39.元社畜は魔力視を得る
——それは、ある日突然訪れた。
「は?」
ふとした違和感を覚えた直後。
目の前に、様々な色の靄みたいなのが、ぶわっと広がって見えるようになった。
「な、何これ!?」
視界の異常に、私は思わず椅子を鳴らす。
いつもながら閑古鳥が鳴いている店頭のカウンターに座って、魔石への付与を行っていたら突然こうだ。
魔石を取り巻くような渦。そして、店内をただよう霞みたいな色。スイッチでも切り替わったかのように、いきなり。
私は、目をこすりながら唖然とした。もちろん、そんなことで解消するわけがない。
うわわわわ、助けてリオナさーん!え、何かの病気でも発症したか?と一瞬焦るが、この感覚に嫌なものはなかった。
むしろ、レベルアップしたかのような(レベルの概念はないんだけど)、どこかなじみが深いもののように思えた。
自分の底が広がったなあというか、器が大きくなったなあという、感覚的な部分が魔法やスキルには存在している。
「うーん……≪鑑定≫?」
つまり、肉体的な問題ではなく、魔力的な問題かもしれない。
怪訝に思いながら、私は久しぶりに自分のステータスを覗いてみる。
「えっ!?」
すると、明らかな変化があった。
今までグレーアウトしていた≪調律≫スキルが、アクティブになっているではないか。
「お、おお……! ≪調律≫が使えるようになってる!? えっ、今!?」
せめてこう、事前に周知とかないもんですかね。いきなりだとびっくりするんですけど!
いやはや、≪調律≫さん、存在感が微塵ともなかったから、すっかり使えるの忘れてたよ。私のクラス、付与調律師だった。アイデンティティの崩壊である。
でも、一体何が解放条件だったんだろう。私は首を傾げる。
正直、異世界に墜とされてからの日々で、特別な何かをした記憶はない。いつも通り付与魔法で魔石を作ったり、魔石以外にも付与を試みて実験をしてみたり、≪鑑定≫を使って調薬をしたり、勝手に料理に効果がついたりしていただけなんだけど。
……うーん、日々の魔力行使で、蓄積された経験値とかのせいだろうな、これは。思い当たる節がありすぎる。
リオナさんに怒られて以来、きっちりばっちりお休みはとっているものの、何のかなんの魔法やスキルを使うのが面白くて、すっかり趣味状態だし。
実際、才能の絡みもあるとはいえ、魔法もスキルも、使えば使うほど熟れていくしね。
おかげで、≪隠蔽≫もできるようになったのです!ゼルさんの手を煩わせなくて済むようになりました。グランツさんから、「早えーよ!!」ってツッコミ食らったけど。
付与調律師のクラスに付属する固有のスキル≪調律≫については、以前リオナさんからざっくりとだが教えてもらった。魔力操作に関するエキスパート能力だという。
元々この身に魔力はなく、この世界で後天的に得たものだ。
だから、魔力に関して一定基準に達するまで、スキルの獲得ができなかった、という可能性は大いにある。
あんまり自分が強くなった実感はないけど、不思議と魔力らしきものを、以前よりもずっと感じられる気がする。
だとしたら、この靄は発露した魔力、ということになるのだろうか。魔力が視えるのは、≪調律≫の副産物かな?
それにしても、視界の色が賑やかでごちゃつくからどうにかしたい。ふとそう思ったら、周辺から漏れ出ていた靄は、しゅんと掻き消えるように減っていく。
「……これは」
逆に魔力を視たいと意識をしてみると、靄はぱっと漂った。おお、やはり。私の予想が当たる。
どうやら、大雑把なくくりで魔力を可視化しようとすると、私の視界はさっきみたいにごっちゃごちゃなことになってしまうようだ。
つまり、魔法と一緒で、対象を絞る必要があるってわけか。
今一度、意識的に魔力を引き締め、視えなくなれと念じながら視界を正常に戻してみる。
瞳を閉じて、息を整え、ゆるりと開く。
いつも通りのクリアな店内に戻って、ほっとする。
うん、いつも魔力がひしめいて見えていたら、発狂していたかもしれない。メンタルヤバくなるって。いや、そう考えると店内商品の魔力、結構凄いのかな?
最初は本当に肝が冷えたけれども、喉元過ぎれば、たまに見る程度なら花火みたいで面白いなーなんて考えてしまう自分は、ちょっと能天気なのかも。
色は、属性を表しているのだろう。
試しに手にしていた魔石に意識を集中すると、先ほどまで加工していた火の魔石から、爛々と力強い赤い波動を感じる。小さい石ではあるものの、結構な器を持っているらしいことも読み取れた。
魔力の大きさや潜在性とかまでも、≪調律≫では把握できるっぽい。
石の大きさ的に、2度の≪増幅≫でいっぱいになるはずが、これは器が大きいのでもう一度くらい重ね掛けしても問題なさそうだ。
案の定、試しに≪増幅≫をかけても、パァンと爆発は起きなかった。
「わあ、便利!」
この辺、今まで指標がなく、実験を重ねた勘でやってきたからとても助かる。いやあもう結構な量の魔石をパーンさせてきましたからね……。
器の限界値は、本来なら魔石毎に異なる。
今までは増幅させすぎて爆発したり、もっと増幅をかけられたのにということもあったが、これで微調整が可能になった。
嬉しくなって、私は窓の外だったり、店内に置いてある商品を、あれこれ視てみた。
たとえば、窓から見える景色一つとっても、カラフルでもやっもやだ。店内どころの騒ぎではない。スキルを発動させっぱなしだと、外を歩けそうにないほど、魔力が渦巻いている。
ヴェルガーの森は、薬草の育ちがいいから魔素(あ。魔力の元にもなる自然界の魔力をこう呼ぶんだって)が豊富だって話は聞いていたけれども、本当に豊富!
小さいところだと、私とリオナさんとで作ったポーションでも、魔力に違いが出ている。
元となる魔法草が光属性なので、色は薄っすらとしたオレンジ色。太陽の色だ。
私のポーションは瓶の中で、魔力がぼやっと散らばっている。
対して、リオナさんのポーションはぎゅっと余すことなく魔力が凝縮されている。
わかりやすい。鑑定での品質はともに高品質扱いだけれども、調薬の力量の差が、如実に表れている感じだ。
便宜的に魔力視と呼ぶことにするが、これで自分を視ることってできないのだろうか。鏡越しに視てみたら、いけたりしないかな。
まあ私の属性は闇なので、多分真っ黒になっているかもしれないけど。それはそれで面白そうだから、ちょっと見てみたい。
なんてことを考えていたら、カランとドアベルが鳴った。
やってきたのは、いつもの如くヒースさんだろう。そういえば、今日は魔石やポーションを引き取りに来る予定の日だった。
「こんにちは、カナメ」
「いらっしゃい、ヒースさ……」
声に促され振り向いた私は、ついつい商品を視るままに、ヒースさんをも魔力視で眺めてしまった。
「おおおおお!?!?」
「……カナメ? 変な声を出してどうした?」
ドアをくぐってきたヒースさんは、ぎょっと目を剥いて突然奇声を発する私に足を止めて、きょとんと目を瞬かせている。
いやいやいや、待って、きょとんとしている場合じゃないですから。自分の背後に視線を流しても意味ないですから。
そうじゃない、そうじゃないんです!!
ヒースさんを取り巻く魔力! なんか変なんですけど!?
ようやくここまで話がたどり着いた…!
土曜日にも更新できそうなので、本日は早めに投稿しちゃいますね。




