第一話【運び屋『パンサー』】
『キマイラ。ミッションは終了だ。帰投しろ』
緋色の空の下。
地面を覆い隠すほどの残骸の上に、ほぼ無傷の機体が一機。
「了解。帰投する」
まだ幼さを色濃く残した容貌の少年は、無傷の機体のコックピットでそう応答する。
眼下に拡がる死の絨毯を目にしても、少年の心は、いっさい動かない。
『準備は良いか、運び屋パンサー』
およそ一〇メートルの戦闘用人型ロボ、コンバット・ケーシング(C.C)。
背に小さなコンテナを背負ったソレのコックピットの中で、少年は目覚める。
通信をかけてきたのは中年の男。依頼者である王族の側近だ。
ディスプレイには、その男の顔が映し出されている。
パンサーと呼ばれた少年は、表情な顔を男へ向け、冷静に男を見る。
『そんなジャンクまがいの機体でやって来た時はどうしたものかと思ったが、シミュレーションで一度も勝てないのだから驚きだ』
男はその大きな肩を持ち上げてやれやれと苦笑したかと思えば、とつぜん真剣な面持ちで背筋を正し、少年を見つめる。
『貴殿が請けた依頼は困難を極めるだろう。しかしそれでも、我が王国の領土を抜け、遠く離れた共和国へコンテナの中身を送り届ける大任を、重ねて頼みたい』
「最善を尽くす」
男は少年の即答を聞き届け、満足だと言わんばかりに敬礼して、通信を切った。
男の乗った機体は、バイザー型のカメラが付いた頭部を一度だけ少年へ向け、その場を後にする。
地上で起きる爆発が格納庫を揺らす度、レーダーに映る熱源が消えていく。
「……最善を尽くす」
誰にでもなく呟いた少年は、格納庫から出撃した。
眼下に広がるのは廃墟の山。
かつて華やかだったであろう、城下町の姿。
瓦礫と残骸の下から這い出ようとした人体の一部と、流れ出た命の赤。
嫌になるほど見て来た光景。
少年は目を細め、それらを踏み越えて、敵(帝国軍)を横目に王都の脱出を目指す。
──カッ。
その時、遥か後方で閃光。
少し遅れて、機体を揺らす衝撃波。
レーダーからは熱源が多数消失した。
あの男は自爆したらしい。
「……」
男の覚悟を見た少年は、操縦桿を握る手に力を込め王都から出る。
街道を少し外れ、木々の中を進むパンサー。
森林に残る戦闘の形跡を踏み越えていくと、突如として開けた空間へ出る。
それと同時に、レーダーに熱源反応が四つ出現した。
「盗賊か」
いつの時代、どこの場所にも出没するハイエナ。
そんな者達が四機。C.Cや輸送機の残骸から、売れそうなものを捜索していた。
『──熱源! ボス、C.Cですぜ。何らかの背負い物あり!』
パンサーの機体にはステルス加工が施されてはいるものの、これほど近い位置で遭遇してしまえばその効果は発揮できない。
盗賊たちは無線を搭載していないのか、拡声機とスピーカーを使いコミュニケーションをとっていた。
『よく見ろ、ソイツはジャンク同然の鉄クズだ。売っても弾薬費のが高くつくだろうぜ』
いくらか装備の良いジャンクC.Cが声を挙げる。他の機体は持っていないブレードを腰に提げているあたり、四機の中ではいちばん腕が立ちそうだ。
『悪いこたぁ言わん。この事は忘れな。行け』
パンサーの機体は古いC.Cで、整備はしているといっても使い込んであるので廃棄寸前のジャンクに見えたようだ。
「了解した」
パンサーが盗賊たちの近くを通り抜けようとする──。
『──待て。そのコンテナ、随分と良い型を使ってやがるな。中身は何だ? 長距離移動用の物資か……あるいは、きのう滅んだ王国の財宝か?』
「さあな」
『野郎ども!』
『『『了解!』』』
パンサーは短く舌打ちする。
今のうちに可能な限り距離をとりたかったが、こんな所で、こんな輩を相手にそれを阻まれてしまったから。
盗賊の手下は下卑た嗤い声を上げながら三機でパンサーの機体を取り囲み、腕のガトリングで一斉射を行う。
「っ──!」
パンサーは機体を大きく跳躍させると、左腕にマウントしていたシールドをパージ。
落下するシールドで下からの攻撃を防ぎつつ、更に跳ぶ。
その後、落下しながら銃撃を避け、右手に持っているマシンガンで三機のコックピットを正確に撃ち抜く。
着地したパンサーは、マシンガンをリロードして親分と呼ばれた男へ銃口を向ける。
『……おもしれえ。やってやらぁ‼』
男は気合を入れると、ブレードを構えてパンサーへ突進した。
「行くか」
思ったよりも、時間と物資を使ってしまった。
