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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
クラリッサの街の冒険者ギルド

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28.元社畜の初めての採取



 麗らかな陽ざしの中、ヒースさんとてくてく道を歩く。

 アイオン王国は、地域にもよるが、南部は地中海性気候、北部は温暖湿潤気候に似た感じの気候をしている。

 地球のように風の影響があるわけではなく、偏在する精霊の影響によるものらしい。ファンタジー。

 なので、精霊の気まぐれで天気は変わるし、場所によって雪が降ったりするものの、基本的に温暖で、穏やかな気温は過ごしやすい。

 クラリッサのあるユノ子爵領は、国の北側に位置し王都よりも涼しいので(北海道とか東北みたいな、雪の降る地域っぽく感じる)、避暑に訪れる人も多い。ちょっとした観光地にもなっているのだとか。


 そんな感じで、程よい涼しさの風を浴びながら、徒歩でおよそ1時間ほど。

 クラリッサの街の裏側にある丘陵地は、薬草の群生地になっている。

 定期馬車は出ていない場所なので、普段ヒースさんは馬で行くそうなのだが、私のダメージを考慮して今回は徒歩になった。

 うん、ごめん、腿がプルプルする気しかしないんだ。


 多少、例の湖周りまで日々ランニングしていたので、歩きくらいならなんとかなるが、筋トレもしなくちゃダメそうだ。

 従来の使い方である付与魔法(エンチャント)による身体強化は、素人な私の肉体へかかる負荷がいまいちわからないので、おいおいってところだ。

 それ以前に、移動手段をどうにかしなくてはなるまい。今の状態だと、クラリッサに来るのも一苦労だ。


 道すがら時折魔獣が出没するのだけれども、ヒースさんほどの冒険者になると、敵にもならない模様。ずばずばと容赦なく剣を振るい、鮮やかに沈めていく。

 凄い。格好いい!

 木の幹に隠れながら、私は心の中でヒースさんに声援を送った。


 殺生に対して、そんなのんきな感想を抱けるようになったのも、事前に、ヒースさんから魔獣の絞め方や、皮の剥ぎ方の実践をしてもらったおかげだ。

 ≪精神耐性(メンタルガード)≫のスキルも役立っているが、初見で血が飛び散るスプラッタな光景を浴びるのは、さすがにキツかっただろう。絞めている時だって、普通に吐いたもの。

 広がっていく濃厚な血の匂いは、未だ慣れない。

 平和な世界で暮らしていたから、生き物に手をかけることに、やはりどうしても抵抗は強い。

 でも、ここで躊躇ったら己の生死に直結する。

 食うか食われるか。殺るか殺られるか。

 魔獣に手をかけながら、ヒースさんはそこを懇切丁寧に説いてくれた。街や人を脅かす存在を狩り、生きるための糧とすることで世界は巡っていくのだと。


 襲い掛かってきた大蛇(サーペント)を難なく倒した後、血抜きするまでに少々時間を取られたものの、少し遅れて私たちは目的地に到着した。


「わぁ!」


 目の前に広がるのは、一面の花畑。傾斜した地面に、白、桃、黄、紫と、色とりどりの花が咲き乱れている。

 えっちらおっちら、緩やか勾配を上ってきたかいがあった。天然のフラワーパークだ。


「雪も解けて、ちょうど見ごろだったからね。どう?」

「凄く綺麗です。こんな景色、生で見たの初めて」

「クラリッサの密かな名物なんだ。これ、結構な量で薬草だったりするんだよ」

「ええ……」


 ヒースさんに言われ、鑑定をかけてみる。あれもこれも薬効がある草花ばかりで、確かに薬草の群生地だった。


「薬草にも、花、茎、根、種子、部位によって効能が異なったり、時期にならないと採取できないものもある。それから、乱獲はしないのが暗黙の了解だ」

「私は鑑定スキルで多少楽ができるとはいえ、覚えるのも一苦労ですね、これ」

「とはいえ、知識は身を助けるからね。覚えておいて損はない。毒草もあるから、よく観察して気を付けて。今回の採取依頼品はこれ。開花後の花に薬効が出るから、花だけを取っていく」


 雪割草みたいな小ぶりな花を、ヒースさんが指さしてくれる。

 鑑定をかけると、確かに開花後の花びらに、鎮痛の効果があると出た。ふむふむ、蕾ではだめなのか。あと、花弁の色の濃さによって、品質に影響が出るみたいだ。

 本には書いていなかった内容なので、生の鑑定情報を頭に叩き込む。


 ≪鑑定(アナライズ)≫スキルも、日常生活であれこれ使ってみた結果、かなり異世界知識の補完をするのに助けられている。ありがとう、チート能力。

 ある程度、リオナさんの書斎から拝借して、薬草やら魔法やら勉強を始めてはいるものの、やはり実践は最大の知識吸収の場だ。

 いやはや、過去炎上案件に突っ込まれて、無理やりにでも成長せざるを得なかったことを思い出して、私は思わず遠い目をしてしまった。


「それから、常設の薬草はこれとこれ。魔法草は、もうちょっと奥まったところにあるから、後で案内しよう。魔女殿が指導したいと言っていたから、カナメも使うことになるだろうし」

