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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
オルクス公爵領ダンジョン調査

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75/130

75.元社畜のオルクス公爵領デート・1



 えっちらおっちら馬とエアスケーターを走らせ、私たちはどうにか閉門までにオルクス公爵領都にまで辿り着いた。

 なお、さすがに領都内を不可視の状態で走らせるのは危ないとのことで、手前辺りでヒースさんの青毛ちゃんに同乗させてもらっている。


「ほあ~」


 間抜けにも口をぽかんと開けながら、私は周辺をきょろきょろと見回してしまった。流石に街とは規模が違う。

 いや、コンクリートジャングルで生活していた自分が言うのも何だけど、人やお店も賑やかで栄えているし、海外の中世とか近世みたいな感じの街並みがとても可愛い。旅行にでも来た気分だ。

 可愛いとはいえ、作りが頑強に見えるのは、やっぱり雪が降る北国ならではかなあ。クラリッサの街も、かなり家はしっかりしているんだよね。

 時間があったら、ちょっと歩いてみたいな。


 そんなわけで、やってきました本日の逗留場所。オルクス公爵家でございます。

 ……目が飛び出すかと思ったよ。だって、私もヒースさんも、領都の宿屋辺りに宿泊だとばかり思いこんでいたので。

 それなのに、まさかの公爵家である。おああああ。わかる?私の動揺具合。

 いくら王宮を経験していたとて、やはり心の準備が整っているのといないのでは雲泥の差だ。


 そこは城かって規模の、どでかい邸宅だった。

 ディランさんがにっこにっこで笑っているから、絶対にこれ秘密にして、土壇場で私たちが蒼褪めて頭を抱えるのを、愉しんでいた節がある。

 シラギさんは申し訳なさそうに、眉根を下げていた。本当にディランさんときたら……。


「まあまあ、僕の家族はみんなフランクだから、マナーとか気にしないで、気楽にしてもらって大丈夫だって。力を貸してもらうわけだし、しっかり身体を休めて欲しいなあ」

「そうはいっても、公爵様たちでしょう?」


 アイオン王国で、上から数えたほうが早い権力者。王家に忠誠を誓い、王都の背後を担い、広大な穀物地帯を長らく統治してきた大貴族である。

 しかも、今回の(多分)雇い主様!手土産の一つも持たずに、のうのうとやってきていい場所じゃないんですけど!何もないよりはマシかと思って、慌ててダンジョン用に焼いてきたクッキーの詰め合わせを準備する。が、公爵家に渡すにはどうなんだこれ……。国の上層部は私のこと知っているだろうから、≪界渡人(わたりびと)≫ブランドでどうにかならないかなあ……無理かなあ……。


「そうだけど、この僕の家族だよ?」

「あ、物凄い説得力」

「ええ~、それですぐ納得されるの、複雑なんですけどォ……」


 けらけらと笑うディランさんに促され、私たちは邸宅内に足を踏み入れた。

 王太子宮の豪華さも凄かったけれども、こちらは煌びやかというよりも、シックでどっしりとした荘厳さを感じるつくりだ。でも、お高いんでしょう?というのがよくわかる内装やインテリアは、目の保養になった。


 そのまま、ご家族とご挨拶。迫力のある美男美女の公爵様ご夫妻と、ディランさんのお兄様ご夫妻が、わざわざやってきてくださるとは誰が思うか。

 皆様方確かに優しく、分け隔てなく打ち解けて下さった。ディランさんからのアシストもあり、おずおずお出ししたクッキーも喜んでくれた。そのくせ、妙に隙がないのがディランさんのご家族だなあ〜、なんて思いもしたよね。敵に回しちゃ駄目なヤツだね、これは。


 緊張したけれども、王宮登城の際の付け焼刃が多少は役に立ったので良かったよ。あの時、ユエルさんにマナー講師をお願いしたのが、功を奏している。

 ヒースさん?……難なく挨拶をこなしていましたよ、流石。


 なんだかんだビビる場面はたくさんあったけれど、公爵邸のご飯は美味しいし、お部屋は素敵だし、空調は完璧だし、ベッドもふかふかだし、お風呂はいい香りだし、侍女さんたちは至れり尽くせりだし、最高。社畜が堕落しちゃう~~!

