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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
調律

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40/130

40.元社畜による所見



 ——穴だ。

 ヒースさんの身体のみぞおちの辺り、魔力が生成されるといわれる場所。風の緑色が濃く集中するそこに、ぽっかりと穴が開いている。

 そして、霧のように拡散して、魔力が身体の周辺にも漂っている。

 ……魔力が、体内から漏れ出ている?

 いや、でも、周りから魔素(マナ)を吸収しているようにも視える。

 循環しているのか?

 それにしたって、穴が開いているのは、やっぱりおかしいと思う。


 え、ヒースさんの身に、一体何が起きているんだろう。本人は、至ってピンピンしているけれども。急にこういう状況に陥ったというわけでもなさそうだ。

 しかも、本人は魔力が少ないって言っていたにもかかわらず、どうみてもめっちゃ器でっかいんですが、それは。

 本来溜まるはずの魔力が漏れてるから、体内を流れる魔力自体は、確かに少ないんだけど。


 私が先ほど手当たり次第に商品を視た感じだと、魔力は基本ひとところに凝縮して存在している。

 空中を漂っているのは、いわゆる魔素だ。

 周辺に拡散が起きるのは、魔力にブレが生じて、効果が薄まっているからと予想される。私の作ったポーションのように。

 実際に自分を視たわけではないけれども、私が常々感じる魔力の流れからして、魔力は身体の中心から、血管のように全身に張り巡らされているけど魔力回路(パス)を伝って、外に放出しているのだと思う。


「カナメ……?」


 私が、無言でじっとヒースさんを凝視していたからだろう。戸惑いがちに、ヒースさんが声をかけ、近寄ってくる。


「あ、ごめんなさい……」

「何かあったのか? さっきから幽霊(レイス)でも見たかのような顔をして……」

「あー、ええと、その、何というか……つかぬことをお伺いしますが……」

「うん?」


 一瞬だけ逡巡したものの、歯切れの悪くしどろもどろに問いかける私に、ヒースさんが小首を傾げた。可愛いかよ。

 わからないのなら、本人に直接聞くのが一番だろう。未だ明確になっていないらしい魔力絡みのことだ。もしかしたら、自覚がないだけかもしれないし。

 さすがに、穴開いてませんかって聞かれても、アレでしょうけど。


「うーんと、ヒースさんって、もしかして魔力に何らかの問題を抱えていたりとか、しません?」


 私の呟きを耳にして、ヒースさんはゆるりと目を瞬かせる。


「………………え?」


 思いもよらないという表情を見せた後、普段のヒースさんから考えようもないほど、ごそっと感情が抜け落ちた。

 背筋が、ひやっと冷たくなる。


「…………視えるのか?」

「ヒースさん?」

「カナメは、魔力が視えるようになったのか……?」


 喉を震わせる、至極切実な声が、静かな店内に響き渡る。


「……は、はい。今しがた……≪調律(ヴォイシング)≫が使えるようになったみたいで……」

「そう、か……。そして、俺の魔力を視た?」

「ええ……」


 私の首肯と同時に、ヒースさんの両手が私の両肩にかかる。掴まれているわけではないから、痛くはない。

 でも、微かな震えが伝わってきた。


「俺の魔力は、どこかおかしかったりするのか……!?」


 祈るような、縋るような呟きが、ぽつりと落ちた。

 途方に暮れた子供みたいな、それでいて今にも泣いてしまいそうに、ヒースさんの顔がくしゃりと歪んだ。

 普段頼りがいがあって冷静なヒースさんの変貌に、狼狽えていた私の心が、逆にすっと落ち着く。

 これは、私が泰然と構えなくちゃ駄目なやつだ。

 一つ深呼吸をして、私はヒースさんをしっかと見据えた。


「私が軽く視た限りで、ヒースさんの魔力の源には、穴が開いています」

「穴……」

「ただ、その開いた穴から、魔力が漏れ出ているようにも、周囲の魔素を吸収しているようにも視えるんです。≪調律≫スキルに目覚めたばかりとはいえ、明らかに変だなって。以前、リオナさんから、魔力には欠乏症や過多症といった異常が起きることもあるって聞いていたので、もしかしてヒースさんもそうなのかなと思ったんです」

