32.元社畜は脳筋か否か
翌日。
朝の賑わいから少々外した時間帯に、ヒースさんとともにギルドを訪問する。
ほぼ毎日通っているので、ゼルさん以外の受付の方ともすっかり顔見知りだ。おかしいなあ、どうしてこうなった。
話が通っているようで、ささっと二階の会議室に通されてしまった。
防音魔道具が起動されている中、待ち構えていたグランツさんとゼルさんと、4人で膝を突き詰めた話し合いである。
当初は魔石の売買だけをという話だったのが、それ以上に私が何気なく試していたことに価値が出てしまったので、ひっくるめて魔石への付与技術自体をギルドに売って、闇属性持ちが使える普遍的なものにしたいというわけだ。
要するに、半分特許みたいなものである。
厳密に特許と言いがたいのは、付与魔法を使うという方法さえわかれば、誰でもとまではいかないものの、人工魔石は比較的容易に作れてしまう代物だからだ。
なので、作り方の知識料をギルドの支店の数だけいただき、技術を広めるのはギルドに任せるという方針になった。都度、料金を取るのも管理が面倒だしね。
この技術が普及すれば、利便性も上がり、世のために繋がる。
魔石も引き続き買い取ってもらえるので、私としては問題ない。
あとは、リオナさんの許可一つだ。元々、魔石付与はリオナさんの教示あっての物種である。いくら好きにしていいと言われていたとしても、流石に筋は通しておかねば。
むしろたった2日ばかりで、色々と方針がひっくり返ってしまい、私としても恐縮するばかりである。
「いざ目の当たりにすると、やはりこいつの能力は、長らく隠しおおせるもんじゃねえ。なら、ギルド経由で一部を小出しにして薄めておいたほうが、突然突拍子もないもん出されて混乱するよりも、対策が取りやすくていいんじゃねえかと思っての話だ」
「確かに。この後また何かやらかしそうだしな」
「やらかすって、ヒースさん、人聞きの悪い」
グランツさんのその言葉に、ヒースさんが深く深く頷いていたのが解せない。私は、むうっと頬を膨らませた。
「それに、カナメさんの能力が知れ渡ったら、その身が狙われる可能性が高いですからね。木を隠すには森です」
「現状、俺が常にカナメを守れるわけじゃないしな……」
「こわい」
ゼルさんはまるで天気の話でもするかのように、にっこりと笑顔で脅さないで欲しい……。
確かに、『界渡人』の持つ知識は、利をもたらすとかなんとか、私がこっちにおっこちてきた時にリオナさんが言ってたものなあ。それ故に、ギルドカードの情報を一部秘匿したのだしね。
今のところ私の周辺には善良な人しかいないわけだが、悪意にさらされる可能性だってなきにしもあらず。
ここは、比較的治安の良い日本と違う異世界で、異世界には異世界でまかり通っているルールがある。
本当、単純に運よく落ちた先に恵まれただけなのだと、私は頭に刻んでおかなくてはいけないのだ。
「私も、何か身を護る方法を考えますね……」
「最低限、防御魔石は、自分でも身に着けておけよ」
「はぁい」
ご、護身術とかどうですかね……と小声で呟いたら、じっとこちらを眺めた後に三人から揃って首を振られた。
失礼な、私だって自分が現代社会のもやしっ子ってことくらい、よくわかっているわよ!
