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2-4:魔塔と四つの誓約

「ああ〜っ、うじうじめそめそと鬱陶(うっとう)しい!」


 王城禁書庫の司書室にネイサンの怒号が響いても、セシリアは広い作業用机に腕を枕に頭を乗せて、どんよりぐずっていた。来月がやってくるのが嫌すぎる。


「マスターは意気消沈中なのです。お茶のおかわりはいかがですかマスターの先生」

 

 今日のリトラは侍女の少女姿だ。司書室の奥にあるテーブルセットの椅子に、黒っぽいフロックコートの襟元に臙脂(えんじ)の幅広タイを結んだ姿で足を組んで腰掛けているネイサンにお茶を勧めている。

 性格難ありの魔術師と人間の真似事大好きなお気楽精霊だけれど、見た目だけは絵になる組み合わせだ。 

 

「給仕が板についてきたじゃないの、おとぼけ両生類」


 当面使えるようにクリストファーが手配した客間から、王城製の焼菓子をセシリアに頼ませて、それを持ち込んでネイサンと二人で楽しんでいる。


「すっかりお茶入れるのが上手くなっちゃって」

「よいものは、よいものと合わせると、もっとよいものになる真理を得ました」

「アンタ、契約精霊になに覚えさせてるの?」

「覚えさせてないです……っ」


 セシリアはネイサンの疑問そのものを否定する。

 真理もなにも、大自然を司る上位精霊が一つなくせにただ食い意地が張っているだけである。


「いい加減、立ち直ったらどうなの」

「だって……王城禁書庫だからやっていけてたのに……魔塔って魔塔って、防御結界に覆われたすごい魔術師しかいないところで……ところにぃぃ……」

「どう考えても魔塔を震わせてるアンタが、なんでそんなに(おび)えて震えんのか理解に苦しむんだけど」


 よりにもよって魔塔主のクリストファーになにか怪しいと不審に思われている。魔塔は彼の組織だ。彼の号令一つで魔術師のエリート達が動く。取り囲まれたら……。


「に、逃げられないいぃ」

「だから、魔術界はアンタを認めたのに、どこに逃げる必要があんの」

「……でも、先生にも迷惑かけてしまってるのですよね」


 セシリアが腕から少し顔を上げて、作業机の向こうにいるネイサンを見て言えば、別にとつまらなそうな声が返ってきた。


「大体、出向(しゅっこう)ったって、結局ここから週三日の通いで落ち着いたんでしょう? あのフランシス王を使い走りに魔塔と交渉なんて、アンタにしてはがんばったじゃないの」


 承諾するしかない立場とはいえ、打診もなく勝手に決められたのだ。

 それくらいの希望を通させてもらったっていいはずである。


(それに重要なのは、解錠技法のはずだから)


 王も魔術界もセシリア・リドルが欲しいわけではないことくらい、セシリアにもわかっている。

 現状、解錠技法を習得しているのがセシリアしかいないから、王家と魔塔から挟まれるみたいになっているけれど、技法がある程度広まればこんなこともなくなるはずだ。


(王様にとっても都合のいい範囲のはず。いるだけで威圧感なある意味上司のご不興を買うのはいやだし。できればほとんど人が来ない静かな地下書庫で過ごしたいぃっ)


 セシリアが王の直の臣下である以上、勝手には動かせない。

 それは王家が解錠技法を独占しているのと同義で、かつての征服王のごとく古代叡智を独占する気ではと懸念を抱く者もいるかもしれない。


(封印魔術古書の封印を解いて一番利益を得るのは魔術界だから、実際には王様がわたしに解錠を命じたことは一冊もないのだけど……)


 王が錠を手に握ってそれを使わないは、魔術界にとってはとても歯痒くも口惜しいことのようで、“解錠師“を魔法魔術知識に精通した技能者と位置付けたのは牽制のためらしい。

 今回の出向の話も同様だ。

 セシリアが魔塔にも出入りすることは、王家に古代叡智を独占する邪心はないと示すことにもなるが、王の直の臣下が長期に魔塔に籍を置くのは、フランシス王にとって内心面白くはないだろう。

 

(――と、いったことを高速フル回転でがんばって考えて……ぎりぎりなんとか耐えられそうな折衷案をフランシス王に提示したのだけど……やっぱり週二くらいにしておけばよかった……!)


