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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
調律

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55/130

55.元社畜とスープカレー



「いただきます!」


 ユエルさんと初めて一緒に囲む食卓は、随分と賑やかだ。そりゃあもう熱量とテンションが違う。ヒャッハーしている。

 ヒースさんはユエルさんの勢いにヒビっているし、リオナさんは苦笑気味だ。


「ああ、カレー! やっと会えたわね、カレー! スパイスの香りがたまらないわ!」

「スープカレーですけどね」


 ユエルさんは、まるで天上の食べ物であるかのように皿を眼前に掲げて、涙している。

 かろうじて保っていた次期侯爵夫人の影も形もない。よっぽど食べたかったんだなあ……。


 かくいう私も、かなり久しぶりのスープカレーでうきうきしている。味付けのための香辛料が増えたのも、今後を考えるとありがたい。

 そして、何より米である。さっきつまみ食いしたけれども、噛むともっちりした甘い味わいが広がって、うるっときたものね。


「リオナさんとヒースさんは、ご飯大丈夫そうです?」

「私は平気よ」

「少し独特の匂いがするけれども、俺も大丈夫そうだ。これはこの白いご飯とやらを掬って、スープに浸して食べるのか?」

「そうですそうです。でも、まずはスープを啜ってみてください」

「わかった」


 

 私がカプレーゼを摘んでいる間に、ヒースさんは恐る恐る、スープを口にした。匂いは良くても色がね、地味ですからね。

 醤油を既に味わっているヒースさんだから、問題ないとは思うけれども。


 あ、ヒースさんの作ってくれたカプレーゼ、美味しい。トマトが濃厚だ。

 トマト、チーズ、オリーブオイルって、どうしてこんなに最強の組み合わせなんだろうね。酒のつまみとして、リオナさんもお気に入りの一品である。


「……うまい。ふわっとスパイスの旨味が広がった後に、ぴりっとくる刺激的な辛さがまたいいな。何より香りがたまらない。癖になりそうだ。いつもとスープの味わいが全然違うから、凄く新鮮だよ」

「でしょう。辛すぎないです?」

「ちょうどいい。これは、食べる手を止められないな。ユエル様があんな風になっているのもわかる」


 ヒースさんは、勢いよく野菜にスープを絡めて食べている。どうやら気に入ってもらえたようだ。

 辛すぎたようならラッシーをすぐ出そうかなと思ったけれども、お茶で大丈夫そうかな。

 リオナさんには辛味が足りなかったようで、勝手にチリペッパー振りかけているけど。もしかして激辛党か、この人。


 ユエルさんは、噛み締めるように、惜しむように、スープカレーを味わってくれている。彼女の満足いく味が出せたのなら嬉しい。

 機会があったら、いつでも作ってあげたくなるな。そう、せっかくなのだし、ユエルさんがずっと夢見ていたカレーを、シリウスさんにも食べてもらいたい。


 私も、負けじとスプーンを動かした。うーん、美味しい!

 フォークがさくっと入るほど煮込んだじゃがいもや人参から、スパイスとスープのコクが溢れている。益々食欲をそそられる。お替りできちゃいそうだ。口の中に、唾液がたまっていく。

 ある程度具材を堪能した後、ご飯をスプーンに盛って、スープカレーに浸す。白い米が、スープを吸って、じわじわと茶色に染まっていく。ここに野菜やキノコを載せたりして、プチカレー状態にして食べるのが、また最高なんだよねえ。

