41.元社畜と調律
これを治せるかと問われたら、感覚的にできると返す。そのためのスキル、そのための≪調律≫だ。
穴をふさいで、詰まりを取る。
魔力吸収は、生命維持的な体質だと思われるから、そのまま。制御がおぼつかない子供の頃ならいざ知らず、冒険者であるヒースさんは魔法をよく使うだろうし、自然器と魔力のバランスは取れていくだろう。
逆に制御弁の役割を果たしていた詰まりを取ると、魔力の流れがスムーズになるので、感覚が慣れないうちは、魔法が暴発する危険も予測される。
吸収が器以上に働くかどうかで、体調を崩す可能性も大きいし、全体的にしばらくの経過観察は絶対に必要だ。
「穴と、魔力吸収体質……」
一通り魔力を確認させてもらった結果をヒースさんに話すと、彼はぎゅと堅く拳を握りしめ、眉を顰めた。少し呆然としているようにも見える。
当たり前だよね。まさか、自分の身体がそんな複雑怪奇なことになっているとは、思いもよらぬのだし。私だってびっくりだよ。
「もちろん、体内の魔力バランスは取れているので、今のままという選択もありだと思います。何せ、私もスキルに目覚めたばかりの急な話ですし、治療のためにはヒースさんの魔力に触れる必要があるので、得体の知れなさもあるかなあと……」
「いや、そこはカナメを信じる。……治してほしい」
「わかりました」
正直、躊躇されるかなと思った。こんな今すぐじゃなくても、後々治療はできる。それに、放出と供給のバランスが成り立っているので、特別不都合がないなら、このままでも生活に支障はない。
でも、何か思うところがあるのか、ヒースさんは即断即決し、真剣な瞳で私を真っ直ぐに見つめてくる。
ならば、その信頼に、きっちり応えたいと思った。
「今からヒースさんの中に、私の魔力を少し流します。変だなと思ったら、すぐに教えてくださいね」
「ああ」
アレルギー反応というか、パッチテストみたいなものだ。多分私の魔力を流すのに問題はないと思うけど、いきなり本番対応して不具合でも起きたら困るしね。
魔石に流す要領で、ヒースさんの掌から私の魔力を混ぜ込んでいく。
案の定、ヒースさんの魔力と私の魔力は、干渉し合うことはなかった。
「……大丈夫そうですね。では、行きます」
「頼んだ」
繋いでいた掌を離し、私は再びヒースさんの腹の辺りへ手を添える。
「——≪調律≫」
スキルを発動させると、掌が微かな光を帯びた。柔らかく、あたたかな光。
少し強張っていたヒースさんの身体がゆっくりと弛緩し、気持ちよさそうに目を閉じている。
体内に注がれていく私の魔力と、ヒースさんの魔力を混ぜ合わせることで同調し、相手に介入するのが調律だと、私の中で何かが囁いている。
混ざりあった魔力を動かし、慎重に源の穴を塞いでいく。感覚的にパテで、壁を埋めて補修する感じだ。イメージが大事なので、丁寧に魔力を塗り延ばして重ねていく。
固く、厚く、もう二度と穴が開かないようにと念じながら。
「……ふぅ」
しばらくして穴を塞ぎ終わり、私は息を付く。さすがに結構魔力を持っていかれたな。
肌に触れた手はそのままに、体を少し離して、ヒースさんの体内で魔力をぐるりと巡らせてみる。相変わらず詰まりで引っかかりはするものの、魔力が身体から漏れ出る感じはない。
代わりに、私の魔力が少しずつ吸収されて、溜まっていく。そもそも器がでっかいから、今のところは問題なさそうだが、さっさとやっつけてしまうに越したことはない。
「あとは詰まりを取り除くだけです」
「カナメの魔力が優しくて、気持ちいいな……」
「まっ、魔力酔いとかですかね!? あともうちょっとだけ我慢してくださいね……」
ヒースさんが、少しばかりうっとりした顔で呟く。
頬をかすかに赤らめた美形の、陶然とした表情は心臓に悪い。うあー、変なところで色気ださないでください。動揺して、手元が狂っちゃう。
私は今一度深呼吸をして、落ち着きと気合を入れ直す。
今度は、掌を腹から心臓に持っていく。詰まっているのはこのあたり。魔力の栓ができて、回路が不自然に閉塞し細くなっている。これが完全に詰まると、やがて魔力暴発を起すのだろう。
魔力を細長く伸ばして、管を通す。凝り固まった塊を管でごりごりと溶かすようにして、回路を正常に整えていく。
カテーテル手術みたいだけど、気分的には頑固な汚れを落としている方が近いかも。
あー、でもこれだとちょっと痛いか?
