80.元社畜に魔石は割れない
切りどころが悪かったのでちょい長めです
「さあ、行け、カナメ!」
悪ノリし始めた(ヤケになったのかもしれない)ディランさんに促されるままに、私は魔石であれこれ攻撃魔法をしかけている真っ最中である。
感電を始め、氷魔法と火魔法によるヒートショック、水魔法と火魔法による水蒸気爆発、風魔法との合わせ掛けなどなど。上手く効果が出たものから失敗作まで。グランツさん、ゼルさんと検討した単体魔法の面白そうな使い方やら複合魔法やら、思いつく限り発動してみた。
どかーん、ばきーんと、ダンジョン内に爆発音が響き渡る。私はやっぱり爆発と切っては切れない縁なのか……。
ディランさんは、土魔法を利用した顎の強打からの脳震盪誘発に興味を示していた。基本防御として利用される≪土壁≫を、ダメージソースにしようとはあんまり思わないかもね。
最終的に、天魔法を軸にした風魔法と組み合わせる窒息や、水魔法と組み合わせる溺死なども提案してみたところ、みんなからえぐいって非難轟轟だった。なんでですかね。
天魔法で動く頭部だけを座標固定する難易度が高すぎるので、机上の空論でもあるのだけれども。敵も動くし。ギチギチに束縛してようやく使えるラインってところかな。
そもそも、束縛できるなら、そのまま剣でも突き刺して倒したほうが早いって話なんだよね。
あと、≪追尾≫による必中魔法も披露したところ、とても興味を示された。
「これは、私の投擲があんまりにも下手っぴすぎるので、考えたやり方なんですよ」
「ふぅむ、本当にびっくりするくらいへっぴり腰だったねえ……。カナメに戦闘センスが全くないことが、よぉくわかったよ」
ディランさんが、しみじみ呟く。
ぐっ、事実ではあるんだけど、改めて言われるとすっごい悔しい。
「そういうわけで、投擲じゃなくても、えーと、そう、例えば魔石を矢じりのように削って、矢の先端にセットすれば、もっと簡単に使えたりするわけです。刺さった衝撃をキーに発動させれば、ある程度の暴発は防げるかと」
なんだかんだ、攻撃魔石は暴発と威力が焦点だと、浮き彫りになってきた。
私はその場で付与できちゃうからいいけれど、冒険者の人はあらかじめ魔法付与された魔石を持ち歩くわけで。危険はできるかぎり避けたいのだ。
マジモンの手榴弾だと、安全装置のピンを抜いてから、ある程度の時間経過で爆発するけど、魔石に時魔法を付与するわけにもいかないので、試行錯誤をしている。
「なるほど、弓使いの戦力幅が上がるわけか。……となると、魔石を壊す勢いで叩きつけるとかの条件付けをすれば、さすがに衝撃の点での暴発は問題ないか?」
「ええ……。魔石って、そんなに簡単に壊れます……?」
ヒースさんから出てきた案、そっちのがドン引きなんですけど。魔石、普通に固いよ!?
