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2-5:妖精と学生アルバイト

 目に痛いくらい鮮やかなブルーの見学ガイドのローブを羽織った、魔塔の案内ガイドはエヴァ・コレットと名乗った。

 ふわふわした栗色の巻き毛と同色の目をした、どこか愛嬌のある表情が印象的な魔塔の少女は、見学ツアーに参加するセシリア達の目を引くように両腕を広げてにこにこと元気よく声を張り上げている。


「あんなに若いお嬢さんも魔塔にいるんですね」


 マリーの言葉にセシリアもうなずいた。入口の結界からしてそう簡単に内部には入れないとわかる。

 ガイドだというが、入口を塞ぐように見せた魔術を行った人に違いない。


(見学ツアーの参加者に、おねーちゃん元気いいなって言われているけど……あのっ、きっとその人、たぶんすごい人ですよ……)


 どう見てもセシリアとそう変わらない、十五、六歳の少女であることも考えるとものすごく優秀だ。

 優秀な魔術師は概ね高い地位につく。上級魔術師でネイサンみたいな、早々に楽隠居を決め込むはぐれ者は珍しいのだ。

 なんとなく思っていたのとは違う形ではらはらしながら、セシリアはエヴァのガイドに従ってマリーと一緒に本格的な見学へと入っていく。


「入ってきた門が閉じたの、たぶんあの人の魔術だと思う。才能がある人だと……」

「え、あれって魔術なのですか? そういった仕掛けなのかと……同級生が基礎理論でも難しすぎると言ってましたよ」


 マリーは王都の「学園」の卒業生だ。「学園」では一般教養の選択講座で魔術についても学べるらしい。

 ほんの初歩的なものでも、魔術は高等教育レベルの教養を必要とするから難しくて当然だ。

 もしかするとアルバス魔法魔術学院のような名門で学んでいるなら、魔塔に見習いで入れるのかもしれない。

 魔術式を見つけたセシリアには少し揺らいで見えた壁だけれど、マリーは魔術とも思わなかったようだ。


(ちょっとだけ術式の構成まで見たからかな。閉じ込められたって、つい反射的に)


 ネイサンに誓約した「見つけない・夢中にならない・解かない・覚えない」の、一つ目がちょっと怪しくなってしまった。


「見たところ貴族のお嬢さんではなさそうですから、階級の教育格差もあるでしょうに。本当に優秀ですね」

「ええ」


 南(ゲート)の建物の回廊へ向かっているらしい。

 魔術師連合本部は、魔塔を象徴する塔と中庭を東西南北の門を持つ建物が囲っている。

 歩きながらも、エヴァの説明は続いていた。


「ところで、魔術を使えたら魔術師というわけではないことご存知ですか?」


 きっとツアー参加者を退屈させないためのエヴァの問いかけなのだろう。

 いまのところ古い建物の廊下を歩いているだけなので少し退屈だ。一般公開しているだけにこれと目を引くものもない。逆にあったら大変だ。


「たしか、資格要件があるのでしたか?」

「そう。まず魔力値が……」


 セシリアがマリーに説明しようとしたら、「まず魔力値は百以上!」とエヴァの声が被さった。


「あっ、見学のあと測定体験もあるので、ぜひ試してみてくださいね」


 ツアー見学者達がどよめく。貴族でなければ魔力の測定機会はあまりない。

 魔術は長く王侯貴族に独占されてきた分野だからその名残だ。

 ツアー見学者から「百以上あったらなれるのか」といった質問が出て、うーんと少し困った顔をエヴァは見せる。どことなく芝居がかって見えるから、おそらくガイドにとっては定番のやりとりなのだろう。


「魔力だけじゃなく、厳格な基準があるんです。魔法魔術教育機関で一定単位を取得、もしくは魔術連合か上級魔術師二名以上の推薦を受け、認定試験に合格した人でないと正式に魔術師とはいえません」


 なんだと残念そうな声も聞こえるが、仕方ないとセシリアは脳裏に呟く。

 魔術は、自然の事象を捻じ曲げる技術ともいえる。扱い方をきちんと理解しないと本人も周囲も危険なものだ。

 エヴァが具体例を挙げて解説し、魔術師の資格は大陸統一基準であることも説明している。

 いつしかマリーもたしかにそうですわねえと、うなずきながら説明を聞いて歩くようになっていた。

 

(わたしが魔術の話をしても、「まあそうですか」と塩対応で流すマリーが! 興味を持って話を聞いている!)