 ……はっ、そういえば!転移前は温泉とか行ってのんびりしたい、みたいなことを思っていたけれども、オルクス公爵邸はまさしく私が夢見ていた高級スパリゾートホテルって感じだった。まさかこんなところで叶うとは思わず、ちょっと泣いた。


 ずっとエアスケーターに乗ってきて疲れていたから、与えられた客室で、私はすぐに眠りについてしまった。




* * *




 さて、ぐっすり心地よく眠れた翌日。

 さすがに強行軍の後なので(普通、あの距離を1日で駆けてこないと、ディランさんのお兄様に言われたんだが……)、今日明日はきっちり身体を休めて、明後日ダンジョン区域に移動という手はずになっていたので、2日ほどフリーだ。多分、私の体力を慮ってくれたのだろう。


 早速、ディランさんが目を輝かせながらエアスケーターを使いたい、と駄々をこね……ごほん、申し出をしてきたので、貸し出しをした。

 風属性を持つシラギさんはともかく、ディランさんは地の『一属性(エンジ)』なため、このままだとエアスケーターに乗れない。

 だが、こんなこともあろうかと!ハンドル部分に仕込んでもらったくぼみに魔石を嵌め、≪転換(コンバート)≫を介して操縦できるよう調整を施してあげた。

 邸宅内はとても広いし、走らせても問題ないだろう。

 気がつけば、お兄様や公爵様まで集まってきちゃったけど、大丈夫かな……。




 休暇初日は、お言葉に甘えてのんびり身体を休めつつ、公爵邸内部や庭園を散歩させてもらったり、訪れてきた依頼者に調律(ヴォイシング)を行ったりして過ごした。


 しっかりリフレッシュできた休暇2日目は、相も変わらずエアスケーターを満喫しているオルクス公爵家の方々に見送られ、私とヒースさんは街に足を運んでみることにした。

 商業区や職人区、市場など、クラリッサよりもはるかに大きな規模で、様々な店が軒を連ねているらしい。

 せっかく余暇を貰えたのだ。今のうちに観光がてらと、ダンジョンで使う生鮮食品を仕入れたかったのだ。

 お願いすれば、公爵邸から快く食料を分けてもらえそうだけど、せっかくだし自分の目で見てみたいよね。


「えっと、ヒースさん?」


 屋敷から歩くとそこそこ時間がかかるため、オルクス公爵家が貸し出してくれた馬車(さすがに豪奢なのは勘弁してほしかったので、比較的質素な馬車をお借りした)から降りたのだけれども、手を貸してくれたヒースさんは、そのまま手を放さずに握りこんだ。

 なんだろうと小首を傾げると、ヒースさんは苦笑を見せた。


「ほら、カナメは躓くから。それに、オルクス領都は初めてだろう? 迷子にならないようにね」


 ぐぬぬ、私、そんなにドジっ子じゃないんですけどね!?

 ぷくと頬を膨らませて、私は不服を露わにする。


「もう! 子供じゃないですから、そのくらい大丈夫ですって。ヒースさんってば、過保護なんですから」

「ふぅん……。じゃあ、女の子扱いをしようか」

「……はい?」


 するりとヒースさんの手が、私の肌の上を滑って。指を絡めるように、手をしっかりと繋がれる。

 こ、これは。いわゆる恋人繋ぎというやつでは?え、は?う、わ……。

 瞬く間の所業に、私が目を白黒させていると、ヒースさんは悪戯が成功したみたいな顔で嬉しそうに微笑む。また、その笑顔がたまらなく優しくて、眩しくて、ちょっとだけ見惚れてしまい。

 何やら気恥ずかしくなってしまった私の顔は、きっと真っ赤になっている気がする。


「俺とデートしよう、カナメ。さ、行こう。君もきっと楽しめるよ」

「デ……!?」


 やけにご機嫌なヒースさんに手を引かれ、足を踏み出し隣に並ぶ。

 どうしてこうなった!?

