84.元社畜一行、危機一髪
「マリー! 俺がディランを確保したら目くらましを!! シラギはカナメを!」
ヒースさんの鋭い声が、瞬時に飛ぶ。そのまま、崩れ落ちたディランさんの元へと駆けつけると、肩に担いで身柄を確保する。風の魔法を使ったのだろうか、動きが素早い。
続けざま、迫りくるジャイアントバットをヒースさんがかわしたタイミングに合わせて、マリーが暗がりに向け光魔法を放つ。
「輝ける陽の如き閃きを、眩さをここに――≪灯り・撹乱≫」
カッと目が眩むほどの強烈な白光が、辺り一帯を包み込む。ギィィ!というジャイアントバットの叫びが、耳に響く。
てか、私も眩しくて目が開けていられない!
咄嗟に反応できず立ち尽くしている私の腰を、シラギさんと思しき腕が攫っていく。勢いのままに、足が宙に浮いた。
「撤退!」
そうして、ジャイアントバットが光を浴びて右往左往している間に、私たちはいくつか前の安全な区画まで、退却を余儀なくされた。
* * *
「ふう……このあたりまでくれば大丈夫だろう」
ヒースさんの一言で、一行のダッシュの足が緩まる。私もほっと胸を撫でおろす。目がしょぼしょぼしていたけれども、しばらくしてやっと順応してきた。
私を運んでくれたシラギさんが、そっと石畳の上へと下ろしてくれる。緊急事態の場合、自分の動けなさが如実に表れてしまい、ちょっと凹む。
みんなは綺麗に連携を取って、ディランさんを助けて離脱できたというのになあ……。
「ありがとうございます、シラギさん。お手間をかけてすみません……」
「いえ、想定通りですからお気になさらず。それよりも、ディランダル様の状態は……?」
励ますように、ぽんとシラギさんに頭を撫でられた。
視線をやれば、ヒースさんが肩から慎重にディランさんを壁際におろしている。壁にもたれたディランさんは、意識はあるようだが表情が真っ青で、脂汗をかいていた。視界がふらつくのか、がっと額を掌で押さえている。
「気分は? 吐き気は?」
「さい、あくだ……気持ち悪……」
「魔法をかけましょう。――≪回復≫」
マリーの掌から、淡い白光が生まれ、ディランさんの身体を癒していく。
……はずだったのだが、ディランさんの様子に変化はない。
「う……」
「嘘、効いていない? まさか毒とか……?」
さっとマリーが顔色を変える。
回復魔法が効かないのであれば、ポーションを飲ませても意味がないだろう。
そのまま、マリーは状態異常回復の魔法をかけてみるものの、こちらでもディランさんの症状は良くならなかった。
「どうして……? もしかして、呪いとかなの? でも、そんな形跡は……」
私たちも固唾を呑んで見守っていたが、あれこれ処置を試していたマリーの声が焦りで微かに震えている。
何らかの攻撃を受けたにも関わらず、回復魔法が一切効かない。
そして、その攻撃が一体何なのかは、現状不明。
この状態に陥ってしまったら、確かに強豪揃いのオルクス騎士団といえども全滅寸前まで追い込まれても無理はない。
「――ディランさんの魔力が、酷く乱れています」
「っ、カナメ、それは本当か!?」
「多分ですけど、魔力酔いみたいな状態に、強制的に陥らされたのだと思います」
――だけど、ここには私がいる。唯一魔力を視認できる、付与調律師の私が。
早速魔力視を展開させながら、私はそう呟いた。
これが魔力の影響ではないかと看破できたのは、ディランさんの症状が、私にとっては見覚えのあるものだったからだ。
倦怠感、吐き気、目眩、顔色の悪さは、魔力疾患の患者さんにも共通する。
もしかしてと思ってスキャンしてみたところ、案の定魔力回路の流れが、自分以外の魔力のせいでぐちゃぐちゃに乱されている。
「魔力の乱れ、ですか……!?」
私の言葉を受けて、シラギさんが目を瞠った。
「はい。恐らくではありますが、ジャイアントバットが威嚇みたいなことしたでしょう? その際に、超音波みたいなのに魔力の塊を載せて、直接ぶつけてきているんじゃないかと……」
「ジャイアントバットに、そんな芸当はできないはずだぞ!?」
「じゃあ、このダンジョンだけの亜種、とか?」
「確かに、【狂乱の魔女】は、魔物を従えてる魔王と言われているらしいが……」
あ。随分前にリオナさんが言っていた魔王みたいなのって、【狂乱の魔女】のことだったんだ。
冒険者として、この中では一番魔物に詳しいであろうヒースさんが呟くが、そもそも定石通りじゃないと言われていたのだし、意地悪な魔女渾身の作のダンジョンなんだろうし、亜種がいてもおかしくないのでは。
ジャイアントバットと比べるとサイズも少々小ぶりだったし、よくよく見ると違いがあるんじゃないかな。暗がりだったから、一見わからなかっただけで。
「魔力が枯渇しているわけじゃないから、マナ・ポーションを飲んでも回復しないでしょうし……厄介な。自然回復を待つのが一番かと思いますが、そういうわけにもいかないですよね……」
