67.元社畜とかぼちゃポタージュ・1
伯爵家のキッチンの片隅をお借りして、私は腕まくりをした。
さすがに大きなお屋敷なだけあって、キッチンは広く充実している。ご令息の命とはいえ、突如現れた得体のしれない女に、料理人たちは目を白黒させているけどね。ごめんね、貴方たちのテリトリーの片隅を、間借りさせてもらいます。邪魔はしないので、許して欲しい。
何故かついてきたディランさんは、とても興味深そうに私の一挙一動を窺っている。仕事してくださいね。
ということで、私がキッチン用品を準備している間に、ディランさんには食材を持ってきてもらうことにした。
基本食材は、かぼちゃ、たまねぎ、牛乳、バターとシンプルに。
かぼちゃはワタと種を取って、皮を厚めに向いて薄切り。玉ねぎも薄切り。
鍋にバターを落として玉ねぎを炒めた後、かぼちゃを加えて軽く火を通し、お水を加えてしばらく茹でる、というか蒸す。レンジがあると、かぼちゃを柔らかくするの楽なんだけどね~。
さて、ここで隠し味登場!
隠し味といっても、ブイヨンなんですけどね。なんと、粉末にしてみたのです!
錬金術を活かしたスーパーバイザーのリオナさんと、魔法実作業担当のユエルさんのご協力の元、あーでもないこーでもないと試作を何回も重ねて、どうにか満足のいく粉末にできました。顆粒は、さすがに作り方がわからなかったね!
収納鞄から保存容器を取り出し、中の粉をスプーンで掬って、さらさらと鍋へと振りかける。分量の見極めがちょっと大変だけど、味を見つつ……。
「何だい、その粉……」
「怪しいものじゃないですよ。旨味を凝縮した粉ってとこです」
「ふーん……あ、確かに味がある。へえ、不思議〜」
「あ、こら、勝手に舐めないでくださいよ」
横から容器にスプーンを突っ込んで、勝手に味見してくるディランさん。フリーダムが過ぎる。
かぼちゃが柔らかくなるまで煮た後は、深めのボウルに鍋の中身を移す。
そして、私は泡立て器を手にした。そう、アレだよ、アレ。人間ブレンダーの出番ですよ。
「≪身体強化≫」
「ぶは! 料理のために身体強化付与使う子、初めて見た!!」
ゴリゴリと強化した右腕で、かぼちゃを滑らかにマッシュしている様子がツボに入ったようで、ディランさんは肩を震わせお腹を押さえている。
そうやってみんな料理に魔法を使うと笑うけどね、料理は力仕事多いし、便利なんだからね!ほら、ノーエン伯爵家の料理長さんも、うんうん頷いているから!
かぼちゃが滑らかになるまで撹拌できたら、鍋に戻して牛乳を加え伸ばしていく。
「……ええと、ここから私がやることに関しては、一切ツッコミ禁止です」
「え、何、何するの?」
「おまじないみたいなものです」
ディランさんが興味津々だったけど、お願いだから黙ってて。
私は小さく息を吸い込み、旋律を口ずさんだ。
歌う、歌う……うん、仕方ない。アルアリアさんの体調が、整いますようにと思いながら。鼻歌でのハミングとはいえ、気恥ずかしいな。
でも、ディランさんも料理人さんたちも、笑うことなくリズムに乗ってどことなく楽しげだった。
軽く煮立たせて塩で味を整えたら、かぼちゃポタージュの出来上がりだ。今回は温かくしたけれども、夏場は冷製にしても美味しいよね。
ディランさんがじーっと物欲しげにこちらを見るので、味見係をしてもらう。
小皿に掬って渡すと、嬉し気に煽った。ぺろりと舌で唇を舐めると、満足げに瞳を細める。
「ん、美味しい〜! カナメにこんな才能があったとは」
「それはよかったです。アルアリアさん用に作ったスープですが、数人分くらいはあると思うので、食事の一品としてよければ使ってくださいね」
料理長にそう告げながら、私はアルアリアさん用の食事のトレイを準備する。
料理長が作っておいてくれた柔らかいパンとプレーンオムレツに、かぼちゃポタージュを添える。あんまり量がありすぎても、アルアリアさんの弱っている胃にはきついと思うので、シンプルに。
「できた!」
「では、トレイは僕が運ぼうか」
「よろしくお願いします。キッチンお借りしました。ありがとうございました」
綺麗に片づけてから、ディランさんと二人でキッチンを出てしばらくすると、慌てた様子のサーディーさんが向かいからやってきた。何だ、何があったんだろう?
