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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
調律

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52.冒険者は過去を振り返る・2



 日々積み重なるプレッシャーと荊のような悪意に晒され、知らず俺の心は至極疲れ切っていたのだろう。


 何がきっかけだったのかは、忘れてしまった。多分、他愛もないことだったのだろう。

 でも、不意に心が折れてしまったのだ。もういいんじゃないかと、何かが囁いた。ミスティオ侯爵家には、俺よりもよっぽど優秀なシグムントがいるのだ。

 だから、大丈夫。俺がいなくなったとて、問題はない。


 無性に外の空気が吸いたくなって。

 誰にも何も言わず、俺は必要最低限の荷物を持ち、ふらりと学園から出て。

 ――そのまま、あてどもなく旅に出ることにした。

 ここではないどこかへ。侯爵家の自分を知らない場所へ。

 あまりにも無謀で衝動的な行動だったと、後々反省するものの。思いつめた俺にとって、己の立場を捨ててしまうのが、その時は最善の方法だと思ったのだ。


 もちろん、あからさまに貴族のボンボンがその辺をふらふらしていたら、危ないわけで。

 王都を出てすぐ、金品狙いの盗賊に襲われた。

 多少腕に覚えはあったとはいえども、多対一ではどうにもならないこともある。

 俺は、まだ何もかもが未熟だった。

 命の危機を感じながらも、どこかこれで楽になれるのだろうかとぼんやり考えたものだが、神はまだ俺を見捨てなかったらしい。


 あわやというところで、後の師匠と仰ぐ冒険者に助太刀してもらえて。

 そのまま道連れとして拾ってくれた彼につき、冒険者のいろはを叩き込まれながら、共に旅を続けた末に今の俺がいる。









 これが、過去俺の身に降りかかり、家を出た一部始終だ。

 ぽつぽつと語る俺の言葉を、カナメは取りこぼさないようにしっかりと聞いてくれた。静かに口を挟まず、俺の目をきちんと見て。

 それが、どれほど心に安堵と勇気を与えてくれたことか。

 長年の俺の憂慮を払って、光をくれたカナメなら、きっと大丈夫だと。


 内情をすべてを打ち明け終え、俺ははーっと息を吐いた。両肩にのしかかっていた重苦しいものから、解放されたような気分だった。

 カナメが自分の過去を話してくれた時も、こんな心持ちだったのだろうか。

 当のカナメはというと、そっと口元で手を組むと、かすかに俯きながら唸った。


「ヒースさんのお父様、ヤンデレェ……」

「ヤ……?」

「いえ、すみません、何でもないです。お父様はお母様を、かなり大切になさってたんですね」

「ああ。子供心にも、執着心が凄くて大丈夫かと思うくらいにはね。どうにも代々愛が重い家系らしくて。お爺様も、お婆様を離さなかったとかなんとか……。って、恥ずかしいな。母の気持ちを、蔑ろにしてるんじゃないのかってところも、嫌だなと思って反発があったんだけど」


 普段、寡黙で恐ろしいとされる父が、母の前では形無しで。人目を気にせず、母に熱い視線を送り、口説き文句を囁いていたのを思い出すと、これが本当に鬼の騎士団長なのか?って気分でもあるが。

 母は、楚々とした笑みで、それを淡々ととかわしていた。

 あまり表に出ることもなく、あんな風に籠の鳥の如く父に囲われて、自由を奪われて、さぞかし苦労しているのではなかろうか。


「でも、お母様の気持ちはどうだったんですかね。ヒースさんは尋ねたことないんでしょう?」

「え?」

「愛の形は人の数だけあるから、傍から見てどれだけおかしいという関係性でも、本人たちが納得して笑っていられるのであれば、それは幸せの一つなんだと思うんですよ。うちの母みたいに」


 カナメは、困ったように笑った。話を聞く限り、彼女の実の母親は、どうにも報われない愛情を父親に抱いていたらしい。

 でも、カナメはそれを、不幸だとは言わなかった。


 何とはなしに、俺が小さかった頃の母を思い出す。父のことを仕方のない人だと、呆れながら笑っていられる、度量のある人だった。威厳のある父を、堂々と叱る強い人だった。


「愛情って、本当にままならないですよね」


 それに、と続けて、カナメはまだ何か腑に落ちないところがあるのか、うーんと唸って首を傾げている。


「……今から言うことは、単純な一般論として流していただいて結構なんですけど」

「うん」

「さっきもシリウスさんの話を聞いてちょっと違和感があったんですが、ヒースさんのお父様の愛情の傾向からして、ヒースさんのことも蔑ろにするっていうのは、考えづらいんですよね。実際放置していたので、情状酌量の余地はないにしても」

