表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
調律

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/130

47.元社畜は決意する



「ユエルさんが、転生型の『界渡人(わたりびと)』……」


 私の呆然とした呟きに、ユエルさんは悪戯が成功したとでも言わんばかりに瞳を細めた。


「そう。私が把握している限りだと、今この世界に『界渡人』と呼ばれる人間は3人いるの。私と貴女、そして隣国の聖女。全員日本人よ」

「ええ!? そんなに!?」

「どうやら、日本人はこちらと魂の親和性が、高すぎるらしいのよ……。もちろん、他の人種もいるんだけどね。パンを広めたのは、フランス人の『界渡人』みたいだったし」


 おお。ふかふかのパンが食べられるのは、その人のおかげか。ありがたや。

 そういえば、醤油を作ったミクラのお爺様も日本人だなあ。どちらも、既に鬼籍に入っているとのことだが。


 転生型の場合、いわゆる前世の記憶を取り戻せるかどうかは、さすがに原理が解明されていないらしく、魂が地球産だとしても、必ずしも思い出せるわけじゃないんだとか。


「同郷の私と、同ハイレアクラス持ちのシリウスがいて、闇の女神と関わり合いの深いシュヴァリエ侯爵家と三拍子揃っているから、何かあっても迅速に対処がしやすいってわけ」

「……確かに」

「それだとシュヴァリエに『界渡人』が集中しすぎて、利のバランスがーとかって、元老院の狸爺あたりから、とやかく言われない?」

「そこは根回し次第ですね。黙らせますよ。闇の女神の愛し子を、当家が保護しないとでも?」


 リオナさんからのツッコミに、シリウスさんは自信ありげにうっすらと微笑む。

 うわ、恐い。室温ちょっと下がった気がする。歴戦の強者って感じ。


 ユエルさんの言い分は、理にかなっている。

 が、権力闘争みたいな話を聞いてしまうと、ちょっとばかり尻込みしちゃうなあ。


「それで、一番大事なことを聞くけれど、カナメ自身はどうしたい?」

「どう、とは」


 紅茶で喉を潤してから、ユエルさんが私に水を向けてくる。


「このまま、魔女様の庇護を受けてここで暮らすも良し、我々の後見を受けて王都に行くも良し。強制をするつもりは、国としても元よりありません。話を伺うに、貴女は穏やかにここで暮らせているようですしね。ただ、もし叶うのであれば、カナメ嬢の≪調律(ヴォイシング)≫の力をお貸しいただきたい。そのために、今日我々は足を運んだようなものでしてね」


 この世界において、他人の魔力に介入でき、魔力疾患を癒すことのできるただ一つのクラス、付与調律師(ヴォイサー)

 国としても、≪調律≫は喉から手が出るほど欲しいスキルだろう。


「実は私も、魔力に瑕疵を負っていて、死にかけた身だから。そういった魔力に問題がある人を助けられるのであれば、助けてあげてほしいというのが本音。貴女の持つ≪調律≫の力は、それほど絶大なのよ。でも、だからこそ、私たちは貴女の意思を尊重したいわ」


 ユエルさんは、力なく笑った。

 意外だ。魔力を視る限り、膨大な器を持ち、制御も完璧なユエルさんに、魔力疾患があったとは。

 ユエルさんの場合、魔力が開花する歳頃になっても、一向に花開かないでいたらしい。代々魔法師団長を輩出している魔法の名門一家において、それはさぞかし辛かっただろう。

 結局、ユエルさんの前世の記憶を抑えるのに全魔力が使われていて、馬車に引かれそうになったのを引き金に、封印が解かれたのだとか。まさかのトラ転の影響がこんなところに。


「魔力開花っていうか、むしろ魔力暴走が起きて大変なことになったのよね。私の部屋、氷漬けでヤバかったらしくて。それを抑えてくれたのが、付与調律師だったシリウス兄様なの」

