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1-9:記憶のなかの眼差し

 魔塔とは、魔術魔法の専門機関にして魔術師を統括する組織ある、魔術師連合の本部の通称だ。

 場所は、王城からそう離れていない。東の城門から徒歩で三十分程やや南に下った場所にある。

 王都の中心部を東西にかけて流れる川沿いにそびえ立つ、荘厳な趣の、上部が尖った四角い柱のような塔である。


(王都の時計塔でもあるからか、なんとなく“前世”で見た外国の有名な時計塔と似ている)


 塔を中心に敷地を置いて、塔の三分の一ほどの高さの建物にぐるりと囲われている。正確にはこの建物と、建物に囲われている範囲が、魔術師連合の本部だ。

 本部全体、錯視効果のある防御結界に(おお)われ、複数の出入口があるはずだけれど、塔に所属する者以外は結界の効果で入口は訪問者に合わせた一箇所のみに絞られる。

 そこで手続きなしに侵入しようとする者は弾かれるらしい。

 そんな魔塔の尖塔部分には、時を知らせる鐘の音を拡散する魔術が施されていて、ごく時折、魔塔からの公式な声明も王都に向けて発表される。

 

(前回の声明は、二年と少し前の秋……元第二王子の魔術師クリストファー・ドゥクス・シルべスタが、史上最年少の十八歳で、魔塔主に就任した発表とその挨拶)


 セシリアはまだ領地の屋敷にいた。

 クリストファーが魔塔主となったその日、セシリアは人払いした自室の隅で膝を抱えて震えていた。

 シルベスタ国内の魔術師連合支部から、すぐさま管轄地域の各領へと知らされた報を聞いて。

 小説と、前々世と同じ人生を歩んでいるクリストファーがいる、この世界が怖くて。


(やっぱり、わたしの年齢がずれて出会いを回避してるというだけで、基本的な設定は同じ……)


 だとしたらやはり、いずれセシリアに使われた古代遺物のことはバレて処刑される。

 王冠に嵌め込まれた古代遺物にヒビが入った最悪のタイミングで、王太子といった取りなしのきかない人によって、ヴァスト家の古代遺物の不正使用と教会の記録の改竄(かいざん)が暴かれてしまう。

 前々世のセシリアは、自分が魔力過多の子供だったことも父親の不正も知らなかった。


(クリストファーがセシリアにまったく関心を向けず、冷たくなったのは魔塔に入った頃……)


 ある日、廊下を歩いていたら、恐ろしい顔でやってきた王太子に空部室へ引っ張られ、どういうことだと激しく責め立てられ、調査書類を投げつけられた。

 浮かんでくる前々世の記憶を、セシリアは頭から追い払うようにふるふると首を振る。


(魔術師だし、わたしが彼と出会う前はよく熱を出していたのも知ってる……王太子が暴くより早く気がついていたのかも……だとしたら嫌われ憎まれても仕方ない……わたしの処刑もきっと……)


 そうでなければ、ためらいもなくその手でセシリアの胸を貫いて、あんな目で見下ろすはずがない。

 頭から払っても払っても、繰り返し思い出してしまう。

 一番鮮明に記憶に焼きついている、死ぬ間際に見たクリストファーの眼差しに震え、ぎゅっとセシリアは目を閉じる。


(もうあんなの、絶対嫌っ!)


 前々世でセシリアは、クリストファーと同い年だった。

 罪が暴かれたのは、クリストファーが二十歳になってしばらくした頃。

 あと約二年、その前になんとかこのことを秘密裏に処理し、王家とも距離を置けばなんとかなるはずだ。

  

(不正使用だけで、罪を自ら打ち明けて、その償いに歴代の王の悩みを解決したら……なんとか……)


 解呪方法を見つけるのは、本当はクリストファーだ。

 けれど、セシリアは死にたくないし、思い出してしまった人生を繰り返したくはない。

 このまま、クリストファーと出会わず、婚約も回避したまま、別ルートの人生を平穏に生きていきたい。


(関わらなければ、知られることもない。彼は王家を出たし、継承権も放棄してる……王様の性格からして、後継者でもない人に、王族の秘密やそれにつながる余計なことはきっと言わない)


