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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
オルクス公爵領ダンジョン調査

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91.元社畜と【狂乱の魔女】の仕掛け




 魔女の家でばっちり食料を補充した私たちは、再度ダンジョンへ潜った。ダンジョン生活にもだいぶ慣れてきたもんだ。

 攻略は16階から再開。地上のポータルから、16階のポータルに移動する。

 魔力を流すだけで、自分たちが最後に記録した階層のポータルに転移できるのだから、システムの連動が不思議すぎる。この辺の理屈は細かく解明されていないらしいので、オーパーツ魔法陣凄すぎでは。あれだ、このコードで何故プログラムが動くのかわからないけど動いているってヤツだ。あるある。


 沼地、砂漠、氷雪などなどときて、今回は果たしてどんなフィールドが来るかと思いきや、どうやら当たり障りなく遺跡っぽい。パーティのみんなが、ほっと胸を撫でおろした。

 遺跡は薄暗さはあるものの、環境に左右されにくいので、ダンジョンの中では比較的楽なフィールドではある。マッピングもしやすいしね。氷雪フィールドとか、紙がしけって大変だったよ。


 ディランさんが先頭を歩きながら、≪探査(シーク)≫を四方八方へとかけていく。密偵(エージェント)クラス固有のこのスキルがあるから、かなり楽ができていると言えよう。敵の動きも仕掛けられている罠も、ディランさんの技能次第なところはあるにせよ、回避が可能なのだ。ディラン様様である。私は使えないからよくわからないけど、レーダーみたいな感じかな。

 本来、ここまで区画や通路一つ一つに対し細かくスキルを駆使して、冒険者たちは全域踏破などしないから、その分負担も大きくなる。マナ・ポーション消費は、ダントツでディランさんが一番だ。


「そこからそこの石10列、踏むと罠発動するから気を付けて」

「またか……。これで何個目だ、カナメ?」

「16階層だけでは3つめですね」

「あーもうイライラするなあ。この階層、罠多すぎ……」


 若干うんざりといった顔で、ディランさんが安全な通り道の指示をよこしてくる。

 ペラペラ捲ってリングノートを見直してみると、確かにさっきからあちこち罠だらけだ。出現する魔物の数は少なめなものの、この調子でいくと、他のフィールドに比べて5倍くらいトラップが仕掛けてあるんじゃないだろうか。

 時間経過の割にさほど先に進めていないのは、明らかに罠を解除したり回避したりしているせいだ。

 ≪探査≫には神経を集中する必要があるから、ディランさんは特に気が抜けないだろう。

 落とし穴なんて可愛い方で、順番通りに踏まないと敵が降ってくる罠とか、ガーゴイル、ミミックとかも見かけたよ。ディランさんの罠解除は、お手のものだった。

 ファンタジー物でよく見かける内容だけど、現実は一歩間違えただけで死傷に至るんだよなあ……と思うと、震えてしまう。気を引き締めねば。


 区画中央を突っ切ろうとすると罠が発動するので、私たちははじっこの狭い箇所を慎重に歩いていく。一休さんかな。

 よろけて足をちょっと踏み出してしまうだけでもアウトだから、罠とはシビアだ。魔女の家で、筋トレと走り込みしておいてよかったなー。やはり、筋肉は裏切らないんですよ。

 はじっこ部分の安全地帯、狭いからしこたま窮屈だ。私やマリーですら身動きとりづらいなと思っているのだから、男性陣はもっと大変だろう。


「さすがにちょっと疲れてきたよね……」

「ここを超えたら、少し休憩を入れましょう、ディランダル様」

「だね~。カナメのパウンドケーキ食べたい……糖分補給したい……」

「今日はドライフルーツのパウンドケーキがありますよ。頑張りましょうね」

「よっしゃ!」


 よっぽど神経使っているんだろうなあ。ディランさんの声に若干疲労の滲んでいる。とはいえ、声の軽さに反して、先を見据えているであろう彼の気配は真剣そのものだ。

 会話は緩いが程よい緊張感を保ちつつ、私は壁に寄りかかりながら、慎重に足を進めていく。

 だから、特別油断をしていたわけでもなかったのだけれど。


 ――私が手を付いた部分の石壁が、がこん、とわずかにくぼんで。


 瞬間、どこからともなく魔法が発動し、微かな光が視界にちらついた。


「……え」


 手をついていた壁が、泡のようにふっとかき消えて。

 ふと目に入った先の空間は暗闇。

 支えをなくした私の身体は、そのまま吸い込まれるように傾ぐ。


「っ、カナメっ!!」


 ヒースさんの絶叫が、耳を打った。

 不意に、ぐっと包み込まれるような衝撃を感じつつも、私は真っ逆さまに暗闇の中へと落ちた。




* * *




「ん……」


 ひんやりとした風が頬を撫でて、私は徐々に目を開いていく。

 ああ、そっか。私、罠にかかって、どこかに落ちたんだ。段々と覚醒していく頭に促され、全身へと意識をそろそろと向ける。鋭い痛みなどは感じられない。

 すぐさま首を巡らせ、周辺に視線を配る。ダンジョン内だ、近くに魔物がいたなんて羽目になったら厄介だ。

 ごつごつとした岩肌に囲まれた洞窟のようなここは、ヒカリゴケが壁に生えているせいか、ぼんやりと薄明るい。私が見た限り、周辺に敵はいなくてほっと息をついた。なんか変なオブジェみたいなのはあるけど……。

