表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストウィングス  作者: 星人 孝明
2章「戦場の双子」
6/15

第六話【戦場の空】

「アレが目的地か」

 熱を持ち金に近い赤色で輝く鉛の塊を避けつつ、コックピットの中で青年は呟く。彼の名はパンサー。フリーで運び屋をしている。

 元はカーリアと名乗る老人の元で、キマイラという名で私兵として動いていたが、老人からの最期の命令で惑星を滅ぼして以降は過去と名を捨て、運送稼業につくことにした。

 

 ライラを共和国へ送り届けてから約一年。パンサーは活動を続けていた。

今回も運び屋としての依頼で、絶賛戦争中の国家の最前線へ飛び込んでいる。

争っている国は、連邦国と帝国。現在ライラが身を置いている共和国の同盟国である連邦国は、突如として宣戦を布告した帝国軍と激しく相争っていた。

「王国を滅ぼし、今度は連邦国か。忙しない国だ」

 領土の拡大にしても、戦争を続ければ国全体が疲弊しそうなものだが……と、仕事とは関係のない思考を、頭を振って拭う。何はともあれ仕事だ。

 ──タァンッ!

「銃撃⁉ 白旗が見えないとでも──。流れ弾をもらっていたか」

 戦線を横断し、連邦国の前線基地へと向かうパンサーの機体は横っ面を激しく狙われていた。外部から見えるよう白旗を掲げていたのだが、確認してみると既に柱部分が撃ち抜かれ折られていた。

 パンサーが旗を確認して舌打ちをするとほぼ同時。眼前で戦っていた連邦国のC.Cを切り捨て、三機のカスタム機が爆炎を突っ切って地面を滑走しながら向かって来る。

「! ……この戦線に派遣されエース、といったところか」

 三機は三機とも、量産機に武装と推進器を増設した特別仕様のようで、機体頭部右側には赤、青、緑のパーソナルカラーと思しき色のマークが描かれている。

 前方に現れた三機のカスタム機は縦一列に並ぶと、前と真ん中の機体がマシンガンを掃射しつつパンサーへ迫る。

その列のなか、後方の機体がブレードを抜くのが見えた。

 三位一体。古くから使われてきた優秀な戦法だが、優秀ゆえに対策は既に講じられている。パンサーは機体脚部に収納されたコンバットナイフを取り出すと、機体を左右に大きく振って銃撃を回避しつつ敢えて接近。

 先頭の機体がマシンガンを捨ててブレードを構えたのを見ると、パンサーは機体を大きく跳躍させてカスタム機の右肩を踏み台にブースト。今度は進行方向へ急加速して後方二機の意表を突いて三機を通り過ぎ、戦闘で起きた粉塵に紛れて物陰に身をひそめる。

「厄介なのが居るな」

 カスタム機の機体性能が操作技術に追い付いていないだけで、先程の連携が見事なものだったと感じたパンサーは、背後からの銃撃を躱しながら呟く。

 エースの得意戦法が連携なので、すぐに戦況が動いたり趨勢が決する事は無さそうだったが、裏を返せば連邦国はジワジワと追い込まれていくだろうとパンサーには感じられた。

「さて……」

 敵エース部隊をいなしたとはいえ目的地までは未だ多少の距離があり、その道中も激戦区。パンサー単体ならともかく、荷物を背負ったまま突っ切るのはリスキーだ。

 そのうえ、下手に動けば先程のエースに見付かる。

「さて、どうする……か」

 機体を動かさず、視線だけで周囲を見渡していたパンサーは、ある事に気が付く。

「(いくら粉塵と遮蔽物に紛れたと言っても、ここは戦場の真っただ中だ。静かすぎる)」

 機体のマイクが、周囲の戦闘音をあまりにも拾わなすぎるのだ。

 エース部隊との一瞬の戦闘で故障したか、土埃でも詰まったか? と勘繰るなか、まともに機能している計器類を捜して周囲の状況を探ろうとする。

 レーダーには、連邦国軍のC.Cと帝国軍のC.Cがおよそ一対二程度の割合で映っていた。それぞれは依然戦闘中のようだが、連邦国軍に対し、帝国軍のC.Cは異常な忙しなさで動き回っていた。

