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ロストウィングス  作者: 星人 孝明
1章「バーデンベルギアの花言葉」
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第三話【王女『ライラ・クロヌ・バーデンベルギア』】

 数時間後、二人は帝国軍に占領された街へたどり着き、そこで相手を選ばずに商売をしている商人とC.Cを直してもらうための取引をしていた。

「へえ。こりゃまた、酷くやられましたな。……料金の倍額で、すぐ直しましょう」

「それで良い。夕方また来る。それまでに直してくれ」

 薄暗い湿気と鉄の臭いが充満している格納庫で、パンサーと店主は話をしている。

他の客を待たせる代わり、料金を多く出せというのだ。

 パンサーはこれを了承する。

金には困っていないし、仮に倍額出したとしても依頼の成功料で賄えるからだ。

 それに、機体の状態は依頼の可否以外にも、自身の生死に直結する。


「良かったのですか? 機体の整備料、適正価格の数倍はふっかけられていましたが」

「その代わり、奴から他へ情報がバレる事は無い。口止め料も込みという訳だ」

 機体の整備を待つ間、二人は街の中を散策していた。

出来る事も追跡も、ひとまずは無い。

ならばライラのストレスをここである程度解消しておき、ここからの道程で不都合が生じにくいようにしようと考えたのだ。

「! コレ美味しいですよ、パンサーさん」

 そしてその思惑通り、ライラは羽を伸ばしているように見える。

ケバブをかじって目を輝かせているその様子は、普通の女性となにも変わらない。

「……口の端にソースが付いているぞ」


「毎度どうも。またのご利用をお待ちしてますよ」

うやうやしく礼をする商人を尻目に、二人は街の外へ出た。

「今のうちに寝ておけ。追跡は撒いたつもりだが、バレていないとも限らん」

 パンサーは機体を走行させてルートを見直しつつ、ライラへ言う。

 彼女は機体の揺れにあまり強くないらしく、どうも走行中というだけで気分を崩してしまいやすい。

移動中、いざという時に消耗していては命に関わる。

「わかりました。……無理はせず、疲れたら休憩をとってくださいね?」

 少しの沈黙ののち、ライラはパンサーを心配してそう言うと、後部座席で仮眠をとろうと目を閉じた。

 ──ビーッ、ビーッ。

 次の瞬間、C.Cが熱源を探知したというアラームがコックピット内に鳴り響く。

 数は四機。

「な、なんですか⁉」

「敵だ。バレていたか」

 パンサーは驚いて飛び起きたライラに状況を説明し、接近してくる熱源のほうへ機体を向けつつ走行を続ける。

 四機のうち、異常な速度で接近してくる機体がひとつ。

『キマイラぁ‼』

「マンティコア!」

 パンサーは近付いてくるマンティコアに敢えて接近し、シールドを用いてブレードを腕ごと受け止め、機体を弾き飛ばす。

『ぐ⁉』

 マンティコアの機体は体勢を崩され、転んで足を止めた。

「パンサー、よこから何か──きゃぁぁ⁉」

その直後、二人の横からミサイルが飛来し着弾。

パンサーのC.Cは爆風で大きく揺らされる。

 マンティコアの随伴機が追い付いて来たのだ。

「……」

 ただの四対一ならまだ何とかなる。

マンティコアだけが相手でも、まだ対処はできるだろう。

だが……。

「諦めないで。随伴機の方を突破してしまえばまだ……」

 操縦桿を握ったまま思考を手放しかけていたパンサーを、ライラは何とか励まそうとする。その慌て方からすると、自身の命もだがパンサーをこそ心配しているようだ。

『女。お前がその男をどう思っているかはどうだって良い。……だが、もし知らねえなら教えてやる。ソイツは』

「やめろ!」

マンティコアが言おうしている事に気が付いたパンサーは、マンティコアの機体へタックルを行おうとするが、回避された上に逆に随伴機との十字砲火で四肢を撃ち抜きもぎ取られて、地面へ倒れた。