 さすが魔塔。魔術だけでなく話も上手いなんてと、セシリアは自分と同い年くらいの少女に尊敬の念を抱いてしまう。だってあの魔術興味なしなマリーがセシリアにこんなことを聞いてきたのだ。


「魔術師の方が、初級、中級、上級といらっしゃるのは知っていましたが、魔術師が多いこの国でも上級魔術師様は全体の二割に満たないなんて……本当ですか?」

「ええ」

「今度、ネイサン様をお見かけしたら拝みますわ」

「それはちょっと違うような……」


(ネイサンおじさまのすごさなら、わたしへの課題の魔術式が一見単純な式に見えて、展開するとすごい難しい計算になってるのとか紙に書いて何度も話しているのに、どうしていまさらな話で納得してるの!?)


 なんだかちょっとくやしい。セシリアは次の部屋への誘導へ移るガイドの少女へと目を向ける。

 南門建物の回廊は魔塔で最も古い時代の部分が残っている場所であるらしい。それはちょっと楽しみだ。


(それにしても公開日は週二回とはいえ……こ、こんな……観光地になっている、なんて……)


 セシリア・リドルとして魔塔に出入りするにあたり、魔塔主クリストファーに不審に思われているような状況なのに、強固な防御結界の中で孤立無援……と考えて恐れていたけれど。

 エヴァ・コレットと名乗った、このガイドさんのような人も魔塔の魔術師としているなら、なんとか耐えられるかもしれない。

 セシリアは少しだけほっとした。もう今日の目的は果たした気分である。

 ガイドとしてセシリア達の前を行くエヴァは、きっと普段は別の仕事をしているに違いない。

 貴族ではなさそうだし、よく顔を合わせるようなら親しくなれたらいいなと、ちょっとだけセシリアは考えた。

 魔術のことが話せる同世代の知り合いなんてセシリアにはいないからだ。



 *****

 


 建国時代は王城だったというのはネイサンから聞いていたけれど、その後は宮廷魔術師の詰め所となり、さらに時代が下がって魔術師連合の前身組織である魔法省と。

 この地はずっと、この国で最高峰の魔法魔術を扱う者達が集う場所だというのがよくわかる回廊だった。


(わっ、わあっ……!)


 ネイサンが、見つけない・夢中にならない・解かない・覚えないなんて誓約をさせるはずだ。 

 中庭をめぐる回廊の片隅にある、ちょっとした柱の土台に刻まれた模様が図案化した術式だったりするのだから。


「マリーどうしよう」

「ただの芝生の中庭を見て、なにがどうしようなのかさっぱりわかりませんが、いつになくお嬢様の目がきらきらしているのはわかります……落ち着かれませ」


 集中するとセシリアは術式が光を帯びて感じる。

 それは実際に存在する光ではなく、セシリアの感覚の中に潜んでいる輝きだ。

 洗練されて美しいものほど、その連なりが自然の神秘に近いほど、輝きの気配を感じられる。


(この魔塔を囲う中庭は、完全に防御結界の中……)


 間近にそびえ立つ魔塔をセシリアは見上げる。近すぎて頭の後ろが背中につきそうなくらいで見上げて、マリーに帽子が落ちますよと手で押さえられながら注意される。いけないつい夢中になってしまった。


