43.元社畜と冒険者の魔法検証
※若干の流血表現があります。
普段、一人では絶対に奥に立ち入るなと言われているヴェルガーの森の結界の先だが、ヒースさんと一緒なら問題ない。さくっと魔獣を倒してくれる。わーい、お肉ゲットだぜ。
人の手が入っていない道なき道なので、ちょっとごつごつとして歩きづらい。見かねたヒースさんが、手を引いてサポートしてくれる。
うう、お世話になります。子ども扱い再び……のはずなんだけど、私が木の根っこに躓くたびに、くすりと笑うヒースさんの表情が優しくて、やたら甘く見えるのは何でかな。さっき色気を浴びてしまったからだろうか……。
そんなこんなどぎまぎしつつ、お昼ご飯を食べ終えた私たちは、えっちらおっちら森の奥の開けた場所までやって来た。
「さて、一度魔力の状態を視ますね」
その場に立ってもらい、私はヒースさんの魔力を確認する。
器からの漏れなし、魔素の吸収はそこそこしているけど、上限にはまだ余裕ありって感じだ。回路を巡る魔力の流れもスムーズ。
時間経過で再度穴が開いたということもなさそうだ。
「身体がおかしいとか、気になるところはありますか?」
「ない。むしろ、カナメのスープを食べたからか、さっきまでの気怠さがだいぶマシになったな」
「あっ、そういう効果あります!?」
うっかりしてた。
どういう影響が出るかわからないから、ポーション類を使うのは少し様子をみたほうがいいと、リオナさんからアドバイスがあったんだよね。魔法草を使っているので、魔力にも作用があるから。
だけど、特に料理については触れられなかったな、そういえば。
効果薄め、ドリンク剤的な私の付与料理なら、体調を整える程度には効いてくれるっぽい。
うーん、今後≪調律≫の後に、スープを飲んでもらうのは、ありなのかな?
私の魔力を混ぜたり、弄ったりするので、魔力が一時的に荒れてしまい、負担かかってぐったりするんだよね。ヒースさんは体力あるし、魔力の回復が早いから、気怠い程度で済んだのだろうけど。
「じゃあ、いつも通り魔法を使ってみるよ」
「はい。モニタリングしておきます」
一つ息を吸い込んだヒースさんが、何もない空間に向けて手を掲げる。
「――そよ風よ、軽やかに踊れ。≪舞風≫」
込めた魔力によって威力の差はあれど、風を起こす初級魔法。普段であれば、まるで風の精霊が踊るみたいに、柔らかな風が吹くはずだったのだが。
——それは、あたかも暴風のようだった。
ごうっと強い音が、耳をつんざいた。荒々しい突風に煽られ、周囲の木々ががたがたと梢を鳴らし、落ちた葉を巻き上げていく。
「うおっ!?」
ヒースさんも、思いもよらぬ反動をくらって、たたらを踏んだ。
すぐに魔法の効果は切れ、森の中は何事もなかったかのように静寂を取り戻す。
ただ、地面の上には、蹂躙の痕の如く、舞い散った葉がひらひらと積み重なっていった。
「…………」
「…………」
唖然として、思わず無言のままヒースさんと顔を見合わせる。
「……びっくりした。大丈夫だったか? カナメ」
「私はヒースさんの影にいましたから。てか……凄い。これが、本来のヒースさんの魔法威力なんですね」
「ここまで変わるとは……。微調整の感覚が慣れないな……」
「今までは、詰まりのせいで自動的に魔力放出量が少なくなっていたので、今まで通りの感覚で行使すると、逆に流れがスムーズになりすぎて、過剰になっちゃうのかも」
「もっと魔力を絞らないとってことか……」
ふむと頷いたヒースさんは、身体と剣も交えて、魔法を連打する。
私は、それを静かに見守った。
あっ、見たことない初級攻撃魔法だ。かっこいい。てか、風の槍が、あっさりと木を薙ぎ倒しちゃったよ……。
凄いな。連続でこれだけ魔法を発動できているなんて。しかも、魔力が少なかったとは思えないほど、堂に入った行使だ。
「うーん、まだ出力過剰だな……」
「ただ、魔力が漏れる様子もないし、回路も正常に動いていますね。いきなり溢れたり、暴走したりという感じもなさそうかな……?」