はやく共和国への道程を進まなければ。さすがに正規軍と単機ではやり合えない。
──ビーッ、ビーッ。
だというのに、パンサーは先程の戦闘でコンテナへ攻撃を受けてしまったらしい。
コンテナが損傷した、という警報だ。
荷物は気がかりだが、ここで状態の確認をするのはリスキーだ。
今いる森は視界が悪く敵から発見されにくいが、それは自分からも敵を発見しにくいということだ。
少し進めば崖になっている地形がある。
そこへ身を隠し、荷物の状態を確認する事にする。
「……」
移動しながらも脳裏をよぎるのは、中年の男。
最善を尽くすと言った以上は、依頼を達成するか死ぬまでは全力を尽くす。
彼は文字通り、命を燃やして自分へ託したのだから。
およそ一日と数時間後。
辺りが宵闇に包まれるまで歩を進めたパンサーは、ひとまずの目的の場所まで辿り着きコンテナを降ろす。
C.Cは崖で見えず、コンテナは高い木々がつくる屋根で発見されにくい。
パンサーは機体から降り、損傷を確認するためコンテナへ向かう。
積み荷の詮索はしない。
中身が破損していないか、確認するだけだ。
「……」
コンテナにはヒト一人が入れそうなサイズの穴が空いており、そこから内側の緩衝材らしいものが見えた。
腕でかき分けてみると、何か硬い感触がある。
身を乗り出して触れてみると、どうやら金属で出来た入れ物のようだ。
「コンテナの中に、さらに容器?」
思わずつぶやいたパンサーは、コンテナを満たしている緩衝材をかき出す。
大きく重いコンテナを運ぶのは良いが、その内側にまだ装甲があるなら、コンテナよりも小さく軽いものを運ぶほうが楽だし何より成功率を高められる。
そう考えたから……しかし。
「……」
その考えは外れた。
緩衝材で守られた棺のようなソレの中では、パンサーよりいくつか年上に見える女性が眠っていた。
派手ではないがモノの良い服に身を包み眠っていたのだ。
「キナ臭い依頼だ……」
パンサーは女性を見ながらつぶやく。
ポッド内で眠り続けているその女性は、しなやかで艶のある金髪をしており、健康的で血色が良く、透き通るようできめ細かな肌を持っている。
唇は潤っていてほのかな桃色。動くのが好きなのか、程よく筋肉がついていて、鼻筋が──。
「──何を考えている、俺は」
パンサーは思わずまじまじと女性を観察していた。
自分でそのことに気が付くと、思考を切り替えるため頭を振る。
ポッドはまだ稼働している。
このままポッドだけを持って共和国を目指しても良いかもしれない。
──プシュゥゥ。
「?」
しかし、それは不可能なようだった。
被弾したとき、コンテナは銃弾を完全には防ぎきれなかったらしい。
ポッドに小さな破片がいくつも刺さっており、そのうちの一つがバッテリーへ当たっているのだ。
先ほどの音は、その影響で休眠状態が解除された時のものだった。
バッテリー残量が一定値を下回ると生命維持に支障をきたすため、ポッドには自動で扉を開閉する機能がつけられているのだ。
「──あなた、は?」
ゆっくりと目を開けてポッドから出た女性は、パンサーの目を見ると二度寝に入りそうなぽわぽわとした声で尋ねた。
「……俺はパンサー。運び屋だ」
女性は目を細め、コンテナの天井を眺める。
「そう、ですか。王国は滅びたのですね」
「ああ。お前を共和国へ──」
──ビーッ、ビーッ。
パンサーが口を開いた瞬間、C.Cのレーダーが熱源感知の警告音を発する。
C.Cが接近しているのだ。おそらく帝国の追手だろう。
「ここに居ろ」
踵を返してC.Cのもとへ駆け出そうとするパンサー。
しかし、女性はそのパンサーの手を後ろからつかむ。
「戦うのですか? あなたは子どもなのに?」
その目と声からは心配と哀しみが伝わってくる。
“子どもが戦うなんて”ということだ。
今まで何度も向けられてきた視線。
偽善の目だ。
「戦わねば、俺もお前も死ぬ」
「ぁ……」
手を振り払い、機体へ搭乗して戦闘準備をする。
接近してくるのは一機のみ。こちらに気付いていないならやり過ごす。
気付いているなら……。
『──見つけたぞ。“キマイラ”‼』
前々から書きたい、書きたいと思っていた小説です!
とあるゲームをやってからロボット熱が高まってしまって、それで出力されたのがこの作品な訳ですが……かなり影響を受けてしまっています(笑)
たぶん既プレイの人が読めば「これ絶対○○から影響受けてるじゃん」と思うんじゃないかな(笑)