62.元社畜と豚汁
新章です。よろしくお願いします。
私が王宮でレオニード殿下に治療をしてから、2ヵ月が経過した。
レオニード殿下はすっかり体調を取り戻し、次期王太子として文句ない成長を、存分に披露しているとのことだ。
経過観察で王城に上がった際にも、愛らしい笑顔を浮かべてくれて、雷の魔法を器用に操っている姿を見せてくれた。
もうレオニード殿下は大丈夫だろう。
また、私が提唱した人工魔石で行う魔力疾患の対策についても、魔法省と神殿が陣頭指揮を執り、貴族平民双方に広く治験が着々と進められている。
さすがに、付与調律師である私がレオニード殿下にぶっつけ本番で行った処置を、確実に他の人ができるとも言えないからね……。
特に魔力の状態把握は、測定魔道具があっても判断が難しいと思うので、普遍的に治療が進められるよう試行錯誤の真っ最中だ。魔道具士さんが、精密な測定機器の開発を進めているみたい。
私以外に、唯一他人の魔力状態をはっきりと確認できるシリウスさんのお仕事が増えたと、阿鼻叫喚になっていたけれども、そこは安定するまで頑張っていただくしかない。
時々差し入れしているし、あまりにもヤバそうなら私も手伝っている。シリウスさんとは社畜仲間として、とうとう苦労を分かち合ってしまった。
私は私で、≪吸収≫の魔石を作成するのにも大わらわだ。
人工魔石や充魔の需要がぐんと上がり、グランツさんとフラガリアさんが、ウハウハ~って顔をしていた。
怒涛の2ヵ月だった。リオナさんの視線が、日々険しくなるくらいには。
そんな中、どうあっても魔石では対処できそうにない重症者については、様子を見ながら、月に1人程度、私が対応している。
ヒースさんやレオニード殿下、他の重症者から得られたデータを照らし合わせ、私が実際に行った≪調律≫の所感も交えつつ、月に1人、せいぜい2人診るのが限界だろうという結論に至ったのだ。
ほとんどの症状の場合、薬のように人工魔石で魔力量の調整を行えば、病床に伏している子でも、普通に日常生活を送れるようになるだろう。
ランニングコストがかかっちゃうけど、それは薬と一緒ってことで。
魔石に吸収した魔力が、どんな影響を与えるかが、少し心配だったのだけど。個々人で魔力の波長が異なるから、人同士での魔力のやり取りは悪影響の元なんだよね。
でも、検証したところ、過多症状から引っ張ってきた個別の魔力は、魔石に吸収させて1週間程度放置すると、波長が落ち着き普遍的になるのがわかったのだ。
こうして、無事枯渇症状の人に魔力を融通できるようになったのも大きい。
どうしても完治させたい場合は、対価を払って私に依頼、というのが基本的な流れになった。
対価はともかくとして、滞在費が結構かかっちゃうのがネックなんだよねえ……。
私が魔女の家を拠点としている関係で、クラリッサにしばらく逗留してもらう必要がある。治療と経過観察も含めて、道中魔獣が出るヴェルガーの森へ、何度か移動してもらわねばならない。お金と気力がないと厳しい。
困っている人にできる限り手を差し伸べたくはあるけれども、私は医者でも聖女でもない一般人だからね……。ここは、私が自分の生活基盤を崩したくないという意を、国側もきっちり汲んでくれた結果だ。
それでも、裕福な方はやっぱり治したいようで、現在予約はいっぱいになっているそうだ。
とはいえ、国としての対応は、かなり早いといえよう。こう言っては何だけど、レオニード殿下に魔力の瑕疵が見つかったからだろうね。怪我の功名というべきか、はてさて。
魔力疾患は、徐々に脅威ではなくなっていくだろう。
* * *
「明日から討伐ですか」
「そうなんだよ。往復で4日ほどかかるみたいで」
魔法草の納品に来てくれたヒースさんと食卓を囲み、私はずずずと味噌汁を啜る。
味噌の独特の匂いは、心を落ち着かせてくれる。日本人だなあってしみじみ思う。出汁と旨味が出ていて、満足する味だ。
すっかり寒さが増してきた空気の中、冷えた身体に染み渡る。
今日の昼食は、具沢山豚汁とおにぎり、卵焼きにソーセージだ。ずっとやってみたかった定番和食というやつである。
ごぼうがね、念願のごぼうがね、やっと手に入ったんですよ!
