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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
オルクス公爵領ダンジョン調査

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74/130

74.団長、初めてのお弁当ときのこのピリ辛スープ



 まだ雪の残る泥道を、僕たちはオルクス公爵領に向けて軽快に進んでいく。

 思っていたよりも、進行が早い。これなら、問題なく夕方までに領都に到着できそうだ。

 当初、体力のないカナメが足を引っ張るかと思いきや、エアスケーターというびっくり魔道具を平然と出してきて、遅れもなくすいすい僕たちと並走している。揺れがなさそうな分、馬よりもかなり楽そうだ。いいなあ。魔力の消費、エグそうだけど……。


 いやはや、カナメは本当に面白いし、とんでもない。

 面白いけれども、突拍子もなく高性能なものをひょいっと作るから、誰か手綱を握っておかなくちゃいけないのにねえ。ヒースさん(でいいと言われたので、遠慮なく!)も魔女サンも、カナメには甘々だよね。本人の自覚が薄いのも厄介だ。


 視線をやれば、カナメがきょろきょろと辺りの風景を、物珍し気に眺めながら走っているのが見える。

 僕たち以外に、こんなトンチキな乗り物に乗っている女性が見えていないっていうんだから、僕が真顔で脅してしまったのも仕方ないでしょう。

 こんなヤバい魔法気軽に使って、悪用されたらたまったもんじゃない。カナメにしか使えなさそうっていう点で、安心したけれども。

 念のため、後で父さんと兄さんにも報告を上げておかないと。


 何というか、びっくり箱みたいな女性だね。学生時代に破天荒なことをやらかしていた、ユエル・レイン先輩を思い出す。あの人も、転生型の『界渡人(わたりびと)』だったもんなあ……。

 ユエル先輩の場合、シリウス宰相補佐がいたからマシ…………かと思ったけど、そんなことはなかった、充分暴れてたよ。思い出美化による錯覚だ。

 流れのままふと学生時代を思い起こしていると、ついつい笑いが漏れた。隣を走っていたカナメが、きょとんと目を瞬かせて僕を見る。


「ディランさん、どうしました?」

「ああ、いや、そろそろお腹空いたなあって」

「そういえば、そうですね。私もぺこぺこです。お昼にしますか?」

「とはいえ、このあたりだと村もないしなあ……」


 時折休憩を交えながら走り、今はユノ子爵領とオルクス公爵領の境界辺りまで来ている。

 朝早くの出立だったから、そろそろ補給したいところなんだけど、もう少し行かないと食事処がある村がないんだよねえ。タイミングが悪いね。

 きゅうとお腹が音を立てる。この程度は慣れっこだから、我慢できなくはないけれども、カナメは果たしてどうだろう。


「ああ、それなら大丈夫ですよ。私、お弁当作ってきたんです」

「お弁当?」


 はて。お弁当、とは?




* * *




 街道脇にある森の中の開けたところで、僕たちは馬を降りた。知る人ぞ知る休憩所として利用されている場所だから、そこそこ整備されている。

 今日は、僕たちの他に利用者は誰もいないようだ。寒空の下、食事をしようとは思わないものねえ。

 地面は、溶けかけの雪でドロドロしている。僕は、地魔法の≪乾燥(ドライ)≫を展開して、ささっとぬかるみを乾かした。風魔法の≪乾燥≫と異なり、土に対してしか効果を発しないんだけど、特化型だから瞬時にさらさらになる。


「おおー、便利だ」


 ぱちぱちぱちとカナメが拍手してくれるので、ちょっと照れるな。


 カナメはリュックから大きな布を取り出すと、丁寧に地面に広げた。≪撥水(アクアリペレント)≫と≪清浄(クリーン)≫の魔法が付与された布だ。騎士団でも採用されている付与の組み合わせで、多少汚れても問題がなく使い勝手が良い。確か、≪撥水≫は、昔どこかの国の聖女がもたらしたとかなんとか。

 カナメが、敷布にごく低温の≪伝熱(サーマル)≫の魔法をかける。うん、あったかいな?

 ヒースさんが魔法で、吹き付ける北風の制御はしてくれているが、接地面が温いのは純粋に嬉しい。北だから、底冷えするんだよねえ。

 付与魔法(エンチャント)って、補助特化だったから、今までさほど重要視されてなかったけれども、カナメが使うとあれこれ至れり尽くせり快適になるのだから不思議だ。何にしても使いようなのかもしれないね。