「……え?」

「だって、執着強すぎるほどに愛しているお母様と自分の、愛の結晶たる息子ですよ? 目に入れても痛くないくらい可愛いでしょうよ。一番は、お母様が不動だとしても」

「しかし、俺が母を害したせいで、どうでもよくなったのかもしれないし……」


 はは、と力なく笑う。

 幼い頃は、父が大好きで、憧れで、目標だったはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。


「そうは言いますけど、わざわざヒースさんは領地にいるって、ずっと不在を偽っているんでしょう? 侯爵家という大きな権力と財力があって、家出少年のヒースさんを探し出せないなんてこと、あるんでしょうか?」

「……それは、きっと探す必要がないと思ったからで」


 長男が学園から行方知れずになったなんて、家の恥でしかない。

 ただ、痕跡を残したつもりはないが、あまりに衝動が過ぎたので、後を濁しすぎた気はする。

 後を追う気になれば、なれただろう。

 でも、何もなかった。俺はそれこそが父の意思なのだと受け取っていた。


「なら、どうして後継をまだ決めていないんでしょうかね。優秀な弟さんがいるっていうお話なのに」

「……」

「色々と聞きかじったピースを繋ぎ合わせると、やっぱりどこかちぐはぐだなあって思うんですよ」


 そこは、俺にもわからないところだ。父の意図が、全く見えない。


「私には、ヒースさんが自分の足で戻ってくるのを、待っているように感じられるんです。もしかして、お父様もどうヒースさんに接していいのか、わからなくなっちゃったんじゃないのかなあ……。言葉が足りていなくて、すれ違いがある気がしないでもなく」

「そんな馬鹿な……」

「とは言いますけどね、うちの父もそんな感じでしたし。男親って、本当にどうしようもないんですよ!! 言葉って、伝わらなければ意味がないんですし、本当の想いだって、口にしなければわからないんですから」


 拳を固く握って、物凄く実感のこもった力説をされた。

 確か、カナメの父親も、母親が亡くなったと同時に、カナメを持て余したと言っていたな。

 でも、言葉が足りていないのは、確かかもしれない。

 父とまともな会話をしたのは、果たしていつが最後だったのか……。

 あの時は、父からいらないと直接言われるのが恐くて、おのずと会わないように避けていた気もする。

 父も父で、言葉の上手い人ではなかったし、騎士団長として忙しくしていたから。


 ――不思議だ。

 そう思えるようになったのは、正しく歳を重ねたからだろうか。それとも、隣にカナメがいてくれるからだろうか。


「とはいえ、ヒースさんが嫌だと思ったら、別にご家族に会う必要はないと私は思います」

「うん? シリウス様とは真逆のことを言うんだな、カナメは」

「だって、いくら事情があるとはいえ、幼いヒースさんが傷ついたことに、変わりはないんですから。許すも許さないも、ヒースさんの心のままにするのが一番です。ただ、一生引きずって気になるくらいなら、すっきりはっきりさせておいたほうがいいと思います」


 後悔ができたとしても、私は二度と会うことができませんからと、カナメは寂し気に笑う。

 そんな風に笑わないで欲しくて、俺は思わずテーブルの上にあったカナメの手に、掌を重ねていた。

 カナメは一瞬きょとんと目を瞬かせていたけれども、すぐに真剣な眼差しで俺を見つめた。


「大丈夫ですよ。頼りにならないかもですけど、何があっても私がついています。 ヒースさんは、一人じゃないです。だって、ヒースさんが私にそう教えてくれたんですから」


 満面の笑顔を見せて、カナメはとんと胸を叩く。

 それを、酷く頼もしいと、愛おしいと思った。

 互いの掌から伝わる体温が、熱くて心地よい。心が、とくんと快い音を立てる。

 この手を、放したくないと強く強く希う。 

 ≪調律(ヴォイシング)≫が終わった後に、感じていた奇跡にも似た思慕。全てを包み込んでくれるような、カナメの優しさが沁み入って。


「……うん、ありがとう。最高に頼もしいよ。カナメに聞いてもらえてよかった」


 今なら断言できる。何のためにカナメが『マリステラ』へと墜ちてきたのか。

 それはきっと、自分のためだ。なんて、自惚れにもほどがあるかもしれないけれども。


 ――ああ、カナメのことが好きだ。


 染み入るように実感した。







やっとヒースさんが自覚してくれました!要の自覚がなかなか遠い……。恋愛色が薄めですみません。


そういえばお話が50話超えてました!

これも読者様が読んでくださるおかげです。いつも閲覧、ブクマ、評価ありがとうございます!


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