90.元社畜と魔女ズとロールキャベツ・2
「これこれ! これが食べたかったのよ~」
声の浮かれっぷりが、チーズケーキの比じゃない。ユイさんはナイフとフォークを手に持ち、ほくほく顔でロールキャベツを前にしている。
薄っすらお肉が透き通って見えるほど煮込まれたキャベツにナイフを入れると、肉汁がじゅわりとコンソメスープに染み出してくる。
一口大に切り分け、口に入れたユイさんは、しばらく咀嚼してじっくりロールキャベツを味わった後、ほうと恍惚めいたため息を漏らした。
「はぁあ……美味しい。キャベツは甘くてとろっと柔らかいし、お肉はがっつり食べ応えがあるし、コンソメスープはお肉と野菜の旨味が溶け込んで味わい深くて絶品だし、三位一体のマリアージュって感じ……」
よっぽど食べたかったんだなあ……というのが、ひしひしと伝わってきますね。
スープがひたひたに染みたキャベツと肉ダネ、美味しいもんねえ。今回は熱々の調理にしたけれど、もうちょっと気温が高くなった頃には、冷製にしても美味しいのよね。
偏にロールキャベツといっても色々作り方があるから、ユイさんの求めていたのと合致して、お口に合ったのなら何よりだ。
それにしても、マリステラの人って、食レポ好きだよね。とはいえ、毎回丁寧に食事の感想もらえるの、今後の指標になるからありがたい。
割とリオナさんもヒースさんも、ダンジョン探索メンバーも好き嫌いなく食べてくれるから助かってはいる。ある程度食べ慣れてくると、好みが分かれてくるんだけどね。
ヒースさんは甘い物が好きだけどお肉料理やがっつり系の料理も大好きで、リオナさんはお酒のつまみが第一。ディランさんは平然と何でも食べるように見せかけながら、実はお子ちゃま舌でハンバーグやパスタ、カレーが好きで、人参が実は嫌い。シラギさんは、苦みがあるものや辛味があるものが好き。多分和食とか日本酒とか、絶対ハマると思う。マリーは甘味と、あっさりめの味付け、特に卵料理が好み。こんな感じ。
なお、私が得意なのもあるせいか、スープや煮込みは、どれも大体好評だ。
「ここのロールキャベツもどきって、包まないものね~」
「あれはあれで美味しいんだけどね。私はコンソメスープで煮込んだロールキャベツが断然好きよ」
「母親の味って感じがするのよね」
「わかる~! 何だか懐かしくて泣けてきちゃうわ、泣かないけど」
リオナさんとユイさんが、楽し気テンポよく会話をしながら、カトラリーを動かしている。
そう、そうなのだ。少なくともアイオン王国に、コンソメスープで煮込むロールキャベツは存在してない。どちらかというと、いわゆる包まないロールキャベツが主流だ。ひき肉をキャベツ数枚で挟んで、トマトソースで煮込んだり、オーブンで焼いたりという料理だ。私もクラリッサの食堂で初めて食べて、びっくりしたんだよね。
「喜んでもらえてよかったです。まさしくうちの母直伝の味なので、このロールキャベツ」
「ま。要のお母様は、お料理上手なのねえ。母子で継承するお味って素敵だわ」
何気ないユイさんの言葉が、本当に心にしみて。私自慢の母を褒められ、内心泣きそうになったのは言うまでもない。
母の味を美味しいって喜んでもらえるのが、私にとって一番嬉しい。私と母のつながりの一つだから。
私の父は、私の手料理なんて食べてくれやしなかったからね。
一人だけひっそりしんみりしてしまったのを隠すようにして、口直しも兼ねて入れたお茶を差し出しながら、私はそういえばと尋ねた。
「ユイさんの今日のご用件って、もうお済みなんですか?」
「ああ、用事ってほどでもないのよ。ただ、久しぶりにリオナの顔が見たくなっただけなの。何せ、会うのがかれこれ30年ぶりくらいだから」
「正確には27年ね」
「こまかーい。自分の年齢は覚えていないくせにー」
「魔女のスケールって、相変わらず大きい……」
「あはは。必要な時は≪伝言≫で連絡取り合っていたからね~、あまり会っていないって感じがしなくて」
「連絡つーたって、『小麦粉1袋、バター1袋、酒のつまみ何か適当に送って』とかじゃない」
「言われてみると、色気も友情もあったもんじゃなかったわね……」
ユイさんが深刻な顔で額に手を当てた。
SNSか!オンライン通販か!と思わず突っ込みそうになったのは秘密である。
一部で転移魔法が使えるにせよ、この世界での移動手段は、馬車や徒歩が主流で。不便にもほどがあるから、なかなか会えないというのも仕方のないことなのだ。特に、流浪の二つ名を冠するくらい、ユイさんはあちこち放浪しているって話だしね。