「……見つけない・夢中にならない・解かない・覚えない」

「なんの呪文です?」

「ネイサンおじさまが、わたしがお行儀よくいられるようにって」


 ネイサン様も時折よくわかりませんわねとマリーが呟く。


「皆さん、こちらに、ちゅーもーく! 私の足元、ここにこの魔塔で最も古いものがあります」


 エヴァの声に、ぴくっとセシリアは帽子を揺らして反応した。


「最も……古い……」

「お嬢様?」


 魔塔のすぐ側に立つエヴァのいる方向へ、セシリアはふらふらと吸い寄せられるように足を進める。

 マリーが「お嬢様ー」と呼ぶ声は、残念ながらまったく耳に届いていなかった。


「この魔塔の防御結界を作っていると言われている土台の一つです!」


 はあぁぁ、とエヴァの足元をセシリアは見つめる。

 やっぱり、なんとなくそのあたりが、この中庭のきらきらの源泉のような気配がしていた。


「魔塔の周りを巡る石畳と、少し色の違う石があるのがそれです」


 おずおずと、セシリアはガイドのエヴァに触れてもいいか尋ねる。

 いいですよと言われて、スカートを押さえてセシリアは土台であるという石に触れる。周囲の石と比べて、少しだけ黒ぽく金属的な艶の強い石だ。よく見ると金の粒も少し混ざっている。

 触れればほんのりと指先が温かくなるような感覚を覚える。封印魔術古書の解錠でもある感覚だ。

 けれど魔術式は見えない。


「……統一王朝以後、だけど……魔術師の間で引き継いだものがあった……?」

「もしかして、魔術の学校の学生さん?」

「土台かあ……どういった……」

「あのぉ、やっぱりそうですよね?」


 ぽんと肩に触れられて、はっとセシリアは顔を上げてエヴァと至近距離で顔を合わせた驚きに、ひぁっ、と小さく悲鳴を上げかけて両手で口元を押さえる。

 明らかに挙動不審だったに違いない。自分を(かえり)みて、セシリアは頬が熱くなるのを感じた。 


「やだ、破壊的にかわぃ……ていうか妖精?」

「えっ! 妖精がいるんですか!? どこに!?」


 思わずセシリアは口元から手を外し、卵色の手袋に包まれた右手の中指を見る。特に反応はしていないから近くにはいないらしい。

 オパール石の指輪の中にリトラは入ってもらっている。そうしているうちはちょっと魔力を帯びた石だ。

 

「あ、ちょっと心の声がというかなんというか、気にしないでください!」

「はぃ……あのガイドの方が、なんでしょう?」


 なにか尋ねられていた気がする。あまり聞こえていなかったけれど。

 ああ、つい夢中になってしまった。これは不可抗力ですと、心の中でセシリアはネイサンに話しかける。 

 それにガイドの方が話しかけてきたのなら、セシリアにとって好都合。聞きたいことがある。


「すごく熱心に見ているから学生さんかなと……あの、なにかご質問が?」

「学生では……ないですが……えっと、いいですか?」

「はい」

「魔術式が見当たらないと思って、それでふと……どうして“土台”なのかなって、見たところ敷石の一つで土台ぽさない、のに、……と?」


 ぽかんと呆気にとられたような表情をしているガイドの少女エヴァを見て、セシリアはたらりと背筋に冷たい汗が流れたような気がした。


(あ、ああっあああぁぁ……これは、まずいかもおおおぉぉぉ……っ!!)


 もしかして、うっかり防御結界の根幹に触れそうなことを聞いてしまった?

 だとしたらそんなの機密事項に決まっている。

 大らかにも観光客に見せて公開しているのは、魔術式も見えないものだからだろう。


「学生ではなく、魔術師の……方?」


(ど、どうしよううううぅ!)


 動揺に握った両手をふるふると震わせて、セシリアはエヴァの視線から目を逸らせた。

 不審の目で見られている。


(どうしよう他の人を呼ばれたら。こんなツアー参加者がいてと報告や相談などされたら)


 だっていまのセシリアは、セシリア・ヴァストである。

 一応、魔法魔術知識に精通した技能者と位置付けられた、<深園の解錠師>セシリア・リドルではない。


「そ、その……ちょっとそう思った……だけです……。そう! 魔術を少し独学した素人質問ですっ!」

「はあ、素人……まるで研究発表会時の教授のように恐ろしい言葉ですねえ」

「あっあと、回廊の柱の土台……刻まれてるの図案化された魔術式だと思うのですが……」

「図案化された魔術式とは?」

「へ?」


 まさか聞き返されるとは思わなかった。あれが魔術式なのは明白だ。

 いくら素人でも、あまりにでたらめなことを言えば、「魔術を少し独学した」と整合性がとれなくなってしまう。

 この時、セシリアの頭からはネイサンに言われた「一般人、一般の魔術師は、他人の魔術式なんて野いちご獲りにきたみたいにほいほい見つけやしない」といった言葉も記憶もすっかり飛んでいた。

