87.元社畜と餃子スープ・餃子パーティ・1
時間をかけて下りてきたダンジョン14階は、砂漠フィールドだった。
ここで、いつになくえらい目に合いました。
私とマリーを除いて、長らく雪国に住んでいるみんなは、寒さには強いけど暑さにめちゃくちゃ弱かった。ヒースさんとか、あんまり顔には出していないけれども、若干目が死んでた。
そもそもアイオン王国に砂漠地帯がないから、みんなフィールド自体が初体験だったわけなんだよね。あと、見渡す限り一面砂漠の場合、マッピングどうやってやればいいんだこれは……って、めちゃくちゃ悩まされたよね。無理!
しかも、朝晩の冷え込みと、日中のうだるような暑さの落差にやられて、調査効率が落ちまくって大変だった。マリーの≪霧≫や、私の付与した氷魔石がクーラー代わりとして大活躍でしたね。それと、シノノメ一門のタオルや、キャラメルも地味にお役立ちだった。
「できれば、もう二度と来たくありませんね……」
「マリー嬢とカナメがいなかったら、干からびてた……」
「こんな風に、1階層毎に特色が出るダンジョンは初めてだ……」
男性陣が、しみじみ呟く。
私が小説なんかの知識で知るMMORPGとかだと、階層ごとに地底湖だったり、森だったり、火山だったり、遺跡だったりとマップが様変わりするから当たり前の気分だったけど、『マリステラ』では珍しいらしい。フィールドが変わるにしても、数階単位なのだとか。
こういうところもリオナさん曰く、【狂乱の魔女】の嫌がらせなんだろうか。
確かに、フィールドの特性に合わせた武器や防具、護符を持ち込まないといけないから、大変だし面倒かも。
砂漠フィールドの場合、サンドワームとか、火サソリとか、ウィルオウイプスみたいな火や熱に耐性のある魔物が多かったしなあ。
武器に氷魔法を付与して攻略したけれども、全属性付与扱える私がいてこそできるチートだよね。
そんな感じで、大量の汗をかきかき、やっとのことで降りてきたダンジョン15階。
――そこは、砂漠とは真逆の氷雪地帯。
男性陣のテンションが、一気に上がった。楽勝とか言っていた。凍えそうなほど吹雪いているのに、気でも狂ったかと、マリーと顔を見合わせちゃったよね。
とはいえ、北国出身の男性陣には、慣れたフィールドであるには違いないだろう。地上は既に麗らかな春が訪れているのに、ダンジョンでは再び冬に逆戻りだ。
一旦公爵領に戻って休暇を取ったり、調査資料をまとめたりしてから、私たちは薄手の夏装備から冬装備に改め、15階内部を調査し始めた。
「や~、我が世の春が巡ってきたって感じだね~! あははははっ!」
ディランさんが、俊敏なブリザードホークの群れをさくっと切り捨てながら呟く。
「レア! そいつレアモンスター! シラギ君、回り込んで絶対逃がさないで!」
「はい。私が攻撃を引き付けている間に、ヒースさんはトドメを!」
ヒースさんとシラギさんは、コンビを組んでスノーサーベルタイガーなんていう大物を、血染めになりながら仕留めている。なんでも、毛皮が高級な上に、耐熱防具としても使えるのだとか。
武器に火魔法を付与したとはいえ、みんなのヒャッハーっぷりが凄い。
「このテンションの方々と、一緒くたにされたくない……!」
彼らの言葉に眉を顰めつつ、マリーは≪聖域≫を展開し、放たれる魔法攻撃を悠々防いでいる。
さすがにここまで下りてくると、魔物もそこそこ強くなっているはずなのだが、危なげない動きはそんな感じを全くさせない。雑談する余裕があるとか、さすがの火力過剰パーティだよ。
私も武器や防具に魔法を付与したり、魔石を投げて戦闘を支援した。
砂漠フィールドでは、従来の1.5倍以上進行に時間がかかっていたのに、こっちにきたらさくさく進む。出てくる敵も、割とオルクス・ユノ近郊に出没する見慣れた魔物が多かった。
そのため、15階の敵そのものや環境調査自体は、順調に問題なく進んでいる。
……んだけど、唯一アレな点として、常時気温が低下している関係で、普段よりもエネルギーの供給が深刻だったのである。
「カナメ~お腹減った!」
寒いと!お腹!はちゃめちゃに空くよね!わかる!皮下脂肪蓄えちゃうよね。
ただでさえ食いしん坊たちなのに、雪の中あちこちを動き回って熱量をたくさん消費するから、ますますお腹をぐうぐう鳴らすわけだ。
砂漠地帯の時は、暑さで食欲減退していたのが嘘みたいである。あの時はガスパチョとか、ヴィシソワーズとかの冷製スープに助けられたよ。
「よし。今日は餃子にしましょう」
「……ギョーザとな? おーい、みんな、またカナメが新作の美味いものを作ってくれるみたいだぞー」
ディランさんの空腹の訴えに対抗して、私は両手をぱちんと合わせた。
折角だ。ガツンと油物、行ってみよう!