 もちろん王もセシリアが忠義心から申し出たとは思っていない。


『ふん、其方(そなた)の申し出となれば話も違ってくる。今回ばかりは使われてやろう』


 この言葉で、もうすべてお見通しなことが現れている。

 口ぶりからどうも王とクリストファーとの間で一悶着あったらしい。


(いまはそこまで険悪に思えないけど、前々世も、前世の小説でも親子っていうより政敵って感じだった。クリストファーは子供の頃、酷い扱いをされていたし……王様が容認か放置してたかでなければああはならない)


「今度は黙りこむし……ああやだやだ」

「うぅ……早く、解錠技法広まらないかな」

「本気でそう思ってんのが……っとに、侯爵家の人間は……」


 解錠技法は、新規技法登録の申請を上げると同時に公開されている。

 そのことについて、セシリアはなにも咎められていない。

 それを思うと、新規技法登録の申請を上げるからさっさと論文にしろと、セシリアに指示したネイサンはさすがである。


(『深園の書』の封印解除で、こんなおおごとになるなんて思ってなかった……!)


 三〇〇年、誰も開いてないといっても、他にも封印魔術古書は山のようにある。

 セシリアが、“前世”で読んだ小説ではフランシス王が所有する鍵で地下書庫に入り、自分で書庫から出してクリストファーに渡してもいた。貴重書は貴重書だろうし、封印強度の等級も一番高いけれど、『深園の書』がそこまで特別視されていただなんて。


「せっかく折った……処刑フラグが……」


 ぶつぶつぼやいていたら、美青年から少しばかり美中年寄りな顔をこれ以上となく(しか)めたネイサンに、「ぼそぼそぶつぶつじゃなく、人の言葉で喋れ」と叱られる。

 たまにしか聞けない低く男性らしい美声は彼の素の声だけに、びくっとセシリアは頭を起こした。


「ったく、なに昼寝がバレた馬鹿学生みたいになってんだか」


 普段、嫌味でどことなくおねえっぽい口調は、教員として教え子を指導するのにそちらがより効果的(・・・・・)だったからで、それがいつしか身に染み付いてしまったらしい。

 

「あの……先生、魔塔ってどんなところですか?」

「辛気臭いの一言。まっ、アタシも試験くらいしか用もないし、筆記受けた西門の部屋と実技戦の中庭しか入ったことないけど。古臭い普通の研究所で普通の中庭ね」

「期待はしていなかったけれど、まったく参考にならない……」

「アルバス辞めた理由知ってんでしょ。あんな場所、用があっても行く気がしない」


 テーブルに片肘を立てて頬杖をつき、もう一方の手を払うように振ってネイサンは言った。権威や派閥闘争といったものを嫌って名門アルバス魔法魔術学院の教授の職を辞し、魔術界からも遠ざかっていた人だ。

 魔塔なんて魔術師にとっては権威の頂点たるものだろう。


「マスター、私が見てきましょうか?」


 どことなく美少女顔をうきうきさせたリトラの申し出を、やめときなさいとネイサンは一蹴した。


「おとぼけ両生類でも、あそこの防御結界だけは馬鹿にできないわ」

「そ、そんなに?」

「防御結界だけは建国期から土台を使ってんのよ。初代国王がいた元居城があった場所の名残。統一王朝以後だけど、半ば古代遺物みたいなもんが敷地の各方位に極東の術まで組み込んで仕込まれてる」


 普通の魔術とは少々毛色が違るから、人外丸出しで行くところじゃないと聞くとちょっと気になってしまう。


「土台って?」

「さあ。気になるなら見学ツアーでも参加したら? 一般人でも塔の三階まではガイド付きで入れるし、聞いたら教えてくれんじゃない?」


 絶対にそれはない、とセシリアは胸の内で呟く。

 王城禁書庫の数々の仕掛け同様、時代の流れのなかでわからなくなってしまった類のものなんだろう。

 聞けば、たしかに訪れた者を選別して入口を絞る結界なんて普通じゃない。

 結界術は魔術の中でも高度な分野だ。なんとなく魔塔だからそんな結界も施せるのだろうとセシリアは思っていたけれど、そういったものではないらしい。


「どうやって維持してるんですか?」

「魔塔主他、上層の魔術師が定期的に魔力付与してるって聞いたわね。注ぐ場所か器具か陣かなにかあるみたい。おそらく術式固定されたなにかでしょうね。注いだ魔力の流れはおそらく追えないような」