「あとは、要に会ってみたかったの」
「私に、ですか?」
「ええ。私もそうそう来られるわけじゃないから、今ちょうど仕事でいないって聞いてとっても残念だったのだけれども、運よく会えてよかったわ。『界渡人』にして、リオナの後継者」
「……そうね。今後、要の作った薬を卸してもらうことになるだろうし、すっかり忘れていたけれど、面通しは必要だったわね」
「リオナの薄情者~」
ああ、そうか。リオナさんと個人的にやり取りをしているのだし、あれこれ商材を扱っているのだ。ギルドだけでなく、ユイさんともポーションを取引しているのは一目瞭然か。お得意様なのは明らかなので、私は素直によろしくお願いしますと頭を下げた。
「とはいえ、正直私もいつまでこうしていられるかは、わからないけれどもね」
「【強欲】の目途が?」
「あと少し、といったところかしらね。魔女的感覚で」
「執念ね」
「貴女も怠惰が長いわね」
そんな風に私にはわからない魔女トークを挟みつつ会話をしながら、お残し一つなく綺麗に皿を平らげる。最近大量に食事を作っていた影響か、女性だけの食卓だと、ちょっと量が多かったかな?と思ってはいたものの、魔女2人は気持ちのいい食べっぷりを見せてくれたり
「お腹いっぱい、ごちそうさまでした。うーん、美味しいものをたっぷり食べられて、英気を養えたわ。だいぶ長居をしたし、そろそろお暇するわね」
「なら良かったです」
「要、後でお礼に魔法陣経由で食材送っておくわね! お米とか、各地の調味料とかであれば、喜んでもらえるかしら」
「わー、最高ですユイさん、ありがとうございます!」
的確に私のツボを付いてくる慧眼、流石の魔女様です、ユイさん。
椅子から立ち上がりリビングへと移動したユイさんは、その場で魔法を展開させる。藍を帯びた白光が、ユイさんの足元へ複雑な陣形を描いていく。膨大な魔力量の消費からして、転移魔法だ。
「じゃあ、リオナ。元気で」
「貴女も。幸運を祈っているわ、ユイ」
ふ、と2人は微笑み合った。
……なんでだろう。ふとした違和感が胸をよぎる。
単なる別れの挨拶のはず。
なのに、それはまるで、永遠のお別れのようにも響いて。
* * *
「ダンジョンの調査は順調?」
「はい。これから16階を探索するので、上手く行けばあとひと月かふた月くらいで調査完了の見込みです。もし延びるようであれば、もう一度食事作りに来ますね」
ユイさんを見送った後、片付けやリオナさんのご飯をひとしきり作り終わり、魔女の家に備蓄してあった食材やポーションを収納鞄に入れて、私も頃合いを見て立ち上がった。
「じゃあ、私もそろそろ戻りますからね。保存食の減りを見てると、お菓子とおつまみばっかり食べてるみたいですけど、お酒ばっかり飲んでいないで、ちゃんと食事もとってくださいよ?」
「はいはいはいはい」
酒とつまみの減りだけ、異常だった。食事面から不老不死の身体を労わる、というのも不思議な話で、指摘は割と斜め上なんだろうなあとわかってはいるのだけれども、それはそれこれはこれ。
私からの忠告にぞんざいな返事をしつつ、リオナさんはふっと口元を緩めた。
おもむろに私の頭に掌を伸ばし、優しく撫でてくる。くすぐったい。優しい手、温かな手。私を救ってくれた手。眼鏡の奥の紅い瞳に浮かぶのは、慈愛。
「うん。アンタも、だいぶしっかりしてきたわね。『マリステラ』にもすっかり馴染んで、安心したわ」
――その一言に、その仕草に、その瞳に、私は言いようのない不安を覚えて。
「……ま、まだまだリオナさんに教えてもらわないといけないこと、いっぱいありますよ! マナ・ポーションだって作れていないんですから」
「……そうねえ。自分が殻をお尻につけたままのひよこちゃんな自覚があるのはいいことよ。ダンジョンから帰ってきたら、遠慮なく扱くからね。楽しみにしていなさい」
「墓穴掘った!」
「あはは。さ、気を付けて行ってらっしゃいな」
「うう……行ってきます……」
リオナさんの口調にも表情からも、先ほど一瞬見せた得も言われぬ感覚は見受けられない。いつも通りのリオナさんだ。
なら、あれは、果たして何だったんだろう。私の気のせい?心臓が騒ぐ。
どことなくもやもやする気持ちを抱えつつ、私は転移の魔法陣を起動させ、魔女の家を後にするのだった。