 ゆっくりと身体を起こそうとしてみるものの、身体がやたらと重い。というよりも、押さえつけられているような感覚がある。

 よくよく目を凝らせば、私の腰のあたりに腕が巻き付いているではないか。


「っ、ヒースさん!?」


 私は、慌てて上半身を起こした。

 落下したのは、私一人じゃなかったのか。そういえば、気が遠くなる直前、何かに包まれるような感覚があった。あれはヒースさんだったのか。道理で、そこそこの高さを落ちた割に、身体に異常が見受けられないわけだ。ヒースさんが護ってくれたんだ。

 ヒースさんは私の腰に手を回したまま、身体をぐったりと横たえている。

 真っ白な顔色は、まるで死んでしまったかのようで。


「ヒースさん、ヒースさん」


 呼びかけても、反応がなく焦る。ただ、かろうじて伝わる低い体温が、ヒースさんの生存を伝えていた。

 私は唇を噛み締めた。鼻がつんとなる。

 ああ、巻き込んでしまった。背筋が凍るような思いだ。

 泣きそうになるけれども、泣いたってどうにもならない。現実を見ろ。

 私は何度か深呼吸を繰り返し、両頬を叩いて自分を鼓舞する。


 でも、罠はディランさんが≪探査≫してくれていたはずなのに、どうして反応しなかったんだろう。ディランさんレベルでも検知できない罠があるのかなあ。

 疑問はつきないものの、まずはヒースさんの状態を確認するのが先決だ。


 ヒースさんの腕をゆっくりと外して、私は彼を覗き込む。装備はところどころ土にまみれていて、どこかでぶつけたのだろうか、腕の装備と額の一部が切れて血が流れていた。

 まずは、この出血を止めないと。私はポーチとを探り、無属性の魔石を取り出す。手が震えていて、何度も石を取り落としてしまった。情けない。

 魔石に≪回復(ヒール)≫の魔法を付与(エンチャント)した。それをヒースさんの傷に当てると、たちどころに血は止まった。

 リュックから引っ張り出したタオルを飲み水で湿らせ、肌に流れた血を綺麗に拭き清めていく。

 けれども、しばらく待ってもヒースさんの意識は回復しない。顔色は青白く、唇は紫色をしていて、体温も落ちている。まるで人形のよう。ぞっとしてしまう。

 もしかしたら、頭を打っているのかもしれない。回復魔法も、全てを治せるほど万能じゃない。どうしよう。心が不安に震える。


 自分たちの状況も悪いが、ディランさんたちも心配だ。はぐれてしまったのが痛い。

 何せ、食料や調理器具は、私がほとんど持っている。多少の保存食は各自収納鞄(アイテムボックス)にあれども、長期間ダンジョン内に滞在するのは無理だ。


 今自分たちが何階にいるのかすらわからない現状、このままじっと潜伏して迎えを待つのは得策ではない気がする。ヒースさんの回復を待って、あわよくば合流を目指しつつ、地上に向かうのが先決だろう。


 腕時計を覗き込めば、ゆうに1時間は経過している。

 墜ちてきた上空は、暗闇に包まれていて、どうなっているかもわからない。ヒースさんが助けてくれなかったら、私死んでたなこれ。

 助けを呼ぶため叫んでみたいが、確実に安全を確保できていない今、大声は危険だった。


 微かに流れる冷たい空気に、私はふるりと身を震わせた。私はともかくとして、意識のないヒースさんを寒いところに横たえておくのはダメだ。

 お互いの冷えた身体を温めるべく、私は無属性の魔石に≪伝熱(サーマル)≫を付与する。無属性の魔石とて、現状無限にあるわけでもない。

 恐い。

 ヒースさんが目覚めてくれるまで、果たして私一人で彼を守れるのだろうか。素人の私が。幸いにして今現在接敵していないが、この後どうなるかだってわからない。

 緊張が、全身を覆う。

 私は息を呑みつつ、不安を吹き払うようにぎゅうとヒースさんの身体を抱き込んだ。






気づいたら90話超えてました。いつも閲覧してくださる読者様のおかげです。ありがとうございます!


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