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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
調律

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51/130

51.冒険者は過去を振り返る・1


ヒースさんのお話です




 あれこれカナメと話をまとめると、シュヴァリエの二人は慌しく戻っていった。

 よもや、こんなところでシリウス様と会おうとは……。ああ、気が重かった。あまりにも不意打ち過ぎて、心の準備が間に合わなかった。

 はあと息をつくと、全身から力が抜けていくようだった。かなり緊張をしていたのが、嫌でもわかる。


「お疲れ様です、ヒースさん。お付き合いくださってありがとうございました」

「カナメも、お疲れ。いや、俺は全然役に立っていなかったけど」

「結構遅くなっちゃいましたし、リオナさんが泊まっていけって。お夕飯の後、毛布を用意しますね」

「ああ、それは助かる」


 たまにではあるが、魔女の屋敷に逗留させてもらうとき、俺の定位置はリビングのソファーだ。唯一ある客室は、現在カナメの私室になっているので、押し問答の末こうなった。外に放り出されて野宿より圧倒的に待遇がいいし、気難しい魔女殿の家に泊まらせてもらえるだけでもありがたいので文句もない。


 色々聞きたいこともあるだろうに、カナメはそんな様子は露とも見せない。にこりと笑って変わらずに「ヒースさん」と呼んでくれる。それが、とても嬉しい。


「さて、と。そろそろお夕飯の準備をしなくちゃ。今日はヒースさんがいるから、腕によりをかけますね。何か食べたいものはありますか? あっ、早速お米食べてみます? でも、ご飯の匂いって、人によっては受け付けない場合もあるからなあ……」

「カナメ」

「はい?」


 喋りながらキッチンへと向かおうとしていたカナメを、引き留める。

 シリウス様がやって来て、俺の素性が少し明かされてしまって。

 でも、きっとこれが良い機会なんだろうなと思った。


「……夕食を食べたら、聞いてもらいたいことがある」

「わかりました」




* * *




 相変わらず絶品の夕飯をいただいてから、俺とカナメはソファに腰かけた。

 俺のただならぬ空気を察してか、魔女殿はすぐに自室に引っ込んでくれた。この人には、言わなくとも俺の事情をあれこれ見通されているような気がする。情報網がハンパないからな……。ただ、「ガンバレ♡」なんてウィンクしていたので、勘違いしている可能性も高い。


 カナメの淹れてくれたお茶を啜って、俺は口火を切った。


「改めて、俺はヒースクリフ・ミスティオと言う。風のミスティオ侯爵家の長男として生まれた。ただ前にも話したと思うが、既に家は出ているので、単なる冒険者のヒースのつもりでいた……んだけどなあ」


 おかしいなあ。ついついがくりと首を垂れる。そんな俺を見て、カナメはふふふと喉を鳴らした。

 まさか、完全に袂を分かったとばかり思っていた家から、除籍されていないとは。シリウス様が言うのだから、間違いないのだろうけれど。

 てっきり、父は、出奔した俺を見捨てたものだとばかり思っていたのに。


 ミスティオは、代々騎士団長を担い、強大な風の魔法を駆使しながら剣を振るう武の一族だ。

 そんな一族の嫡男だった俺は、カナメの≪調律(ヴォイシング)≫を受けるまで、魔力が少ないという認識だった。


「ゆっくりでいいので、聞かせてください。ヒースさんのこと」

「……ああ、聞いて欲しい」


 では、家を一人飛び出した冒険者の昔話をしよう。









 ミスティオの家は、母を溺愛する騎士団長の父と、母、俺、そして5歳離れた弟の四人家族で、貴族の家としてはそれなりな日々を過ごしていた。

 父の後を継いで騎士団長になるべく、俺は勉学と鍛錬に勤しみ、言葉の少ない父にも褒められていた。「頑張ったな」と言って、父の大きく頼もしい手が幼い俺の頭をぐりぐりと撫でてくれるのが、とても好きだった。