「果たして、私にできますかねえ……こういうの、したことないんですけど……」


 ヒースさんに指導してもらいながら、茎にナイフを入れつつ、慎重に花を採取していく。

 調薬とは縁がないので不安だ。いや、異世界に来てからというもの、基本的に縁のなかったことばっかりしているけど。

 なお、雪割草っぽいと認識してしまったからか、私の鑑定結果には雪割草と表示された。まあ、勝手に単語翻訳されるとはいえ、相変わらず不思議な機能だ。


「魔女殿のお墨付きなんだから、大丈夫だろう。やってやれないことはないさ。俺みたいな武骨な男にもできているんだし」

「無骨とは」


 キラキラしい笑顔を見せるヒースさんからは、随分と縁遠い単語が聞こえてきた。

 無骨ってどういう意味だっけ。

 しゅっとしていて、多少荒っぽくても動きの一つ一つが洗練されているから、ヒースさんって本当に冒険者かなと首を傾げてしまう。

 ギルドに足を踏み入れた時、いかにもって感じの人がたくさんいたから、ほっとしたくらいなのに。

 どちらかといえば、ディランさんのように、騎士といわれたほうがしっくりくるんだけどな。佇まいとか、雰囲気とかは似ている気がする。まあ性格は全然違うけど。


 雑談をしながら、ヒースさんに教えを請いつつ、採取に励む。

 そういえば、周辺は私たち以外に人はいない。

 なんでも、採取しやすい時期でもあるが、雪が溶けて冬眠明けの獣が家畜を狙って山から下りてくる頃なので、討伐依頼も増えるのだとか。


「私に付き合ってもらっちゃって、すみません」

「いいよ。採取も大事だし、さっきの大蛇だけでも結構いい稼ぎになりそうだから」


 さっきの蛇、まるまる太って大きかったしなあ。あんなにでっかい蛇見たの、生まれて初めてだ。

 皮は装備に使えるし、肉も淡白だが鳥に似て美味しいらしい。多分水属性の魔石もあるだろうとのこと。

 属性は種族で固定というわけではないらしいのだが、あのレベルの蛇なら、大体水か土の魔石が取れるのだそうだ。


「それに、今日の目的はカナメに採取の仕方を教えつつ、ゆっくりすることだしな」

「充分ゆっくりしてますし、景色は綺麗だし、空気は美味しいし、ハイキングとかピクニックみたいで楽しいです」

「なら、よかった。また、仕事している感じになっちゃったからなあ……俺が遊び慣れていないせいで……」

「遊び慣れてるヒースさん、想像できないですね。今までの私じゃできなかったし、やろうとも思わなかったことだから、むしろ目新しいですよ」

「そっか」


 少しヒースさんは苦笑してみせたが、仕事をしているという感覚は私には全くなかった。

 生活や収入に直結するから、仕事って意識になっちゃうのかもね。さっきも討伐してたわけだし。

 ヒースさんがいて、安全が保障された中で行う新鮮で刺激的な体験に、私的には結構ワクワクしている。まあ、戦闘ではまるで役立たずなんですけどね。


 必要な数より少し多めに依頼品と常設の薬草を採取してから、私たちは布を敷いて遅めのランチを取り始めた。

 買ってきたローストビーフのサンドウィッチは、ボリュームたっぷりで食べ応えがあるし、凄く美味しい。ちょっと大味だけど、肉が名産品というだけある。

 チーズとハムのサンドも絶品で、ヒースさんと二人して、次はあれが食べたいこれもオススメなんて話が弾んだ。


 マヨネーズがあったら最高なのになあと何気なく呟いたら、何だそれはとヒースさんが食いついてきた。

 なので、日本人の食へのこだわりなどを話の種に聞かせてあげたところ、ヒースさんは目を瞬かせていた。いや、日本の食事、凄いよね。改めて説明してみて、半端ないなあと私も実感した。食の話題ばっかりしてるとか言わない。まあ、マヨは後で作ろう。


 でも、自然の中で食べるご飯って、こんなに美味しく感じられて開放的なんだなあ。新たな発見だ。

 自分がいかに狭い世界にいたのか、よくわかる。

 日本にいた頃の私は、結局自分の殻に閉じこもっていただけだった。


「ふぁあ……眠くなっちゃいますね」


 すっかりお腹もいっぱいになって。足を伸ばして寛ぐ。ぽかぽかした陽気とそよ風が、程よい眠気を運んでくる。

 うーんと背を伸ばして何とはなしに呟くと、ヒースさんが悪戯っぽくにやにやしながら自分の膝を叩いた。


「膝、貸そうか。ちょっと硬いかもだけど」

「……は?」


 いやいやいや、そんな麗しい顔に覗きこまれる体勢でなんて、絶対に眠れる気がしない!必要以上に恥ずかしい!

 眠気なんて吹っ飛んだ。


「け、結構ですから!」

「そんな、遠慮せず。カナメがゆったりできる時間を提供したいだけなのに」

「からかってるー!! ヒースさんがからかってくる—!!」

「ははは。カナメは照れ屋だなあ」


 私が顔を赤くしてむくれると、ヒースさんはふはっと吹き出した。

 もう、冗談がすぎますって!




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