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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
調律

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44/130

44.元社畜のための移動手段



 リオナさんの指先から作られた風の蝶。風魔法の≪伝言(メッセージ)≫は、ひらりとどこかに飛んでいった。


「これで中央に連絡が届いているわ。とはいえ、そうそうすぐにも来ないから、どーんと構えてのんびりしていなさいな」

「場所が場所だからなあ……」

「僻地……」

「うるさいなあ、いいところじゃない、ヴェルガーの森!!」


 いいところはいいところだし、住めば都というくらいには好きだけど、普通に不便なんだよね。




* * *




 そんなこんなで、シリアスな雰囲気から拍子抜けして1週間が経った。

 リオナさんが宣言した通り、中央の人員は派遣されては来ず、のどかな日々を送っている。


 普通に考えて、王都からユノ子爵領まで、どう頑張って馬を走らせたとて5日はかかる。

 リオナさんが何を伝達したのかまでは知らないけれども、中央側だって事前調査だの人員の選別だのなんだの、やることもあるだろう。

 おかげさまで、緊張感はすっかりほどけた。


 それ以上に、私に遊び道具が届いて、そっちに意識が向いたというのも大きい。


「お待たせ。できあがったそうだよ」


 ヒースさんが、収納鞄(アイテムボックス)から大きな荷物を取り出した。

 わざわざお遣いをお願いして、手元に持ってきてもらったのは、以前頼んでおいた移動手段——キックスケーターもどきである。

 もどきと呼んだのは、実際のキックスケーターと違い車輪はなく、アクセルやブレーキもなく、全体デザインが少々太めになっているからだ。あんまりにも細いと、足が疲れそうなのでね……。


「わぁ、すごい! しかもめちゃくちゃ軽いのに、そこそこ硬度もある!」

「スライム素材やらアラクネの硬化液やらと組み合わせて、あれこれ試行錯誤していたらしい」

「親方サイコー!」


 想像以上の出来に、私はきゃっきゃと思わずはしゃいでしまった。

 私の素描と、素人考えな要求と説明で、よくこれだけの製品を作れたものである。大変だっただろうけれども、素直にプロに任せてよかった。

 異世界の金属とかさっぱりなので、素材は全てお任せ。強度がありつつも、持ち運びしやすいように軽くしてくださいという私の要望に、きっちり答えてくれている。

 それでいて、私のへたくそな素描を元にしたとは思えないほど、デザインがシャープでかっこいい。

 ちなみに椅子付きで、折り畳みまでできる優れものである。


「それにしても、不思議な形状だなあ。本当にこれが乗り物になるのか?」

「このままでは、乗り物にはできないですね」


 ヒースさんが首を傾げて尋ねてくる。

 普段馬や馬車を利用している人には、確かに見慣れないだろう。このままだと、単なる板の組み合わせみたいな状態だ。車輪もついていないわけだし。


「そこで私の付与魔法(エンチャント)です」

「ああ、そういえば……」


 ヒースさんが若干遠い目をした。脳筋戦法って言われたの、忘れてないですからね!


 さて、ここからが私の出番だ。

 まず、両のハンドルバーに設置してもらった穴に、風の魔石を設置する。これがいわゆるエンジン部分に接続する。

 左の魔石に魔力を付与し、魔石に注がれている魔力を引っ張り出して、私は指先で回路を引き始めた。

 既にお馴染みの魔力回路(パス)とは、いわゆる魔力の流れの指示のようなものだ。

 私はキックスケーターをひっくり返して、デッキの裏中央で指を止める。


「≪付与・浮遊(エンチャント・ホバー)≫」


 デッキの裏に、中級風魔法の≪浮遊≫を付与する。基本、30cmくらいの高度を保てるくらいに設定する。勿論、ある程度、魔力で高さはコントロールできるようにする。

 そもそもタイヤを設置しなかったのは、浮かせて代用を考えていたからだ。舗装されていないので、道がガタガタだからね。馬車くらいの大きさの車輪ならともかく、小さな車輪では危なさ過ぎる。


