4-4:大陸会議
大陸東北寄りの空白地帯の砂漠は、昼は灼熱、夜は極寒。
乾燥した広大な砂の大地。時期により強く吹く風。舞い上がる砂塵は巨大な壁と見紛う砂嵐を起こし、局所的に存在する魔力溜まりは魔素嵐を起こす。
統一王朝を滅ぼした大災害によってできた、不毛の地。
その中心にそびえ建つ白亜の塔は、魔術師連合の象徴。
「かような地において、これほどまでの施設だとは」
「ああ、話に聞いていた以上だ」
顔の半分を覆う、旅装の襟巻きを下げて同行の魔術師達が感嘆する。
日に照らされて草木の緑は輝き、揺れる花の香が漂う。輝く水を讃える湖と、サラサラと水路を流れる水の音は途切れることはない。楽園の風景。
真っ白な石とも金属ともつかない材質で出来た塔と、大温室のような結界を形成する城門城壁。
(記憶をもつ今世で、その新鮮な驚きが味わえなかったことは少々寂しいことかもしれないな)
王城禁書庫を彷彿とさせる建造物は、事実、大陸最大の古代遺物の再現を目指している。
最も再現できたのは、現段階では見た目と多少の堅牢さがかろうじてであるが。
「どこの国の様式とも言えない風景ですね……」
「これがすべて、魔法魔術で……」
「大陸七ヶ国の魔法魔術の粋を集める、魔術師連合の象徴なのだから当然だ」
白亜の塔を初めて訪れた者は、話に聞いてはいても皆同じように驚く。
クリストファーも、過去に繰り返す人生においてはそうだった。
「図鑑でも見たことのない植物もありますね。魔術で生成したものでも魔性植物というわけでもなさそうな……」
「それはヤヌカ協商国が提供する合成植物だね」
「しかし……自然に存在する植物も、生育環境や花や実をつける時期の異なるものが一緒に」
「ヴィルテンブルク帝国が土壌や植生を管理。環境調整はマルーン都市同盟の魔法薬や肥料とウェールフォルト共和国の魔石を使い検証実験を重ねている。それでこういった独特の景観なんだよ」
レディ・リドルが見たらさぞ夢中になるだろう。
クリストファーの今世に、突然現れた天才……。
感嘆する魔術師達に説明しながらクリストファーは、彼女のことに流れてしまいそうな思考を引き戻すように、説明を続ける。
ここ白亜の塔で目にするものすべて、派遣された魔術師達によって運営維持されている。
魔塔の魔術師なら誰でも知っていることではあるが、実際目にしながら説明を聞くのはまた違うだろう。
「結界内は、雨も嵐もある。天候や気候変化を行う期間を決めていてね」
塔内の水資源は自国シルベスタ王国の魔術を基盤とし、結界内の擬似的な気象条件の変化や魔素の計算、動植物や無機物への影響度合いを、ファルーザ皇国とメリダ王国の魔術師が主に請け負っている。
他の国の魔術師もそれを手伝うことで、各国で独自に発展している魔法魔術の実地で経験する機会を得る。
白亜の塔は、魔術師連合の威を示す施設であると同時に、巨大な実験場だ。
「自国の魔法魔術の研鑽を示し、他国が磨いた魔法魔術を取り入れる。新たな発見や応用に貢献し、持ち帰るのが各国から派遣される者達に共通する務めだ」
魔術師の研鑽の場としては、最高の環境である。
各国の魔塔すべてと繋がっている、転移陣が設置されているのもここだけだ。
「励みます」
「体調には気をつけて。すべてが魔法魔術で維持されている場所だけに、魔力濃度が高めでね。宿で整えた衣服も、赴任した魔術師に支給されるローブも、魔力遮断の糸を混ぜて織られた布を使っている」
普段羽織っている白ローブに似ているが、フード付きで布地の輝きが強い。
大陸会議用のローブで全身を覆った姿で馬に乗り、クリストファーは部下に忠告した。
「定期的に魔素の発散もしているけどね。許容は個人差があるから。加減を掴むまで、無防備でいて魔力酔いを起こす人と、注意し過ぎて任務中に魔力欠乏を起こす人が多いんだ」