 あと、見た目は悪いけど、ご飯はスープの中にどぼんさせて、リゾット風にしても美味しい。


「んんんん~っ!」


 ご飯、待望のご飯だ。最早、言葉にならない感激。幸せ。


「美味しいな! 肉も味がしっかり染みていて、ホロホロだ。このご飯も、噛むとほのかな甘みがあって、カレーに凄く合う」

「本当は、手羽元どーんと入れるんですよ! 今日は食べやすさを優先しましたけど」

「それはインパクトあるし、食べごたえがあるだろうな」

「このオムレツの枝豆、私のつまみ……まあ美味しいからいっか。また仕入れてこよ……」

「あ、枝豆、定期的に仕入れて欲しいです。使い勝手いいですし」

「んー」

「ゆで卵が辛さをまろやかにしてくれるから、また違った味わいになって、いくつでも食べられちゃう! エンドレススープカレーできそうで、魔性の味だわ」

「やっぱりカレーって美味しいですよね。国民食とまで言われるだけあります。いち早く、カレーライスも作れるように頑張ります」

「カナメ、頼んだわ」

「シーフードカレーも美味しいですよね」

「権力なら任せておきなさい!」


 よしよし、言質は取ったぞ。港持ちのレイン侯爵家直系のお嬢さんの言葉だ、心強い。


 結構たくさん作ったと思ったのだけれど、綺麗に鍋を空にして、夕食は楽しく終わった。

 デザートと口直しとしてラッシーを出したら、ヒースさんがかなりお気に召してくれた。甘酸っぱくてさっぱりしているからカレーに合うし、作り方も簡単なんだよね、ラッシー。

 でも、討伐に持っていくには、さすがに不向きだと思いますよ。


「はあ。私ここんちの子になりたい」

「わかります」

「仮にも次期侯爵夫人がバカいうのやめなさいよ……。ヒースも頷くんじゃないの」

「また気楽に遊びに来てくださいね」

「来る来る! カナメの手料理、とても美味しかったわ」


 ソファに腰を落ち着けて、ラッシーを飲みながら、ユエルさんがしみじみ呟く。

 リオナさんが物凄く嫌そうな顔をしていたので、笑ってしまった。


「美味しく楽しい時間はあっという間に過ぎるけど、いい加減本題を話さなくちゃね」


 腹ごなしも済むと、きりりと表情を整えながら、ユエルさんが背筋を伸ばした。

 本当、びっくりするくらい綺麗な人なのに、口を開くと残念なんだよなあ。ユエルさんが取り繕わないでいられる場所なんだなと思えば、それはそれで気恥ずかしくもなるのだけれども。

 同郷、同年代って強いよねえ。ちなみにユエルさんは23歳らしい。なんと、年下だった。


「今日、衣装の準備を終わらせたけれど、王城へと上がるのは3日後になるわ。王太子殿下も、了承済みよ。カナメが来てくれることに、感謝を述べていたそうよ」

「ひええ……すぐじゃないですか。てか、衣装にしてもそうですけど、ほぼ昨日の今日で、仕事が早すぎませんか」

「うちの旦那を誰だと思っているのよ」


 ユエルさんが、えへんと自慢げに胸を張る。

 泣く子も黙る、宰相補佐閣下でございました。次期宰相とのことなんだし、この手の根回しはお手の物か。

 ほぼ1週間で、多忙であろう王太子殿下の予定を調整し、私たちが問題なく登城できるよう手配してくれたんだから、大したものだ。まあ、王子様の一大事だしね。


 ヒースさんから、あれこれ学生時代のエピソードとかを教えてもらったけれども、シリウスさんは文武両道冷静沈着氷の美貌を持つ佳人とまで言われていたらしい。

 確かに、見た目からしてエリート中のエリートの怜悧な美形って感じだけど、私からするとちょっとお茶目で、ユエルさんを愛している人って印象が強いかも。

 ヒースさんってば、びくびくしていたものなあ。よっぽどびしばしやられたのだろうか。歳を重ねて丸くなったのか、はてさて。


「朝一、私が迎えにくるから、それまでに心の準備をよろしくね」


 ユエルさんがぱちりとウィンクをした。

 何もかもが至れり尽くせりの状況において、王族というこの国で一番上の方々にお会いするのに、必要なのは心の準備と度胸だけだよなあ。


「……簡単でいいので、失礼にならない程度のこちらのマナーを、教えてもらったりできません?」


 ユエルさんはぱちりと目を瞬かせた後、「殿下は気になさらないでしょうに、カナメは真面目ね」と喉を鳴らした。

 付け焼刃でもね、こういうのは大事ですからね。



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