 物言いたげに目を向けると、ヒースさんは目を細めて色気を振りまいてくる。

 思わせぶりに翻弄してくる感じ、これが魔性ってヤツ!?

 ただ、手を繋ぎ直しただけなのに。どうして絡められた肌同士から伝わる体温が、こんなにも熱いんだろう。

 もしかして、子供扱いのほうがよかったのでは……?みたいな、複雑な気持ちになってしまったのは内緒だ。






 そんなこんなでやってきた領都街は、昨日馬でちらりと眺めただけだったけど、実際間近に見る街並みが本当に可愛い。

 お上り根性を再び発揮して、私はさっきから興味深くあちこちを見回している。

 ノルウェーだっけ、フィンランドだっけ。おとぎ話みたいな感じのおうちがあるのは。あたかも、お話の中に迷い込んでしまったような景観だ。まあ実際のところ、私は迷い込んだ人そのものなのだけど。

 日本の住宅地とは全然雰囲気が違うから、素敵だよねえ。目だけで楽しめてしまう。

 まだまだ通り沿いには雪が残っているものの、お店や人の活気に溢れていて、寒さも吹き飛んでしまいそうだ。


 そんな可愛い街並みを歩いていると、ちらちらと、こちらに対する熱い視線を感じる。うっとりヒースさんを見つめる女性の数と言ったら。そうでしょうとも、そうでしょうとも。ヒースさんは、眉目秀麗だもんね。最近はすっかり見慣れていたから、こういう反応久しぶりだなあ。

 反面、手を繋いでいる私へ突き刺さる負の視線が、びしばしで痛いです。いや、私も「何故に?」って思っているので、勘弁してください。肩身が狭いよぉ。


「カナメは何を購入するんだい?」

「え、ええと、市場で生鮮食品をがっつりと仕入れていきたいなあと」

「……ダンジョン向けにか? やけにアレをたくさん作ったなと思ってはいたけど、大丈夫なのか?」

「はい、ご心配なく。頼ってもらえた分、しっかり結果を出しますよ」


 ヒースさんが不思議そうに目を丸くするので、ふふんと胸を張る。

 アレっていうのは、収納鞄(アイテムボックス)のことね。私が持ち出してきた魔石には、時間遅延(ディレイ)機能を付与(エンチャント)してるわけじゃないから、食材が痛んだりしないのか、という疑問はもっともだ。生鮮食品を持って、何日もダンジョンに潜るなんてこと、普通はしないだろうからね。

 これに関しては、大船に乗ったつもりでいて欲しい。


「他には?」

「ええと、持っていく日用品や雑貨は、揃えてありますし……。美味しいものは食べたいですねえ。ヒースさんこそ、行きたいお店はありませんか?」


 お土産とかは、ダンジョン調査が終わった後での購入で間に合うから、今は軽くウィンドウショッピングができれば程度だしなあ。雰囲気を楽しみたいだけなんだよね。

 となると、やっぱり商業地区かな。可愛い雑貨とか見るだけでもいいだろうか。

 そんな風に私が考えこんでいると、ヒースさんがふと私の姿を上から下まで眺めてくる。

 冒険者仕様ではなく、今日は単なる私服なんだけど、おかしなところでもあったのだろうか……。

 浮かれ観光気分で、すこんと忘れていたけれども、ヒースさんと手を繋いでいることに、また意識を戻されてしまう。

 ううう、ただ見られているだけなのに、やけに視線が恥ずかしい。


「……ああ、一つ必要なものを思い出した。付き合ってくれ、こっちだ」


 そうして、ヒースさんは私を商業地区に連れて行った。







次回更新は日曜を予定しています。よろしくお願いします!


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