72.元社畜による攻撃特訓・2
少々流血表現がありますのでお気をつけください
「あれっ!?」
そのまますっぽ抜けた石は、アイスラビットの彼方後方に着弾して魔法を発動させ、ばふんと雪だけを溶かした。アイスラビット、ノーダメージ!
慌ててもう一つの魔石に魔法を付与して投げるも、焦ってしまったためか当たらない!雪に穴を開けだけだった。
攻撃されたことで、興奮したアイスラビットがこちらに反撃をしかけてきたものの、ヒースさんが一閃してやっつけてくれた。
防御魔石があるとはいえ、うわー、やっぱり一人で試してたら危なかったよー!
「……うーん、惜しい」
「ああああ、私のノーコンっぷりが!!」
思わずがっくりと雪に膝をついてしまった。ちょっと格好つけただけに恥ずかしい!
でも、結構いい案だと思ったんだけどなあ。無念。
そうだよ、敵だって普通避けるに決まっているよね。
そもそも、動く的にぴったりと弾を当てるのは、それはそれは難しいのだ。球児でもなんでもない素人の私の付け焼刃程度では、惨敗だった。
私が項垂れている間に、ヒースさんがアイスラビットの処理をしてくれている。
「なるほど。攻撃魔法を付与した魔石を、敵に投擲するのか」
「攻撃魔法を放ったら、魔石も使い物にならなくなるので、あんまりエコじゃないんですけどね」
「いや、クズ石が使えるようになったんだから、着眼点自体は悪くないと思うぞ。当たれば」
「当たれば」
当てるのがねー!一番難しいんだよね!!
敵だって縦横無尽に動くし、そのスピードも様々だ。
確定で当てられるのなら、それが一番いいんだけど。
私はおとがいに手を当て、うーんと考え込む。
確実に着弾させる方法は、ないだろうか。頭の中に浮かんでは消えていく、様々な魔法。
例えば、一番手っ取り早い魔法だと、火の≪爆撃≫。
これなら、どこに魔石が着弾したとしても、その中心部から広範囲へ爆発を引き起こすことができる。完全に手榴弾である。
ただ、敵ばかりでなく、爆発した周辺にも被害が及んでしまうのがネックだ。私のポンコツショットでは、地面抉っちゃいそうだし。広範囲に敵が密集している場合ならともかく……って感じかも。
どちらかといえば、敵一体に対して、狙撃する要領で魔法を発動できればいいんだけど。しかも、私の頼りない投擲でも当たる……無茶かなあ。
そもそも、攻撃魔法とて、オートで照準が付いている便利なものではない。弓矢などと同じく、自ら狙いを定めねば当たらない。範囲攻撃魔法でない限り、命中率がものを言うのだ。
ぱっと脳裏をよぎったのは、シューティングゲームでよくある誘導弾だ。
「うーん、自動追尾機能、か……」
「追尾? ……っていうと、中級の風魔法か。だが、あれは魔力によるマーキングが必要だぞ。戦闘中に、魔物にマーキングできるのか?」
私の呟きを拾ったヒースさんは、訝しみつつも疑問点を上げてくれる。
風魔法≪追尾≫。固有のマーキングや目印を与えた対象を目標に、魔力を結び付けることで追跡できる、GPS魔石にも使われている魔法だ。この場合、私の身に着けている魔石が、ビーコンの役割を果たす。
以前ヒースさんが、私の居場所を探ってノーエン伯爵のお屋敷にやってきたときは、この≪追尾≫の発動で発生する風に、対となる魔石を載せて、辿ってきたらしい。
「魔石が自動で魔物を追いかけるために、固有のマーキングができれば……固有……固有……」
例えば、リオナさんが使う≪伝言≫は、家屋や、血筋なんかをマーカーとしている。
特に家屋伝いのやり取りは、契約を結ばないと魔法を飛ばせない。誰にでもメッセージを渡せるわけではないのだ。
しばらくあれこれ考えた私は、ぽんと手を打った。
「そっか、魔力だ!」
何故、追尾の対象として魔力を結びつけるのか。それは、波形がそれぞれ異なる魔力が、識別信号として唯一たりえるからだ。
人間も魔物も、魔力の作りは変わらない。
であれば、わざわざマーキングする必要なんてない。付与調律師だけができる方法がある。
「魔力視で魔物の個別の魔力を識別対象にして、追尾するよう設定すれば、うまくいくかもしれないです!」
「……俺たちだと思いつかないようなことを、カナメは考えるな」
糸口が見えてきて目を輝かせる私に、ヒースさんは苦笑する。
よしよし、早速試してみなければ。≪火焔≫の魔法を付与した魔石を作成し、私は前方の森にいた氷雪系狼の魔獣スノーヴォーグに向けて、魔力視で魔力を感知しターゲットを絞る。
「≪付与・追尾≫」
追尾の魔法に、誘導対象はあの魔力だという条件指定を行い、私は魔石を思いっきり投げつけた。
風に乗って、魔石はひゅんと一直線にスノーヴォーグに向かっていく。
攻撃に気づいたスノーヴォーグは、回避するために俊敏な動きを見せるものの、それに合わせて魔石もぎゅんと弧を描いた。
魔力に引かれるよう、腹の辺りに見事着弾すると同時に、発動した火魔法がその身を貫く!
