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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
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63.攫われた元社畜



 拝啓、リオナさん。

 ふかふかなベッドの上で、見知らぬ天井を眺めています。

 私より。



 ……って、どこよ、ここ!?





* * *





 落ち着こう、落ち着いて。私は深呼吸をした。記憶を呼び起こそう。



 そう、あれはヒースさんにお弁当を渡してから2日後の昼過ぎ。

 予定通り完成したポーションを収納鞄(アイテムボックス)に入れて、私はエアスケーターに飛び乗った。

 あの後リオナさんに言われた改造を施して、ちゃんと光魔法諸々を付与して、迷彩がかかるようにしたのだ。

 ただ、匂いとか気配とかまでは消せないので、不審に思った魔獣からどーんって突進されることもあるんだけどね。


 今回はそんな不運に見舞われることもなく、帰りに寄り道して薬草でも採取していくかなーなんてのん気に考えながら、近場の雑木林でこそこそっとエアスケーターを降りた。

 さくっと収納してから、徒歩10分くらいで、クラリッサにたどり着く。うーん、やはり便利。


 門番をしていたエリックさんと挨拶を交わし、今度飲みに行こうねーなんて社交辞令を貰ったりした。

 家飲みもいいけど、外飲みも楽しそうだよねえ。不思議と外で飲むお酒は美味しく感じられるから。


 騎士団からの依頼は、薬師ギルドを経由しているので、そちらにきっちり納品。まいど、大口の取引ありがとうございます。

 クラリッサにきたついでに、今魔力疾患の治療を行なっている子の様子を見た後、別途納品依頼を貰っていた冒険者ギルドに足を運んで、グランツさんと雑談をしたのだ。


「そういえば、このポーションって、他のポーションと比べてちょっとお高めに設定されてますよね。瓶も特別だし。それでもこれだけ売れてるんだから、リオナ印すごいなあ」


 確か、効果と味が、通常のポーションよりも格段に良く出来上がるから、価値が高いって言ってたなあ。

 自分で作っているからわかるけど、通常のポーションよりも、調薬に手間がかかっているものね。

 効果としては通常ポーションより上で、ハイポーションよりは下って立ち位置だ。

 調薬(プレパレ)を教わる前に、リオナさんから通常のポーションを飲ませてもらったけれど、飲み口がいかにも薬草って感じの苦みが残ったから、リオナ印のほうがジュースみたいで断然飲みやすくはある。これでもかなり改善されたらしいけど。

 だから、ご予算に合わせて、冒険者の人も使い分けているって聞いた。


「何言ってんだ、リオナ印じゃねえぞ。その刻印のついているヤツは、通称マグ・ポーションつーんだよ。魔女殿から教わってなかったのか?」

「え? 初耳です」


 私は、ぱちりを目を瞬かせた。

 グランツさんは顎髭をさすりながら、思い出すようにつぶやく。


「確か、100年くらい前だったか。そのポーションを開発したのは、魔女殿じゃなく、マグノリア・ヴェルガー男爵ってんだ。ヴェルガーの森のかつての所有者で、魔女殿の弟子だったかな。通常ポーションと区別して、マグ・ポーションって呼ばれてんだわ」

「マグノリア・ヴェルガー男爵……」


 よもや私に兄弟子がいたとは驚きである。といっても、一世代か二世代くらい前の方だけど。不死の魔女的スパンだ。

 聞くところによると、平民の商人の息子だったマグノリアさんが、より効能の高いポーションを作り上げたことで男爵位を授爵した際、あの森一帯を所望したのだとか。

 彼の死後、紆余曲折あって、ヴェルガーの森はユノ子爵領に統合されている。が、リオナさんがいる関係で、一種治外法権みたくなっているそう。


 他にもポーションの歴史を感じるお話を、書類仕事から逃避したいグランツさんからあれこれ教えてもらう。「グランツさん、外見に見合わず意外に賢いんですね」「バカ野郎、これでもギルマスだぜ」なんて軽口を叩きながら、私は納品を済ませた。


「モクレンだなあ……」


 すっかり顔なじみも多くなった市場で、必要な食材を買って。

 ぼけっと物思いに耽りながら、さてそろそろ帰ろうかと雑木林でエアスケーターを取り出そうとした直前、背後から声をかけられた。

 そう、男性に。


「貴女がカナメさんですか」

「はい?」


 ……振り向いた瞬間、目に飛び込んできたのは、焦げ茶色の髪に長身の男性。

 その後、すぐに腹を殴られて、視界が真っ暗になったのだった。







「……ええ、私ってば、誘拐された?」


 自覚をすると、お腹がちょっとずきずき痛む気がする。女性の腹を殴るとは何事だ、けしからん。変な薬を嗅がされるのと、どっちがマシだったのかな。

 私がのん気に寝ている間に、まさかの恐れていた事態に陥っていたらしい。警戒していたのにもかかわらず、このザマである。油断大敵だ。攻撃能力のない私に、果たして何ができたのかって話だけど。

 てか、どうやって防御の魔石の効果を抜いたんだろう、不思議。

 ヒースさん、フラグ立ってましたよ、なんて心の中でツッコんだくらいには、どうやら動揺しているらしい。


 しかし、と私は小首を傾げる。

 誘拐にしては、扱いが随分と丁寧だ。ベッドはふかふか、シーツは清潔なんだもの。

 こんな風に、いかにも貴族の客室のような場所に寝かされるとかある?