「なるほど」
「さて、厩舎だ。君達とはここからは別行動。ここに来る途中で水路橋が見えただろう? その向こうに宿舎がある。前任者達が待っているはずだから、指示した通りに引き継ぎをするように」
「はい。それでは我々はこちらで」
赴任者達をまとめる役の魔術師が挨拶し、他の者達も合わせてクリストファーに礼を取る。
それに片手を挙げて応じ、彼は馬を預けて会議場へと向かった。
塔の最上階にある会議場は、そこへ向かう通路に出る入口から、魔塔主か代理の印を受けた者しか入れない。
(私的感情は忘れて思考を切り替え、会議に専念しろ)
クリストファーは胸の内で唱え、いまだ収まりがつかない動揺を抑え込む。
頭から離れないでいる、彼以外に今世を変えようとしている者の可能性。セシリア・リドルの存在について考えることは帰路でもできる。
大陸会議は政治の場だ。最大の中立機関としてのあり方を協議し、各国の魔術師の連帯を確認し合う。
刻々と変化する情勢や大きな出来事により生じる、利害調整や認識合わせの場だ。
「やあ、いま着いたのかい? 先輩」
玄関口の階段を登っている途中で、斜め背後から声をかけられクリストファーは振り返った。
波打った金髪に緑の目。黒に銀の刺繍を全面に施すローブをまとった青年がにっこりと笑んだ。
クリストファーが魔塔主となって一年後、代替わりした西の国境で接するメリダ王国の魔塔主。彼はクリストファーと一番歳の近い魔塔主だ。先輩と声をかけてきたが、彼の方が二十八歳で年上である。
「僕の方が若輩で、その呼び方はルール違反ですよ。メリダの《金狼》殿」
魔塔主は基本的に二つ名持ちだ。それくらいの実力者でなければなれない。
大陸会議でも、二つ名で呼び合う。各国の魔塔主は、血統や年齢や経験年数に関わらず対等とするためのものだ。
「まだ塔に入っていない。先輩は先輩だ。あの砂嵐には参ったね。けど今回も一番遠いファルーザ皇国の魔塔主が一番乗りらしい。大陸の最西端で一番遠いのにさ」
「一番遠いからこそ、余裕を持って移動されるのでしょう」
「街道で聞いたけど、予定より五日早く通ったらしい。さすが《予見》の魔術師。いつもながら不気味だね、占術が発達している国とはいえさ」
「僕からすれば、移動中に各地の情報に聞き耳立てている方が不気味ですけどね」
メリダ王国の魔塔主は獣性魔術の使い手だ。肉体に野生動物の強化を乗せる、《金狼》の魔術師。
狼の耳は遥か遠くの音を聞き分ける。
この青年に代替わりしてから、会議期間中の個別の談話がやりづらくなった。魔法薬研究で最先端をいく、マルーン都市同盟の魔塔主はあからさまに彼を煙たがっている。
「ただのお土産話集めさ。我々の使う街道は、君の国を通らないのが残念だ。会議後、面白い話を聞かせてくれるだろ? シルベスタの《白焔》」
塔の入口に片足を突っ込み、呼び方を変えた青年の言葉は雑談か探りか判断しづらい。
クリストファーは冗談めかした響きを滲ませ、「気が向いたら」とすげなく応じた。
*****
「今年も不作だな。二年前に《白焔》が言っていたことがよくわかった。魔術師試験の運営をヴィルテンブルクに変えてあからさまに合格率が落ちた。難易度はさほど変わらないのに嘆かわしい。なあ、《白焔》?」
大陸会議に円卓の席に座る、魔塔主としては最古参。
灰色の髪を結い上げた五十過ぎの、厳めしい貴族夫人といった容貌の魔塔主は、ウェールフォルト共和国の《腐食》の魔術師。
「これが翌年翌々年どうなるか。これまで通ったような者が通らないとなれば、遡って考える必要も出てくる」
「ウェールフォルトの《腐食》殿の懸念はごもっとも。しかし幸い、魔術師の仕事は出来る出来ないが非常に明白だ。得た資格に見合わない仕事しか出来ない者は、自然淘汰されている」
