75.元社畜のオルクス公爵領デート・1
えっちらおっちら馬とエアスケーターを走らせ、私たちはどうにか閉門までにオルクス公爵領都にまで辿り着いた。
なお、さすがに領都内を不可視の状態で走らせるのは危ないとのことで、手前辺りでヒースさんの青毛ちゃんに同乗させてもらっている。
「ほあ~」
間抜けにも口をぽかんと開けながら、私は周辺をきょろきょろと見回してしまった。流石に街とは規模が違う。
いや、コンクリートジャングルで生活していた自分が言うのも何だけど、人やお店も賑やかで栄えているし、海外の中世とか近世みたいな感じの街並みがとても可愛い。旅行にでも来た気分だ。
可愛いとはいえ、作りが頑強に見えるのは、やっぱり雪が降る北国ならではかなあ。クラリッサの街も、かなり家はしっかりしているんだよね。
時間があったら、ちょっと歩いてみたいな。
そんなわけで、やってきました本日の逗留場所。オルクス公爵家でございます。
……目が飛び出すかと思ったよ。だって、私もヒースさんも、領都の宿屋辺りに宿泊だとばかり思いこんでいたので。
それなのに、まさかの公爵家である。おああああ。わかる?私の動揺具合。
いくら王宮を経験していたとて、やはり心の準備が整っているのといないのでは雲泥の差だ。
そこは城かって規模の、どでかい邸宅だった。
ディランさんがにっこにっこで笑っているから、絶対にこれ秘密にして、土壇場で私たちが蒼褪めて頭を抱えるのを、愉しんでいた節がある。
シラギさんは申し訳なさそうに、眉根を下げていた。本当にディランさんときたら……。
「まあまあ、僕の家族はみんなフランクだから、マナーとか気にしないで、気楽にしてもらって大丈夫だって。力を貸してもらうわけだし、しっかり身体を休めて欲しいなあ」
「そうはいっても、公爵様たちでしょう?」
アイオン王国で、上から数えたほうが早い権力者。王家に忠誠を誓い、王都の背後を担い、広大な穀物地帯を長らく統治してきた大貴族である。
しかも、今回の(多分)雇い主様!手土産の一つも持たずに、のうのうとやってきていい場所じゃないんですけど!何もないよりはマシかと思って、慌ててダンジョン用に焼いてきたクッキーの詰め合わせを準備する。が、公爵家に渡すにはどうなんだこれ……。国の上層部は私のこと知っているだろうから、≪界渡人≫ブランドでどうにかならないかなあ……無理かなあ……。
「そうだけど、この僕の家族だよ?」
「あ、物凄い説得力」
「ええ~、それですぐ納得されるの、複雑なんですけどォ……」
けらけらと笑うディランさんに促され、私たちは邸宅内に足を踏み入れた。
王太子宮の豪華さも凄かったけれども、こちらは煌びやかというよりも、シックでどっしりとした荘厳さを感じるつくりだ。でも、お高いんでしょう?というのがよくわかる内装やインテリアは、目の保養になった。
そのまま、ご家族とご挨拶。迫力のある美男美女の公爵様ご夫妻と、ディランさんのお兄様ご夫妻が、わざわざやってきてくださるとは誰が思うか。
皆様方確かに優しく、分け隔てなく打ち解けて下さった。ディランさんからのアシストもあり、おずおずお出ししたクッキーも喜んでくれた。そのくせ、妙に隙がないのがディランさんのご家族だなあ〜、なんて思いもしたよね。敵に回しちゃ駄目なヤツだね、これは。
緊張したけれども、王宮登城の際の付け焼刃が多少は役に立ったので良かったよ。あの時、ユエルさんにマナー講師をお願いしたのが、功を奏している。
ヒースさん?……難なく挨拶をこなしていましたよ、流石。
なんだかんだビビる場面はたくさんあったけれど、公爵邸のご飯は美味しいし、お部屋は素敵だし、空調は完璧だし、ベッドもふかふかだし、お風呂はいい香りだし、侍女さんたちは至れり尽くせりだし、最高。社畜が堕落しちゃう~~!
……はっ、そういえば!転移前は温泉とか行ってのんびりしたい、みたいなことを思っていたけれども、オルクス公爵邸はまさしく私が夢見ていた高級スパリゾートホテルって感じだった。まさかこんなところで叶うとは思わず、ちょっと泣いた。
ずっとエアスケーターに乗ってきて疲れていたから、与えられた客室で、私はすぐに眠りについてしまった。
* * *
さて、ぐっすり心地よく眠れた翌日。
さすがに強行軍の後なので(普通、あの距離を1日で駆けてこないと、ディランさんのお兄様に言われたんだが……)、今日明日はきっちり身体を休めて、明後日ダンジョン区域に移動という手はずになっていたので、2日ほどフリーだ。多分、私の体力を慮ってくれたのだろう。
早速、ディランさんが目を輝かせながらエアスケーターを使いたい、と駄々をこね……ごほん、申し出をしてきたので、貸し出しをした。
風属性を持つシラギさんはともかく、ディランさんは地の『一属性』なため、このままだとエアスケーターに乗れない。
だが、こんなこともあろうかと!ハンドル部分に仕込んでもらったくぼみに魔石を嵌め、≪転換≫を介して操縦できるよう調整を施してあげた。
邸宅内はとても広いし、走らせても問題ないだろう。
気がつけば、お兄様や公爵様まで集まってきちゃったけど、大丈夫かな……。
休暇初日は、お言葉に甘えてのんびり身体を休めつつ、公爵邸内部や庭園を散歩させてもらったり、訪れてきた依頼者に調律を行ったりして過ごした。
しっかりリフレッシュできた休暇2日目は、相も変わらずエアスケーターを満喫しているオルクス公爵家の方々に見送られ、私とヒースさんは街に足を運んでみることにした。
商業区や職人区、市場など、クラリッサよりもはるかに大きな規模で、様々な店が軒を連ねているらしい。
せっかく余暇を貰えたのだ。今のうちに観光がてらと、ダンジョンで使う生鮮食品を仕入れたかったのだ。
お願いすれば、公爵邸から快く食料を分けてもらえそうだけど、せっかくだし自分の目で見てみたいよね。
「えっと、ヒースさん?」
屋敷から歩くとそこそこ時間がかかるため、オルクス公爵家が貸し出してくれた馬車(さすがに豪奢なのは勘弁してほしかったので、比較的質素な馬車をお借りした)から降りたのだけれども、手を貸してくれたヒースさんは、そのまま手を放さずに握りこんだ。
なんだろうと小首を傾げると、ヒースさんは苦笑を見せた。
「ほら、カナメは躓くから。それに、オルクス領都は初めてだろう? 迷子にならないようにね」
ぐぬぬ、私、そんなにドジっ子じゃないんですけどね!?