攻撃魔法が発動すれば、どの道壊れるので、割るのは構わないのだけど。
「シラギくん」
「はぁ……」
私は範囲攻撃魔法を付与した魔石をそっと、ディランさんの命を受けたシラギさんに握らせた。
シラギさんは大きく振りかぶり、ガツンと対面の壁に向けて魔石を投げた。若干ヤケクソ気味だった。
ひゅっと物凄い勢いで、魔石が飛んでいく。私の投球モーションなんぞと比べてはいけないレベルで、綺麗だ。
衝突の衝撃で、ばきっと魔石はひび割れ、魔法が発動する。
辺りの魔物は、一瞬にして火に呑まれた。
「うん、いけるな」
「いけますね」
「範囲攻撃魔法限定にはなりますが、いけますね。投げるだけで殲滅できるのも楽です」
「単体でも、ゴーレムや動く鎧系の硬度があるなら……」
「いやいやいやいや無理無理無理」
「非力な魔法師は、普通石割りとかできませんからね!?」
前衛職がやれると頷き合っているが、私とマリーは盛大にツッコミを入れてしまった。
肉体が資本の前衛、筋力がレベチすぎ。まさか、こんな脳筋戦法されるとは夢にも思わなかったよ。
そんなわけで、使い方次第で大幅な戦力アップにはなるけれども、威力が強すぎて脅威にもなりえる。攻撃魔石は、微妙なラインの武器になってしまったわけだ。
とはいえ、発動の条件付けや魔石の衝突に工夫ができれば、十分通用するという結論には至れた。そこそこの収穫である。
例えば、暴発が一番想定される持ち運びの際に、スライム素材を巻き付けて緩衝材代わりにするとかね。取り出すときが多少面倒だけど、暴発して死ぬよりはマシだろうし。
あとは、魔法塔の魔法師さんたちの活躍にお任せしよう。
「……いやはや、それにしても、カナメ1人がいれば、暗殺が容易になるな」
「人を殺人犯に仕立てようとするのは、やめてください」
敵を屠りながら、案の定ディランさんが物騒なことを呟く。
技術の進歩と人の心は、トレードオフだなと私は思う。使う人の良心次第で、技術は救済にも殺人兵器にもなる。そうやって、人は繰り返し進化と歴史を積み上げてきている。
追尾による必中も、迷彩も、当然一般的に使うにはデメリットは多くあって、付与調律師だからこそ使えるスキルだしね。私の場合、『界渡人』っていうびっくり箱的存在と知識がある故に、思いついている部分もあるので。科学万歳。
とはいえ、当然ながら、暗殺者になるつもりは毛頭ないですからね……。
「まあ、これらを悪用する気なら、僕がキミを殺しに行くけれどね。信じているよ、カナメ」
耳元で私だけに聞こえるよう、ディランさんから低めの小声で囁かれたセリフがあまりにも物騒すぎて、私は顔を青ざめさせた。
ひ、ひえー。さすが王家の影、暗部……。ぞぞぞぞと、背筋を冷たい汗が伝ったよ。
ぶんぶんと顔を横に振れば、ディランさんはよくできましたとばかりに、にっこりと唇を三日月に釣り上げた。
目が笑ってないから恐い恐い……。なんでクラスが暗殺者じゃないんだろ、この人。
そんな感じで、実験がてら縦横無尽に各階層の敵を嬲り尽くして、私たちはどうにか4階と5階を繋ぐ階段付近の安全地帯まで辿り着いた。
敵が弱いとはいえ、半日で4階のペースは、パーティ練度の高さとマップあってこその強行軍だ。
かなり念入りに蹂躙してきたので、上層階はしばらく間引かなくても大丈夫だろう。
私は、手首の腕時計に視線をやった。既に結構な時間が経過している。
ダンジョンの中は時間感覚が完全にわからなくなるらしいので、転移の際に身に着けていた腕時計を持ってきたのだ。
装着していた腕時計、一体全体どこに行ったのかなと思っていたら、リオナさんがわざわざ外して、スーツのポケットに忍ばせてくれていた。鞄しか荷物確認しなかったから、気づくのに遅れてしまったよ……。
この時計、電池式じゃなくて自動巻き式だったので生きてた。やっほう。
地球の24時間とはピッタリ同じではないけれども、ある程度の指標にはなりうる。時間のズレについては、鐘の音に合わせて大体計算しておいたから、調整が可能だ。
魔道具の時計もあるにはあるが、だいぶお高いんだよねえ。持ち歩くにはちょっと不便。
ディランさんが興味津々に腕時計を覗き込んできたけれども、2枚持っていたハンカチタオルと違って、分解して壊れたら元に戻せないので、玩具にはさせません。
ディランさん所持の魔道具の時計よりも、見た目が断然にいいからねぇ〜。気になるのだと思う。
「そろそろ夕食の準備をしたい感じです」
「そうだねえ。よし、今日の探索はここまでにしようか」
ディランさんの一声で、みんなが肩の力を抜いた。