様子を伺うと、ヒースさんが眉を顰めている。
ゴリゴリするのはダメ、と。そーっと、そーっと、丁寧に、撫でるみたくタッチを切り替える。
穴を埋めるよりは対応が楽で、こっちはさほど時間がかからずに治し終わった。
他にもあったちっちゃな栓も隅々まで綺麗にして、私は掌を離した。光も収束していく。
すぐにでも魔法を撃ってテストしてみてもらいたいが、多分先ほどと同じ感覚で発動したら、店内が散乱する。この後、森に出て試してもらわなくちゃかな。
「……は。治療、全部終わりました。これで大丈夫なはずです。どうですか。気分悪くなったりとかしていま……っ!?」
「っ、カナメ……!」
「……ヒースさんっ!?」
「ありがとう、ありがとう……!」
完治の言葉を聞いて。感極まったヒースさんが、私をぎゅうぎゅうと抱き寄せてくる。
強い力、固い胸元、たくましい腕の中、しっかりした男の人だ。
そんな男の人の声が、切実な喜びとともに、どこか湿っぽく微かに震えている。
だからだろうか。きゅんと、切なく胸が締め付けられたのは。
イケメンに抱き締められる免疫がないので、内心凄いキョドったけれども、自然腕がヒースさんの背中に回って。私は、あやすようにぽんぽんと叩く。
互いから伝わる微かな鼓動が、熱が、呼吸が、何故だか酷く心地よかった。
「……今はまだ、整理がついていないが、いつか俺の話を聞いてほしい……」
「私でいいんですか?」
「カナメがいい」
ぎゅう、とヒースさんが抱きしめる力が強くなった。甘えただ。
ヒースさんの気が済むまで、そのままにさせてあげよう。
よかったなあ。とにかくよかった。
詳しくはわからないけれども、あんな悲壮な顔をするくらいの事情があったのだろうから、わだかまりを解消する手伝いができたのだとしたら嬉しい。
それが、普段お世話になっているヒースさんなら、ひとしおだ。
「……すまない。恥ずかしいところを見せた」
しばらくして、落ち着いたらしいヒースさんが拘束をほどき、ゆるりと身体を離した。
多分、抱擁は衝動的だったのだろうね。ヒースさんは、申し訳なさそうに、照れくさそうにぎこちない笑みを浮かべている。
でも、晴れやかな、すっきりしたような笑みだった。
遠くなった体温を少し寂しく感じてしまったが、私もにこりと顔をほころばせる。
「いいえぇ。気にしないでくださいね。それはさておき、魔法の試し打ちをしてもらいたいので、後で森に行きましょう。まだ、ヒースさんの器に魔力が完全に満ち切っていないので、今は腹ペコ状態になっているかと思います。吸収があるので、ヒースさんは人より魔力の回復が早いですし、魔力が器を上回ってしまう可能性も高いです。その辺だけ、気を付けてくださいね」
「ああ、わかった。少しだるさがあるが、不思議な感覚だ……。こんなにも身体に魔力が満ちているなんて……」
「魔力の巡りが、よくなったからですかね? ヒースさん、すっごく器が大きいから、それでもまだまだですよ。いずれ慣れますよ」
「そうか。そうか……」
手を握ったり開いたりしながら、噛み締めるように、ヒースさんがしみじみと呟いた。
「でも、まあ落ち着いたところで、とりあえずですね」
「うん」
「お昼ご飯、食べましょうか! そう、快気祝いってことで! 私、とびっきりのご飯、作ります!」
ちょっとお時間を頂戴しちゃうけど、おかしくなってた身体が改善したのは、純粋にめでたいことだし。
そう言った私に、ヒースさんは一瞬きょとんとした後、吹き出すように破顔した。
「そうだな。今日の昼食も楽しみにしている」
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