34.元社畜の帰る場所
「リオナさん、ごめんなさい!!」
私は、がばりと頭を下げた。
あああああああ、もっとスマートに!もっと丁寧に謝ろうと思っていたのに!!何だろう、土下座でもしかねない勢いだ。
いや、心持ちだけは、土下座も辞さないんですけどね!
リオナさんの顔を見たら、謝らなくちゃという気持ちが先行しすぎて、即テンパってしまった。
これがビジネスの場なら、いくらでも頭を下げて謝罪してきているけれども、まともに人と喧嘩したことのない経験値の低さが、今となって仇になっている気がする。
謝るってどうやればいいんだっけ。
ぎゅっと目を瞑る。ぐるぐるする思考のまま、私はままよと心のままに言葉を続けた。
「あの時の私、リオナさんが怒った意味、多分本質的にわかっていなかったと思うんです。仕事、というか……何かやれることがあれば、自分が必要とされているって、気持ちが楽になったから。私、自分が焦ってるとか、ヒースさんから指摘されるまで、全く自覚がなかったんです。ヒースさんと一緒に、クラリッサでゆっくり体と心を休めながら過ごしてみて、あれこれ考える時間をもらって、今の自分に何が足りていなかったのか反省して……リオナさんの言う自分を省みるってこと、少しずつわかった気がします。私、バカでした。こんなに私のことを気にかけて、大切にしてくれる人がいるのに、自分で自分を全然大事にできてなかった。リオナさんが怒るのも当然です。心配かけて、本当にごめんなさい!」
い、言い切った……!
一息にまくし立てたからか、心臓がドキドキと高鳴っている。
沈黙の下りたリビング。リオナさんからの返答は、すぐには発せられなくて、恐い。永遠のようにも、一瞬のようにも感じられるこの間に、吐いてしまいそうだ。
私の謝罪を最後まで静かに聞いていたリオナさんは、ソファから立ち上がるとゆっくりこちらに足を進めてくる。
「……カナメ、頭を上げて」
許しを得てそろそろと面を上げると、突如リオナさんの両手が、小さく音を立てて私の両頬を包んで持ち上げた。
想定していなかった軽い衝撃に、目を見開いた私の瞳には、至極真剣な表情をしたリオナさんが映った。
「睡眠は? 目の隈、取れたわね?」
「はい、ちゃんと寝ました。ぐっすり毎日これでもかっていうくらい。顔色もいいでしょう?」
「食事は?」
「美味しいもの食べ歩きしましたし、あの、私が欲しかった調味料見つけたんです。それを使ったご飯、早くリオナさんに食べて欲しいです」
「体調は?」
「倒れるなんてありえないくらいばっちりです。身体って、こんなにもしゃっきりするんですね!!」
「バカ。ねえ……ちゃんと、休んだ?」
「ええ、存分に満喫しました。これからも、しっかり休み入れてリフレッシュします。あのね、リオナさん。私、仕事以外にもね、たくさんやりたいことができたんです」
「……よし」
ぺちんと、今一度、優しく頬を叩かれる。
リオナさんの険しかった視線が、穏やかに、ゆっくりとほころんでいく。
「お帰りなさい、要。私も、感情に任せて怒鳴ったりして悪かったわ」
貰った許しに、全身が脱力しそうなほどほっとする。安堵と同時に何故か酷く胸に来るものがって、不意に身体の芯から、得も言われぬ何かがこみ上げてきた。
鼻がつんとなる。うっと息を呑んだ私の瞳から、勝手に涙が浮かんでくる。正直、このくらいのことで涙が!?と、自分でもびっくりする。
でも、涙腺が壊れてしまったかのように、涙はどうして止まってくれなくて、私はただただしゃくりあげた。大人なのに、子どもみたいだ。
「うええええ、ごめんなさあああい。許してもらえなかったら、どうしようかと……ずっと不安で……!」
「あれしきのことで、馬鹿ねぇ……」
胸に飛び込んだ私を両腕で抱きしめて、リオナさんは仕方がないわねえと苦笑しながらも、よしよし頭を撫でてくれる。
その手つきが優しくて、益々泣けてきてしまう。
伝わるリオナさんの体温が、凄くあったかい。自分の身体が、随分と緊張していたのだなとよくわかる。
「私っ、ここにいてもいいですか!? また魔法について、指導してもらえますか?」
「いてくれなくちゃ困るわ。まだまだ教えていないこと、いっぱいあるもの。魔法だけじゃなく、調薬とかもね」
「はいっ! それと、リオナさんに、美味しいご飯食べて欲しいです」
「アンタの料理、好きだから歓迎するわ」
「あとあと、付与魔法は、睡眠を削らず無理しない程度に検証したい、です……」
「そこは譲れないのね? きっちり休みを取るならいいのよ、別に。私だって、要を囲って働かせたくないわけじゃないのだし」
まだぐずぐずする私を宥め、涙をハンカチでぬぐってくれるリオナさんは、甲斐甲斐しい。お母さん……だとちょっと外見的な意味で申し訳ないので、もしかしてお姉ちゃんがいたらこんな感じだったのかなって夢想する。
手間のかかる子どもみたいで恥ずかしいけれども、えへらと自然に笑いが零れてしまう。
「……ええと、それでですね、この流れで冒険者ギルドとあれこれ契約してきまして」
「そこんところは詳しく聞かせてもらうわね。全く、一体何をやらかしてきたのか」
「やらかしてきた前提……あいたっ」
和らいだ空気の中、どさくさに紛れて報告をしてみる。
すると、リオナさんのにっこりした笑顔がちょっと怖くて、思わず腰が引けたらデコピンを食らった。痛い。
けど、こういう些細なやり取りが嬉しいなんて感じてしまう。
額を押さえ、ちょっとだけ拗ねるみたく、非難がましく見上げてみると、リオナさんは笑っているから気分を害したわけじゃなさそうだ。
まあ、ギルドとの契約に関しては怒られるだろうなあと覚悟していたし、甘んじて受けますとも。
「ヒースも、要を見てくれてありがとう」
「それは構わないさ。俺だって要の保護者の一人だしね。君たちが仲直りできて良かった」
まあ、傍から見ていたら、じれったくてもどかしいだけだったけれどね。
リビング入り口の壁に背中を預けて気配を薄くしていたヒースさんは、そう言って苦笑しながら、ウィンクを一つ投げた。
「だが、不思議だな。そうやってくっついていると、外見的な色合いも似ているからか、二人は姉妹みたいに見えるよ」
あたたかな眼差しで、仲直りを静かに見守ってくれているヒースさんの呟きに、私たちはきょとんと目を瞬かせる。リオナさんと顔を見合わせると同時に、何だか可笑しくて嬉しくて、噴き出して笑ってしまった。
それは多分、今の私にとって、最高に幸せな言葉に違いない。
これにて2章は終わりです。引き続き3章では調律が解禁されたり、新キャラが出たり、ヒース周りのあれこれがあったりします!引き続きご覧いただけると嬉しいです( ´ ▽ ` )
活動報告でも告知していましたが、そろそろストックが尽きるのと、仕事だの体調だのの関係で、無理なく連載を続けていくために週1更新に切り替えさせていただきます。毎週木曜日更新を予定しています。ストックに余裕があれば、都度告知しますね。
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