安全地帯で時折休憩を挟んではいたものの、結構な強行軍だった気がする。それでも、みんな涼しい顔をしているのだから、冒険者ライセンス持ちの体力は凄いなあ。私はさすがにちょっと疲れたよ。
とはいえ、私のお仕事の本番はこれからなので、気合をいれねば。
「私、いいところが1つもなかったわ……」
「そんなことないと思うよ。じゃあ、お料理手伝ってもらってもいいかな? 公爵家のお嬢様に、お願いすることじゃないかもだけど」
「いえ、是非とも。従軍の際とか炊き出しの時にも手伝っているから、問題ないわ」
マリーが肩を落としてしょんぼりしているので、手伝いをお願いしたら喜んでくれた。
確かに、低階層区域だと、このオーバーキルメンツに回復魔法は必要ないよね。
にもかかわらず、暗がりでは≪灯り≫でサポートしたり、≪清浄≫や≪洗浄≫をかけたり、光魔法で攻撃に参戦したりと、派手ではないけど堅実な仕事をしているんだけどな。
っと、その前に。キャンプの準備を始めようと皆が動き始めたところで、私は恐る恐る声を上げた。
「……あの、ディランさん、怒らないで聞いて欲しいことがあるんですけど……」
「はい、キタ。今度は何だい。全く、キミはどこまで隠し玉を持っているのかな? 怒らないから、今のうちにさっさと全部吐いちゃいなさい」
ディランさんが、呆れ半分、それでも楽しげな声音で、愉悦を隠すことなく尋ねてくる。
ブレないなあ。その分、受け止めてもらえるだろうという安心感はあるのだけれどもね。
いやー、マジギレすることとかあるのかな、この人。
私はリュックの中に手を突っ込んで、とある魔道具を取り出した。ぱっと見、布で包まれた両の掌サイズの四角い箱だ。
その中央には、燦然と藍色の天魔石が輝いている。
「アイオライト……」
「いや、これは不可抗力というかですね……。ぶっちゃけ、ユエルさんのせいもあるんですよ!? そこのところ、勘違いしないようによろしくお願いしますね!?」
「ユエルって……ユエル・レインのことか!? ユエル先輩とキミは、知り合いなのか!?」
「はい、『界渡人』のよしみで。あ、ディランさんが先輩って呼ぶってことは……」
「学生時代の先輩だよ」
「世間狭い」
いつの間に!?って、ディランさんが頭を抱えている。
その間に、ちょっと遠めのところに箱を置いて魔石に魔力を通すと、ぽんっと二人分サイズくらいの大きめなテントが張られる。面倒くさい組み立てを行わなくても、ワンタッチで設営ができる楽チンの一品だ。
一見、普通のテントが、自動的に組み立てられただけに見えるだろう。
「是非、中をご覧ください」
私はにこりと笑って、みんなを促した。
衝撃から立ち直ったディランさんが、颯爽とテントの入り口の布を捲り上げて、中に潜り込む。
「……は?」
その瞬間、ディランさんの動きがぴたりと止まったかと思うと、すぐさまばばっと首を巡らせて、凄い目をしてこちらを見た。
「テント内が、まるでコテージのようになっている。天魔法で空間を広げたのか!」
ディランさんの呟きに、はじかれたように皆が入り口へと首を突っ込んだ。
そう。外から見ると単なるテント。
でも中に入ると、そこは20畳程度のコテージみたいな広い空間が広がる。
ユエルさん悪ノリ監修、私お手伝いでできあがった、ダンジョンでの快適さに極振りしたスペシャルテントである。
テント内は、アイランドキッチン、小さめのお風呂、トイレを完備。さすがにベッドルームの取り付けはやめた。その分、テーブルとソファを退かすと、就寝スペースができるようにしてある。
ちょっとだけ、日本の私の居城を思い出してしまう。こんなに豪華ではなかったけど。
付与で馬車内のスペースを広げる貴族家は稀にいるらしいが、ここまでの規模のものはなかなかないだろう。
「いや、今回の探索は、ダンジョン階級の調査ためだから、他の冒険者は入ってこないって話したところ、ユエルさんが他の人の目がないなら、とことん楽さをつきつめようって言って……」
「これだから『界渡人』は……」
みんなから、凄い胡乱な目で見られているんだけど誤解だ。
最初、ユエルさんはコテージそのものをリュックに収納して、持っていかせようとしていたんだから!止めるのに苦労したんだよ。
できなくはないとはいえ、空間収納魔法の暴力である。天魔法使いって、みんなこんなに常識ぶっとんでんのかな!?
どうにか説得し、軌道修正をしたおかげで、だいぶ隠そうという気が働いている代物になったのだ。これでも。
……っていう苦労話をしたら、みんなからどっちもどっちだよってツッコミをくらった。そんなぁ!




