30.元社畜によるサプライズ・下ごしらえ
翌日の朝。ヒースさんとのんびり朝ごはんを食べていると、焦った顔をしたグランツさんが、突如宿の食堂を訪れた。
どうやら、雪解けの影響で、強い魔獣が近隣に降りてきてしまったらしい。
討伐できそうな人員が、軒並み他の依頼で出払ってしまい手が足りないので、休暇中申し訳ないが、ヒースさんに手伝って欲しいとのことだった。
「私なら大丈夫ですから。ちょうど一人で街を回ってみたいなと思っていましたし。平和、大事です」
「……すまない、カナメ。すぐ倒して戻ってくる。くれぐれも裏通とかには行かないように」
「はぁい! ヒースさんこそ、気をつけてくださいね」
私のことが気がかりなんだろうけど、たとえおんぶにだっこ状態であろうとも、一応私も大人です。
別にクラリッサの街だって、そこまで治安が悪いというわけでもないだろうし。
そうして、グランツさんに引きずられていくように慌ただしく出立していくヒースさんを、私は快く見送った。
「さて、と」
急なリスケであるが、ちょうど良い機会が巡ってきた。
一人でぶらぶらしてみたい気持ちは、クラリッサの街を訪れてから出てきた。
というのも、私がこちらの世界にきてから、ずっと世話になりっぱなしのリオナさんとヒースさんに、心ばかりのお礼の品を贈りたくなったからだ。
お金も手に入ったことだし、じっくりプレゼントを選びたかったのだが、常に傍にヒースさんがいてくれるのもあって、こっそり買い物するタイミングが取れなかったのだ。
とはいえ、私はそれなりに広く活気があるクラリッサの地理に全く明るくない。スマホのナビとかもない。土地勘などさっぱりで、迷子になる予感がしなくもない。
うーん、文明の利器に頼りすぎてきた弊害もある気がする……。道とか目印とかも覚えねば。
「……とりあえずギルド行ってみるかな」
閉門ギリギリすぎたせいで、昨日採取した薬草の報告もしていなかったしね。
それに、ゼルさんなら何とかしてくれるだろう。多分、あの人は苦労人の気配がする。
* * *
先日訪れたギルドを、一人で訪問してみる。流石に朝一の混雑する時間帯から外れているせいもあってか、冒険者がひしめいていることもない。
ただ、宿であんな状況だったから忙しくしているかと思いきや、意外にも窓口は落ち着いていた。あの手のトラブルは、慣れっこということだろうか。
「おや、カナメさん。こんにちは。今朝は急な話でヒース君をお借りすることになって、申し訳ありません」
するとその時、2階から書類を抱えて降りてきたゼルさんに声をかけられた。
結構紙の束なので、グランツさんが上で呻いているのが目に浮かぶようである。
「こんにちは、ゼルさん。いえいえ。討伐の方が大事ですから」
「そう言っていただけると、こちらも助かります。で、今日はどういったご用でこちらに?」
「昨日の採取依頼の報告ができていなかったので、一人できちゃいました。あと、もしお時間があれば、ちょっとゼルさんにご相談が」
「……私にですか?」
受付を介して互いに腰を下ろし、私の取り出した薬草を受け取りながら、ゼルさんはきょとんと小首を傾げた。
「はい。ここだけの話、お世話になっているヒースさんたちにお礼をしたいのですが、クラリッサの街に詳しくないので、お店が全然わからなくて……。ゼルさんなら、そういうのご存じないかなあと」
「ああ、なるほど。はい、ではまずこちらの依頼、きっちり受領しました。カナメさんは、取り扱いが丁寧で、薬師が喜びそうですね。少しばかり、報酬上乗せしておきます。常設依頼の薬草も、一緒に採取してきてくださって助かりましたし。タグをお預かりしますね。報酬は口座に」
タグを渡し、ゼルさんが端末を処理して、私の初依頼は完遂された。
ヒースさんというベテランが傍にいてくれたとはいえ、上手くこなすことができてほっと胸を撫で下ろす。
このタグには、依頼の履歴や報酬情報が自動で積み重なっていく。
従来のドックタグとしての役割だけでなく、いわゆるICカードみたいな機能もこなす便利道具である。
ここに一括して必要情報が入っているだなんて、本当不思議なシステムだ。国の文化レベルに比べて、オーパーツすぎんかと思うのだが、魔法が発達している分、あれこれ偏っているのかもしれない。
元システム屋の端くれとしては、一体どんなつくりをしているのか、大変気になるところではある。
薬草採取の報酬は、全て私の口座に積み上がった。上乗せ込みで小銀貨5枚。安宿を確保して、1日慎ましく暮らせるくらいの金額だ。効率を考えると、稼ぎとしてはイマイチ。