「なんだ……?」

 そして、一つ。帝国軍のC.Cの反応が消える。

 少し間をおいて、また一つ。間をおいて、また一つ。

 マイクは未だ音を拾わない。

「(レーダーの範囲外からの攻撃? ミサイルでも使って……いや、ミサイルなら流石に爆発音をマイクが拾うし、拾えないにしても熱を検知する。それすらできなくとも、衝撃が届くはずだ)」

 パンサーは危険を承知で、C.Cのシールドを前に構えさせた状態でコックピットのハッチを開け、顔を出す。

 粉塵を防ぐためにゴーグルとマスクをし、その上から双眼鏡をかざして周囲を見回す。

──ガキィンッ。

 最も近い位置の帝国軍C.Cを双眼鏡越しに目視していると、鋭い閃光がはしり機体を貫いた。

「! スナイパーライフルか。……レーダー外から狙うとは、恐ろしく良い腕をしている」

 赤熱化したコックピットの風穴を見て確信したパンサーは、思わず一人つぶやき、コックピットへ戻り機体を再起動する。

 連邦国軍にもエースがいると気付き、いくぶん安心したパンサーは粉塵から飛び出る。

 周囲には帝国軍のC.Cだった鉄クズが散らばっている。

 道端に転がる石ころのように消費されていく人命を見て、パンサーは頭を振る。

 両軍にエースがいるという事はそれだけ戦闘が長引くということであり、どちらもエースを心の支えに奮起し、戦い、そして死んでいく。

 たとえ関節的にであったとしてもライラの周囲に死体が増えていくことが、パンサーには心苦しかった。


 ──ビーッ、ビーッ。

「!」

 戦場の渦中。戦いから心が離れたその刹那。パンサーはさきほどのエース部隊に補足された。

 エース三機は最前の機体が大型のシールドを持ちつつ、ホバーで粉塵を巻き上げて煙幕代わりにパンサーへ迫る。スナイパーは狙いを定められないのか周囲の雑兵を狙撃している。

「来るか……!」

 目標地点は目前。しかし荷物を背負った状態で振り切れる相手ではない。

 パンサーは腹を括り、機体を反転させて戦闘に備え──

『そのまま進みなさい! ここは私らが引き受けた!』

『荷物を頼むぞ!』

 彼の機体の隣から、三機のC.Cが飛び出す。

 うち二機は連邦国軍の量産型だが、先頭を行く鮮烈な赤い機体が一機。エース機だろうか。その機体からの通信の声は、若い女性の……おそらくは少女ものだった。

「子どもを動員しているのか……。了解した」

 胸中を満たす苦々しい想いをかみ殺し、パンサーは再び機体を反転。飛び出て来たC.Cが通れる大きさの穴へ滑り込む様に入る。

『ハッチ閉じて!』

 単なる穴だと思っていた空間へ飛び込むパンサー。そこは格納庫になっていたようで、現場の司令官らしい人物の声がして、重苦しい金属の駆動音と共にハッチが閉じられた。

「……ひとまず、目的地には到着か」

 パンサーは、小破した機体を中破あるいは大破したC.Cからもぎ取ったパーツで補修している様子を横目に、自身のC.Cを案内されたドックへおさめて肩の力を抜いた。


 コックピットから出たパンサーを出迎えたのは整備や物資の管理をしている、いわゆる裏方の人物たちだった。

「あなたが、あのパンサーさんですか?」

「? たしかに、パンサーの名義で仕事をしているが」

指揮をとっているらしい中年の男は、その細い目を見開き驚愕を隠そうともせずに尋ねる。パンサーは『あの』という言葉に引っ掛かりを感じつつ、間違ってはいないからと頷く。

 すると、周囲は感嘆の声で微かにざわめく。

「? なんだ一体。おれは単なる運び屋だぞ」

 周囲から向けられる、羨望のような感情がこもった眼差し。初めて向けられるその視線が心地悪く、パンサーは受領完了にサインを押してもらおうとデータを送りながら、ぶっきらぼうに言い放つ。