 笑顔の絶えない、順風満帆で円満な家庭だったのだ。


 ――それが崩れたのは、俺が8歳の時。

 少しばかり早かった俺の魔力開花と共に、母が突然倒れた。

 特に病弱でもなく、持病もないので、その場は単に疲労がたまっていたのだろうと結論付けられた。


 ただ、それが2度、3度と続けば、おかしいと思うようにもなる。

 毎回というほどではないものの、俺の側でだけ顔色を悪くして、母は何度も崩れ落ちるようになった。

 原因は、魔力枯渇。

 そう、今ならば、俺が母から魔力を無意識に吸っていたのだとわかる。母と息子ならば、他人に比べると魔力の相性も良かったのだろう。

 だが、そんなことを知らない当時は、何故母にだけこのような出来事が起きるのか不明だった。

 神殿から魔力量を測る魔道具を借りてきても、俺の魔力状態はごく平凡な数値を維持したまま変わらない。

 けれども、俺が傍にいるときだけ、魔力枯渇状態で母は倒れてしまう。魔力に増減があれば、魔道具の数値に変動が起きるはずなのに、だ。

 当時の混乱は、あまりにも激しかった。

 医師も神官も、最後の頼みの綱だった塔の魔法師長さえも首を振り、誰も彼もがお手上げ状態。

 最終的に父がとった策は、母の隔離、軟禁だった。


 父は、母をこれでもかと愛していた。

 それこそ、意図的ではないにせよ、明らかに母を害そうとしている実の息子に、激しい敵意を向けるくらいには。

 もし母が倒れたまま帰らぬ人となったら、きっと俺は父の刃の錆になっていたに違いない。

 母は父にあれこれ進言してくれたらしいものの、普段母に甘い父も、これに関しては頑なに聞く耳を持たなかった。

 それほどまでに、母は度重なる魔力枯渇で衰弱していたのだ。

 ろくろく話をすることもできず、知らぬ間に母は父に攫われていった。


「大丈夫だから。ヒースは気にしたら駄目よ」


 気が動転して蒼褪めている俺を心配した母が、真っ白な顔で微かに笑む。俺なんかより、自分の方がよっぽど大変なくせに。たおやかな掌で、俺の頬を優しく撫でてくれたのが、脳裏に印象強く根付いている。

 眼裏に浮かぶ俺にとっての母は、そんな弱った姿で塗りつぶされていた。


 母はまだ幼児の弟と共に、離れへと囲われた。父も当然、そちらに足を向ける。隔離されて、母の体調は少しずつ戻ってきたらしいが、結局本館で暮らすのは、自分だけになった。幸いにも使用人たちは俺によくしてくれ、何かと世話を焼いてくれたので、不自由になることもなかった。


 父の束縛もあり、母は離れから出てくることはない。そこは、あたかも綺麗な檻のように俺の目に映った。

 なのに、庭に出て眺める離れの灯りはあたたかで、賑やかな声も響いてくる時もある。

 どうして、自分だけがそこにいないのだろう。

 父に褒められたかった。母に抱きしめて欲しかった。弟と一緒に遊びたかった。

 何度も唇を噛みしめたのを、俺は今も鮮明に覚えている。


 嫡男として自立を始めていたが、まだまだ人恋しく寂しい多感な時期に、俺は実質父に見捨てられてしまったも同然だった。

 風のミスティオ侯爵家の家に生まれたにしては、圧倒的に少ない魔力も、俺の心にダメージを与えた。


 そうして、12の時、俺は王立学園の騎士科へ、逃げるように入学した。

 全寮制であることに、これほどまでに感謝したことはない。同年代の友人たちとの交流は、愛情に飢えていた俺の心をわずかに慰めた。

 ただ、母の昏倒が、俺に幾ばくかのトラウマを与えたらしい。

 俺の傍にいたら、また誰か倒れるのではないか。体調を崩すのではないか。そんな不安に苛まれ、俺は不安定になっていた。

 結局のところ杞憂であったものの、どうにも女性が苦手になっていた。弱々しい母の姿が、脳裏をちらついたからだ。


 学園では、ミスティオ侯爵家の名を背負っていたのもあり、王太子殿下やシリウス先輩たちと親睦を深める機会に恵まれた。いずれは父のように騎士として国を支えるべく、俺はがむしゃらに己を磨くことに専心していた。

 けれども、思春期の少年少女が集まれば、侯爵家という目立つ杭にとって、小さな瑕疵でも話題の的になる。

 騎士団長の息子のくせに魔力が少ない、騎士団長から長男の話題が出ない、弟のほうが優秀らしいなどという噂や悪口は、面白おかしく学園にはびこっていた。

 事実、弟――シグムントは父と母に愛され、魔力も多く、ミスティオ侯爵家の名にふさわしくめきめきと頭角を現しているのだそうだ。将来が楽しみだとか。

 母が離れに移ってから、エルザという愛らしい妹も生まれていたので、侯爵家は安泰だなんて、囁かれている。

 俺とは、全然違う。


「噂など気にするな。私は、クリフがどれだけ努力しているか、きちんと知っているからね」

「殿下の言う通りだ。囀りに耳を傾けるだけ、時間の無駄さ。お前が一番殿下の護衛として頼りになるのは、火を見るよりも明らかだ」


 殿下もシリウス様も、そう穏やかに言ってくれたけれども、俺は俺が一番信用できなかった。

 わけもわからず母の身を脅かし。

 父に見限られ、魔力も少なく。

 剣の腕だって、特筆しすぎるということもない。



 ――家の害にしかならない俺に、果たして価値などあるのだろうか。






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