「カナメ様!」
「はい、そんなに急いでどうしました? アルアリアさんに異変でも起きましたか?」
「いえ、そうではないのです。今しがた、ミスティオ侯爵家の方がいらっしゃって、カナメ様を出せと……」
「はい!?」
ミスティオ……っていうと、ヒースさんのご実家じゃないですか。
え、え? どういうこと!?
混乱しながらもサーディーさんについて玄関ホールまで行くと、ヒースさんとキシュアルア君が対峙していた。
ヒースさんはきちんとスーツを着て、髪の毛を上げ、貴族モードになっている。
だが、どことなく服装も髪の毛も乱れ気味だし、少々汗をかいているっぽい。
ていうか、ヒースさんは今日クラリッサに戻ってくるって予定じゃなかったっけ?
私に気づくと、ヒースさんは表情をぱっと明るくして、私の元へと駆け寄ってきた。
「カナメ! 良かった……」
「ヒースさん、どうしてここに……」
「どうしたもこうしたも! 早めに仕事を終えたら、魔女殿から君が帰っていないと聞いて、慌てて魔石で居場所を照会して……」
「わあああ、ごめんなさい!」
「まあ、カナメが無事でよかったよ」
ああああああ、やっぱり連絡が取れていなかった弊害が。
ヒースさんは、ほっと胸を撫でおろして微笑んでくれた。さっきまで凄く険しい顔をさせていたものなあ……申し訳ない。
私が行方不明になっていると聞いて、わざわざここまで追いかけてきてくれたのだろう。私の胸元のペンダントには、防御以外にも、GPS的な魔法がかかっているからね。
いや、それにしてもミスティオの名前を出した、とな?
「カナメ様、こちらのミスティオ侯爵家のご子息は、お知り合いですか?」
キシュアルア君が困惑混じりに尋ねてくるので、私はえへらと笑う。
「あー、私の保護者の一人です」
「把握しました……。ミスティオ侯爵令息様、ご足労いただいてしまい申し訳ありません。私共に勘違いがございまして……詳しくは中で……」
「あっ、待ってください。アルアリアさんに食事をお出ししてからでもいいです? ヒースさん、キシュアルア君の妹さんが、魔力疾患なんです」
「ああ……そういう」
ヒースさんは、その一言で概ねを察してくれ、頷いた。
使用人さんたちの耳目もあるので、玄関ポーチから私たちはそそくさと移動する。
急に身分の高い家の人が押しかけてきて、はらはらと様子を伺っている使用人さんたちもいたし、せっかく用意した食事が冷めちゃったら悲しいしね。
アルアリアさんの部屋に入り、ディランさんが一応侍従らしく食事の準備をしている間に、私とヒースさんとキシュアルア君は顔を見合わせた。
「で、カナメはどうしてこんなところに?」
「有体に言うと、キシュアルア君に攫われたんですけれども、あれこれ話して和解しました」
「展開が早い」
ヒースさんが額に手を当てて、頭痛を堪えるかのように目を瞑る。
誘拐がガチの悪人の手によるものだったら、こうもスピード解決とはいかなかったので、不幸中の幸いとでも思ってもらえれば……。って、やっぱり駄目かな?
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