48.王城への招聘を受ける元社畜
シリウスさんとユエルさんは、ほっと表情を緩めた後、私に頭を深々と下げてきた。
「……っ、ありがとう!」
「カナメ嬢の善意に感謝を。貴女の負担にならないよう、我々も尽力致します」
「わわわ、頭を上げてください!」
貴族って、そんなに簡単に頭下げたらダメなんじゃなかったっけ!?こっちが恐縮しちゃうよ。
でも、それが彼らの心からの誠意の現れだというのは、良く伝わってきた。特にユエルさんは、元日本人なわけだし。
「宰相補佐、あんまり要を働かせすぎないでね。根を詰めまくって仕事して、挙句の果てに倒れるから、この子」
「社畜根性……。ああ、なるほど、それで元社畜なんていう謎の称号が」
「それは、私にも突き刺さる言葉だな……。肝に銘じます」
ああ、ユエルさんにまで社畜と言われてしまった。前科者故に、私はごめんなさーいと肩を竦めるほかない。
ちょっとだけ居心地悪そうにしたシリウスさんとは、どこか通じるところがあるのが唯一の救いかもしれない。
そんな私と同じ匂いのするシリウスさんは、改めてテーブルの上で指を組むと、先ほど以上に真剣な面持ちで、私に懇願の眼差しを向けてきた。
「それで、カナメ嬢の≪調律≫が最近目覚めたばかりなのを承知の上で、早速の話になって申し訳ないのですが、早急にその力を借りたいお方がいます」
「え?」
いや、本当に仕事が早いなと思いつつ、私もシリウスさんのぴしっとした声につられて居住まいを正す。
宰相補佐なんていう肩書を持つシリウスさんが、「お方」なんて敬語を使う人、結構なご身分なのでは?
私はごくりと息を呑む。嫌な予感しかしない。背中に、冷や汗が流れる。
「……実は、ラインハルト王太子殿下のご子息、レオニード殿下が、重い魔力瑕疵を患っているのが発覚したのです」
「王太子殿下……って、は?」
私は目を見開いた。いや、私だけじゃない。リオナさんも、ヒースさんもだ。
馴染みのない単語だけど、王太子っていうのは、次代の王として指名を受けた後継者ってことだよね?
ええー!?まさかの王族対応ですか!?
「え、っと、私本当にまだヒースさんにしか≪調律≫したことないんですけど、いきなりそんなビッグネームに処置して、大丈夫ですかね……?」
私は、おずおず尋ねた。
ヒースさんへの対応がおかしかったとか、実験台みたいなあれそれは絶対にないんだけど、さすがにここにきて王族とか言われちゃうと、ちょっと腰が引けてしまう。
だって、私マナーも何もなってないんですけど!?異世界転移してきただけの、一般庶民だよ!?
「……ヒースクリフが≪調律≫を受けた、ですか? ……ああ、確かに驚異的なほど、魔力が大きくなっているようですね」
私の一言に引っかかるところがあったようで、魔力を視たシリウスさんが、柳眉をつりあげてヒースさんを見やる。
きまりが悪そうなヒースさんは、それでもこくりと頷いた。
「はい。自分でもわからなかったのですが、カナメ曰く、どうやら器や回路に穴だの栓だのあったようで。完治はしたものの、念のため魔力視による経過観察は受けています」
「詳細は省きますが、奇跡的なバランスで、ヒースさんの魔力は成り立っていたんですよ」
「道理で……」
「そういえば、シリウスさんは、ヒースさんとお知り合いなんですね?」
流れで、私は気になっていたことを尋ねてみた。
「ええ。歳は少し離れていますが、王立学園の騎士科時代の先輩後輩に当たります」
「騎士!? 文官じゃなくてですか!?」
「ふふ。よく言われます。シュヴァリエの家訓で、代々うちの男は騎士科に行くんですよ。こう見えて、騎士団の副団長を拝命していた時期もあります」
今は宰相の父親の後を継ぐべく、宰相室にいますがとシリウスさんは苦笑した。副団長ってことは、剣の腕も相当なものじゃなかろうか。
一分の隙もなくびしっとスーツを決め、眼鏡をかけたインテリ系で、どう見ても文系って感じなのに、体育会系で育ってきているのか。ギャップ凄いな。
何でも、数代前の宰相が暗殺されたらしく、それを受けた後継ぎの方が『誰かに守られているだけでは駄目だ。自分一人でも、暗殺者に対処できるくらいにならなければ』と、一念発起したのが家訓の始まりなのだとか。あ、その辺は脳筋ぽい。
シリウスさんが、付与調律師のクラスに目覚めたのは、ヒースさんが学園から消えた後だったんだって。間が悪過ぎる。
もしもを想像するのは詮無いけれども、ヒースさんの魔力異常が学生時代にわかっていたら、違う未来もあったのだろうか。
こうやって冒険者やってるヒースさんと出会わない未来なんて、あんまり想像できないけど。