我が国は合わせて登録制をとっていますのでと、クリストファーは穏やかに答えた。
魔術師試験は共通だが、魔術師の待遇や管理については各国の制度に任されている。
シルベスタの魔術師となった者は、所属や自営開業を届け出る義務がある。それをしない魔術師は資格を得ても活動ができない。
「資格取得者の数と稼働する魔術師の数には大きな乖離がある。僕も《腐食》殿と同じ懸念を抱いて、シルベスタが試験の運営を担っていた間に出た、有資格者の追跡調査を実施しての結論です」
「シルベスタが担っていた期間は二十年はあるぞ?」
合格率が落ちることはわかっていた。前任の尻拭いまでする気はない。
問い返してきたウェールフォルトの魔塔主に、クリストファーはなんでもないといった表情で答えた。
「たかだか二十年、建国時からというわけじゃない。本国に戻ったらすぐに結果を共有もできます。現在当事国のヴィルテンブルクにとっても参考になるのでは? 魔術師の輩出数が最も近いですから」
「いや、それには及ばない。帝国内でも同様の認識がある」
ウィルテンブルクの魔塔主が慌てて答える。《黒煙》の二つ名を持つ黒髪の中年男の魔術はよく知らない。
ウィルテンブルク帝国は魔法保持者が魔術師になることも多く、二つ名持ちでもどういった魔術を使うのかよくわからない物が多い。
「オレもシルベスタを威力調査する気はないよ。受験者が対策をしてくることを軽視した反省は全体にある」
そう答えるだろうと予想していた通りの、ウェールフォルトの魔塔主の言葉にクリストファーなやれやれと思う。
このご夫人は会議のたびに、クリストファーに難癖をつけずにはいられない。だがあまり敵対もしたくない。ウェールフォルト共和国は魔石など魔性資源の最大産出国だ。
しかも国内外へ供給量に関する権限は、共和国議会ではなく魔塔が握っている。
(全体といった言質も取れた、よしとするか)
東部の件は、共有しても様子見するだろうとクリストファーは考えていた。
ウェールフォルトの南端はシルベスタの東部と接し大樹海にも近い。下手に触れば協力要請などで巻き込まれると考えるはずだ。
クリストファーの読み通り、東部の件は様子見となった。
だが、一点だけ、ウィルテンブルクの魔塔主が単純な疑問といった様子で口にした言葉がクリストファーも気になった。
「ある地点の魔力が別の地点へ流れている現象の可能性というのは、本当に人為的なものではないのか?」
「現時点ではその可能性は低いかと、あまりに無作為かつ益のない事象なので」
「たとえば封印魔術古書の術という可能性は?」
「現場開封済のものにその記述は見つかっていません」
答えながら、少しばかり引っかかった。
クリストファーの脳裏に浮かんだのは『深園の書』だ。あれは現在調査中で中身の解読には至っていない。
だが。
(レディ・リドルは中身を把握している可能性がある――)
また彼女だ。
クリストファーの今世で、彼の把握が及ばないところには必ず彼女の影がある。
「“深園の書”も調査中であるしな……仮に出てきたとしても魔法薬一つ現在に蘇らせるのに《白焔》が苦労しているとは……術式再現となれば気が遠くなるよ」
ウェールフォルトの魔塔主の言葉に、皆納得した。
それが現代の魔術師にとっての常識でもあるからだ。
それもただ一人通用しない者がいるとクリストファーは知っている。
(レディ・リドルは古代魔術をいくつか再現している……魔力をもたない、魔術師でもない者が)
もしかすると、彼女の存在自体が魔術界全体を揺るがすものになるのかもしれないと、その時初めてクリストファーは実感した。頭ではわかっていたつもりだったが、それよりずっと事態は重いものだ。
「なにかあれば逐一共有いたします」
クリストファーの言葉に、各国の魔塔主達は一様に頷いた。