ヒースさんには、護衛という点で私からむしろ報酬を支払うべきなのに、保護者だし大蛇の討伐でお釣りが来るなどと言って、断固として受け取ってくれなかった。確かに微々たる金額ではあるけれども、無性に悔しい。
それもあって、ますます感謝の気持ちを表したいなと思ってしまったのだ。
ご飯や宿代を奢る程度じゃ、圧倒的に足りない。そのくらい、リオナさんとヒースさんは、私の支えになってくれている。
「何をあげようと思っているのですか? カナメさんの気持ちがこもっているのですから、さぞかしヒース君も喜ぶでしょうね」
「だといいんですけど。実は こういうのを考えているんですけど……」
「おお、これは面白い……」
自分のスキルが関わってくるので、声を潜めつつ概要を伝えると、ゼルさんからの感触は悪くなかった。
紙を取り出したゼルさんは、サラサラと地図を書いてくれる。
「ここをまっすぐ市場通り方面に向かって、市場手前の小道に入ると、雑貨やパーツを取り扱っている店があります。こちらでカナメさんのご希望のものが見つかるかと」
「ありがとうございます!」
「それと、すぐ作業に取り掛かられるようであれば、これも必要ですよね。せっかくですし、まずは戻ってきたヒースさんを驚かせてはいかがです?」
そういってゼルさんが取り出してくれたのは、透明な魔石の粒が入った袋だった。
確かに今、無属性の魔石は持っていなかったので、助かる。このままでは二束三文の品でも、私にとっては宝石に等しい。至れりつくせりである。
「何から何まですみません」
「いえいえ、カナメさんの今後のご活躍を期待しての投資ですから」
「わぁい、ガンバリマス」
「まあ、ほどほどで。貴女は根を詰めそうなタイプそうですし、カナメさんを大事にしているヒース君に怒られてしまいそうですしね」
ゼルさんは、茶目っ気たっぷりにぱちりと片目を瞑った。
予想外にじゃらじゃらと袋の中で音を立てる魔石は、ついでに付与どうです?ということだろうな。期待が重い。
愛嬌のある笑みを浮かべるゼルさんは、さすが副ギルド長といった感じで抜け目がなく、侮れない。
さほど手間じゃないからいいけど。あれこれ事情を知りつつ、うまく取り計らいをしてもらっている分、ギルドにもきちんと恩返しをしていきたいものである。
あちこちチラチラとお店を冷やかしつつ、ゼルさんが教えてくれたお店への道のりを歩く。
一人歩きは初めてなのもあって、無性にワクワクする。この間から、お上りさん極まりない。
途中、試飲させてもらった美味しいお茶や、ヒースさんにはどうしても頼みづらい日用品を買い足したりもした。
さすがに、下着を何度も買いに行かせるのは心が痛むし、私もちょっと恥ずかしい。リオナさんは、大笑いしそうだけどね。
それにしても、のんびりと目についたお店に目的もなくふらりと入って、可愛いものや美味しそうなものを衝動買いして、一人でウィンドウショッピングするの、果たしていつぶりだろう。
ただ商品を見ているだけでも、こんなにも楽しいし、気分が弾む。
日本での私は、本当必要最低限のものを買って、さっと家に帰るという無味乾燥な生活を送っていたから。
知らず、自分を追い詰めていたのかなって、今となっては思う。
本当、ゆとりがなかった。余裕をなくすことで、余計なことを考える暇ができてしまうのを潰していた。没頭は、手っ取り早い。
必要なかったはずのゆったりした時間は、狭かった私の視界をも広げてくれる。
だからだろうか、些細なことでも、新鮮に映るのだ。
到着したゼルさんオススメのお店は、小さいけれども、彫金加工を得意としているアクセサリーのお店だった。私の欲しいパーツも、バッチリ売っていた。
店員さんに相談して、チェーンを出してもらう。魔石をペンダントトップとして取り付ける加工や、若干の研磨もすぐ行ってもらえた。
魔力含有量の少ないいわゆるクズ石は、アクセサリ加工に回される場合がほとんどで、このお店でもお洒落にカッティングされた商品が所狭しと並んでいた。
宝石ほどでもないが、水晶みたいな輝きを帯びてとても綺麗だし、手ごろな値段で買えるので平民に人気なのだとか。
必要な材料をそろえた私は、意気揚々と宿に戻った。ヒースさんが帰ってくる前に、作業を終わらせなければ。
ヒースさん、喜んでくれるといいな。リオナさんはびっくりしてくれるかな。その前に謝らなきゃだけど……!
2人の反応を想像すると、じわりと胸が暖かくなって、自然と笑みが零れた。