「まあ、初級魔法しか使っていないからね。中級以上の魔法は、魔力的に使えなかったから」
どうもしっくりこないのか、ヒースさんは首を傾げている。きっちり魔力の量を絞っているように見えたが、なかなか程よく制御というわけにもいかないらしい。
この辺の感覚は、もうひたすら使って埋めていくしかないのだろう。
それにしても、漏れなくなったせいもあるのか、ヒースさんの回復早いなあ。≪舞風≫一回分くらいの魔力なら、さくっと取り戻せている。
だから、今思うと、魔力が少ないという割に、魔法をあれだけ連発できていたのだろう。例の風魔法脳筋人力ジェットコースターの時の話ね。
「——。 カナメ、後ろに下がって」
すると、不意に、ヒースさんがすっと剣を構え、腰を落とした。辺りにぴりっとした緊張感が走る。そのまま、一点を険しい表情で、じっと見据える。
やがて、木々の先からクレストヴォーグという狼の魔物の上位種が、数匹姿を現した。先ほどまで繰り返していたヒースさんの魔法の音に引かれて、やってきたのだろう。
ぐるるると唸りを上げて、威嚇する狼たちは獰猛だ。鋭い牙や爪で、私などたちどころにやられてしまうだろう。
でも、ヒースさんが慌てた様子がないので、私も冷静でいられた。
私の位置からわずかに覗くヒースさんの口角が、ふっと上がる。余裕のある笑みだ。
「カナメ。そこから絶対に動かないでくれ。ちょうどいい、中級魔法の試し打ちといこうか」
「はい」
「風よ、鋭き刃となりて、目の前の敵を屠らん——≪風刃≫」
牙を剥いたクレストヴォーグが、一斉に地を蹴る。
ぶわりと、風が大きく動いた。ヒースさんの亜麻色の髪を巻き上げる。
魔法の発動と共に、獣たちの四肢は、鋭利な風の刃で一瞬にしてずたずたに引き裂かれた。あっという間の出来事だった。地面が、すっかり肉塊と血に染まっている。
ヒースさんが手にした剣の出番は、一切なかった。
うわぁ……えっぐい……。殲滅力が、中級魔法っていうレベルじゃないと思う……。
「まだまだ余力があるな。戦闘が楽になる」
血の海から小さな魔石をいくつか拾い上げた後、ヒースさんは手慣れた様子で、収納袋から取り出した火の魔法陣を起動させた。クレストヴォーグの遺骸を燃やして、処分する。あれだけズタズタだと、素材にもならないからね。
血や死臭は、≪清浄≫にて辺り一面綺麗にした。
死体を放ったままにしておくと、他の強力な魔獣が、血の匂いに惹かれてやってきてしまうのだそうだ。
この後も定期的に経過観察は必要だろうけれども、ある程度魔法の見極めと成果が出たので、私とヒースさんはさっさと引き上げることにした。
これ以上、面倒な魔獣に襲われたら、たまったもんじゃないしね。
こうして、魔女の家に無事戻ってきた私たちは、お茶を淹れて一息つく。
「あまりにも急に俺の魔法能力が上がると、何かあったのかと話題になって、いずれカナメに繋がってしまいそうなんだが……。これは、もはや隠せそうもないな」
ヒースさんは、魔力量が多くないながらも、圧倒的な剣技との組み合わせでランクを上げてきた手練れとして、そこそこ名をはせている。
たとえ、メインで利用している≪舞風≫の威力を調整し一時しのぎしたとして、身の危険が迫った時に、とっさに細やかな配慮ができるかといわれたらノーだ。
いつだって死と隣り合わせの冒険者。強敵が出たら、ピンチに陥ったら、使えなかったはずの上位魔法の利用だってためらわないだろうし、私としてもためらってほしくなかった。
「どの道、そろそろ潮時かなとは思っていたのよね」
ヒースさんからの報告を受けて、リオナさんはふうっとため息をついた。
潮時という不穏な言葉に、私は顔を青くするが、リオナさんは安心させるようににこっと微笑んだ。
「いい加減、中央に連絡をしましょうか」
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