第二話【傭兵「マンティコア」】
『見つけたぞ。“キマイラ”‼』
「!」
月光に照らされたその機体は、重量バランスや扱いやすさを度外視したちぐはぐで無茶なパーツと武装構成をしていて……キメラと言うべき、異形のシルエットをしていた。
敵は迷いなく崖の後ろに回ってパンサーの機体を発見するとそのまま急接近してくる。
クセを知られているような動きに戸惑いつつも、パンサーは機体を後退させて──。
『逃がすかっ‼』
──しかし、敵パイロットは胸部に取り付けたガトリングと右手のマシンガンを連射。
パンサーを牽制しつつ、左腕部にマウントしたブレードでパンサーの機体が構えていたシールドを両断する。
「くっ⁉」
『地獄への片道切符をくれてやるぜ。“あの日”のお返しになぁ‼』
「……⁉」
地表を滑り、木々をなぎ倒しながら後退を続けるパンサー。
マシンガンとガトリングで行動を制限されながらも、肩に搭載しているミサイルを小出しにして致命的な攻撃を避けていた。
『どうしたキマイラ! そんな鉄クズじゃあ、全力が出せねえかっ⁉』
「っ!」
パンサーは逃げ回りながらも、先ほどまで隠れていた崖まで移動してくる。
いちど崖上へ退避し、高度を稼いでから反撃を……と、そう考えた。
『逃がすか──あぁ?』
だが、崖へ戻ってきた事が仇だとなった。
戦闘の余波で木々が揺れ、コンテナが先ほどまでよりも見えやすくなっていたのだ。
そして、敵はコンテナの中で身を隠していた女性を見つけてしまう。
敵機体は銃口と殺意をパンサーへ向けたまま立ち止まる。
『なるほど……。運び屋パンサーだったか、キマイラ? アイツがその荷物ってわけだ。──王国の姫を護送するとは、大層な依頼だな⁉』
急発進した敵機は、至近距離に来るとパンサーへブレードを振るう。
「ぐっ……」
避けきれず、パンサーは機体の左二の腕をブレードで切断され地面へ蹴り落された。
『かのキマイラも機体性能差には抗えんか。……たった今、俺の雇い主に連絡を入れた。C.Cを三機、回してくれるとの事だ。──守りきれずに死ね。パンサー。あの日の俺の気分を味わいながらな‼』
「……」
勝ち誇ったようにパンサーを見下ろしながら、機体を着地させ歩いて近寄る敵機。
パンサーは倒れていた機体を起こし、右腕でマシンガンを敵機へ向ける。
残っているのは右肩のミサイルが数発と、マシンガンの弾が少し。
『今は“マンティコア”って名義で活動している。……アフティだ。この名と共に地獄へ行きな』
「っ‼」
『逃がすか!』
パンサーは木々が密集している場所へ突入して機体を隠しつつ進むが、マンティコアはそれを追う。大回りでマンティコアを回避し、女性を拾おうというのだ。
『あくまでも“運び屋”ってか。……そこだ!』
マンティコアはパンサーの動きに当たりをつけ、軌道を読んで動線上にマシンガンを連射する。
──カッ。
木々に隠れて直接は見えないが、マンティコアが狙った位置で爆発が起きた。
「マンティコア! 今の爆発はいったい?」
そしてそこへ、先ほど要請した帝国軍のC.Cが到着する。
応援要請と今の爆発で、自体を大まかにでも推し量れないようでは、キマイラの弾除けにしかならなかっただろう。
居るだけ邪魔だ。
「王国の姫の護衛C.Cが爆発したものです。残骸と、コンテナの中に姫が残っていると思われます。捜索をお願いします」
「了解」
しかし、復讐を成してもなお、彼の心はざわめきを止めずにいた。
「キマイラ。お前はアレで死んだのか?」
そう呟いても返事はない。
夕陽が沈もうと昇ろうとしている中、山岳地帯をゆくC.Cが一機。
パンサーだ。
銃撃を察知した彼は、ミサイルをパージし撃ち抜かせることで大破を装い、なんとか脱出に成功した。
「……」
パンサーは二日ほど夜通しで行軍を続けていて、顔色が悪い。