「ヒット!」
断末魔と共に、真っ赤な≪火焔≫が、スノーヴォーグの身体をボンと焼いた。
「やった、できました!」
「はぁ、これは凄いな……普通にカナメが戦力として数えられる」
スノーヴォーグの遺骸に近づき、息絶えていることを確認して、ヒースさんが感嘆のため息を漏らした。
綺麗に腹を射抜き、魔力の器を壊していた。少々火力が強かったらしく、皮や肉はダメになっていて、戦利品として取れたのは無属性の魔石だけ。まだ若い個体だったようだ。
「戦力になれるかはともかく、いけそうですね」
「いけそうどころか、100%必中とか、逆にヤバいな。カナメの専売特許でかえって良かった。あと、使えてシリウス様か」
ヒースさんは、眉根を顰めた。
その言い分はごもっとも。こんな手法、誰もが使えたら端的に言うと暗殺し放題だよ、恐いよ。視界から外れたところには狙撃できないので、し放題は言い過ぎだけど。
ただ、私の場合、本職の冒険者と違って、戦闘時の咄嗟の判断がどうしても鈍くなる。経験って、何物にも変え難いからね。だから、付け焼き刃にそこまで期待をかけられても、困ってしまうけれども。
最後の手段とか、猫騙し的な立ち位置でお願いしたいところだ。
何はともあれ、足手まといになるのだけは、どうにかこうにか避けられそうでほっとする。
手ごたえを感じた私たちは、近隣の牧場を荒らしかねない魔獣たちを、練習を兼ねてできる限り≪追尾≫で屠るのであった。
こうして、ヒースさんとダンジョン探索の特訓を重ねて、追尾や投擲に適した魔法を精査をしたり。
新しく装備を整えて、冬季しか取れない素材を採取しにいってみたり。
この雪の中でも、わざわざやってきてくれた貴族の方に≪調律≫をしたり。
ダンジョン探索に必要な、収納鞄をあれこれアレンジを施して作ってみたり。
それを使って、ひたすら備蓄に励んだり。
リオナさんにしごかれながら、ポーション類や薬を作り置きしたり。
遊びに来たユエルさんのご協力を得て、鶏ガラスープの素やら、便利な魔道具やらを作ってみたり。
3人で新年を祝ったり。
ダンジョンでも作れそうな食事メニューを、あれこれ考えては試作してみたり。
クラリッサで仲良くなった人たちと、雪だるまを作ったり、雪合戦をしてみたり。
グランツさんやゼルさんと、魔石に入れ込むダンジョンでも使えそうな魔法の組み合わせを検討してみたり。
私が『マリステラ』で過ごす初めての冬は、それなりに忙しくも穏やかに楽しく過ぎゆき。
――雪解けの春が訪れる。
私がこの世界に来て、2度目の春だ。
いつも閲覧ありがとうございます。
4章はこれで終わりです。次回から5章ダンジョン編を始めます。よろしくお願いします!




