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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
オルクス公爵領ダンジョン調査

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86/130

86.冒険者と団長は焚火の前


一時的に話数を誤ったお話を投稿してました。タイミング的に見てしまった方がいらっしゃいましたらすみません!




「ところで、ヒースさんってさあ、カナメの恋人なのかい?」


 唐突なディランダル君からの問いに、俺はぶはっと飲んでいたカップのお茶を噴き出した。

 なんか、前にもこんなことあったな……。






 休暇の後、俺たちは再度ダンジョンに潜った。11階ではあわやという場面もあったが、無事12階の探索も終えて、現在13階の調査を始めている最中だ。

 イレギュラーとはいえ、ダンジョンクラス策定のための調査に参加するのは初めてだったが、なかなかに興味深い。

 マップだけでなく、出現するモンスターの強さや、魔素の濃さ、ダンジョンを構成する環境調査、ドロップする素材の質、安全地帯の強度、それらを総合してクラス判断しないと、確かに安全にダンジョン運営などできないだろう。

 普通なら、パーティーには冒険者ギルドのダンジョン調査委員会の同行者が入るのでは?と尋ねたところ、実はディランダル君が委員の一人なんだとか。道理で調査が手慣れているし、冒険者ランクが高いわけだ。


 新ダンジョンの調査は、元々時間がかかる作業なので、オルクスサイドとしてもかなり余裕を持って対応してもらっていると思う。そもそも、10階までの調査にだって、1年近く時間をかけている。

 長期的な拘束ではあるが、無理をしない方針で進むパーティリーダーのディランダル君の判断も的確だし、報酬もいいし、こまめに休みももらえるし、冒険者としては素人なカナメの負担を考えてくれてありがたい。カナメ曰くホワイト職場というやつらしい。まさか、直々に公爵家の次男が出てくるとは思わなかったけれどもね。


 それだけ、オルクス公爵領初のダンジョンに、力を入れているのだろう。ダンジョンの存在は諸刃の剣ではあるものの、オルクス公爵という建国から力を持つ貴族の益々の発展が伺えるようだ。

 悪しき魔女が作ったダンジョン、という前代未聞なファクターが気がかりではあるにせよ。


 手間をかけても20階まで調査すると決断したオルクス側の判断は、正直なところ誤っていなかったと思う。

 俺が知る限りではあるが、通常のダンジョンとは趣きが異なる。

 大概のダンジョンは大地に沁み込んだ魔素が膨れ上がった影響でコアが生まれ、地の女神セレスティの恩恵と合わさり、ダンジョンを形成すると言われている。故に、危険は伴うものの、ダンジョンは大地の恵みとされている。


 しかし、魔女のダンジョンは、ところどころ悪意と作為に塗れていた。階層毎に一定でないモンスターの強さ然り(12階ではこの階層くらいだとありえない強敵に遭遇した)、11階の新種の魔物然り、嫌がらせのような罠然り。


 ダンジョンのクラスを規定する上層の10階までの状況で判断すれば、以前シラギ君が言っていた通りC~Bクラスの中級が妥当だ。

 が、11階からは通常とは大きく様相を変える。変則的な動きがある限り、このダンジョンは間違いなく『マリステラ』に数か所しかないAクラスに相当するだろう。

 さすが、神嫌い人嫌いといわれる【狂乱の魔女】だ。手がけたダンジョンも、じわじわ甚振るような殺意が垣間見える。

 果たして、地下何十階まであるのか。厄介で骨が折れそうなダンジョンだということだけは、嫌でもわかった。

 その分、得られる対価もかなり良いので、オルクス側としても悩ましいところだろう。



 13階の安全地帯にキャンプを構え、俺たちは焚火の前で見張り番をしている。安全地帯といえども、ダンジョン内に絶対はない。用心に越したことはないから、念のためというやつだ。