 つい、夢中になってしまっていたのである。 


「たぶん……本で見た類型で、て、天体の魔術かな、と……」

「……天体」


 セシリアはぎこちなくうなずく。


「かなり古いものですよね、あの回廊の柱」

「そうですね」

「古い時代からあって、複数の魔術式を準備しておおきな事象を引き起こすといえば……」

「天体の魔術の特徴ですね。星の運行も考え合わせなければいけませんが」

「あ、そうですね」

 

(それにネイサンおじさまの話では……あ、いまネイサンおじさま以外の人と魔術の話してる!)


 それはセシリアにとってなんだかとてもうれしいことだった。

 リトラも時折話し相手になってくれるけれど、精霊だからなにか違うのだ。


「極東の術式も取り入れているとか、だから方角も合わせてるのかな……?」

「方角」

「塔と中庭を囲う、門の建物です」

「たしかに……後でジェフさんに聞いてみようかな……」


 セシリア同様、なにか考えがあるのか呟いたきり、エヴァも黙考する様子となる。


「書庫の本に、極東は方角を重視する文化がってあって……わふっ!?」

「セ〜シ〜リ〜アっ! 我が可愛い妹よ〜。こんなところで会うとは奇遇だ!」


 突然、何者かの腕に後ろから抱きつかれて持ち上げられ、ぐるんぐるん目に映る景色が回りだし、びっくりしすぎてセシリアは思考停止した。しばらく抱きかかえる相手にされるがままになる。

 そこへ「アーサー様!」と叫ぶマリーの声が耳を打ち、セシリアは(まばた)きして我に返った。


「お兄、様……?」

「そうだよぉ。どうしたんだい? ああ魔塔の見学? 知識だけでは飽き足らず、とうとうその大本へと……うんうん、実地調査(フィールドワーク)は大事だからねぇ」


 振り仰いだセシリアの顔から別の場所へ一瞬だけ目を動かしたのは、すぐ側に立っているガイドのローブを着たエヴァを見たのだろう。だから見学と尋ねた。

 顎先で切り揃えた、セシリアと同じ癖のない黒髪に、彼女よりも濃い紫の瞳をにっこり細める男性は、たしかに九つ上の兄アーサー・ヴァストだった。

 普段はもっと軽装なのに、明るめのグレーのフロックコートにタイを襟元に巻いて宝石のピンまで刺している。


「アーサー様! どうしてこちらに!」

「はっ! あのっ、ご家族でも別々の参加でしたら順路は守っていただかないとっ」


 慌てて早足にやってきたマリーと、ガイドとしての仕事を思い出し注意をしたエヴァを順番に見て、ふむとアーサーは軽くうなずき、にっこりと愛想のいい表情を浮かべた。


「失礼、レディ達。ここへは仕事でね。南の建物の二階で共同研究の話をし終えたばかりだ。内容は教えられないよ? 守秘義務がある。廊下の窓から私がこの子に贈った帽子が見えて、慌ててやって来たというわけ」


 たしかに今日セシリアが被っている帽子は誕生日にアーサーに貰ったものだ。

 でも帽子で判別するなんて兄の視力が恐ろしい。

 マリーも少しばかり呆れた表情をしている。


「帽子で。どちらにいらしてもブレませんわね、アーサー様は」

「だから私は見学ツアーの参加者ではないよ。ガイドのお嬢さん」

「はあ……、えっ!? え……」


 何故かさっとエヴァが顔を青くしたのに、セシリアはどうしたのだろうと首を傾げる。

 そしてずっと自分を離してくれない兄の腕をとんとんと小さく叩いた。


「……離してください」

「どうして?」

「どうしてもです。まだちょっと……浮いてます」 

「ああ、ごめんごめん」


 地面にようやく足が着いて、ほうっとセシリアは息を吐く

 落ち着いて、ええとどういった状況だった? と彼女の周囲の人々を見回した。



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