というわけで、本日の探索を終え安全地帯に戻った私たちは、各々今晩を越す準備を始めた。
2つ鍋に湯を沸かし、片方はインディカ米を茹でる。もう片方はスープ用だ。
マリーにも手伝ってもらい、人参やネギなどの野菜やキノコ類を切り、しょうがを擦りおろし、作っておいた鶏ガラスープの粉末と一緒にそれらを鍋に入れて、数分煮立たせる。
その間に冷凍収納鞄から取り出したのは、冬の間にあくせくと作っておいた大量の冷凍餃子だ。
「これがギョーザ?」
「そう。中にはひき肉とにんにく、ニラやキャベツを刻んだのが入っているの」
おなじみ、薄力粉、強力粉と塩で作った皮で、オーク肉のひき肉と刻み野菜の餡を包んだものだ。焼いて良し、揚げて良し、茹でて良しの一品料理。冷凍保存できるのもとっても便利で、ご家庭の主婦の味方と言っても過言ではない。私も一人暮らしの時、常に冷凍庫にキープしておいたなあ……。
オーク肉のひき肉は、ヒースさんに手伝ってもらってたくさん作った。すっかりミンサーの人扱いになってしまって大変申し訳なく思いつつも、美味しいものを食べられるならと惜しみなく風魔法を使ってくれるヒースさんはいい人だ。
「へえ~。ちょっとちっちゃいけど、うちの地方で食べられるパンに少し似ているかも。そっちはオーブンで焼くのだけど」
「あ、これスープに入れても、焼いても美味しいしんだよ! パンとはちょっと違う食感だと思うな」
「まあ、そうなのね! 楽しみだわ」
マリーが言っているのは、どちらかというとカルツォーネというイタリア料理に似ているかもしれない。いわゆる包みピザだ。
野菜に火が通ったら、冷凍餃子を入れて更に数分加熱。ぷっくりと餃子が浮いてきたら、醤油、塩コショウで味を調えて、ごま油を回して餃子スープの出来上がり。
食べるスープとして、ボリュームのある仕上がりだ。
手作り餃子だと作るのが大変だけど、調理自体は比較的楽なんだよね。冷凍できるから、暇なときに作り置きしておいて、冬の間餃子は結構食卓に上がっていた。
ただ、5人分ともなると、一気に焼くのが大変だし、焼いている間に冷めちゃうのが勿体ないなーと思って、探索中は出しそびれていたんだよね。
その辺の不便を解消すべく、休暇を利用し私はとうとうホットプレートもどきを作ってしまった。
ダンジョンでよくやるバーベキュー的な焚火だと、どうしても火力が不安定になるのが難点である。それを解消すべく、魔石を埋め込み≪伝熱≫で温度管理ができる鉄板が欲しかったのだ。
紹介してもらったオルクス公爵領の鍛冶屋さんも、なかなかにいい仕事をしてくださった。
ホットプレートがあれば、お好み焼きもホットケーキも、タネだけ用意すれば各自焼いてもらえるから重宝する。
スープを作っている間に米も炊けたので、みんなで手分けして焚火スペースまで食材を運び込んでもらう。
男性陣に預けておいた2つのホットプレートは、事前に温めてもらってあるからすぐに調理に取り掛かれる。
マリーがカトラリーや餃子スープを配ってくれている間に、私は片方のホットプレートに餃子を並べ、お湯を注いで蓋をしてしばらく放置。
そして、もう片方にはごま油を敷き、卵を落として手早く混ぜ、半熟いり卵を作って一旦お皿に取り出す。鍋に再度油を追加してから、スープの野菜と一緒に刻んでおいたネギとチャーシューをささっと炒めた後、ホットプレートにご飯を入れて、強火で炒めしっかりとほぐす。
炒り卵を戻して混ぜ合わせ、鶏ガラスープと醤油と塩コショウで味を調えれば完成だ。
餃子といったら、やっぱり炒飯でしょ。
ホットプレートとはいえ、私が≪伝熱≫魔法で温度管理ができるのもあって、しっかりパラパラの炒飯が作れた気がする!
餃子もそうだけど、さすがに5人分一気に作るのは、ご飯の量的に厳しいので、数回に分けて作るつもり。5人分と言ったけど、実質10人前くらいは必要なので……。
中華料理って、熱々のほうが絶対美味しいからね~。そのためのホットプレートだったりする。
「なるほど、餃子パーティ」
「うう、凄くいい匂いがするねえ……!」
男性陣が、鼻をひくつかせながらソワソワし始める。ごま油の香ばしい匂いが、食欲をそそるよね。
餃子側の蓋を取れば、白い湯気がもわりと虚空に舞い上がる。炒飯を作っている間に、蒸し焼きした餃子から水気がなくなり、いい感じに焦げ色がついている。よしよしバッチリ。
「さあ、できた。餃子と炒飯のコンビ、召し上がれ!」