 どんなところかといった質問はあんなに情報量が薄かったのに、防御結界についてはこれだけ話がでてくるところがネイサンらしい。セシリア同様、術式そのものを解き明かすのが好きな人なのだ。

 魔術師がそれをやるのは、他者の魔術を暴いて解体あるいは干渉を可能にするから、ものすごく嫌がられる行為である。

 でもそうか、見学ツアーか。

 たしかに魔塔の雰囲気を知るにはいいかもしれない。

 一般観光客にセシリア・ヴァストの姿で紛れ込んでしまえば、誰も気づかない。

 まさか魔塔主が一般観光客の前に現れることもないだろう。王子ではなくなったが、王族であるし、大体あの白ローブと銀髪が美しい人が表に出ていったら、それだけで大変な騒ぎになる。


(退避ルートも確認しよう。精霊も用心した方がいいような、防御結界が張られた見知らぬ場所で、魔塔主のあの人と顔を合わせるなんて……考えただけで怖くて無理……)


 そうしよう。手を拳に握り締めうんうん頷いて、セシリアは再びネイサンを見た。


「なに?」

「け、見学ツアー……って、どう行けば……?」


 しばらくセシリアを見つめ、はーっとため息を吐くと、彼女の師はお茶を飲み終えるまで無言になった。

 あれ、とそんな師の様子にセシリアは首を傾げる。もしかして彼も知らないのだろうか。


(上級魔術師で、子爵家当主だし……一般人が見学できるのは知っていても参加なんて考えもしないか)


「忘れてたわ」

「なにをですか」

「アンタが、突拍子もない行動力の持ち主だってこと」


 そしてセシリアは、師に誓約させられた。

 

「復唱!」

「ええと……見つけない・夢中にならない・解かない・覚えない」

「絶対、厳守よ。アンタ、特に最初の二つ! 一般人、一般の魔術師は、他人の魔術式なんて野いちご獲りにきたみたいにほいほい見つけやしないんだから!」


 ネイサンの意地の悪い課題や、封印魔術古書をに取り組むわけじゃないのだ。

 ただちょっと事前にどんな場所か様子を見に行くだけで、そんなことするわけがない。


「そ、そんなに言うなら……先生も一緒に」

「はあ? 小娘づれでなにが楽しくて魔塔なんかに」

「……ですか」

 


 *****



「あ、あちらのようですよ、お嬢様」


 マリーが塔を真四角に囲む建物の北面を指差す。

 本当に入口が一つになるんだなあと、セシリアは黒髪に被った赤紫の帽子の影から、門と呼ばれる建物を見る。

 

(どうやって選別してるんだろ……魔力量? でも測定してないだけで潜在的に高い人もいるよね)

 

 貴族は成長の節目に魔力を測定する機会があるけれど、平民にそんな機会はあまりないから知らない人もいるだろう。気になる、すごく気になる。

 見たところ、塔を取り囲むこの建物もいたって普通の建物である。

 一筋手前までは侯爵家の馬車で来て、護衛は無し。護衛を付けるような身分に見える方が危ない。

 そもそも魔塔内に悪意のある人は入れないし、警備もあるから大丈夫だろう。

 王都を訪れる観光客に人気だとは聞いていたけれど、なかなか盛況ぶりで二列で順番を待つ長い列が出来ている。


「あの、本当にこちらから行かれるのですか? 旦那様やアーサー様に見学の日を取り計らっていただいて出直された方が」


 マリーの言葉にセシリアは首を振った。そんなの絶対だめだ。

 一応、知の領域に関しては強い侯爵家だから、父や兄に頼んで取り計らってもらうなんて、そんな視察や表敬訪問みたいなことをしたら、魔塔主が義理立ての挨拶に出てくるに決まっている。

 

「ヴァスト家はなしで……」

「はあ。まあお嬢様が外に、それも街中に出る気になられたのは喜ばしいことですけれど。絶対に私の側を離れないでくださいませ。それと人に酔いましたらすぐ仰ってくださいね」