攻撃魔法を使えないのが、地味に響いている。そうそう誘拐なんてことには、陥らないと思うけど……。
ただ、体力作りとか筋トレは、日常生活的にもしたほうがいいとは思うので、ヒースさんに指導してもらいながら、今後も頑張る所存である。筋肉痛辛い……。
そんなこんなで、魔石への魔力・魔法付与の技術について、あれこれギルド側と取り決めることができて、肩の荷が少しだけ下りた。
自分の常識だけだとわからないことだらけで、やっぱりヒースさんがいてくれて助かった。
「では、魔女様の許可をいただき次第、冒険者ギルド内で早速承認を取りますね。付与魔石については、引き続き納品をお願いします。無属性の魔石は準備してありますので、あとで受け取ってくださいね」
「嬢ちゃん一人に負わせるわけにもいかんし、うちでも闇魔法の使い手を抱えなくてはならんな」
「冒険者のうち、闇魔法を使えて付与まで取得できそうな人は、リストアップしてあります」
とんとんと書類を整えながら、ゼルさんがにこりと笑った。昨日の今日で仕事が早い。
どうにかこうにか方針がまとまり、ほっと息をついたのも束の間、グランツさんはじとりと私に半眼を向けた。
「んで、他にも何か考えていることがあるなら、今のうちに出しておけ? どうせなんかあんだろ?」
言外に、一人でトラブルを起こす前に、こっちに詳細を投げろと言われているようである。
うわぁ、まるで信用がない。
私は思わず苦笑いをする。
まあ、あるにはあるので、グランツさんの目は確かだ。
「はあ……。ええとですね、自分だけでは作れないのですが、私にも移動手段が欲しくて……」
「? 俺が迎えに行けばいいだろう?」
「いやいやいや、毎回毎回ヒースさんにそんな手間暇かけてもらえませんよ……」
きょとんと目を瞬かせるヒースさんに、私は思わずえええと呻いた。
ヴェルガーの森がクラリッサの街から少々遠いので、馬での送迎は効率が悪すぎる。
かといって、自力で馬に乗れる気はしない。馬車が定期的に通る場所でもなく、私に移動手段がないのが今となっては手痛い。
魔石を作ったとしても、自分都合で納品に行けないのは不便でしかないのだ。
あと、単純に買い物もしたいしね。醤油とか醤油とか味噌とか。
リオナさんに食材の調達はお願いしているけれども、やっぱり自分の目で見て買いたい気持ちもある。
転移魔法を使えればいいのだろうけど、現状私には使いこなせないのが現実だ。なお、転移の魔法陣は、利用料がバカ高いらしい。
というわけで、これこれこういうものを考えていますと、暇なときに軽く準備しておいた案と簡単な素描を出しながら説明すると、三人がそろって頭を抱えた。
「ほら、もう出てきた……」
「なんですか、この奇妙な乗り物は……車輪もなく、馬に引かせずとも動く、と? いや、理論上は確かに可能かとは思いますが……」
「この、移動に利用するエネルギーは、どっから調達するつもりだ? 魔石、相当食うと思うが……」
「私の爆裂な魔力を転換します!」
魔力だけは、豊富にあるからね。この間ぶっ倒れたせいか、器が広がっている感じもするので、身体にこれでもかと魔力は漲っている。
私がえへんと胸を張ったら、会議室に沈黙が下りた。おうおう、めっちゃめちゃ引かれてる空気が流れているぞ。
「脳筋の発想」
「『界渡人』の魔力量ナメてたわ……」
「ま、まあ……それならカナメさん以外には使えない代物になりますし……。悪用される心配もないですかね」
「ただ、目立つぞ、これ……」
脳筋代表(私調べ)のヒースさんに言われるとは、遺憾の意である。
ぶっちゃけ、これを思いついたのは、先日のヒースさんの走りを味わってなのだし。
とりあえず、私の素描を元に、パーツを作れそうな酔狂な工房を紹介してもらえることになったのはラッキーだった。
ソフトは付与で構築できる目算があるけど、私にはハードはさっぱりなのである。
こうして、口利きをしてもらった工房に発注をかけたり、再び採取にでかけたり、ヒースさんと美味しいものを食べ歩きしていたら、あっという間に予定の1週間が経った。
体力も気力も心も、至極充実した日々だった。強張っていた肩の力も、知らず張り詰めていた精神も、気が付けば緩んでいた。
こんなに休んで遊んだ記憶は、母が亡くなって以来一度もなかったように思う。ずっとずっと、何かに追われるように、私は働き続けていたから。
命の洗濯とは、よくいったものだ。そのくらい、余暇って大切なんだなって、今の私ならばよくわかる。
だからこそ、私は誠心誠意リオナさんに謝らなくちゃいけない。
「た、ただいま戻りました……」
懐かしの森の屋敷へ戻るや否や、私は窺うように声をかける。
漂う薬草の匂いが不思議と落ち着いて、帰ってきたんだなあって感じが凄い。
まあ、この後が正念場なので、心臓のドキドキはおさまってくれなかったけれども。
私の背後で、ヒースさんが苦笑しているのが、手に取るようにわかった。
リビングで本を眺めていたらしいリオナさんは、むっつりと唇を引き結んだまま、入口にたたずむ私たちを振り仰いだ。
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