さらに、C.Cの損傷は甚大だ。
整備と補給を済ませなければ追い付かれ、今度こそ撃墜されるだろう。
「ひどい隈だわ」
眠気を振り払って更に進もうとするパンサーへ、後ろから手が伸びる。
いつの間にか眠りから覚めていた女性が、彼の頬に触れて呟く。
「だから何だ。今は先へ、進まなければ」
言いながらも、パンサーの意識は途切れ途切れだ。
既に限界を迎えている事に気が付いているのかいないのか、パンサーはそれでも前へ進もうとし──その手をおさえられる。
「あそこに洞窟があるわ。そこで一度、休みましょう?」
女性はパンサーの視線を誘導するように目線を動かし、少し先にある洞窟を指す。
「……三時間だ」
数秒の逡巡を経るが、睡眠不足でロクに回らない思考では答えを出せないと判断したパンサーは、その選択が正しいか否かは置いておいてひとまず休もうと頷く。
C.Cを洞窟内へ入れて身体の力を抜くと、女性へ言い聞かせるように計器類を指さす。
「レーダーを見ていてくれ。中央が俺たちだ。何かが近付いたか、三時間したら起してくれれば良い」
女性はうんうんと頷き、パンサーへ微笑みかける。
「わかりました。安心してお休みください」
遠くに惑星と、恒星が見える。二つの星はゆっくりと接近し、そして衝突する。惑星が崩壊し、恒星と混ざり合い、強い光を放ち始める。
少年はそれを、コックピットの中で見ている。
操縦桿は古い型で、シートも硬い。
だが、不思議と心が安らぐ場だ。ずっとここに居たかのような感覚がある。
──ふと、音が聞こえた。
耳を凝らす。
その音はノイズになりやがて、小さな悲鳴がいくつも折り重なった悲鳴になる。。
やがて明瞭になった悲鳴は大きくなり、遂には頭の内から響き始める。
「あ、あぁぁ⁉」
少年は悲鳴を少しでも紛らわそうと絶叫し、耳を塞ぎ膝を折って小さく縮こまる。
「──‼ ──!」
息の続く限り叫び続け、息を吸ってまた叫ぶ。その繰り返し。
いつまで続くかも分からない悲鳴は、唐突に止まった。
男の子の頭を、何者かが撫でる感触がある。
優しく思いやりを感じる感触。顔を上げると、撫でているのはどこか見覚えのある男。
「──」
老いた男らしいその声は、男の子へ言い聞かせるようにして何かを囁く。
少年はその感触に安心し、穏やかに呼吸をして、いつの間にか、眠ってしまった。
──目を開けると、自身の顔を覗き込む美しい女性が見える。いつの間にか、シートを倒して横にさせられていたようだ。
「おはようございます、運び屋さん」
少年が無視して身体を起こし洞窟の外を見ると、なんと朝陽が昇っている。
「……何時間寝ていた?」
「えっと、一二時間くらいですね」
その間、敵は攻めてこなかったらしい。仮に来ていたなら、これは死に際に見る夢だろう。
「……ここからそう遠くない所に街がある。そこで補給を済ませ、また進むぞ」
「はい。運び屋さん」
マップを表示させて言うと、女性は物分かりよく頷く。
「……パンサーでいい」
“運び屋さん”などと呼ばれるのは性に合わんのだと言うパンサーへ、女性は微笑む。
「なら、私のことも“ライラ”で結構です。守ってもらう立場ですもの。呼び捨てで構いませんわ」
そこまで言われて気が付く。自己紹介をしていなかった。不要だと考えていたから。
「了解した。……出発の準備をしろ、ライラ。先を急ぐ」
念のため機体の状態をチェックし、ギリギリなんとか動くのを確認したパンサーは言ってライラを見る。
「了解しました、パンサーさん」
能天気に笑うライラ。
いまいち状況を理解していないのかもしれないが、パニックとヒステリーを起こさないならそれでいいと考えたパンサーはこれを無視する。
あの日以来はじめて熟睡したおかげか、パンサーは頭が軽く思考がクリアなのを感じていた。