やー、ミクラジョーゾーのリュウさんが、泣きそうになるくらい各地を駆けずり回って見つけてくれたらしい。裏からレイン侯爵家の圧力があったとかなかったとか……リュウさんは犠牲になったのだ。
だけど、豚汁の旨味は、やっぱりごぼうにあると思うんだよね。
ヒースさんは、泥付きのごぼうを見て「飢えているわけでもないのに、木の根を食べるのか……?」と怪訝そうな顔していたけれども。大根だって人参だって根っこだよ。
豚汁は、人参、大根、玉ねぎ、里芋代わりのじゃがいもを切って鍋で炒め、焼いておいた乱切りのごぼう、その上から薄切りのオーク肉をほぐし入れて混ぜる。先に野菜を炒めると、鍋底にお肉がくっつきづらくなるのだ。
個人的にはこんにゃくも欲しかったんだけど、さすがに見つからなかったね。
出汁を入れて灰汁を取りつつ、しっかり具材に火が通るよう煮込む。
ちなみに出汁の昆布は、ユエルさん提供。神か!
味噌を溶かし入れて、じゃがいもに火が通ったのを確認し、ひと煮立ちしたら出来上がり。
お好みでしょうがをいれたり、小ねぎをかけたりしても美味しい。まさにご家庭の味って感じだよね。
おにぎりは、枝豆を混ぜこんで握ったものと、昨晩の残りの鳥そぼろを入れたものだ。
あれから枝豆は、リオナさんが定期的に仕入れてくれているので、使い勝手が良く便利。
海苔があったら、更に最高だったんだけどなあ。ないものは仕方ない。
おにぎりって海産物と親和性が高いから、冷凍輸送に目途が立ち次第、中の具にもバリエーションを持たせたいところである。
甘い卵焼きとソーセージを加えれば、まさしく日本の食卓といった感じがして、ちょっと懐かしかった。
「本当は、俺がいない間に、クラリッサへ納品に来るなといいたいところなんだが」
「納品が、ちょうど3日後ですからねえ」
「タイミングが悪いな」
スケジュール調整しながら今までやってきたのだけれども、今回ばかりはお互いに仕事を外せないらしい。
ヒースさんは、魔獣の討伐。私は、薬師ギルド経由でリオナさんに来た、国からの依頼による騎士団へのポーション納品。近々郊外演習があるらしく、納品日はずらせそうにない。
「まあ、今まで大丈夫だったのですし、今回も問題なくいけるでしょう」
「だといいが……」
能天気な私に反して、ヒースさんはわずかに眉根を顰める。
レオニード殿下の急激な回復によって、付与調律師の話題が、貴族の間で密やかに噂となって流れていた。国側も緘口令を敷いてくれていたのだけれども、人の口に戸はたてられないとは良く言ったものである。まあ、王城に上がる際、誰にも目撃されていないわけじゃなかったからね。
しばらく警戒していたものの、特段危害を加えられることもなかったので、最近やっと肩の力を抜いたところだった。そこは、国の立ち回りが功を奏したって感じかな?
「くれぐれも気を付けて。あと、俺のあげた装飾品は、必ず身に着けておくように」
「はい。ヒースさんこそ、無茶しないでくださいね?」
「ああ。討伐自体は問題ないんだが、しばらく貧相な食事が続くから、カナメのご飯が恋しくなるな。この味噌汁も、コクと食べ手があって凄く旨い。オーク肉の脂の甘さと、味噌のしょっぱさがいい塩梅だ。この根っこも、最初はどうかと思ったが、歯ごたえが癖になるな」
「根っこじゃないです、ごぼうです。豚汁の旨味を支えてくれているんですよ」
「へえ……。おにぎりも、味噌汁もウィンナーも塩っけがあるから、パンよりも汗をかいたあとの塩分補給にいいんだよな。腹にもたまるし。あと、卵焼きが甘くて幸せだ」
「甘いの好きですね」
ヒースさんが、ちょっと照れ臭そうに笑う。可愛い。
パンよりもおにぎりのほうが、不思議とお腹に溜まるんだよね~わかる。
すっかり米と味噌と醤油の味に慣れたヒースさんは、和食を比較的所望してくれるようになった。うんうん、嬉しいね。
さっきから、たくさん作ったおにぎりが瞬殺されていく。成人男性の食欲というべきか、冒険者の食欲というべきか、何度見ても凄い。
それだけ、豚汁とおにぎりの組み合わせって最強なんだよね。
味噌の染みたお肉と根菜が美味しい味噌汁に、やみつきになるくらい中毒性のあるかやくおにぎりが、組み合わさっているんだもの。栄養もたっぷりだし。あーたまらん。おかかなりツナマヨなりがあったら、更に食が進んでしまうに違いない。
私も負けじともぐもぐしちゃう。
まだポーション作ってて作業室におこもりしているリオナさんの分、ちゃんと取り分けておいてよかったかも。食べ尽くしちゃいそうな勢いだ。
「明日朝、立ち寄ってもらう時間があるようなら、お弁当作りましょうか?」
「是が非でも!」
何が食べたいですかって聞いたら、おにぎりと汁物と、からあげを所望された。ヒースさんも、すっかりわかっているなあ。
よし、腕によりをかけましょうかね。汁物は、野菜たっぷりの卵スープにしよっかな。
あと、小腹対策に、クッキーも仕込んでおかないとね。