「ああ、これは失礼しました。依頼の達成、感謝いたします」

 中年の男は受信したデータを確認しつつ、慣れた手つきでサインを書いていく。

 彼の指先、髪、表情や顔つき、声など。外部に現れる部分がどうにも疲れきり、擦り切れる直前のように感じられて、パンサーは思わず息を呑む。

 中年の男がサインを加えたデータを受信するも、パンサーは反応が遅れてしまう。

「どうか、されましたか?」

「! いや。何でもない。確認感謝する」

 男に声をかけられて初めて、パンサーは自身が呆けていたのを自覚して頭を振り、受領したデータに目を通す。

「……戦況は、厳しいか?」

 思わず口にして、気が付く。先ほどの羨望の眼差し。

 あれは、期待を孕んでもいるものなのではと。

 自意識過剰ではなく、パンサーは強い。一般的なC.Cとそのパイロット程度であれば、おそらく三〇機までは一度に相手どれる。

 そして、ここ最近ではパンサーという名も世に聞こえるようになってきた。

 体感では、ライラを送り届けて以降からが特に。

 同盟国へ要人を送り届ける依頼をこなした、三〇機を相手どれるパイロットが、いま目の前に居る。

 戦況は逼迫している。その戦線へ立たされた彼らの前に強力な戦力が訪れたならどうする?

「(俺なら、協力を要請するだろう)」

「厳しいですね。人も金も時間も、何もかも足りません。しかしあなたが──」

 中年の男は笑顔を浮かべる。苦労と我慢を重ねている顔つきだ。戦況を覆せるかは分からないが、眼前に一縷の望みがあるなら、縋りたくなるだろう。

 しかし。パンサーは過去の、自身に名と意味を与えてくれた男の遺言を遂行しなければならない。

『普通の暮らし』をしなければならない。戦場に足を運ぶことはあっても、戦場で生きる事は、あってはならないのだ。

「──あなたが出発する隙くらいは作って見せますよ」

「おれは、加勢するために来たわけじゃな……い?」

 パンサーは男の話を遮るように言う。だが、男の言葉は予想外のものだった。

 数瞬、パンサーにとっては気まずい沈黙が場を満たし、つづく男の笑い声でその空気は決壊する。

「ええ。理解しているつもりです。ですが申し訳ない。あなたが脱出する隙を作るには少し準備が必要なもので、少し休まれてはどうでしょうか」

「……ああ。そう、だな」

 パンサーに対して苦笑いを浮かべ、男は眼鏡の位置を直す。

「その間、どこかてきとうな場所で寛いでいてください。グリフィン、居るかい?」

「──どうも」

 中年の男が少し大きめに声を張ると、行きかう作業員の奥から、蒼いロングヘアを一つのポニーテールにまとめ、中途半端に開かれた瞼から覗く蒼眼をした幼い少女が顔を出した。グリフィンと呼ばれた少女はその白い肌を黒い油で汚しており、真っ黒な軍手を付けた右手にはレンチが握られている。

「彼女はウチのエース、グリフィンです。スナイプを得意としています。……グリフィン、パンサーさんに、空いている部屋を一つ案内してさしあげて」

「……分かりました。こちらです」

 何か言いたげにパンサーを見上げたグリフィンは、ツカツカと足早に歩き振り返ると、急かすように言う。

「なにか困ったことがあれば、私か彼女へお願いします。トルフォと言えば、私へ話が来ますので」

 振り返ったグリフィンへついて行こうとしたパンサーへ耳打ちしたトルフォは、その後すぐに整備班らしき人間から呼ばれて格納庫を駆けて行った。

「……来ないんですか?」

「! すまない。いま行く」

 小さいようで、しかしなぜか大きくも見えるトルフォの背を見つめていたパンサーは、苛立ちを隠しきれないグリフィンの声で我に返る。

 彼女もおそらく、作業を中断してパンサーを案内しているのだ。

 協力の要請はされなかった。パンサーの杞憂に過ぎなかった。

 そのハズなのに、何かが胸に引っ掛かっているような感覚は消えてくれない。


「グリフィンじゃん! いつもあんがとな!」

「アッツ。物資を運ぶときは前を向かないと危ないですよ。……こちらこそありがとう」

「今日はどれだけ敵を仕留めたんだ? 狙撃で一発なんだろ? バァンってさ」

「イーラ、そんなの数えていませんよ。そんなに余裕はありませんから」

 道行く少年や少女たちがグリフィンへ声をかけては横を通り過ぎていく。彼ら彼女らの表情は明るいが、その誰もが銃をどこかしらに装備していて頬や腕などに大小の傷を負っている。