「……はい」


 たしかに引きこもりではあるけれど、誰もかれもが少し外に出るだけでものすごく心配してくる。

 王城に、毎日のように出かけているけれど、書庫へ行くふりをしてネイサンが寝起きする離れからセシリア・リドルとして出かけているから、セシリア・ヴァストのおでかけにはカウントされない。


(なんだかすごい箱入りお嬢様みたい)


 実際そうなのだが、セシリアには前世で働いていた記憶や感覚もあるので、そんなに心配しなくてもと思う。

 ネイサンに、領地で庭を散歩する程度の服を選んでもらうよう注意もされていたため、帽子の色より少し明るい木苺色の清楚なワンピースである。

 白襟と白カフスと襟元のリボンを留めたブローチ以外に飾りもない。

 マリーも紺色のワンピースで付き添いの家庭教師のような装いだ。

 

「それにしてもどうしてまた急に?」

「えっ? あ……えっと、ほら来月お茶会もあるから……少しは外に出ておいた方が……と」

「それで、魔塔を選ぶというのがお嬢様らしいですわね」

「ごめんね、付き合わせてしまって……」

「いえ、私も初めてですから。王都にいますと当たり前すぎて行きませんものね。それに魔塔といったらなんといってもあの方がいらっしゃいますしっ!」


 両手を合わせてそびえ立つ塔の上を見上げるマリーに、セシリアは察した。


「ロウル公、クリストファー・ドゥクス・シルべスタ閣下。ちらっとでもお姿が見られないかしら」

「ま、魔塔主様はお忙しいのじゃないかしら……」


 絶対だめ、ちらっとでもだめ。


「マリー、前に進まないと」

「あら、意外と早く進みますのね。思ったよりすぐ入れそうですわ」


 門は細長い普通の建物なのだが、大きく(ゲート)のように開いている箇所があり、そこで入場手続きをする窓口があるようだ。遠目にも目立つ鮮やかな青のローブを着た職員らしき人が、入場者の手の甲に印章のようなものを押している。

 押した瞬間、虹色にほのかに光るがインク自体は透明なもののようだ。


(なるほど。印章は魔術式を図式化したもので、魔性植物のインクは魔術が付与されたものかな。防御結界とは別に塔内部も公開範囲を結界で仕切って、手の甲に押されてるのがチケット代わり……前世のライブ会場みたい)


 手袋の上から印章を押されたマリーが怪訝な顔で手の甲を見ている。


「なんてことをと思いましたが、なにもついていませんわね」

「魔性植物のインクだと思う。透明なのは少し珍しいかも……」

「さすがにお嬢様は驚きませんね」

「お兄様が面白がっていくつか集めていたから。実験に使うとかで」


 マリーと話しながら、セシリアが(ゲート)を通り抜けた時、背後でシュッと音が聞こえた。

 振り向くと、通り抜けた入口が閉じている。


「はい! いま通られた方までで、区切らせていただきまーす!」


 入場手続きの窓口の人と同じ、鮮やかな青のローブを着た、セシリアと同世代くらいの少女が声を張り上げていた。あの目立つ色のローブは見学ツアーの係員とすぐわかるようにしているのだろう。

 すごく観光仕様だ。あまりに明るくて塔の権威やイメージが崩れそうだけどいいのだろうか。


(それはいいとして……)


 閉じた入口に他の観光客も驚いている。セシリアは菫色(すみれいろ)の瞳を動かし、入口を塞いだ壁全体を見回す。壁際に小さな煉瓦のような白い置き石があり、そこに小さく書かれた魔術式を見つける。


(空気に温度差の層をつけて光の屈折率を変えてる。そういえばちょっと壁が揺らいでるような……音は別……数分時間差つけて順路分けるだけのものだろうけど……直したい)


 見つけない・夢中にならない・解かない・覚えない。

 ネイサンに誓わされたことの前三つに早くも抵触している自覚もないまま、おそらく目印なのだろう置き石をうーんとセシリアは(にら)む。

 

「お嬢様!」

 

 マリーの声にセシリアは我に返った。声がした方を見れば人々はもうガイドの案内で先へ移動しかけている。

 待ってと、最後尾で待っているマリーの元へセシリアは早足で向かった。


お読みいただきありがとうございます。

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