 再びキックスケーターを起こして、今度はハンドルの右の魔石に魔力を付与し、ぐるりとリア部分まで回路を引く。

 リア部分には、タイヤの代わりに制動装置用の板を付けてもらっている。これが、噴射推進部を担う。


「≪付与・(エンチャント・)舞風(ウィンドダンス)≫」


 おなじみ≪舞風≫で後方に向けて風を起こし、推進力で前方へと動かす機構だ。


 基本的には、魔石は魔力の注ぎ具合で、≪浮遊≫と≪舞風≫へ繋がる回路を制御し、アクセルとブレーキの役割を行う。ごくごく単純な仕組みだ。

 多少条件制御を入れているので、私の引いた回路は、魔法陣と呼ぶよりむしろフローチャートみたいになっていて、可笑しくなってしまった。うーん、職業病。


 あと、絶対に忘れちゃいけないのが防御。

 何せ異世界なので、魔物やら魔獣やらが出るんですよ。平気で突進してくるんですよ。当たり屋か。

 そういった不慮の衝突事故を防ぐために、中央のハンドルバーには、魔石を挿入できる穴を複数用意してもらっている。


 そのうちの一つに魔石をはめ、私は≪(シールド)≫魔法を注ぎ込んだ。

 これなら突進も防げるし、私が操作を誤ってコケたとしても、≪盾≫がエアバッグの役割をしてくれる、はず。


「……できた」


 私は、深々と息を吐いた。うおー緊張した。

 一応、魔力で回路を繋げて複数の付与を連動させるやり方は、事前にあれこれ練習しておいたとはいえ、こんなに大きなのは初めてだったから上手く行って良かった。


 風魔法を利用しているし、名前はエアスケーターみたいな感じかな。

 あとはちゃんと動くかどうかどうかだよねえ……。

 興味津々なヒースさんは、私が付与してた魔法から動きを察し、なるほど、と納得してくれたようだ。


「付与終わったので、今からテストをしてみますね」

「気を付けて。俺も馬で後ろから追いかけよう」

「お願いします」


 私は、エアスケーターにまたがった。サドルがあると、やっぱり便利だなあ。振動がない分、お尻への負担も少ない。

 当初は立ったままも想定していたんだけど、クラリッサまでの移動距離を考えると、立ちっぱなしでの移動は辛いなと思って。


 風の魔石に魔力を注いで、駆動させる。

 まずは左のハンドル経由で、魔力を細く流す。回路に魔力が伝わっていき、≪浮遊≫が起動して、ふわっとエアスケーターが浮かび上がった。おお、空中に浮いているだなんて、不思議な感覚だ。

 まずは成功。私は、ほっと胸を撫でおろした。


 続いて、右の魔石にそろそろと慎重に魔力を流し、制動制御に繋げる。≪舞風≫が起動し、ふんわりと風が起きる。

 ≪浮遊≫よりも、正直こちらのコントロールの方が難しい。アクセルとブレーキが一緒くただからだ。魔力を流しすぎると、いきなり速度が上がるからね。下手したら、前につんのめって投げ出されちゃうよ……。

 実際やってみると、ヒースさんの魔法制御が、いかに上手いかがよくわかる。脳筋だけど。


 するすると滑るように、エアスケーターがゆっくりと前に進む。

 推進制御側の魔石には、安全装置として注がれる魔力に上限を設けている。最高速度は、時速15kmまでに制限してある。馬の速歩が、確かこのくらいだったはず。

 さすがに、防御魔法があるとはいえ、ヘルメットもないのにそれ以上は私が恐くて無理だし、魔力の暴発や魔石の破裂を招きかねない。いずれヘルメットも、作ってもらわなきゃだなあ。

 私の場合、≪身体強化(フィジカルバフ)≫があるから、ヘルメットいらずでいけそうだけど、魔石のサポートがあるとはいえ、並行起動は魔法制御が甘くなりそうなので……。



 徐々にスピードを上げてみる。風が気持ちいい。

 箒に乗っている魔女って、こんな気分なのかな。高度は比べ物にならないくらい低いけど。

 ハンドルを右に切りつつ、体重と車体を傾ける。おおおお。浮遊魔法の補助がかかっているとはいえ、斜めるのがちょっと怖いな。曲がるときは、少し高度を落として……と。

 多少時間はかかったものの、進路はきちんと右側に曲がった。今度は逆側。私はそれを繰り返し、体重移動の練習をする。

 ヴェルガーの森の前に広がる平原を、ぐるぐる回る。慣れてくると、めちゃくちゃ楽しい。


「こら、カナメ。また夢中になりすぎて、遠くに行ってくれるなよ。魔獣が出てくる」

「はーい、気を付けます。試乗、大成功です」

「そうだな。馬よりも振動が少なそうで、カナメにはよさそうだ」

「馬は馬で気持ち良いんですけどね〜。一人じゃ絶対に乗れませんし」


 私はヒースさんと並走しながら、のんきな会話を交わす。

 おっかなびっくりしている青毛ちゃんと、遠くで様子をうかがっている魔獣が、ちょっとだけ面白かった。

 うん、得体が知れなさすぎるものね、エアスケーター。普通に警戒するよね。





いつも閲覧ありがとうございます。次回更新の28日から、年末年始の間は毎日更新します。8日まで更新予定です。よろしくお願いします!

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