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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
調律

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53/130

53.元社畜は侍女に囲まれる



「衣装合わせをします!」


 シュヴァリエの2人が、ヴェルガーの森を訪れてからたった2日後。

 ≪伝言(メッセージ)≫を受けて、朝からリビングに集まっていた私とヒースさんは、ユエルさんのそんな宣言によって、颯爽と拉致られてしまった。

 転移魔法、本当にすごかったです……わけがわからないよ。

 リオナさんが、いってらっしゃーいとばかりに、ゆったりと手を振っていたのが掻き消え、ふわりという浮遊感があった後、森の魔女の素朴な一室から、きらびやかで豪奢な一室に風景が様変わりした。酔いとか揺れなどを感じる暇もない。物理法則とか、どうなってるんだろう。考えちゃいけないんだろうけれども。


 どこにきたのかと思えば、王都にあるシュヴァリエ家のタウンハウスだそうだ。

 転移魔法行使用にキープしていた客室から、ユエルさんに導かれるがまま、私たちは試着室へと移動をする。

 そこで出迎えてくれたのは、ずらりと並ぶ侍女さんたち、ハイソな感じのマダムとスーツを着こなした男性たち、そして衣装の海だった。人口密度が高い。

 これが、噂に聞く、が、外商ってやつかなー!!

 本当のお金持ちって、買い物になんて出かけず、向こうからやってくるっていうもんね。貴族なら当たり前でしたね。


「さすがに時間がないから、既製品のドレスを手直しして使うけれども、今後を考えて採寸もきちんとしておきましょう」

「今後があるんですか……」

「絶対あるわよぉ。ちなみに、こちらはシュヴァリエ侯爵家専属デザイナー、ルルーシアン商会代表のルルーシアンよ。口も堅いから安心してちょうだい」

「お初にお目にかかります。お会いできて光栄です、ヒースクリフ様、カナメ様。本日はお衣装決めとアレンジのご相談、採寸を行わせていただきますね」

「ひえぇ……」


 少しふくよかなマダムといった感じのルルーシアンさんが、代表して膝を折った挨拶を下さるとともに、柔和な笑みを浮かべた。

 けれども、その瞳には隙がない。スリーサイズを完璧に当ててきそうな感じがひしひしとする。しょ、職人だー。


「カナメ様はお顔の感じから、暖色系のドレスがお似合いになりそうですわね」

「あ、ヒースクリフ様は、うちの軍服に寄せて頂戴。カナメの護衛役になるので、帯剣し易いように」

「かしこまりましたわ。お二人とも素敵ですから、オーダーメイドで作れなくて残念なくらい」


 ユエルさんとルルーシアンさんが、てきぱきと決めていく。

 ぱんとユエルさんが手を打つと、私とヒースさんは、メジャーを持った侍女さんたちに囲まれた。

 綺麗に微笑む侍女さんたちの笑顔が、愉悦を含んでいてちょっと恐い。生贄の子羊にでもなった気分である。

 とは言いつつも、少しばかり浮足立ってしまう。色とりどりのドレスが、思ったより可愛いんだもの。現代日本では干物女一直線でしたけれど、興味が引かれないわけではない。

 だけど、コルセットを絞めるのって大変なんでしょ?それを考えると、少しばかり憂鬱だ。


「今回は夜会じゃないし、コルセットを絞めないでも大丈夫なドレスにするから安心して。ちょっと仕立てのいいワンピース程度に思ってくれればいいわ」


 私の不安げな顔を見て、ユエルさんが補足してくれる。私はほっと胸を撫でおろした。


「まあ、象牙色のお肌がきめ細やかで、すべすべですわね」

「もっと磨けば光りますわ! 背中を丸めているのは勿体ないですよ」

「何てお化粧映えしそうなお顔! 腕が鳴りますわ」


 などと、私を玩具にしつつ、侍女さんたちはきゃっきゃとはしゃいでいる。クラシカルなメイド服が、とても可愛くて目の保養だ。女子の集まりは、いい匂いがするなあ……。このパワー、純粋に凄いよね。