 魔術適性もないのに、前々世を思い出してから魔術の勉強に明け暮れているのも、処刑回避のための手段。

 “ヴァスト家”の血筋が持つ探究心を刺激し、美しい術式に触れ、それを解くことには恍惚を覚える。

 それに奇跡の現象を生み出す魔術そのものへの憧れもあるけれど、それはセシリアには望めないものだ。

 

(古代遺物がなければ死んでいたけれど、もう少しだけ魔力があったら……でもそのせいで彼は、わたしの代わりに死ぬほど苦しい思いをしたはず。いまは克服して魔塔主になるくらい、立派な魔術師になっているけれど)


 知られたくない。関わりたくない。

 セシリアもクリストファーも、各々の人生を生きていくのがきっと一番だ。

 王都へ出て、超一級封印魔術古書『深園の書』を封印をセシリアが解いたのは、それから約四ヶ月後のことだ。

 そこで王家と関わるのも、魔術界に近づくのも終わりのはずだったのだ。

 けれどセシリアが考えていたのとはまったく別方向へ、物事は怒涛の展開で進み……気がつけば、セシリア・リドルの名前で<深園の解錠師>の称号を(たまわ)り、王直属の臣下、王城禁書庫の管理司書官となっている。

 そして、いま――。


(どうしてえええぇえ……っ)


 もし王城禁書庫の扉を開けてそこにいたらと、思わなかった日は一日もない。

 禁書庫に入るのも出るのも、セシリアにとっては心構えを要するもので、一瞬の緊張を()いられる。

 誰もいないがらんと白い禁書庫の通路、人気のない王城の地下通路を見ては安堵(あんど)する。

 それが、いま――。


(まだ朝九時前なのに!)


 この世界は、平民や使用人を除いて全体的に朝は遅めだ。上流階級は晩餐会やら夜会やら観劇やらと社交で夜が遅い。それに合わせて朝は、セシリアが前世で過ごした別世界よりかなりのんびりしている。

 王城が本格的に動き出す前に、セシリアはなるべく人目を避けて、王城禁書庫へ出勤(・・)していた。


(もし禁書庫の扉を開けてそこにいたらって、思わなかった日はないけれど)


 入ってすぐ、通路のずっと奥の書架の影に、人の姿があることにセシリアは気が付いた。

 遠目にも、その姿の高貴さと美しさは見てとれる。

 白大理石の巨大な箱である禁書庫の主として、元からそこにいたのではないかと思えてしまう。

 金銀の刺繍糸の輝きを宿す白いローブを纏った、すらりとした長身の銀髪の青年。

 

(か、鍵を持っているにしても……どうしてこの人が、こんな朝早くからここにいいいぃぃっ!?)


 見間違えようもない。そもそもあんな容貌と装いの人は、この国に一人しかいない。

 クリストファー・ドゥクス・シルべスタ。

 元第二王子で魔塔主。

 シルベスタ王国で二人しかいない限界値超え魔力の持ち主。高出力な火属性魔術を操り、十四歳で翼竜八体を単騎で倒した《白焔(はくえん)》の二つ名を持つ魔術師……にして、前々世でセシリアを処刑した彼女の婚約者。


(ま、まだ……わたしが入ってきたことに、気がついてはいないみたい?)