「ミスティオ侯爵家は、騎士の家系でして。王太子殿下の側近として、ゆくゆくは宰相の私、騎士団長のヒースクリフで文武を固め、国を導いていくはずだったのですが……。まあその前に、突然こいつが勝手に出奔しまして」
「うっ……その節は、ご迷惑を……」
「まったく……殿下もたいそう心配なさっていたんだぞ。杳として行方が知れなかったから、元気そうで何よりではある。お前のことだ、無事だろうとは思っていたがな。一度、殿下にもきっちり詫びろよ」
俯きがちなヒースさんは、唇を噛み締めた。
言葉も厳しいし、憤りもあるのだろうし、諭すような態度をシリウスさんはする。
けれども、その瞳は、わずかに和らいでいて、ヒースさんの無事な姿を喜んでいるのだなあというのが伝わってくる。
可愛がっていた(と思われる)後輩が、突如何も言わずに行方不明になって、思いもよらぬところで再会したら、そりゃあ皮肉の一つも言いたくなるでしょうよね。
悩みがあったのなら、何故頼ってくれなかったのか。話してくれなかったのが。力になれることはなかったのか。悔しいだろう。
ヒースさんもそれがわかっているから、甘んじて苦言を受けているのだ。
「……ただ、もう俺は、ヒースクリフ・ミスティオではなく、一冒険者のヒースです。廃嫡されているでしょうし、殿下に顔を合わせられるだけの身分は……」
「何を言っているんだ」
「え?」
「ミスティオ侯爵家から、お前が廃嫡処分されたなどという話は挙がっていない。むしろ、ずっとヒースクリフは療養で領地に籠っているという体を取っているくらいだぞ。俺と殿下は、お前に限ってそんなわけあるかと話していたが。それに、あそこはまだ後継者を定めていない。お前はまだ、ミスティオ侯爵家嫡男のヒースクリフのままだ」
「……え? だって、シグムントやエルザは……?」
シリウスさんからもたらされた情報に、ヒースさんは愕然としている。
王族ならともかく、領地以外の貴族の内情なんて、そうそう庶民には流れてこないものね。ヒースさんが知らなくても当たり前だ。
何だろうなあ、小耳に挟んでいるだけでも、行き違いが発生しているような気がひしひしとするんだけど。
シリウスさんは、憮然とため息をついた。
「ミスティオ侯爵家の事情は知らないが、一度きちんと騎士団長と話をしたほうがいい。老婆心だがな」
「……」
俯いたままヒースさんは、シリウスさんの言葉に耳を傾けているだけ。
この間から、その身に降りかかってきている思いもよらぬ話を、整理しているのだと思う。
膝の上に置かれた手は、硬く握りしめられていた。
黙りこくったヒースさんから視線を外し、シリウスさんはにこりと私に微笑みかけた。
「そういうわけで、こちらの受け入れ態勢が整い次第、カナメ嬢には王宮にあがっていただきたい。数日中に、改めてユエルがお迎えに参ります」
「王宮ですか!? 早すぎません!? 無理すぎません!? マナーとか服とか心の準備とか、何一つできてないんですけど」
「大丈夫大丈夫。その辺はすべて、シュヴァリエがバックアップするから」
「王太子殿下も、気さくなお方です。それに、レオニード殿下の治療のためにおいでくださる『界渡人』に、厳しくマナーを求めたりなどしませんよ」
「こういうのは、さくっと終わらせちゃった方が気が楽だって」
そんな予防注射みたいなこと言って!
シリウスさんとユエルさんの波状攻撃に、私はちょっと涙目だ。
「ひっ、一人だと心細いんですけど!?」
苦肉の策で、私はリオナさんとヒースさんに助けを求めた。
リオナさんは、しらーっと視線を逸らす。
「私はパス。魔女が王城にほいほい出入りするなんて、どんな悪夢よお」
「以前、魔女様は当時の王とお目通りしたことがあると、歴史書に記載されておりますが」
「それ、何百年前の話よ……」
「……ヒ、ヒースさぁん」
リオナさんは、当てにならない!
私はヒースさんに縋るほかなかった。ヒースさんもヒースさんなりの都合があるのはわかっているけど、私も背に腹は代えられないのです。
あんまりにも私が憐れみを誘っていたからか、ヒースさんは息を吐くと、小さく笑いかけてくれた。
「……わかった。一冒険者の護衛としてでよければ、付き添おう」
「ありがとうございます!!」
「なら、ヒースクリフ様の衣装も、こちらで用意しますね。わー、腕が鳴るわね」
「ありがとうございます、ユエル様。ほどほどで……」
きゃっと両手を合わせるユエルさんは、実に楽しげだ。こっちからすると、イベントごとじゃないんだけどなあ。
本当、ほどほどにして欲しいですね……。私とヒースさんは、諦め気味にそっと視線を交わし合った。
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