 大概セオリーだと、地下室の牢とか、小汚い倉庫とかに転がされているんじゃないだろうか。誘拐のセオリーって何だって話だけど。


 カーテンの隙間からわずかに覗く外は、すっかり暗くなっていて、室内にはほのかな灯りがともされている。私、どれだけ気を失っていたんだろう。

 物凄く心細くなって、私がぎゅと布団を握りしめると、がちゃがちゃとドアが鳴る音がした。鍵を開けているのか。ややあって、扉が開き男性が入室してきた。

 あ。見覚えがある。私が最後に見た、誘拐犯だ。

 彼は、上半身を起こしている私を視界に入れると、微かに目を見開いた。


「……ああ、起きていらしたんですね。手荒な真似をして申し訳ございません」


 アルカイックスマイルを浮かべた青年は、恭しく首を垂れた。ゆ、誘拐犯らしくなさすぎてビビる。

 私に声をかけたときの質素なナリとは異なり、質のいい燕尾服を身にまとった彼は、執事のように見える。

 短髪に鋭い黒目を細めた彼は、肌が少々浅黒いので北の人間ではないのかもしれない。


「何が何だか、わからないんですけど……私はかどわかされたんですよね?」

「かどわかすなど。噂の付与調律師(ヴォイサー)様の能力を見込んで、こちらにお連れ致したまでです」

「同意なく、ね。……一体、ここは、どこなんです?」


 私は、きっと真っ直ぐに彼を見据える。怯えたって、どうにもならない。


「ここはノーエン伯爵家。俺はキシュアルア・ノーエンだ」


 すると、青年の背後より現れ、私への応えを不遜に言い放ったのは、ストレートの金髪を耳元で揃えた、茶目の少年だった。じろりと私を検分するかのような瞳は、自身に溢れ力強い。


「付与調律師。お前には、俺の妹の治癒をしてもらう」





* * *





 気を失っていた私の様子窺いだったのだろう。顔見せと、簡易な目的だけを告げて、彼らは鍵をかけ去っていった。


 既に夜の帷は降りているし、私も目覚めたばかりでまだ不調だし、本格的なことは明日か。

 特段私に危害を加えるつもりはなさそうなので、その点だけはほっとする。好き好んで痛い目にあいたくはない。≪調律(ヴォイシング)≫を目的としているなら、五体満足でいないとマズいもんね。


 私は、深々とため息を落とした。

 連絡しないまま、夜になってしまった。リオナさん、心配しているかな。いや、でも下手すると納品作業上がりでぐっすり寝ていて、私の不在に気付いていないかもしれない。リオナさんならありうるぞ。


 それにしても、収納鞄があたりに見当たらないのが痛いな。セキュリティをかけてあるから中身は無事なはずだが、多分相手方に奪われているのだろう。

 かろうじて、ヒースさんからもらったアクセサリーが取られていなかったのが救いだ。

 ただ、鞄があれば、魔石に付与をして、脱出の機会をうかがえたんだけどなあ。

 とはいえ、夜に照明機能を付けていないエアスケーターを走らせるのも、自殺行為か。特に夜間は魔物の力も強くなるって話だし、そもそも右も左もわからない。うーん、こんなところで要課題だな。


 地図上の位置ならば、おおよそはわかる。ノーエン伯爵領は、ユノ子爵領の南に隣接する領地だからだ。ご近所さんなので覚えていた。

 これが、西方のヒースさんのご実家ミスティオ侯爵領近辺とかになると、まるでわからないからなあ。

 クラリッサから、そこまで遠方に引き離されていないと思われる。このお屋敷と思しき建物が、王都のタウンハウスじゃないことを祈るばかりだ。


「うー、まだお腹じんじんするな。明日文句言ってやる……!」


 鈍く痛むお腹をさすりながらぼやいていると、コンコンとノックが入った。返事を待たずして、鍵と扉が開かれる。ノックの意味なくない?

 一体誰かと思いきや、今度はまた別の男性がするりと部屋に入ってきた。

 お仕着せを着た侍従さんのようで、湯気の立つ皿の載ったトレイを手にしている。


「お食事をお持ちしました」


 彼は後ろ手に鍵をかけながら、にこりと笑って、食事を私に差し出す。

 腹が減っては戦はできぬので、ありがたく受け取るけど、やけに愛想がいい。さっきの二人とは大違いだ。


 でも、鍵をかけられたんたよね。何故に。


 得体のしれない他人と、二人きりって怖いな。

 警戒心を胸に、こくりと私は息を呑む。あらかじめ、部屋周辺を確認しておけばよかったかもしれないと、後悔した。


 榛色の髪に茶目の、ごくごく平凡な容姿の侍従さん。どこか薄い存在感。すれ違っても、すぐに忘れてしまうような……。


 うーん?

 あれ、なんか違和感があるぞ。こんな妙な感覚、前にもどこかで……。





「……ねえ、どうしてこんなところで働いているんですか、ディランさん」




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