「若い……というよりも、幼い兵が多いな」

「大人が足りていないんです。残された孤児に頼るのは仕方のない措置でしょう」

 見たままの感想を口にしたパンサーに対し、やや辛い口調で返すグリフィン。

 振り返りもしないで前を行くその幼い少女は、既に一部隊のエースとして立派に戦っているのだ。その肩にのしかかる重圧はいったいいかほどなのか。

「……これは」

 入り組んだ基地内を歩いて回っていると、ひときわ巨大な空間に出た。

 吹き抜けのようになっている円筒状の巨大な空間に、ギリギリ発射できるサイズのミサイルが一基置かれている。

 見たところ、戦争での使用を禁じられている代物でもなければ故障や不備があるわけでもなさそうだ。

「このミサイルは、使わないのか?」

 ミサイルのたった一発で戦況が覆るとは思っていないが、ある兵器を腐らせておくぐらいなら使うべきでは。と疑問を唱える。

 惑星間とまではいかずとも、大陸間程度の距離の敵なら狙えそうだ。帝国は王国、共和国、連邦国と同じ惑星の中にかなり大規模な基地を築いているようだし、そこに一撃。と。

「無理です。帝国軍の基地にはジャミングがあって、そういった兵器は当たりませんでした。まだ何発かは残っているハズですが、それらも、使う機会は無いかもしれませんね」

 また、振り返りもせずに答えるグリフィン。弾頭自体が周囲を分析・判断して突っ込む方法も既に検討済みなのだろう。ジワジワと追い込まれていく中で手は模索したはずだ。

 パンサーは、知れば知るほど行き詰まりに追い込まれた基地のこれからを考えそうになったが、頭を振ってその思考を追い出す。

運び屋(自分)は仕事を果たした。この後の戦況へ関わるのは『普通の暮らし』ではない。

「……」

 パンサーが自身へ言い聞かせるようにため息をついている前で、グリフィンは唇を噛んでいた。


「申し訳ありませんが、こちらの準備が整うまではこの部屋でお過ごしください」

「ありがとう」

 グリフィンに案内された部屋は、薄暗くどこかくたびれた印象の一室だった。

 家具はベッドとデスク、その上にある卓上ライトのみ。

 非常に簡素というか質素な部屋だ。

「(この基地においては、かなりの部屋なんだろうな)」

 案内される途中で見えた部屋はそもそも一人部屋ではない上に怪我人を寝かせるために使われており、血なまぐささが鼻をついた。

 廊下に寝袋がたたまれていたところからすると、廊下には健康な人間が寝ているのかもしれない。

 この部屋は客間として使われているからなのかそういう臭いもなく、ベッドも一人用だ。

 グリフィンは一礼して部屋から出て行き、部屋の空気は静寂と鈍く重たい感覚に満たされる。

「……」

 パンサーはベッドへ倒れ込むと、寝返りをうって仰向けの体勢を取り天井を見上げる。

 無機質で、見る者の心境に無配慮な鉄のプレートでできた天井。ところどころが黒くくすんだ色になっていて、年季を感じさせるうえにどこか焦燥感を与えるその天井はしかし、パンサーにとってはよく見慣れたものでもあった。

「戦場の空は、いつだってこんな色だったな」

 血と硝煙の臭いが混じり合い、空薬莢と土煙が巻き上げられて宙を舞う。やがてそれらは戦場という名の死のベッドに天蓋にをつくり、正者の逃げ場をも塞いでしまう。

「……グリフィン、か」

 イーラという少年は、彼女へ『狙撃』という言葉を使った。

 スナイパーのエースとなれば、帝国軍を次々に屠っていたあの機体のパイロットという事だろう。……さらに、無線から聞こえた声からしてあと一人。赤い機体を駆る少女も居るのだろうか? 天蓋に行き場を塞がれたせいなのか、パンサーの思考は巡り、しかしこれといった結論を出すよりも早く、パンサーの意識は微睡みに沈んで行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