「兄様」

「……っと。私の実の兄とシリウス兄様は仲が良くて、昔から家に遊びに来てくれて、ずっと兄様って呼んでいたから、たまに出ちゃうの」


 てへ、とユエルさんは小さく舌を出す。かわいい。

 つまり、お二人は幼馴染で結婚したってことになるのかな?素敵だなあ。


「あれ、でも、シリウスさんの≪調律≫って、確か限定的にしか使えないってお伺いしたんですけど……。ユエルさんには使えたんですか?」

「……ぐっ」

「あ、そこまでリオナさん、バラしていたんだ?」

「むしろ、要に隠す必要はないでしょうよ。付与調律師の当事者よ」

「ごもっとも」


 はて。どういう条件なんだろう。

 私の疑問に、シリウスさんが言葉を詰まらせ、気まずげに視線を逸らした。

 あれ、なんかちょっと照れている?頬が少し赤みを帯びている気がする。

 すると、固く口を閉ざすシリウスさんに代わってか、ユエルさんが苦笑してみせた。


「ええと、シリウス兄様の場合、自分の体液を相手の体内に介さないと、他人の魔力を動かせなくて」

「体液」

「要するに、血液とか唾液とか?」

「…………」

「…………」

「それ何てエロゲ!?」

「絶対ツッコんでくれると思ってた!!」


 ユエルさんは、手を叩いてけらけらと笑っている。他の人たちはぽかーんとしているけれども、ネットスラングが通じるのは、日本人ならではでちょっと嬉しいな。

 ユエルさん、もしかして同世代なのかもなあ。マリステラと地球の時間感覚はどうなってんだって話だけど。


 ははあ、なるほどなるほど。だから、ユエルさんにだけは、≪調律≫を使えたのか。

 魔力治療するのに口づけしなくちゃならないのは(しかもお察しするに、ディープなやつ)、いくら治療のためとはいっても無理だよねえ。

 しかも、建国から続く侯爵家の一角の次期当主なんていう高貴な家柄の方だから、逆手に取られる可能性もあるわけだし、余計に厳しかろう。

 治療と称して唇を奪ったのだからと、相手に結婚を迫られたりでもしたら、目も当てられない。逆に、セクハラ扱いもされかねないわけだし。

 かといって、血を飲ませるわけにもいかないだろうし……ううむ、センシティブ。


 なかなかにハードモードなのもあって、シリウスさんが付与調律師のクラス持ちだという事実は、一部の人間以外には秘匿されているらしい。そりゃそうだよね。

 スキルが使えない分、シリウスさんは魔力疾患の人たちにかなりの支援をしているとのこと。


「そ、そういうわけで、俺がふがいないばかりに、カナメ嬢一人に押し付けるような形になってしまってすまないのだが……」


 場の空気を戻すように、シリウスさんがこほんと咳ばらいをする。しどろもどろになっているので、動揺しているのだろうなあ。さっきヒースさんに対しても口調が崩れてたけど、普段俺って言っているようなので意外だ。

 単なる発動条件の問題であって、シリウスさんのせいじゃ決してない。力があるのに使えないなんて、彼の立場としても普通に気まずいし、歯がゆいだろう。

 私とて、口づけしないと≪調律≫は使えません、なんて条件が課されたら、いくら人助けだとしても安易に他人に使ったりはできない。人工呼吸といえども、不特定多数に対して行うには、さすがに限度がある。治療が一度だけで済むとも限らないのだし。


 私はそこまで考えて、背筋をピンと伸ばし、二人に向き直った。


「……そうですね。私は、リオナさんの元でお世話になって、魔石を作ったり、薬を作ったり、ご飯を作ったりしてゆったりした生活を営みながら、この世界で自分のやりたいことを見つけていこうって決めたんです」


 ずっと、何かに取りつかれたようにあくせく働いて、身体と心の疲れに見て見ぬ振りをし続けてきた。

 けれども、巻き込まれるがままにこの世界に来て、リオナさんとヒースさんに良くしてもらえて、私はようやく息を付けた気がしたから。

 私の意思を尊重したいと言ってくれたユエルさんやシリウスさんなら、きっとこのスローライフ状態を続けたとしても、そっとしておいてくれるに違いない。


 私は、さっきから黙りこくったまま、静かに話を聞いているヒースさんを見やる。

 器に問題が発覚して、≪調律≫で魔力を整えて。その身の在り方を正しい形に戻したときの、ヒースさんの静かな慟哭と歓喜を、私は既に身をもって知っている。奇跡的なバランスあってこそで、一歩間違えれば、ヒースさんと私は出会えなかったかもしれない。

 だから、すとんと素直に胸に落ちたのだろう。


 至極患者が多いわけでもないが、治療手段が確立されておらず、場合によっては死に至る魔力の瑕疵。

 時魔石と天魔石の時と同じだ。私だけが使えるスキルでは、場当たり的な対処にしかならない。これは、アイオン王国にとって諸刃の剣でもある。

 すべての人に手を差し伸べるなんて、救おうだなんて、土台無理な話だとわかってはいるけれども。


 それを治せる唯一の手段を、私がもっているのなら。


「――でも、どこまでできるかはわかりませんが、付与調律師として協力は惜しみません」


 真っ直ぐ視線を返し、私は一つ頷いた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