたことには気がついていた。人払いがされているからこそ尋ねた。

 この王は二年経っても、まだ揺れている。


(アンタも王太子も呪いの影響はなくなったし、もういいでしょうが)


 王家の呪いは解呪された。第二王子はいまや立派に成長している。

 セシリアが助かった結果が、全員の無事に繋がっている。

 だが王も父親と考えれば釈然とはしないだろう。

 フレデリックの行いは、最も尽力してくれていると信頼していた者の裏切りだ。

 第二王子の苦しみを知りながら静観し、王家から託されていたものを相談もなく娘に使用した。

 彼とセシリアは、約五年の間、表と裏の関係にあった。一方が助かれば、一方が危うい。


「個人として、わだかまりは残る」


 フランシス王もまた、ネイサンが内心驚いたほど率直な心情を重々しい口調で吐露した。

 

「フレデリックの考えも読めるだけにな」


 第二王子が古代遺物を使わずとも、助かる要因はいくつかある。

 彼自身の魔力耐性の高さ。王族に時折現れる魔術の才。なにより高価な魔道具を複数備え、与え続けられる王家に生まれたこと。成長すれば、第二王子自身の資質で魔力を制御できる可能性がある。

 フレデリックはそれを計算に入れ、セシリアが耐えられるぎりぎりまで迷って判断した。

 第二王子は自力で魔力過多を克服する――と、フレデリックは結論づけたのだ。

 彼が魔術師マーゴット・ディズべリーを王城に招いたと聞いて。

 マーゴットは王国でただ一人、魔力の限界値を超えて生きている魔力制御の権威だった。


「王として考えるのであれば、いまやすべて片付いた問題ではあるな」

「心中お察ししつつも、仰る通りです」


 第二王子は十歳、セシリアは五歳。

 セシリアが高熱を出して生死をさまよいながら、夢のお告げとやらで王家の秘密を知ったのはその頃である。


(夢のお告げなんてふざけたことをと思うけれど……熱で朦朧とする中でフレデリックがなにか言ったのを聞いたにしては、話の内容が具体的で詳しすぎる)


 父親の不正や古代遺物が己の身と同化し取り出せない、だけならまだわかる。

 しかし、玉座に付く者はやがて周囲の魔力に徐々に侵され、魔力暴走で死に至る呪いがかかっている。

 王冠にそれを抑える古代遺物が嵌めてあるらしいが、限界近い。

 解呪の方法は『深園の書』にあるはずで……とまでくれば、ちょっと待てとなる。


(フレデリックは解呪法の調査で『深園の書』にも目を付けてはいたらしいけど)


 娘が死にかけ、王家を裏切る決断をして実行しようという時に、事情すべてを独り言でも話すわけがない。

 そもそもフレデリック・ヴァストはそんな軽率な男ではない。

 フランシス王もその点が引っかかるのだろう。

 偉大な王としてセシリアの解錠技術を正しく評価し、同時に冷酷無慈悲な王として疑念を抱き管理下においた。


(不可解だけど才能は規格外の小娘……一応、教え子でもあるし)


 ネイサンは一張羅の宮廷服の襟元に結ぶタイに、骨張った長い指を差し入れて軽く緩めた。

 そしてわざとらしく咳払いする。


「陛下、魔術師ネイサン・リドルが申し上げます」


 こういった手合いは、少々強気に出るほうが手元に置くかとなる。

 あくまで相手が許す範囲の強気であるが。


「セシリア・ヴァストは(まご)う事なき“ヴァストの申し子”。あの娘に魔力がないことに、陛下はきっと安堵しますよ」


 ヴァスト家はそもそも普通じゃない。類稀な知性と資質を持つ研究バカの変人家系である。

 使用人もそれに慣れきっていて、あの家でまともなのは血縁ではない侯爵夫人だけだ。

 そんなヴァスト家の中でも、セシリアは異質だった。

 いかにも血筋らしい演算能力や呆れる記憶力以上に、まるで別世界の知識も得ているような常識外れの発想。


「アルバスで、“二つ名持ち(ネームド)”を多数育てた者が、かように評価するか」

「それについては、才能ある若者が大嫌いで(いじ)めていただけってのに、どいつもこいつも立派な成長を遂げやがって……失礼。それだけの話で」


 ネイサンは、若くして上級魔術師となり名門アルバスで教授職についていたが、魔術師として傑出したものがあるわけではなかった。彼自身は、魔術で(・・・)目立つ功績は上げてはいない。

 魔力量も一二〇と特別多いわけでもなく、どちらかといえばその他大勢の一人と自認している。


「それでヴァスト親子を擁護し、かの娘を評価するとは。ずいぶんと歪んでいないか?」

「陛下にご指摘を受けるまでもなく。ですが当然じゃありませんか、弟子をいたぶるのは師の特権。特権を自ら手放すなんて馬鹿のすることです」


 悠々自適に子爵領で暮らしていたネイサンの前に、セシリアが現れたのは彼女が八歳の時だ。

 子供の侯爵令嬢が一人で訪ねてくるのは普通じゃない。

 門前払いもできず、仕方なく屋敷に入れた。

 ひとまず事情を聞くつもりでいたが、適性はないが魔術を教えてくれと言ったセシリアに、話の途中でネイサンは応接間を出た。すぐさま侯爵領へ知らせて迎えが来るまで使用人に任せ、顔も合わせなかった。

 大人げないとは思ったが、適性があってもなれるかわからない魔術師を馬鹿にしている。

 しかしセシリアは、その後もしつこくネイサンに手紙を送ってきた。

 魔術を教えろではない。おそらくヴァスト家の書庫にある本で独学で魔術を学び、封印魔術古書に対する考察、質問、そして――。


(魔術師の常識から外れ、不可能に思えるが否定しきれない封印解除のアプローチ)


 学生が提出するレポートへ、指摘をつけ突っ返すに似たやり取りが約三年続いてネイサンは根負けした。

 一度はうんざりして忘れかけていた欲が、徐々に蘇ってきたのだ。

 美しい術式が現れようとする兆し、それを特等席で眺める愉悦。

 魔術師としてそういった勘だけはあるとネイサンは自負している。

 またそんな彼に側にそれらはやってくる。開花の瞬間を見て欲しいとでもいうように。

 ヴァスト家が雇うなら家庭教師をしてやってもいいと、彼はセシリアへの返事に書き添えた。

 

「まさか陛下は、魔術の師の特権に手は出さないでしょう」

「ふん、よかろう。其方の酔狂さに免じて、ヴァスト家にもリドル家にも手は出さずにおいてやる」

「現ロウル公爵閣下であらせられる、クリストファー元第二王子殿下へも。魔塔主はそれなりに激務です。ご令嬢を相手する暇はないかと。自然なご縁に任せるのが一番では?」

「それこそ、其方(そなた)が口出すいわれはなかろう」

「認めるのも業腹な黒歴史ですが恩師でして。マーゴット・ディズべリーは。兄弟子とまではいかないにせよ、同じ師弟関係のよしみで気にはかけてはいますので」


(この王に凄まれてか、あの小娘は異様に王家を恐れているし、元第二王子と縁談なんてたまったもんじゃない)


 魔力過多とヴァスト家と王家との繋がりで、一時期、その生命が表裏一体となっていた相手などと。

 そんな縁談を王命で持ちかけられても不幸しか見えない。


「陛下に仕えし娘が来る前に退散しても?」

「もう用はない。いたぶるのは……ほどほどにせよ」


 本心かららしい苦笑いを見せたフランシス王に、恭しく一礼してネイサンは退室した。


お読みいただきありがとうございます。

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