『ソイツは──』

「やめろ……」

パンサーはなんとか彼の言葉を遮ろうと操縦桿を動かす。

 だが、機体は失った四肢を動かそうとモーターを空転させる。動くこともできず、ただ身悶えするだけ。

『ソイツは三年前のある日、俺たちが住んでいた惑星を……。惑星コルドバを焼き払った張本人だ』

「……え? 惑星コルドバって、たしか」

 ライラは驚愕に目を見開き、ディスプレイに映るマンティコアの機体と、隣にいるパンサーを交互に見る。

 三年前、人類の生息域の端に存在していた岩石惑星コルドバ。

その星は突如として恒星に変化して滅びた。……そういうことになっている。

『岩石型惑星がとつぜん恒星になんかなるかよ。アレは人災だ。俺はその死にぞこないさ。命以外は全て失ったがな』

 パンサーはうつむく。本当のことだから。

何も言い返す事はできないし、言い返したとしても殺されて終わりだ。

だからせめて──。

「……奴らを引き付ける。その隙にお前は逃げろ」

 パンサーはシート裏から拳銃を取り出しながら言う。

 彼女はパンサーを怖がるなり、罵るなりするだろう。

 ……しかし、パンサーの気分はどこかスッキリとしていた。

肩の荷が下りたような気分。

 彼女は善性の人間だ。それは疑いようが無い。

 自身は言われるまでもなく死ぬべき人間だ。

何十億人という大虐殺を引き起こした人間が、今の今まで生きていたこと自体が、贅沢のし過ぎというものだろう。

その命を善人のために使えるというのは、それほど悪くはない。

「そうですか。……ですが、私はこの瞬間まで私を守ってくれた彼を──運び屋パンサーを信じます」

 しかしライラはそう言ってコックピットから出ると、マンティコアの前に身を晒した。

『なに?』

 マンティコアはカメラをズームしてライラを見ると、短く疑問の声を上げる。

「ライラ……何を」

一方、パンサーは彼女がとった予想外の行動に目を見開き、マンティコアと同じく疑問を口にする。

「目的は私なのでしょう? それで彼を見逃していただけませんか?」

「⁉」

『! ふざけるな。俺はソイツを殺すために──』

 マンティコアはライフルをライラへ向けるが、横から現れた小隊長らしき人物がそれを制止する。

『よせ。目的は彼女の確保だけだ。それにここは占領した街が近い。俺たちの独断で市民の感情を逆撫でする訳にはいかん』

 その人物はC.Cを跪かせると、手のひらをライラへ差し出す。

『お乗りください。ライラ・クロヌ・バーデンベルギア王女』

 ライラは差し出されたC.Cへ乗ると、振り返ってパンサーを見る。

「王女、だと」

 考えれば分かりそうなものだ。

 滅亡する国の王族からの依頼で、運ぶ荷物は女性、運ぶ先は共和国。

 ……共和国へ、王女だけでも避難させる。そういう目論見だったのだ。

ライラは泣きそうな顔をしたかと思うと、無理やりに笑顔を作った。

「ありがとう、運び屋さん。依頼は失敗だけれど……楽しかったわ」

「ぁ……」

 パンサーは何かを言おうと口を開けるが、声と言葉が出ずに沈黙してしまう。

 ライラはそんな彼を見て、寂しそうに笑った。

『揺れますので、何かをお掴みください』

 隊長とその随伴機は、ライラを連れてその場を去って行った。

『……俺は基地へ戻る。今てめえを殺せば、俺も正規軍を相手取る事になるからな』

 パンサーの耳は、苛立ちを隠そうともしないマンティコアの声に叩かれる。

『あの女を取り戻しに来い、キマイラ。……俺もお前も、このままじゃ引っ込みがつかねえだろ』


パンサーは破損した機体のソフトウェアを起動し、機体の中に残されたログを見ていた。

 特に理由は無い。

 仕事に失敗したショックで自失状態になってしまった彼は、何もする気を起こせずに、しかしざわめく心を静めるため、気を紛らわそうとしているのだ。

 当然ながら、ログのうちのほとんどは自身に覚えのあるもので、心のざわめきも収まりはしなかった。

 しかし。

「これ、は」

 それは、洞窟でパンサーが仮眠をとっていた時の映像ログ。

 シートに背を預けて目を閉じたパンサーが、やがてうなされ始める。

 ライラは後部座席からそれに気が付くや否や、パンサーが座っているシートをゆっくりと倒して横にならせ、どうしたら良いかと迷ったのちに、そっと頭に触れた。

「大丈夫。一人じゃありませんから」

 パンサーの頭を撫でながら、優しい声で言い聞かせるライラ。

 うなされていたパンサーの表情からは悲痛な様子が消え、リラックスして寝息を立て始めた。

「あのとき俺の頭を撫でたのは……そうか。お前だったんだな。ライラ」

 心のざわめきは、とっくに止まっていた。


 翌朝。街は大きく荒れていた。

 ライラを捕らえた帝国が彼女に戦争責任を擦り付け、三日後に公開処刑すると発表したからだ。

そんな中、パンサーは再び商人の元へ足を運んでいた。

「いらっしゃい。災難でしたねえ。C.Cもやられちまって」

「ああ。だから新型が要る。すぐに用意できる中で最もハイスペックなC.Cを用意してくれ。理論上のスペックで良い」

 商人は目を見開くと、すぐに元の表情を浮かべる。

「期限は?」

「二日半。延期はなしだ。でなければ間に合わない」


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