敵が周辺にないとはいえ、ここはダンジョンだ。いつ魔物に強襲されるかもわからない。
私は指折り数える。このダンジョンに潜ってから3日。オルクス公爵邸に訪れた子に、スキルを使ったのがその2日前。5日経過……うーん、ギリギリどうにかなるか。
「ディランさんに、≪調律≫をかけます。でも、私も他の人の魔力が少し残っていると思うので、ちょっと痛いかも……そこは我慢してくださいね」
ディランさんが微かに口角を上げながら、こくんと頷く。
ハラハラと見守るマリーにどいてもらって、私はディランさんの前に腰を下ろした。魔力疾患の人たちとは異なり、慢性的な症状ではないので彼の手を取る。
「――≪調律≫」
淡い光が掌を伝って、ディランさんに沁み込んでいく。
ぴり、と微かに静電気のような刺激が走った。やっぱり反発が出た。ううう、オルクス公爵領で治療した子が、雷属性だったからかな。
ディランさんも、わずかに片目を眇めている。が、思ったよりは大丈夫そうだ。ちょっと無茶かと思わなくもなかったが、いけそうだ。
栓ができているとか、穴が空いているというわけではないが、影響が最小限になるよう、なるべく私の魔力だけを馴染ませていく。
おお、結構魔物の魔力が浸透しているな。荒れた回路から余計な魔力を薄めていくと、ディランさんの呼吸が徐々に落ち着いてきた。真っ青だった顔色にも、ほのかに赤みが差してきている。
本来なら、ここで私の魔力を使い乱れた波長を整えるのだけれども、今他者の魔力が残って不十分な私の調律よりは、自然回復を待つ方がいいだろう。多分、復調にはそこまでかからないだろうし。
「……ディランさん、ご気分はどうですか? 今の不完全な私の≪調律≫だと、このくらいにとどめておいた方がいいかなと」
「ああ、まだ少しぐらつくが、大丈夫だ。カナメ、ありがとう。みんなもありがとう、助かったよ。とはいえ、油断したなあ……」
「さすがにこれは仕方ないですよ。初見殺しってやつです」
ディランさんが体重を壁に預けて自嘲気味にため息をついているが、魔力なんて普通見えないもんねえ。
本当、ダンジョンを作った【狂乱の魔女】、いい性格しているわ。ダンジョンランクの調査範囲外になる11階から、こんな悪質な魔物を仕込んでいるんだもの。
そういう意味だと、オルクス公爵領騎士団は、念のためと下りた先でしっかり仕事をしたわけだ。
「ディランダル様、ご無事で何よりです」
「もう少し休んで、ディランダル君が歩けそうなら、一旦階段側に戻って体勢を立て直そう」
「ええ、それがいいですね」
「とりえず一息入れましょうか。飲み物を準備しますね」
私はリュックからコップとトレイを取り出してマリーに持ってもらい、冷蔵収納鞄から保存瓶に入れてあったレモンのはちみつ漬けを取り出す。レモンを2切ずつと果汁の染みたはちみつをコップに入れ、無属性魔法の≪精製水≫で水を注げば、簡単にはちみつレモン水の完成だ。疲れたときはクエン酸ってね。調子の悪いディランさんの口にも、さっぱりして合うと思う。
レモンとはちみつは、レイン侯爵領の特産らしく、ユエルさんからいっぱい差し入れをいただいたのだ。同じく特産の、ミクラジョーゾーにも卸されている重曹を使い、炭酸レモネードを作って荒稼ぎしたそうな。
「ああ、ありがとう、マリー嬢。はー、旨い、生き返る。……しかし、どうやってアレを抜けるかね」
「現状、魔力を直接ぶつけてくるなんて魔物、初めてですからね。ヒース殿も聞いたことありませんよね?」
「俺が知る限りでもないですね。加えて、魔力がカナメにしか視認できないというのも痛い」
「八方塞がりか~。しかし、うちのやつらは、よく生還できたな?」
戦闘職3人が、揃って頭を抱えている。魔力が視えなければ、難度のかなり高い場所だよね。
ただ、私のスキルでネタは割れているので、呪いや謎の現象ではなくなったのが幸いというべきか。
オルクス公爵領騎士団の場合、幸運にも魔力を通しづらかったり反射したりする体質の騎士さんがいたのではなかろうかと説明した。
ごく稀にいるんですよ!≪調律≫かけているときに、私の魔力が入りにくい人が!!そういう人だと、魔法防御もやたら高いんだわ。
「でも、逆を言えば、私がいる今なら、ディランさんが特攻できるわけですよ」
「エグいやり方考えるな、カナメ……」
再三魔力が乱れたとしても、≪調律≫を受けたディランさんなら脳筋ゾンビアタックがいけるわけで。
冗談交じりに提案してみると、ディランさんが心底げんなりした顔をしている。まあ、魔力酔いってすんごい気持ち悪くなるからね。普段、魔力酔いとかに陥る場面って、そうそうないだろうし。いうなれば、二日酔いの強力版みたいな感じ。
「とまあ冗談はともかく、少し時間をいただければ突破口が見つかるかもです」
「マジか」
一応ね、対策アイデアだけは、浮かんだんだよね。あと私に必要なのは検証だ!
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