 君たちが楽しそうで何よりだよ……。遠い目。

 侍女さんたちにすっかり包囲網を敷かれながら、採寸や試着が始まる。

 果たして、今日は何時に帰れるのかなあ。着せ替え人形にされる運命しかない。


 ヒースさんも、男性店員さんと侍女さんに引きずられながら別室へ。南無南無と、無事を祈るばかりだ。


「ああ、そうだ。ユエル様、カナメのアクセサリーですが、俺から贈らせてもらえますか? 多分、大仰なものは遠慮されると思いますので……」

「あら! まあ! 何か考えがありますのね? わかりました」


 わちゃわちゃと取り囲まれていたため、こそこそと放たれたヒースさんの一言に、ユエルさんが色めき立っていたことなんて、私は知る由もないのだ。




* * *




「うう……疲労感が凄い」


 ユエルさんの送迎で屋敷に戻ってきた私とヒースさんは、げっそりとソファーに身を埋めていた。

 なんだかんだ、衣装合わせは夕方までかかってしまった。窓から覗く世界が、オレンジ色に染まりかかっている。

 侯爵家に泊まっていく?と気軽に誘われたけれども、豪奢過ぎる家は場違い感が凄すぎて、丁寧に遠慮した。

 そんな一幕もありつつ、時間をかけただけあって、満足いく可愛い組み合わせの衣装一式になったので、ちょっとだけ嬉しい。結局何回衣装替えしたか、全く記憶にないけど。

 自分が似合っているかどうかはともかくとして、新しいお洋服ってだけで気分が上がる。


 衣装の仕上がりはお互い秘密で、当日のお楽しみだとユエルさんが目を細めていた。ユエルさんは、どっちも知っているのに、気を持たせる真似をしてずるいぞ。

 ヒースさんのお衣装、凄く楽しみだ。妄想するだけでも、めちゃめちゃ格好いい姿しか思い浮かばないんだもの。


 しかし、いつまでもソファに身を預けているわけにもいかない。いい加減お夕飯の準備しなくちゃ。どんどん遅くなってしまう。

 そんなこんなで肉体的にはぐったり気味ではあるものの、実は以前伝えておいたスパイスを、ユエルさんからたくさん仕入れられたので、精神的には結構ホクホクだ。


「ちょっと遅めになりますけど、お夕飯作りましょうか? ユエルさんもいかがです?」

「あら、私もご相伴に与っていいの?」

「はい。せっかくスパイスを手に入れたので、早速スープカレーを作ろうと思って。1時間少々お待ちいただくことになりますが、大丈夫ですか?」

「……っ、大丈夫よ!! 屋敷に、私の分の夕食はいらないって伝えてくるわね」

「いってらっしゃーい」


 我々を送ってくれたユエルさんは、意気揚々と屋敷に取って返した。カレーの威力が凄まじい。

 あんなにぽんぽん転移魔法を使えるの、相当な魔法の使い手なんだろうなあ。私が視た中でも、群を抜いた魔力の持ち主だ。幼い頃には色々あったようだけど、私よりよっぽどチートなんじゃなかろうか。

 心強いし、貴族とはいえ同郷の誼もあってか、気さくに接してもらえるから、気の置けないお友達ができたみたいで、ひそかに嬉しかったりする。

 同じ女性でも、リオナさんの場合、立場的にお友達というよりもお姉さんなんだよねえ。


「カナメはユエル様に、随分心を許しているように見えるな」

「へへ。同郷だし、同年代っぽいので、ついつい。こんな風に気楽に話せる親しいお友達って、今までいなかったから」

「妬けてしまうな」

「へっ!?」


 それはどっちに!?私は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 特に応えることもなく、ヒースさんは意味深な笑みを浮かべながら、両腕の袖をまくった。


「ふふ。さて、俺も夕食の支度を手伝うよ。何をすればいい?」

「あ、じゃ、じゃあ、カプレーゼと、じゃがいもを茹でたりをお願いできれば……?」

「よしきた」

「???????」


 ぽんぽんと私の頭を優しく撫でてから、ヒースさんは颯爽とキッチンへと向かって行ってしまった。

 何、何なんだ、動揺している私が変なのか?


「ただいまーっと……あら、カナメ、顔が赤いわよ? どうしたの?」


 あっという間に戻っきたユエルさんに指摘されるまで、ぽんぽんされた頭頂を押さえたままの私は、混乱の最中にあった。





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