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08.社畜の身の回り、整っていく



「リオナさん、あんまり魔女っぽく見えないから……」

「ふふ、真っ黒なローブ羽織ったり? そんなの、今時流行らないでしょ……っていいたいところだけど、王都の魔法塔に所属する魔法師なんかは、ローブ着用の決まりごとがあるみたいだから、あっちのほうがよっぽど魔女っぽいかもね」


 おお、ザ・異世界ワードが出てきた! 

 魔法塔というのが王都に立っていて、ここの世界で『魔法使い』は、『魔法師』って呼ばれているのかな?


 リオナさんが、にぃと愉し気に瞳を細める。

 眼鏡にチュニックみたいなワンピースを合わせているからだろうか。黒髪だけれども、あんまり魔女っぽさはない。むしろ色っぽい。

 とはいえ、私の『魔女』に対する強いイメージも、童話に出てくる老婆のそれから来ているから、この世界の魔女の定義とはまた少々異なるのだろうけれども。


「魔法の講義とか仕事とかは、私も作業しながらどう進めていくか考えるから、少し待っていてね。納品が迫っている仕事があるのよ」

「はい。ご面倒おかけします」

「ま、アンタもこっちに来たばかりなのだし、焦らず当面はのんびり生活体制整えて、家事やってくれれば充分。あと店番お願いできると助かるわぁ」

「あ、通貨! 通貨について教えておいてください! あと商品の値段とかも!」

「はいはい。やる気があるのはいいけど、閑古鳥だからね、うちは。まぁ、そんなわけで、これからよろしく、同居人」

「よろしくお願いします」


 リオナさんは苦笑気味に肩を竦めた後、すっと掌を差し出してくる。

 同居人。ちょっと嬉しい響きだ。

 その手をぎゅっと握り返して、私とリオナさんは小さく笑い合った。



* * *



 翌日。

 私が自室とリビングの埃を払い終え、くしゃみをしなくても済むようになった昼過ぎ頃。

 カラン、と店舗のドアベルの音が鳴った。

 リオナさん曰くの閑古鳥は誇張でも全然なく、昨日は本当に誰一人としてお客さんが訪れなかった。

 こんなのでやっていけるのだろうかと聞いたら、薬の卸先がきちんとあるから問題ないらしい。

 来るとしてもヒースさんくらいだろうと言われていたので、店頭に顔を出してみれば、案の定入ってきたのは彼だった。


「やぁ、カナメ。元気そうでよかった」

「こんにちは、ヒースさん。おかげさまで、もうすっかり元気です!」

「魔女殿はいるかい? 君の身の回りの品を調達してきたんだけど、確認してほしくて」

「います。こちらからどうぞ」


 そう言って、ヒースさんをリビングに招いた。


「おお……あの腐海が、ここまで綺麗に……」

「頑張りました。ちょっとお待ちくださいね、リオナさん呼んできます」


 褒められて、えへんと私は胸を張る。

 埃とゴミと丁寧に払い、散乱していた衣服や本や酒瓶を軽く片づけただけでも、だいぶリビングの見栄えは良くなった。

 ヒースさんが目を瞠って室内を眺めている間に、私は調薬室にいたリオナさんに声をかけ、階下へと連れてきた。


「ああ、ヒース、ご苦労様」

「とりあえず頼まれたものとか、当面必要そうなものを見繕ってきたが……」


 皆でダイニングテーブルを囲むと、早速ヒースさんが下げていた鞄から、次々と荷物を取り出しては並べていく。

 おお、まるでドラ〇もんの四次〇ポケットみたいだ。

 ファンタジーでよくみかける、ストレージとか、収納鞄(アイテムボックス)とかいわれる便利魔道具だろう。見た目と容量が、完全に異なっている。

 中身どうなっているのだろう。頭だけ突っ込んでみたりとかしたら、やっぱりダメかなぁ、危ないよねぇ。


 私がソワソワと収納鞄の中について妄想している間にも、足りていない食器や、リネン類をはじめ、服や靴などなど、一通り生活必需品が出てきた。

 これだけあれば、不便なく過ごせそうだ。十二分な量に恐縮する。

 結構お金かかったんじゃないのかなぁ。どこかできっちりお礼をしたいところだ。


 決意を新たにする私とは裏腹に、ヒースさんは少々苦虫をかみつぶしたような表情で、丁寧に包装された厚みのある布袋をすっと差し出した。


「あとこれだけど……魔女殿、さすがに下着を俺に取りにいかせないで欲しかったな」

「ふぁっ!?」

「荷物を取りに行けと指示されて訪れた場所が、女性の下着店だったからびっくりしたよ。いや、必要なのはわかるんだけど……」


 おおう。それはさすがに……。