「……いや、わからない。…………わからないんだ」


 私の言葉に、ヒースさんは項垂れる。

 先ほどからの姿を鑑みるに、自覚症状すらもなかったようだ。

 でも、何かしらの心当たりは、あるのかもしれない。だって、こんなにも様子がおかしい。

 私は、肩にかかったままのヒースさんの手に、自分の掌を重ねる。ぴくんと反応があったが、大丈夫だという想いを込めて握り込んだ。


「なら、ヒースさん。私が身体に触れてみてもいいですか?」

「え……」

「まだ、ヒースさんの魔力の本質に触れていません。目覚めたばかりですが、≪調律≫スキルの使い方はわかりますから、しっかり診せてくださいませんか?」

「……ああ、頼む」

「じゃあ、ここに座ってもらって」


 心細げにこくりと頷いたヒースさんを促し、装備を解いてもらってから、客用の椅子を勧める。

 付与調律師(ヴォイサー)は、魔力操作のエキスパートだという。他人の魔力に介入できるとも、リオナさんは教えてくれた。

 実際、≪調律≫スキルが解放されてから、私は魔力そのものを視られたし、より強く魔力の存在を感じられるようになった。

 ならば、きっと触れることで、突破口を開けるだろうと思ったのだ。


「失礼しますね」


 私はその場にしゃがみこんで、魔力の集中している源、ヒースさんの丹田の辺りにそっと手を当てた。

 おあああ、腹筋硬い……!6つに割れてる、かっこいい……!感動してる場合じゃないんだけど、凄い!


「わ……」


 そして、伝わってくる。視るだけでは詳細にわからなかった魔力の流れを、しっかりと感じ取れる。

 力強い風の波動。緑色の伊吹。あたたかく柔らかい。ヒースさんらしい魔力が、掌を介して染み渡ってくる。

 けれども、その力は、開いた穴によって、急激に力をなくしている。


(やっぱり魔力が漏れているにもかかわらず、周囲の魔素を吸収しているわ。それに、私の魔力も少し吸われている……?)


 ほんの微量ではあるが、どうやら勝手に魔力を持っていかれているらしい。

 魔力は器以上に増えてしてしまうと、途端に体調を崩す。増幅しすぎた魔石が、よい例だろう。

 しかし、未だかつて、ヒースさんにそういった症状が出ていた記憶はない。

 つまり、穴から放出される魔力が、バランサーとして成り立っているのだと思われる。


 逆に、魔力を多量に抜かれたとしても、人は倒れてしまう。

 でも、やっぱりヒースさん本人も周辺でも、魔力絡みの事故が起きた話は、とんと耳にしたことがなかった。

 ヒースさんから離れて魔力の流れを視るに、吸収しているのは主に魔素。

 そもそも魔力は、人それぞれ異なる波長をもっており、なかなか馴染みにくい。

 だが、私が手をかざすと、途端にそちらを持っていく。

 私の魔力は、付与調律師というクラスもかかわってくるが、多分魔素よりも通りがよいのだ。


 こうして、ヒースさんの身体は、無意識に足りない魔力を補っているのだろう。こちらも穴同様、体質ってところかな?

 魔力の器の大きい私には、多少吸われたところで、影響はさほどないのだけれども。気が付かなかったくらい、微々たるものだったし。


(とはいえ、魔力の相性が良い人だと、辛いかもしれないなあ……)


 そのまま、私は掌を動かし、全身を巡っている魔力の流れを追っていく。

 心臓、肩、首、背中。

 一部、魔力回路に凝りのような詰まりを発見する。


「……ヒースさん、初級の風の魔法を展開してもらってもいいですか?」

「ああ。——≪舞風(ウィンドダンス)≫」


 室内に、そよ風が起きて涼しい。

 魔法は、きちんと起動している。

 だが、器に対して、放出されるべき魔力が圧倒的に少なく、わずかだが発動までのラグが見られる。回路での流れが悪くなっているせいで、本来使われるはずだった分が留まってしまい、余剰とみなされ穴から放出されている。

 器も大きいし、魔力の濃さ——いわゆる質も良い。

 だのに、ヒースさんが魔力が少ないと言っていたのは、これが原因だ。

 逆に、こんなにボロボロで、よくあれだけ魔法を使いこなせていたものだ。長らくの不便を、才能で埋めていたのだろう。


 先天的に器に穴が開いていることによる、魔力の欠乏。

 それを補うための、無意識の魔力吸収体質。

 そして、詰まりによる魔力流量の少なさで、狂っていた魔力の巡りによる魔法の暴発を防ぐ。


 全てが奇跡的なバランスで互いを補完していたおかげで、ヒースさんは倒れることなく自分の魔力を成り立たせていたのだ。






40話!

やっと付与調律師のタイトルらしく……!ここまで続けられているのも読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。

次回更新は木曜日です。

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