 靴を脱いで敷布の上にあがると、カナメはショルダーバッグから手慣れた仕草で、保存容器やらカトラリーやらを次々出してくる。

 そうして、保存容器に指先を触れて、≪伝熱≫とわずかばかりの≪(ミスト)≫を付与していった。


「ピクニックぽいな……」

「ああ! 言われてみれば、ピクニックみたいなものですねえ。もうちょっとだけ、座ってお待ちください」


 そう促され、カナメ以外の人はブーツを脱がずに敷布へと腰を下ろした。すぐ動けなくなるとマズいからねえ。

 ピクニックは、籠にサンドウィッチなどの軽く摘めるものや、飲み物を詰めて持っていくのが定番だけど、お弁当とは更に凄いな。

 食器とフォークを渡され、数分待っているとカナメが保存容器の蓋を外す。ふわりと良い匂いと共に、湯気が立った。なるほど、蒸気で温めたのか。


「おお……! これは凄い」

「まさか、こんなところで温かい食事が出てくるとは思わなかったなあ……」

「ご飯係を任されたのですからね、頑張りましたよ」


 僕とシラギくんの感嘆と称賛に、カナメがえへんと胸を張った。

 お弁当とは、冷えても美味しくいただけるそうなのだけど、寒いから温かいほうがいいだろうという、カナメのちょっとした心遣いが泣ける。

 確かに、外での食事は、暖かな陽射しの下以外は、進んでしたいものじゃないからね。


「今日はおにぎりか」

「はい。もち麦も混ぜてますけど。冷凍の鮭が手に入ったので、焼いた鮭と昆布を煮て刻んだのが具です」

「カナメの弁当はいつも旨いから楽しみだ」


 カナメが、各保存容器の中を説明してくれる。

 白い穀物のようなものが三角になったのがおにぎり、卵を焼いて巻いた卵焼き(出汁と甘いのの2種類あるらしい)、ホロホロ鳥のてりやきとつくね、人参とごぼう(ヒースさんが根っこっていうから、カナメとちょっと揉めてた)を甘辛く煮つけたきんぴら、トマトときゅうりのマリネ。

 それらが、容器にみっちりと詰まっている。戦闘を生業とする男の食欲を、よくわかっている量だ。

 彩りは茶色くちょっと地味だけど、漂ってくる匂いが空腹を直撃し、テンションがあがる。しかも、種類も豊富ときた。


「今日の汁物は、きのこのピリ辛スープですよー」


 そして、手渡されたのは、水筒よりもでっぷりとした形状の食器。曰くスープボトルといって、蓋を開けたら温かなスープが入っていた。素直に感動した。

 昨日、シラギくんと一緒に寒い中、さして美味しくもない携帯食を食べながら、街道を走り抜けた記憶が頭をよぎる。え、何、この食事の差、温度の差……。今、自分たちはそこそこ距離のある移動をしているんだよな?と、疑問を覚えてしまう。


 いただきますと言って、早速食事に手を伸ばしたカナメにつられ、僕もスプーンで茶色いスープを掬う。

 ゴマだろうか。ふんわりと香ばしい香りが、唾液を促進する。

 匂いに誘われるがまま口に運ぶと、こりこりしたキノコの触感と、少しとろっとしたしょっぱく深みのあるスープが、疲れた身体に染み渡る。具は、3種類のキノコと、玉ねぎ、人参。後から口腔内にぴりっと走る辛味も、アクセントにいい。

 食べたことのない味だが、なかなかに旨い。スプーンを運ぶ手が止まらない。うちの料理人が作る食事とは、異なる味付けだ。舌先に、複雑な深みのある味が広がる。一体何を使えばこんな味になるのか、見当もつかない。面白いなあ。

 しかも、冷えた身体が芯から温まってくるようだった。

 肩の力がすっと抜け、ほわと気の抜けた息が漏れた。


「はぁ……あったかくて幸せー……」

「でしょう。みんなで一緒に食べると、より美味しく感じられますよね」


 にへっとカナメが笑った。


 おにぎりを食べれば、米が中の海鮮の具とマッチして、食べる手が止まらない。米は初めて食べるが、噛むとほのかな甘みがあり、もちもちしていて、パンとはまた違った旨さがある。


 シラギくんが頬ばっているホロホロ鳥も、大変に旨そうだ。てらてらと輝くタレがまた米に合って、おにぎりを食べる手が進むと、シラギくんが興奮気味だ。

 ヒースさんは、卵焼きを幸せそうに食べている。この人、実は甘いものが好きか。


 カナメに聞けば、お弁当全般にショーユをふんだんに使っているらしい。あの、ミクラジョーゾーで、大銀1もするお高い調味料である。

 興味本位で舐めさせてもらったことがあるけれども、しょっぱすぎるし黒いし何だこれと敬遠したものだが、まさか使い方次第でこんなに極上の味になるとは。


 きんぴらも、ヒースさんが散々に根っこって言うけれども、触感ががりがりとしていて面白い。これもおにぎりに合う……というか全般的に米との相性がいいおかずで、考えられているのだろう。

 野菜のマリネは、しょっぱくなった口の中を、さっぱりさせてくれる。柑橘が混ぜられているのか、味も香りも良く食べやすい。

 どうしても遠征中は、食事のバランスが悲しいほどに偏りがちになるが、カナメはその辺の配慮も忘れていない。


「はぁ……美味しい。カナメ、僕と結婚しよう」

「お断りします」


 懲りずにちょっかいをかけてみるが、カナメにいい笑顔でばっさりあしらわれた。うーん、これは本気でとられていない顔!

 でも、お隣から殺気が漂ってきて、恐い恐い。


 それにしても、これでダンジョンにおける食事は安泰だなあ、自分の≪予兆(オラクル)≫はやはり完璧だなんて、悦に浸っていると、隣に座っていたヒースさんが、ちょいちょいと肘鉄を食らわせてきた。ちょいちょいという割に、地味に威力が強くてやってられないねー。


「ディランダル君、これに慣れてしまうとね、遠征に行くのが本気で嫌になりますよ」

「全くだ……」

「確かに士気はあがりますが、その後を考えると落差が酷い……」


 ふ、とちょっとアンニュイな顔をして、ヒースさんが忠告してくれる。

 ああ、そうだろうともね。キミはたんまり美味しい料理を食べて、既に胃袋ごとカナメに陥落してそうだものね。

 でも、言われてみると、通常の遠征の食事を思えば悲惨な気持ちになるし、カナメの食事と比べてしまうな、これは。

 いいのか悪いのか。

 男衆3人は、はーとため息をついた。




 食後のお茶を忘れてたと慌てるカナメをとどめ置き、男どもで協力してお湯を沸かし、感謝のお茶を淹れた。





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