ぷくと頬を膨らませて、私は不服を露わにする。
「もう! 子供じゃないですから、そのくらい大丈夫ですって。ヒースさんってば、過保護なんですから」
「ふぅん……。じゃあ、女の子扱いをしようか」
「……はい?」
するりとヒースさんの手が、私の肌の上を滑って。指を絡めるように、手をしっかりと繋がれる。
こ、これは。いわゆる恋人繋ぎというやつでは?え、は?う、わ……。
瞬く間の所業に、私が目を白黒させていると、ヒースさんは悪戯が成功したみたいな顔で嬉しそうに微笑む。また、その笑顔がたまらなく優しくて、眩しくて、ちょっとだけ見惚れてしまい。
何やら気恥ずかしくなってしまった私の顔は、きっと真っ赤になっている気がする。
「俺とデートしよう、カナメ。さ、行こう。君もきっと楽しめるよ」
「デ……!?」
やけにご機嫌なヒースさんに手を引かれ、足を踏み出し隣に並ぶ。
どうしてこうなった!?
物言いたげに目を向けると、ヒースさんは目を細めて色気を振りまいてくる。
思わせぶりに翻弄してくる感じ、これが魔性ってヤツ!?
ただ、手を繋ぎ直しただけなのに。どうして絡められた肌同士から伝わる体温が、こんなにも熱いんだろう。
もしかして、子供扱いのほうがよかったのでは……?みたいな、複雑な気持ちになってしまったのは内緒だ。
そんなこんなでやってきた領都街は、昨日馬でちらりと眺めただけだったけど、実際間近に見る街並みが本当に可愛い。
お上り根性を再び発揮して、私はさっきから興味深くあちこちを見回している。
ノルウェーだっけ、フィンランドだっけ。おとぎ話みたいな感じのおうちがあるのは。あたかも、お話の中に迷い込んでしまったような景観だ。まあ実際のところ、私は迷い込んだ人そのものなのだけど。
日本の住宅地とは全然雰囲気が違うから、素敵だよねえ。目だけで楽しめてしまう。
まだまだ通り沿いには雪が残っているものの、お店や人の活気に溢れていて、寒さも吹き飛んでしまいそうだ。
そんな可愛い街並みを歩いていると、ちらちらと、こちらに対する熱い視線を感じる。うっとりヒースさんを見つめる女性の数と言ったら。そうでしょうとも、そうでしょうとも。ヒースさんは、眉目秀麗だもんね。最近はすっかり見慣れていたから、こういう反応久しぶりだなあ。
反面、手を繋いでいる私へ突き刺さる負の視線が、びしばしで痛いです。いや、私も「何故に?」って思っているので、勘弁してください。肩身が狭いよぉ。
「カナメは何を購入するんだい?」
「え、ええと、市場で生鮮食品をがっつりと仕入れていきたいなあと」
「……ダンジョン向けにか? やけにアレをたくさん作ったなと思ってはいたけど、大丈夫なのか?」
「はい、ご心配なく。頼ってもらえた分、しっかり結果を出しますよ」
ヒースさんが不思議そうに目を丸くするので、ふふんと胸を張る。
アレっていうのは、収納鞄のことね。私が持ち出してきた魔石には、時間遅延機能を付与してるわけじゃないから、食材が痛んだりしないのか、という疑問はもっともだ。生鮮食品を持って、何日もダンジョンに潜るなんてこと、普通はしないだろうからね。
これに関しては、大船に乗ったつもりでいて欲しい。
「他には?」
「ええと、持っていく日用品や雑貨は、揃えてありますし……。美味しいものは食べたいですねえ。ヒースさんこそ、行きたいお店はありませんか?」
お土産とかは、ダンジョン調査が終わった後での購入で間に合うから、今は軽くウィンドウショッピングができれば程度だしなあ。雰囲気を楽しみたいだけなんだよね。
となると、やっぱり商業地区かな。可愛い雑貨とか見るだけでもいいだろうか。
そんな風に私が考えこんでいると、ヒースさんがふと私の姿を上から下まで眺めてくる。
冒険者仕様ではなく、今日は単なる私服なんだけど、おかしなところでもあったのだろうか……。
浮かれ観光気分で、すこんと忘れていたけれども、ヒースさんと手を繋いでいることに、また意識を戻されてしまう。
ううう、ただ見られているだけなのに、やけに視線が恥ずかしい。
「……ああ、一つ必要なものを思い出した。付き合ってくれ、こっちだ」
そうして、ヒースさんは私を商業地区に連れて行った。
次回更新は日曜を予定しています。よろしくお願いします!