 興味深そうな様子で、一番奥の書架を仰ぎ見ている。

 そういえば、セシリアが禁書庫の管理司書官になって、ここに来た人はネイサン以外に誰もいない。

 彼が鍵を所有できる魔塔主になったのは、セシリアが『深園の書』の封印を解く約四ヶ月前。

 就任直後は忙しいだろうし、初めて訪れたのかもしれない。


(帰ろう)


 王城禁書庫の扉は鍵である銀細工の指輪を扉にかざすだけで、音もなく開いて閉じる自動ドア。

 まだ扉から一、二歩入っただけ。


(こ、このまま静かに下がって離れれば、気づかれずに出られるはず)


 動揺を抑え、セシリアは片足を一歩後ろへ動かし、そっと後ろに下がろうとして……。

 もう片方の足の(かかと)を、先に引いた足首に引っ掛けた。


「ひぁっ!?」


 バランスを思い切り崩し、後頭部から倒れそうになる。

 無理やり体勢を立て直そうとした勢いで、今度は前につんのめるように二、三歩通路に躍り出て、セシリアは、ばたん……と結構派手な音を立てて顔面から床に倒れ込んだ。


「う……っ」

「……大丈夫かい」


 恥ずかしさと、床で鼻を打った痛みに動けず、しばらく床に這いつくばったままじっとしていたセシリアのフードを被った頭に、柔らかに気遣う声が降ってくる。


「レディ?」


 王直属の臣下は、管轄領域においては高官や高位貴族にも意見ができるため、立場にもよるものの少なくとも伯爵位以上の爵位を持つ者同等と見做(みな)される。

 そんな人は王直属の臣下にまずいないけれど、たとえ平民上がりの子爵家の養女であってもだ。

 セシリア・リドルは、子爵家当主である養父ネイサンよりも格上で、彼同様にリドル卿と少女にして呼ばれる身分だったりもする。

 一人で禁書庫に入れる者は限られるから、床に亜麻色の布の塊になって倒れているのが誰かを察して、レディと呼びかけたクリストファーの対応は正しい。

 おそらく手も差し出されていると思うけれど、見ないようにしてむくっとセシリアは自力で起き上がり、顔をなるべくフードで隠すようにその端を両手で引っ張って、うつむいた。


(出会っていないし、王家も出ているけれど、相手は王族。今後なにで侯爵令嬢として顔を合わせるかわからない)


 髪と瞳の色が違うから、印象の違いでわからないとは思うけれど、顔立ちまでは変えられない。

 リドル家はヴァスト家の遠縁だから、面差しが似てるとされても言い訳はつくけれど、なるべく顔は見せないほうがいい。


「……しつれい……しました‥……」


 声も同じだから、なるべく印象に耳に残らないようにぼそぼそと話す。

 王家を出ても、クリストファーは公爵位と領地も持っている。

 おまけに魔塔主の地位にいる。どう考えても、ものすごく失礼な態度だ。


(でも、魔術師は権力とは切り離された存在という建前もあるし……ていうか、あんなに離れてたのに近いっ)


 彼が魔塔主であることを示す、白ローブのゆったりした袖の端が、セシリアのくるぶし丈のスカートの裾に触れそうで、彼女は半歩後ずさる。


「それより、顔や額を打ったのでは? 少し見せ……」

「っ!」

 

 顔に伸ばされた白手袋の指先が視界に入って。ほとんど反射的にセシリアは両手を防ぐように前に出した。

 クリストファーを拒絶して、しまったと彼女は彼を仰ぎ見る。

 

「あ、その……!」


 別に気を悪くした様子はない。けれど、セシリアを見る氷色(アイスブルー)の眼差しに、頭が真っ白になる。

 彼の表情は明らかにセシリアを気遣っている、それなのにどこか冷めた……セシリアに失望したような、それがセシリアが消してしまいたい記憶の眼差しと重なる。

 どくん、どくんと心臓の音がセシリアの耳を塞いで、目の前が暗く歪んでいく。

 

「あ……」


 禁書庫の扉を開けてそこにいたらと、思わなかった日は一日もない。

 二年の間、ずっとどこかで緊張していた細い糸のようなものが、セシリアの中でぷつりと切れた。


「顔色が悪い……レディ――、っ!」

 

 ぐにゃりと足元から崩れたセシリアの体を支えようとする手の力を感じ、微かに布が焦げたような匂いもした気がしたけれど、自分の状態もクリストファーのこともセシリアは遮断して、遠のいていく意識に逃げ込んだ。


お読みいただきありがとうございます。

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