 今日の見張りは、前半俺とディランダル君、後半シラギ君とアマーリエ嬢になっている。


 カナメが用意してくれた夜食代わりの軽めのおやつを、茶を啜りながら食べるのが見張り番の楽しみだ。

 長持ちするクッキーを良く出してくれるが、最近休みの度に公爵家の料理人たちに手解きしてもらい、カナメのお菓子のレパートリーも増えている。

 今日はパウンドケーキとナッツのキャラメリゼ。どちらも甘くて腹持ちも良いので、最高だ。


 パチパチと燃えるオレンジ色の火を眺めながら、ディランダル君とこの後のダンジョンの探索方針などをつらつら話していたときだ。

 ディランダル君が、そんな話題を俺に振ってきたのは。




 マグカップを抱えながら呼吸を落ち着かせて、俺はディランダル君にじとりとした視線を向ける。彼は飄々といなして、口角を上げた。


「…………恋人ではありません。保護者ではありますが」


 くっ、悪あがきとでも何とでも言ってくれ。

 ディランダル君が、それはそれは胡散臭く笑みを深める。


「じゃあ、口説いても構わないよね? 僕はカナメのこと、存外気に入っているんだ」

「……でも、こういっては何ですけど、ディランダル君、カナメから割と塩対応されていますよね?」

「それが愉しいんじゃないか!」

「ええ……」


 そんなキラキラした瞳で言われても。ちょっと性癖を疑うというか。

 ……ディランダル君って、メンタル強いよね。

 いや、だけど、改めて見ると、ディランダル君はモテそうだな。外見的には黒づくめ、視線の鋭さが一見厳しい雰囲気を与えるけれども、笑うと途端に愛嬌が出る。社交的だし、ソツがないし、話題も豊富、気もきくし、抜き身の刃のような外見からは考えられないほど気さくだ。そのギャップはグッとくる。

 顔が良くて強くて権力も立場も金もある。作っている部分があるにせよ、女性からすれば有力株だろう。

 まあ、オルクス公爵家というだけで、一筋縄ではいかないのだろうけれど。


 だから、カナメみたいな対応が、珍しいのかもしれない。自分を恋愛対象としてみていない女性に安心する気持ちは、俺にもわかるし。ミイラ取りがミイラになったみたいというか……。

 とはいえ、軽口を叩くから、本気で受け取らないカナメに相手をされていない。結婚してくれとか、あんな気軽に言うなんてありえない……。本当、内心が全く見透せない人だ。


 俺だって、カナメへの気持ちを素直に伝えたい。

 けれども、今の関係が心地よくて、告白してこの立ち位置が壊れてしまうのが恐い。ラインハルト殿下には、なんて臆病な、と呆れられてしまった。

 カナメは俺のことを好いてくれているとは思うけれども、それが恋愛なのか親愛なのかといわれたら、まだ親愛が強いだろう。とはいえ、近づくと赤くなるから、意識されないわけじゃないし、脈がないわけでもないと思いたい。

 強い信頼関係で結ばれている保護者の立場は強いが、それが枷にもなる。

 内心は非常に悶々とするものの、今の俺にはディランダル君をどうにかする手立てがない。それもわかっている。


 ぱちんと音を立てて、焚火が弾けた。


「……構う構わないを決めるのは、俺ではなくカナメですよ」

「ふ、そう言ってもらえてよかった。ヒースさん、冒険者としては最高峰だけど、平民だしね、少なくとも今のところは。王侯貴族にカナメの身柄を要求されたとして、跳ねのけられる手がないわけだ。この間も思ったんだけど、カナメの手綱をきちんと取らないと。あの子、無防備で危なっかしいからね」

「……」

「駆け落ちでもするかい?」

「そんなことはしませんよ。カナメならすぐに足がつく」

「違いない」


 けらけら笑うディランダル君に、俺ははあとため息をつく。

 ラインハルト殿下が、カナメを無下に扱うことはないだろうけれども、他の貴族たちが愚行に出ないとも限らない。その場合、暴力に訴えることくらいしかできないのが、俺の弱みでもある。


 数か月前、ラインハルト殿下が指摘してくれた懸念点を、俺は今もまだ解消できずにいる。

 いや、解消する手立てを、俺は持っているのだけれども。煮え切らず、そのカードをまだ切れていない。


「その点、オルクス公爵家次男の僕なら、『界渡人(わたりびと)』のカナメの後ろ盾にもなれるし、権力で保護することもできる。家を離れても、父の持つ他の爵位を継げるし、生活に困らずカナメを幸せにする自信もある。僕は使えるものは、何でも使う主義でね。覚えておいて」

「どうしてそこまでカナメに……」

「決まっているでしょ。さっきも言っているけど、カナメを気に入っているからだよ」


 いつでも攫える力を持つ者が、側にいる。

 獲物を狙うかのように、にっとディランダル君が瞳を細めた。


 ラインハルト殿下!いつぞやのフラグ立ちそうなんですけど!?どうしてくれるんです!?


 俺は、深々とため息をついた。

 これは多分、まだディランダル君なりの牽制でしかないのだろうけれども。お気に入りの玩具に対するそれに近い、恐らく恋愛の好きとはまた異なる感覚。彼の瞳には、そういった情熱が浮かんでいない。

 逆に俺のふがいなさを責めている気もする。ヘタれですみませんねえ!


 幸いなのは、カナメがディランダル君に対して、一切思慕を向けていないこと。

 そう理性でわかっていても、感情は容易く凌駕し、焦りからか、嫉妬からか、胃の腑が不快感に苛まれる。黒いものがとぐろを巻くようだ。


「いやあ、愉しいねえ」


 くすくすと喉を鳴らしたディランダル君は、ナッツを摘みながら上機嫌。

 反して、俺は全然楽しくない。誤魔化すみたいにして口にした茶は、長らく放置したせいで苦みが強く、眉を顰めた。

 ……何とも、苦々しい見張り番になってしまった。






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