 少々気まずげな雰囲気を漂わせて、げっそりとヒースさんが肩を落とした。精神的ダメージが凄そうだ。

 反対に、リオナさんはにやにやと笑っている。趣味が悪いなあ。


「ほほほ。要のため要のため。そうはいっても、別に服みたいに選ばせたわけじゃないのだから。事前に私から連絡して、受け取るだけにしておいたのだし?」

「それはそうだが、絶対に面白がっているだろう!? 店に入るの、かなり恥ずかしかったんだからな!? 大体、魔女殿が買いに行けばよかっただろうに」

「んー、仕事あったし、アンタのほうがフットワーク軽いんだから、仕方ないわ」

「私のために、す、すみません……」

「魔女殿が悪いから、カナメが謝る必要はない」


 こんな辺境に住んでいるのだから、リオナさんだって何かしら物品を得る手段は確保してあるとは思う。

 何故なら、今日バントリー内の冷蔵庫を見ていたら、いつの間にやら牛乳と卵が補充されていたので。

 いやでも、食材の偏り激しいよ。食材のリクエスト権をゲットしておかないとダメだな。

 とはいえ、魔女がこんにちわーって気軽に買い出しに行くのも、それはそれで面白い絵面だが。


 何にせよ、男性が女性の下着店に入るのって、凄く抵抗があるはずだ。

 恥ずかしさをおしてまで購入してきてくれたのだから、ありがたいったらない。

 だって、下着、大事なので……!


 更に、ヒースさんが食料品と調味料、鍋を取り出してきて、今日一番私の目が輝いてしまった。

 小麦粉はあれど、酵母の管理の仕方がわからず、発酵させてパンを焼く技術が私にはないので、バゲットがあるのは正直嬉しい。

 どこかでちゃんとパンの焼き方を学べる機会に恵まれたいところだ。ソーダブレッドなら焼けるものの、重曹がなあ。

 日本人としてはやはりお米も欲しいけれども、見つけるのはやはり大変なのだろうか。


「魔女殿のキッチンが少々酷かったから……カナメが飢えていやしないかと心配で……。《料理(クッキング)》スキルがあるから大丈夫だね?」

「わぁ、ありがとうございます! 助かります」


 ヒースさんからの頼もしい視線に、私はしっかりと頷いた。

 互いに考えていることは同じだろう。家事に関して、魔女は当てにならない、と。

 ヒースさんと、しっかりばっちりわかり合えた気がする。


「あと、この肉はさっき狩ってきたから、お裾分け。羽根毟って、内臓まで処理しておいたから」

「あら、ありがとう。ホロホロドリ? いいのに遭遇したわねぇ、これ美味しいのよ」

「ワァ……トレタテホヤホヤダァ……」

「あ、やっぱり、仕留めたまま持ってこなくて正解だったな?」


 さっきまでのテンションの高さから一転、思わず固まった私に、ヒースさんは苦笑する。

 そうか、そうか、異世界だもんなぁ。

 すっかり頭になかったけれども、冒険者にとって、肉やら魚やらの現地調達は、至って普通に違いない。

 まだ、私の屠殺に対する心の準備ができていなかったので、ピンク色のつやつやしたお肉の状態で渡されたのは助かった。

 一羽原型のまま丸ごと持ってこられたら、正直悲鳴を上げていたかもしれない。


 それにしても、異世界転移の動揺も、殺生に対する精神的なショックも、比較的薄くすんでいるのは、もしかしてスキルの≪精神耐性(メンタルガード)≫のおかげだろうか。

 郷に入っては郷に従えというし、私も現代とは異なる常識の生活に慣れる必要があるから、確かに耐性ができているのは助かった。闇の女神様、変にサポートが手厚い。

 何はともあれ、後で絞め方、教えてもらおう……。




 そんな感じで、私の身の回りも徐々に整い始め、家事全般に店番、作業漬けのリオナさんのお世話に、納品のためにやって来たヒースさんに手を貸してもらいながら、自室の不用品の運び出しや、この世界についてあれこれ教えてもらっていたら、あっという間に数日が経過していた。

 実にやりがいのある充実した日々だった。いやあ、捗った捗った、主に掃除が。

 昔の惨状など見る影もなく、魔女の家はすっかりピカピカである。すっきりしたー!


 そして今日もまた、フンフンと鼻歌混じりに昼食の準備をしていると、昨夜薬の製作を済ませたらしく、夕飯も食べずにばったりとベッドに倒れ込んだリオナさんが、パタパタと階段を降りてくる。

 そうして、キッチンの私と目が合うなり、開口一番こう言った。



「ようやく仕事が終わったー! お待たせ。さぁ、要。魔法の勉強を始めましょうか」




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